異世界でマンション経営 - 異世界だろうと金が物を言うことに変わりはない -
会議
「まず前提条件として、作戦決行は夜だ。これは、『冥王』の力を最大限活かすためだ。なるべく深夜であることが望ましい。タクマくんの参戦により、クラウディアくんの生命活動を停止させるという選択肢は消滅した。申し訳ないが、アリシアくんの『自壊因子』は使えない」
「まぁ、殺しちゃいけないなら仕方ないですね。それにしても、彼女は先程なぜ嘘をついたのでしょうか?」
俯き、前髪を指で弄りながらアリシアが訊ねた。
「ん? あぁ、君が私のところに来たということか」
「そうです。あなたの話だと、私は彼女に捨てられたんですよね? あの嘘をつくことによる彼女のメリットは一体何だったのか……。それが、少し気になってしまって……」
「まぁ、生みの親としてはそういうことは知られたくないからだろう。さて、とりあえず今は目先のことに意識を向けていこうではないか」
考え込むように俯きながら話すアリシアにシャドーさんは前向き(?)な言葉を発する。
「あー、質問いい?」
一つ、気になったこと――というか、知らないワードが出てきた。
「どうぞ」 
「ども、じゃあ遠慮なく。さっき言った『自壊因子』って何のこと?」
シャドーさんの言い方からすると、アリシアが持っているものらしいが、なにやら厨二心をくすぐられる。ちなみに、俺はもう高校生だ。いや、高校生だった……の方が正しいな。
「まず、初めに訊くが『自壊』という言葉は知っているか?」
「いや、さっぱり」
「となると、すべて説明する必要があるな。まず、『自壊』とは人間の肉体が結晶化してしまう現象だ。そして、この自壊が起きる原因となるものを『自壊因子』と呼ぶ。『自壊因子』には、『自虐』、『不信』、『後悔』、『絶望』の四つがあると言われている。が、これは大雑把に区切った場合の話で、実際にはもっと多く存在するはずだという意見が絶えない。私も詳しくは知らない」
「人間が……、結晶化…………?」
にわかには信じられない話だ。なんせ、この世界ではどうなのか知らないが、元の世界基準で考えたら人間の体の主成分は水だ。一体どこに結晶になる要素が存在するというのだろうか、いや、存在しないだろう。
「まず、魔術や魔法について話しておこう。魔術と魔法は呼び方が違うだけで同じものだから気にしないでもらいたい。この魔術を使う際に必要となるのが魔素と呼ばれるものだ。詳細については不明だが、空気中やら水中やらどこにでも存在している。そして、この魔素を体内に取り入れると、魔力に呼び方が変わる。この体内に取り入れられる量については個人差があり、魔術において才能があるとはこの量が多いことを指す。そして、起こしたい現象を正確に思い描くことで魔術は発動させることができる……が、あくまでこれは簡単な魔術の場合に限る」
「はぁ……。イマイチ想像ができないけど、俺も使えるの、それ? ていうか、今その話関係ある?」
魔術とか魔力とか、実に興味を惹かれるワードではあるものの、今は『自壊』によって引き起こされる結晶化について訊いている。可及的速やかに本題に入ってほしいというのが本心だ。
「まぁ、そう焦るな。この話はキチンと結晶化の理由にも繋がっている」
さいですか。
「複雑な魔術を使う際には、魔導式と呼ばれるものが必要になる。起こしたい現象が複雑であればあるほど魔力の扱いは困難になるのだ。何年も研究して、一度でも魔術を使えたら、それを式とすることで繰り返しその魔術と同じものを使えるようになる。まぁ、これは別に今は関係ないがな」
