導帝転生 〜仕方ない、世界を救うとしよう。変態の身体だけど〜

飛びかかる幸運

1 - 5 「法剣シュウ」

 人通りのない裏路地で、ハルトは元王女だと名乗る女性と対峙している。

 左右には石造りの壁、後ろには獣耳のギヌ。

 逃げ場はない。

 目の前に立ちながら、輝きの消えた冷たい瞳でこちらを見据えている女性は確かにこう言った。

 貴方に滅ぼされた国の元第一王女です――と。

 一瞬何を言われたのか分からなかったが、瞬時に自分の器によって被害を受けた人なのだと理解した。

 だが、同時に理解できないこともあった。


「俺が…… 国を滅ぼした? って言うのは、その…… 本当に?」


 異世界で初めて出会った三人組の女性には、街で指名手配された露出狂の変態と言われ、目の前の女性には貴方に国を滅ぼされたと言われた。


「ひ、人違いじゃ…… 俺に国を滅ぼす力なんて……」


 国を滅ぼす程の人間が、露出狂の変態として街で指名手配されるだろうか?

 いや、流石に人違いだろう。

 願わくはどちらも人違いであって欲しいが、全裸で空中を彷徨っていた事実からも、露出狂の変態として指名手配されている件については信憑性が高くて泣けてくる……

 すると、ティアはその整った顔立ちに怒りを滲ませながら、淡々と話し始めた。


しらを切るつもりですか。いいでしょう。それも貴方の自由です。ですが、これを見ても同じことが言えますか」


 ティアは背負っていた荷物を下ろすと、何重にも厳重に巻いてあった布を取り外した。


「何かの…… 羽根? を模範した置物?」


 ハルトの発言に、眉間に皺を寄せるティア。


「貴方は! ……これを見てもまだそんなことを! この法剣に見覚えがないとは言わせません」

「剣!? それが!? た、確かに剣に見えないこともないですけど……」


 何故、ティアは剣を見せて脅してくるのだろうか? 

 ハルトには皆目見当がつかなかった。

 相手の意図が組めずに、疑問だけが頭に浮かぶ。


(こ、この人は俺に何をさせたいんだ?)


 知る人が見れば、震え上がる程に恐ろしい力を持っているのかも知れないが、実感を伴わない恐怖は恐怖として感じ難い。

 ハルトの反応が不服だったのか、ティアの声色は次第に荒くなっていった。

 そこには、母国のことを何も知らない人間に滅ぼされたのかという言葉にならない感情の氾濫があったのかもしれない。


「もういいです! 貴方の事はよく分かりました。国を失った私達をそうやって馬鹿にするのですね」


 そう言うと、ティアは半月刀のような、刃がわずかに曲がった片刃の剣をハルトに差し向けた。

 その刃は金色に輝き、刀背は目の覚めるような青色で、刃から刀背にかけては、葉脈のように金色の筋が伸びている。

 鍔はなく、握りには何重にも布が巻かれており、とても実戦で使うような代物には見えない。

 ハルトが剣と認識できなかったとしても仕方のない見た目をしていた。


「貴方の言葉が嘘かどうかは、直ぐ分かります。この “法剣シュウ” による真理裁判によって」


 その気迫に、ハルトが一歩後退る。

 すると、背中に何かを突き付けられた。


「……それ以上動くな」


 すぐ背後で発せられた殺気に、ゾワリと肌が粟立つ。

 前からはティアが剣を差し向けながらゆっくりと迫ってくる。

 背中に当たっている物も恐らく刃物。

 逃げようとすればそのまま刺されるかもしれない。

 左右は壁。

 逃げ場はない。


(真理裁判って何だよ…… くそ…… これ、死んだ…… かな…… せめて苦痛なく死にたい……)