……おい、さっき繋がっているとか言ったのはどこのどいつだ、イタリアか? いえいえ、目の前にいるシャドーさん自らでございます。
「さて、次は魔素を体内に取り入れる過程について説明しよう。これは、結晶化にかなり重要な話だから聞いておくといい。まず、さっき言ったように魔素は基本的にどこにでも存在する。その魔素を魔力として取り入れるためには、それなりに意識を集中させなければならない。だが、意識が逸れてしまったところで組み立てていた魔術が失敗してしまうだけで大した害はない……本来ならな。だが、先ほど言った『自壊因子』が強まっている時は話は別だ。『自壊因子』とは言わば、自らに向けた破壊衝動の要因となるもののことだ。だが、例え死にたいと思ったところで、実際に死ぬかどうかは人それぞれなのだが、『自壊因子』は宿主の魔力を暴走させる。魔素は、大規模な魔術を使う時に携帯していると便利な固体、飲料に入れて飲むことで肉体回復を助ける液体、そして空気中に存在している気体の状態がある。『自壊』とは、体内に取り入れた魔素を無意識のうちに固体化させてしまうことだ」
自らの意思に反して、体内に取り入れた魔素を固体化させる……。使い方によっては毒にも薬にもなるということか。
よく考えると、ただのストレスのようなものか……。ただの、と言っては悪いが、ストレスによる自殺に溢れた自殺大国ジャポンにいた俺としては、別段珍しいことでもないな。『自虐』、『不信』、『後悔』、『絶望』。自分が嫌になり、誰も信じられなくなり、過去のことを悔やみ続け、未来が嫌になる。『自壊因子』なんて大層な名前が付いてはいるが、単なるストレスと同じようなものだと考えてもいいだろうか。
「さて、質問はあるかい?」
「アリシアはどれなんだ? さっき言ってた四つのうちの」
「彼女を侵している『自壊因子』は、『後悔』だ。このことについては、またいつか話そう。今はまだその時ではない」
……? まぁ、いいか。
「そういえば、なんでアリシアは『自壊』してないんだ?」
「それもまたいつか……」
まぁ、もう何でもいいや。今は話せない理由があるのかは知らないが、話したくないなら無理に聞き出す必要は無い。
「なら、他に質問はな……、いや、あと一つだけ。あのさ、俺も練習すれぼ魔術使えるようになるの?」
異世界に来たら、やっぱり魔術とか魔法とかそういうザ・ファンタジーなものに憧れるのは男の子なら仕方ないことだろう。むしろ、使いたがるなと言う方が無茶だ。暴言だ。虐待だ!
「残念ながら、君に魔術は使えない」
「え? なぜ? なんで!? 魔術使えない異世界転生とか、クリーム入ってないシュークリームみたいなもんじゃん! 何とかならないのでしょうか、シャドー様」
クリーム入ってないシュークリームどころか、巻いてない海苔巻きや握っていないおにぎりやサンドしてないサンドイッチのようなものだ! ちなみに、俺はオープンサンドは認めない。おにぎらずは握っていないけど、名前におにぎりと付けていないからいいとしよう。だがな……オープンサンド、貴様だけは許さんぞ。まず、サンドイッチとは、パンに肉やら野菜やらを挟んだもののことを言う。つまり、オープンな時点でサンドじゃないもん! あんなのただの……えーと、ただの……まぁ、とにかく、サンドイッチではない!
……あれ、なんの話してたんだっけ? お好み焼きはおかずになるかどうかについてだっけ?
「その例えはよく分からないが、君は『冥王』だろう? だから無理だ」
あ、思い出した。俺に魔術が使えないって話をしてたところでしたね、はい。
ところで、『冥王』は魔術が使えないと決まっているものなのだろうか? 努力をしても、絶対に叶わないと決まっているのだろうか? 軽めのショックを受けながら湧いた疑問を訊ねると、
「あぁ、『冥王』を含む魔族やそれに由来した能力を持つ存在は魔術を使うことができないのだ」
「魔族……って、アレか? 角とか羽とか尻尾とかが付いてる悪いヤツらのこと? 『冥王』も魔族なのか?」
まぁ、名前的に『冥王』が悪役的ポジションだということくらい容易に想像はつくな……。
お、悪を持って悪を制すとか格好いいな。よっしゃ、今度魔族狩りに行ってみよう。そして見事に返り討ちされ、魔族に味方するか死ぬかの二択を突きつけられる。生に執着した俺は闇堕ちルートを選択。かーらーの、過去の仲間と対峙する系の胸熱ルート直行な。
あー、やってみたいなー。……あ、でもまだ仲間なんていなかった。テヘペロ。
「ニヤニヤしながら何を考えているのかは知らないが、君は『冥王』と同じ力を持っているというだけで人間だ。より正確に言うと、人造人間だがね。ちなみに、君の持っている魔族のイメージは偏見でしかない。魔族の中でもいくつかの種族に分かれていて、それぞれの種族ごとに異なる特徴がある」
「うん、ややこしくなってきた。とりあえず、魔族は魔術が使えない。魔族と同じ力を持つ俺みたいなヤツも使えない……と。ふーん、じゃあこの中で魔術使えるのシャドーさんだけじゃん。魔術使えない『冥王』に漸近する人間に漸近するホムンクルス? 的なポジションの俺は論外。アリシアも、俺と違って『自壊因子』持ってるけど、『冥王』だから魔術使えない…………って、『自壊因子』あったら『自壊』するのになんでアリシア生きてんの? つーか、『自壊因子』を使うとかさっき言ってたけど、なんか有効活用でもできる便利グッズなの?」
「それに対してはまた今度話そう。さて、今君が私に言いたいことは、魔術使えないから近接戦闘しかできない。でも、近接戦闘なんて命を捨てに行くようなものだ……的なことだろう?」
やや強引にアリシアの話題をスルーさせた。さっきも似たようなことがあったな、確か……、クラウが嘘をついたとアリシアが言ったときか。
だが、なぜだ? シャドーさんは何を隠しているんだ?
――シャドーさんは、アリシアに対して何か隠し事をしている。だが、それが何かは分からない。
クラウがついた嘘……アリシアの過去について。シャドーさんが無理やり話を逸らした……『自壊因子』について。
『自壊因子』……、『自虐』、『不信』、『後悔』、『絶望』……。それぞれ、自分を嫌う、人を信じられない、過去を悔いる、未来を嫌う……こんなところだろうか? そして、アリシアはこの中のどれかを持っている。
記憶を失っているアリシア。『自壊因子』を持っているのに『自壊』しない。『自壊』への対処法……。
……あ!
パンッ。
「……タクマくん、今は目の前のことに集中してほしい」
シャドーさんが手を叩いた音で、頭をフル回転させていた俺はふと我に返らされた。だが、既に俺の中ではすべての疑問の辻褄を合わせる仮説が完成していた。
「……安心しろ、今この場では言わない」
「……助かる」
俺はアリシアに聞こえない程度の声でシャドーさんに言った。
「さて、先ほどの話の続きだが、近接戦闘では勝ち目が無いという話だったな?」
「あぁ、クラウに対する対抗策なんて思い浮かばない。だが、魔術なら何とかなるんじゃ……」
「無理だな。だが、勝算度外視で挑む勝負も悪くは無いと思わないか?」
……いやいや、ドヤ顔で同意を求められても困る。そもそも、まったく同意できない。
「そういうのは馬鹿みたいに金を持ってるヤツか、賭け金を極めて少額にしているヤツのセリフだぜ? 俺らが賭けるのは命だ。人間には一つしかないし、最も大切なものだ……あくまで個人的な意見だけど。まぁ、とにかく、俺らには今のセリフを言う資格なんてありゃしない」
「ふむ、それはあくまで君の考え方だろう? 私はそうは思わない」
「一応訊くけど、なんでだ?」
「単純な数字の問題だ。私たちの死――運が良ければ死なないかもしれない――によって、この国、いや、この世界の住人が救われるかもしれない。そして、私は彼女に対抗できるのは私たち以外にはいないと考えている」