 死んだ直後と言うのもあり、ハルトは死に対してそれ程危機感を感じてはいなかった。

 死んだ後、自分がどうなるのか不安になるものだが、ハルトにはそれがない。

 むしろ良い行いをして死ねば、記憶を維持したまま次の世界へ転生できる。

 であれば何を恐れる事があるだろうか。

 むしろ、既に生き地獄と化したこの世界よりも良いのではないか。

 そう考える程だった。

 さっきとは打って変わり、何かを悟ったような、落ち着いた表情をし始めたハルトに、ティアの内心は荒立った。


「……何がそんなに可笑しいんですか?」


 死を受け入れ、肩の力を抜いたハルトの顔には、薄っすらと笑みが浮かべられていた。

 この異世界に来た自分の不運について、自然と苦笑いが出てしまっただけかもしれない。

 だが、当然の如く、ティアはそう受け取らなかった。


「……そんなに私達を嘲りたいのですか? 貴方一人に滅ぼされた私の一族を。法の元に平和に暮らしていたマアトの人々を! 何十万もの人々が争いもなく平和に暮らしていただけなのに! それを貴方みたいな人にッ!!」

「い、いや、そういう訳では……」

「貴方の言葉などもう聞きたくありません。魔導帝王マジックエンペラーとまで呼ばれた貴方には、争いのない国で育った私など恐るるに足りないのでしょう。でも、例え貴方程の魔導師であっても、この法剣の力の前には無力です。この法剣の効果範囲にいる貴方は、もう真理裁判の対象者なのですから」

「さっきから一体何を言って…… 真理裁判って何…… あ、あの……」


 ティアはハルトの言葉を無視すると、ハルトの前で歩みを止めた。

 遠目では美しく見えたティアも、至近距離でよくよく見て見れば、その肌は荒れており、目元には隈があった。

 刀を持つ手はカサカサで、乾燥で切れて瘡蓋になった様な傷跡が無数にある。


「腕を前に出してください。あなたが嘘をついてないのであれば、何も恐れることはないはずです」

「腕を…… どうするつもり、ですか?」


 ハルトの質問に、ティアは何も答えない。

 ただその瞳に怒りの炎を燃やしながらハルトを睨んでいる。

 すると、背後にいるギヌが答えた。

 同時に、背中に痛みが走る。


「……このまま背中に穴を開けられたくなければ言う通りにしろ」

「わ、分かった。言う通りにするから!」


 左手を恐る恐る前に突き出す。

 すると、ティアが再び口を開いた。


「マアトでは法が絶対です。王が法を司り、法の下に秩序を乱した者に罰を与えます。ですが、悲しいことに人は平気で嘘をつき、欺き、騙します。法を犯したとしても、それを暴く術がなければ、結局は王が国民を支配し、独断で裁いているのと何ら変わりありません。しかし、マアトは違います。何故だと思いますか?」