「まぁ、クラウの持ってる知識は元はといえばあんたのだからな……。だが、あんたが言っている対抗策なんて所詮は机上の空論でしかないんだろ? さっきボロ負けしたの忘れたのか? どんなに数字の問題だと分かっていても犬死は嫌だ」
ちゃんと対抗策を実現させられるようにならない限り勝ち目はない。机上の空論なんてものは実戦では役に立たない。それどころか、そんな実現可能か分からないものを信じて立ち回ろうとするのは愚行に他ならない。
「実現させる方法があるとすれば?」
「あるのか? どうせ、等速直線運動をしている物体の加速度くらいじゃねーの?」
物理をやらない文系さんには通じないネタは、そもそも別の世界の住人のシャドーさんには通じなかったようで首を傾げていた。
「何を言っているのかは知らないが、私の頭の中にある対抗策は実現可能だ。だが、私一人ではできない。タクマくん、アリシアくん、君たち二人の協力が必要だ」
「確率は? 滑らかな床の摩擦係数くらい?」
通じないと分かっている煽りもなかなか乙なものだな……と思う今日この頃。
先ほど同様にシャドーさんは首を傾げた。
「後半は理解不能だが、とりあえず確率は五分五分と言ったところだろう」
「どんな作戦か聞かないと何とも言えないけど、まぁ本当に五分五分くらいなら乗ってやるよ」
ぶっちゃけ、賭け金が命なんだから、勝率は最低でも99%は欲しいのだが、なんせ俺らが何もやらなかったらもっと多くの人が犠牲になるらしいならやるしかない。クッソ、まったく面倒なことに巻き込まれてしまった……。
「まず、私がクラウディアくんに一方的触って能力を発動させる。これは絶対に必須だ。そして、そこに行くまでに君たち二人の力が必要となる。もちろん、近接戦闘には多大なリスクがあるものの、その分見返りも大きい」
「『冥王』の力なんて化け物スペックのアイツの前じゃ何の役にも立たないだろ」
「たが、魔術での遠隔戦闘をやるよりはマシだ。今の彼女は知識だけで言えば間違いなく国一番の魔術師だ。そんな彼女相手に魔術の打ち合いをしたところで勝てるはずがない。だが、魔術を使うのには集中する必要がある。そのすきに二人が別々の方向から近接戦闘を仕掛ければ、いくらクラウディアくんと言えども完璧に対処し切るのは困難だろう」
ダメだ。これだけでは、勝率は低いままだ。まだ勝てない。
「まだ勝ち目は薄い、とでも言いたげな顔だね。だが、勝ち目は十分にある。もちろん、私たちが完璧に連携を取り合うというのが前提条件となってくるがな」
「ぼくの『自壊因子』を使えば、それを彼女に流すだけで決着が着くんですけどね……」
「頑張れば加減できないこともないかもしれないが、練習できないことを本番でなってみりというのは不安が残るからやめておきたい」
流す……? あぁ、初めはクラウの能力で『自壊因子』を流して『自壊』させるという作戦だったのか。その作戦でも直接接触が必要なのだから、難度としては変わらないだろう。
「作戦の概要はさっき話した通りだ。ぶっちゃけ、その場で臨機応変に対応してほしい。ただ、タクマくんには『冥王』の力をある程度使いこなせるようになっておいてもらいたい」
「最低限それは必須だよな……。でもさ、俺は『冥王』の力で何ができるか把握し切ってないんだけど」
まだ筋力が強化されて、なんかオートヒールもできるよー程度のことを知ってるだけで、オオカミを狩っていた時も適当に剣を振っていただけだ。だが、クラウ相手にはそれじゃ足りないだろう。
出来ることを全て把握した上で、それらの力をある程度引き出す必要がある。その程度のこともできなければ、クラウ相手に勝つなんてことができる確率は皆無だ。
「アリシアくんに指導してもらいたまえ。私が教えたいが、私は『冥王』の力が使えないから、使い方がよく分からない。アリシアくん、明日からタクマくんのことを任せたぞ」
「分かりました」
流れるような速さで、明日からアリシアによる特訓が行われることが決まった。ちなみに、俺は特訓は嫌いではない。なぜなら、少年たる者、人生で一度や二度くらい最強に憧れるからだ。そして、その為に筋トレをしては諦めてきた。だが、この世界での俺ら向こうの世界での無力な俺とは一味違う。最強足り得る……と思える力がある。
クラウのことは抜きにしても、この力をコントロールできるようにはなりたいと思っていた。この力さえ、完璧にコントロール出来れば――。
「フッフッフッ」
「「気持ち悪いな」」
俺の口からこぼれていた不敵な笑いは、二人の女性によって一蹴されてしまった。
もうやめて! 二人とも! とっくにタクマのライフはゼロよ! もう勝負はついたのよ!
「まぁ、タクマくんの気持ち悪い笑みは放置して……、二人とも明日から仲良くするんだぞ」
シャドーさんのおかげで、俺がオーバーキルされるのは無事阻止されました……っと、めでたしめでたし。
「まぁ、殺しちゃいけないなら仕方ないですね。それにしても、彼女は先程なぜ嘘をついたのでしょうか?」
俯き、前髪を指で弄りながらアリシアが訊ねた。
「ん? あぁ、君が私のところに来たということか」
「そうです。あなたの話だと、私は彼女に捨てられたんですよね? あの嘘をつくことによる彼女のメリットは一体何だったのか……。それが、少し気になってしまって……」
「まぁ、生みの親としてはそういうことは知られたくないからだろう。さて、とりあえず今は目先のことに意識を向けていこうではないか」
考え込むように俯きながら話すアリシアにシャドーさんは前向き(?)な言葉を発する。
「あー、質問いい?」
一つ、気になったこと――というか、知らないワードが出てきた。
「どうぞ」 
「ども、じゃあ遠慮なく。さっき言った『自壊因子』って何のこと?」
シャドーさんの言い方からすると、アリシアが持っているものらしいが、なにやら厨二心をくすぐられる。ちなみに、俺はもう高校生だ。いや、高校生だった……の方が正しいな。
「まず、初めに訊くが『自壊』という言葉は知っているか?」
「いや、さっぱり」
「となると、すべて説明する必要があるな。まず、『自壊』とは人間の肉体が結晶化してしまう現象だ。そして、この自壊が起きる原因となるものを『自壊因子』と呼ぶ。『自壊因子』には、『自虐』、『不信』、『後悔』、『絶望』の四つがあると言われている。が、これは大雑把に区切った場合の話で、実際にはもっと多く存在するはずだという意見が絶えない。私も詳しくは知らない」
「人間が……、結晶化…………?」
にわかには信じられない話だ。なんせ、この世界ではどうなのか知らないが、元の世界基準で考えたら人間の体の主成分は水だ。一体どこに結晶になる要素が存在するというのだろうか、いや、存在しないだろう。
「まず、魔術や魔法について話しておこう。魔術と魔法は呼び方が違うだけで同じものだから気にしないでもらいたい。この魔術を使う際に必要となるのが魔素と呼ばれるものだ。詳細については不明だが、空気中やら水中やらどこにでも存在している。そして、この魔素を体内に取り入れると、魔力に呼び方が変わる。この体内に取り入れられる量については個人差があり、魔術において才能があるとはこの量が多いことを指す。そして、起こしたい現象を正確に思い描くことで魔術は発動させることができる……が、あくまでこれは簡単な魔術の場合に限る」
「はぁ……。イマイチ想像ができないけど、俺も使えるの、それ? ていうか、今その話関係ある?」
魔術とか魔力とか、実に興味を惹かれるワードではあるものの、今は『自壊』によって引き起こされる結晶化について訊いている。可及的速やかに本題に入ってほしいというのが本心だ。
「まぁ、そう焦るな。この話はキチンと結晶化の理由にも繋がっている」
さいですか。
「複雑な魔術を使う際には、魔導式と呼ばれるものが必要になる。起こしたい現象が複雑であればあるほど魔力の扱いは困難になるのだ。何年も研究して、一度でも魔術を使えたら、それを式とすることで繰り返しその魔術と同じものを使えるようになる。まぁ、これは別に今は関係ないがな」