「その剣と…… 関係がある、とかですか?」

「そうです。この法剣シュウは、マアトに代々伝わる嘘を斬る神器。今まで、マアトの平和の為に、何万、何十万もの嘘を斬り裁いてきた審判の剣です」

「嘘を斬る剣…… それは、本当ですか?」


 ハルトの疑問に、再び顔を歪めるティア。

 その顔は心外だと言わんばかりの表情だ。


「ここで貴方に嘘をついて私に何の得がありますか。これ以上、侮辱する様であれば、私にも考えがあります」

「ぶ、侮辱した訳では…… ただ、そうですか…… 嘘を斬る剣…… と言うことは、真実を話せば斬られないんですね?」


 ハルトの質問の意図が掴めず、怪訝な顔をするティア。


「貴方が何を企んでいるのか分かりませんが…… 言葉巧みに真実を曲解させる様な小細工をしても無駄です。この法剣を騙すことはできません。絶対に」


 ハルトには、ティアのその言葉が、まるで自分自身に言い聞かせているように感じた。

 だが、それは正しかったのかもしれない。

 何故ならば、ハルトの顔へ差し向けている剣を持つ手は、何かに怯えるかのように小刻みに震えていたのだから。


 ――法と秩序の国、マアトがまだ健在だった頃


 ティアは争い事どころか、王城から出たことすらない箱入り王女だった。

 武器どころか、重たい物すら持ったことがない程だ。

 そんな温室育ちの王女が、ある日突然全てを失い、過酷な世に放り出されることになる。

 マアトは当初、魔導大帝国イシリスの脅威を感じつつも、自国民の意思 “非戦争” を尊重し、軍事拡張を行わなかった。

 自国が平和だったということに加え、国政に民意が大きく反映されていた事実と、周囲を連山と大河に囲まれ、自然要塞となっている安心感も大きい要因だったことだろう。

 外国からの敵意に国全体が危機感を抱かなかった結果、僅か一日でマアトは滅んだ。

 何の抵抗もできず、ただただ蹂躙され、その歴史に幕を下ろした。

 マアトが滅んだ今、ティアはこうして旅衣装に身を包んではいるが、そこに至る道は決して楽なものではなかった。

 そこには尋常ならざる努力と成長があった。

 だが、対面しているのは、マアトを滅ぼした諸悪の根源である悪魔そのものである。

 ティアが恐怖を抱いていない訳がなかった。


「それなら…… やってください。私は…… 嘘をついていません」

「大した自信ですね。怖くは、ないのですか? この法剣が貴方の言葉を嘘と見抜けば、貴方は腕を失うのですよ? 予め言っておきますが、この法剣で斬られた傷はどんな回復魔法でも治療できない戒めの傷となります。もし貴方が相応の回復魔法を使えたとしても、この法剣には効きません」

「……痛いのは、正直怖いです。でも、私は自分の身の潔白に自信があります。もし、その剣が肉体・・の罪を裁くのであれば…… そうですね…… そのまま腕を失うかもしれないです…… それは怖い。でも、その時は大人しく死を受け入れます。回復魔法も使えないですし」


 そう言って苦笑いを浮かべるハルトに、今度はティアが動揺した。

 生きる者にとって、死は絶対的な恐怖となる。

 その恐怖こそが、人を生にしがみ付かせるための楔となるとティアは思っていたのだ。

 現に、旅人となってから死の淵を何度も彷徨ってきたティアには、死ほど恐ろしいものはなかった。

 最初こそ、自害を何度も考えたこともあった。

 だが、結局は土壇場で怖くなって実行することができなかった。

 今まで恐怖というものを体験せずに育ってきたティアには、恐怖への耐性や、恐怖に立ち向かっていく勇気が全く育っていなかったのだ。


「貴方は……」


 何故そんなに簡単に死を受け入れられるのか。

 そう問おうとして止めた。

 外に出たことで、今までの自分が如何に恵まれた環境で育ったのか、嫌という程見てきたからだ。

 そして目の前の男も、私には理解できない、想像すらできない道を歩んできたのであろうことは明白だった。

 であれば、聞いて何になるのだろうか。

 それに、この男はこれから真理裁判にかける。

 もしこの男の言葉が真実であるのなら、その時改めて問おう。

 そう考えていた。


「……いえ、分かりました。では、貴方を真実裁判にかけます」


 ティアが法剣を振り上げると、刀背がまるで風に靡く羽根のように、薄い青から濃い青へと、波を打つように階調の変化を見せた。


「貴方に問います。貴方は魔導大帝国イシリスの王位順第一位、魔導帝王マジックエンペラーのハイデルトですね?」

「……この肉体の事は分かりません。ですが、私はハルト。鈴木 春人ハルトです。ハイデルトと言う方は知りません」


 ハルトの問いに、ティアの顔が再び歪んだ。

 だが、ハルトは真実しか話していない。

 後は、その法剣とやらがどういう結果を導き出すのか待つだけである。

 ハルトは目を瞑り、審判を待つ。

 そして剣の風切り音が響いた――




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