……おい、さっき繋がっているとか言ったのはどこのどいつだ、イタリアか? いえいえ、目の前にいるシャドーさん自らでございます。
「さて、次は魔素を体内に取り入れる過程について説明しよう。これは、結晶化にかなり重要な話だから聞いておくといい。まず、さっき言ったように魔素は基本的にどこにでも存在する。その魔素を魔力として取り入れるためには、それなりに意識を集中させなければならない。だが、意識が逸れてしまったところで組み立てていた魔術が失敗してしまうだけで大した害はない……本来ならな。だが、先ほど言った『自壊因子』が強まっている時は話は別だ。『自壊因子』とは言わば、自らに向けた破壊衝動の要因となるもののことだ。だが、例え死にたいと思ったところで、実際に死ぬかどうかは人それぞれなのだが、『自壊因子』は宿主の魔力を暴走させる。魔素は、大規模な魔術を使う時に携帯していると便利な固体、飲料に入れて飲むことで肉体回復を助ける液体、そして空気中に存在している気体の状態がある。『自壊』とは、体内に取り入れた魔素を無意識のうちに固体化させてしまうことだ」
自らの意思に反して、体内に取り入れた魔素を固体化させる……。使い方によっては毒にも薬にもなるということか。
よく考えると、ただのストレスのようなものか……。ただの、と言っては悪いが、ストレスによる自殺に溢れた自殺大国ジャポンにいた俺としては、別段珍しいことでもないな。『自虐』、『不信』、『後悔』、『絶望』。自分が嫌になり、誰も信じられなくなり、過去のことを悔やみ続け、未来が嫌になる。『自壊因子』なんて大層な名前が付いてはいるが、単なるストレスと同じようなものだと考えてもいいだろうか。
「さて、質問はあるかい?」
「アリシアはどれなんだ? さっき言ってた四つのうちの」
「彼女を侵している『自壊因子』は、『後悔』だ。このことについては、またいつか話そう。今はまだその時ではない」
……? まぁ、いいか。
「そういえば、なんでアリシアは『自壊』してないんだ?」
「それもまたいつか……」
まぁ、もう何でもいいや。今は話せない理由があるのかは知らないが、話したくないなら無理に聞き出す必要は無い。
「なら、他に質問はな……、いや、あと一つだけ。あのさ、俺も練習すれぼ魔術使えるようになるの?」
異世界に来たら、やっぱり魔術とか魔法とかそういうザ・ファンタジーなものに憧れるのは男の子なら仕方ないことだろう。むしろ、使いたがるなと言う方が無茶だ。暴言だ。虐待だ!
「残念ながら、君に魔術は使えない」
「え? なぜ? なんで!? 魔術使えない異世界転生とか、クリーム入ってないシュークリームみたいなもんじゃん! 何とかならないのでしょうか、シャドー様」
クリーム入ってないシュークリームどころか、巻いてない海苔巻きや握っていないおにぎりやサンドしてないサンドイッチのようなものだ! ちなみに、俺はオープンサンドは認めない。おにぎらずは握っていないけど、名前におにぎりと付けていないからいいとしよう。だがな……オープンサンド、貴様だけは許さんぞ。まず、サンドイッチとは、パンに肉やら野菜やらを挟んだもののことを言う。つまり、オープンな時点でサンドじゃないもん! あんなのただの……えーと、ただの……まぁ、とにかく、サンドイッチではない!
……あれ、なんの話してたんだっけ? お好み焼きはおかずになるかどうかについてだっけ?
「その例えはよく分からないが、君は『冥王』だろう? だから無理だ」
あ、思い出した。俺に魔術が使えないって話をしてたところでしたね、はい。
ところで、『冥王』は魔術が使えないと決まっているものなのだろうか? 努力をしても、絶対に叶わないと決まっているのだろうか? 軽めのショックを受けながら湧いた疑問を訊ねると、
「あぁ、『冥王』を含む魔族やそれに由来した能力を持つ存在は魔術を使うことができないのだ」
「魔族……って、アレか? 角とか羽とか尻尾とかが付いてる悪いヤツらのこと? 『冥王』も魔族なのか?」
まぁ、名前的に『冥王』が悪役的ポジションだということくらい容易に想像はつくな……。
お、悪を持って悪を制すとか格好いいな。よっしゃ、今度魔族狩りに行ってみよう。そして見事に返り討ちされ、魔族に味方するか死ぬかの二択を突きつけられる。生に執着した俺は闇堕ちルートを選択。かーらーの、過去の仲間と対峙する系の胸熱ルート直行な。
あー、やってみたいなー。……あ、でもまだ仲間なんていなかった。テヘペロ。
「ニヤニヤしながら何を考えているのかは知らないが、君は『冥王』と同じ力を持っているというだけで人間だ。より正確に言うと、人造人間だがね。ちなみに、君の持っている魔族のイメージは偏見でしかない。魔族の中でもいくつかの種族に分かれていて、それぞれの種族ごとに異なる特徴がある」
「うん、ややこしくなってきた。とりあえず、魔族は魔術が使えない。魔族と同じ力を持つ俺みたいなヤツも使えない……と。ふーん、じゃあこの中で魔術使えるのシャドーさんだけじゃん。魔術使えない『冥王』に漸近する人間に漸近するホムンクルス? 的なポジションの俺は論外。アリシアも、俺と違って『自壊因子』持ってるけど、『冥王』だから魔術使えない…………って、『自壊因子』あったら『自壊』するのになんでアリシア生きてんの? つーか、『自壊因子』を使うとかさっき言ってたけど、なんか有効活用でもできる便利グッズなの?」
「それに対してはまた今度話そう。さて、今君が私に言いたいことは、魔術使えないから近接戦闘しかできない。でも、近接戦闘なんて命を捨てに行くようなものだ……的なことだろう?」
やや強引にアリシアの話題をスルーさせた。さっきも似たようなことがあったな、確か……、クラウが嘘をついたとアリシアが言ったときか。
だが、なぜだ? シャドーさんは何を隠しているんだ?
――シャドーさんは、アリシアに対して何か隠し事をしている。だが、それが何かは分からない。
クラウがついた嘘……アリシアの過去について。シャドーさんが無理やり話を逸らした……『自壊因子』について。
『自壊因子』……、『自虐』、『不信』、『後悔』、『絶望』……。それぞれ、自分を嫌う、人を信じられない、過去を悔いる、未来を嫌う……こんなところだろうか? そして、アリシアはこの中のどれかを持っている。
記憶を失っているアリシア。『自壊因子』を持っているのに『自壊』しない。『自壊』への対処法……。
……あ!
パンッ。
「……タクマくん、今は目の前のことに集中してほしい」
シャドーさんが手を叩いた音で、頭をフル回転させていた俺はふと我に返らされた。だが、既に俺の中ではすべての疑問の辻褄を合わせる仮説が完成していた。
「……安心しろ、今この場では言わない」
「……助かる」
俺はアリシアに聞こえない程度の声でシャドーさんに言った。
「さて、先ほどの話の続きだが、近接戦闘では勝ち目が無いという話だったな?」
「あぁ、クラウに対する対抗策なんて思い浮かばない。だが、魔術なら何とかなるんじゃ……」
「無理だな。だが、勝算度外視で挑む勝負も悪くは無いと思わないか?」
……いやいや、ドヤ顔で同意を求められても困る。そもそも、まったく同意できない。
「そういうのは馬鹿みたいに金を持ってるヤツか、賭け金を極めて少額にしているヤツのセリフだぜ? 俺らが賭けるのは命だ。人間には一つしかないし、最も大切なものだ……あくまで個人的な意見だけど。まぁ、とにかく、俺らには今のセリフを言う資格なんてありゃしない」
「ふむ、それはあくまで君の考え方だろう? 私はそうは思わない」
「一応訊くけど、なんでだ?」
「単純な数字の問題だ。私たちの死――運が良ければ死なないかもしれない――によって、この国、いや、この世界の住人が救われるかもしれない。そして、私は彼女に対抗できるのは私たち以外にはいないと考えている」
「まぁ、クラウの持ってる知識は元はといえばあんたのだからな……。だが、あんたが言っている対抗策なんて所詮は机上の空論でしかないんだろ? さっきボロ負けしたの忘れたのか? どんなに数字の問題だと分かっていても犬死は嫌だ」
ちゃんと対抗策を実現させられるようにならない限り勝ち目はない。机上の空論なんてものは実戦では役に立たない。それどころか、そんな実現可能か分からないものを信じて立ち回ろうとするのは愚行に他ならない。
「実現させる方法があるとすれば?」
「あるのか? どうせ、等速直線運動をしている物体の加速度くらいじゃねーの?」
物理をやらない文系さんには通じないネタは、そもそも別の世界の住人のシャドーさんには通じなかったようで首を傾げていた。
「何を言っているのかは知らないが、私の頭の中にある対抗策は実現可能だ。だが、私一人ではできない。タクマくん、アリシアくん、君たち二人の協力が必要だ」
「確率は? 滑らかな床の摩擦係数くらい?」
通じないと分かっている煽りもなかなか乙なものだな……と思う今日この頃。
先ほど同様にシャドーさんは首を傾げた。
「後半は理解不能だが、とりあえず確率は五分五分と言ったところだろう」
「どんな作戦か聞かないと何とも言えないけど、まぁ本当に五分五分くらいなら乗ってやるよ」
ぶっちゃけ、賭け金が命なんだから、勝率は最低でも99%は欲しいのだが、なんせ俺らが何もやらなかったらもっと多くの人が犠牲になるらしいならやるしかない。クッソ、まったく面倒なことに巻き込まれてしまった……。
「まず、私がクラウディアくんに一方的触って能力を発動させる。これは絶対に必須だ。そして、そこに行くまでに君たち二人の力が必要となる。もちろん、近接戦闘には多大なリスクがあるものの、その分見返りも大きい」
「『冥王』の力なんて化け物スペックのアイツの前じゃ何の役にも立たないだろ」
「たが、魔術での遠隔戦闘をやるよりはマシだ。今の彼女は知識だけで言えば間違いなく国一番の魔術師だ。そんな彼女相手に魔術の打ち合いをしたところで勝てるはずがない。だが、魔術を使うのには集中する必要がある。そのすきに二人が別々の方向から近接戦闘を仕掛ければ、いくらクラウディアくんと言えども完璧に対処し切るのは困難だろう」
ダメだ。これだけでは、勝率は低いままだ。まだ勝てない。
「まだ勝ち目は薄い、とでも言いたげな顔だね。だが、勝ち目は十分にある。もちろん、私たちが完璧に連携を取り合うというのが前提条件となってくるがな」
「ぼくの『自壊因子』を使えば、それを彼女に流すだけで決着が着くんですけどね……」
「頑張れば加減できないこともないかもしれないが、練習できないことを本番でなってみりというのは不安が残るからやめておきたい」
流す……? あぁ、初めはクラウの能力で『自壊因子』を流して『自壊』させるという作戦だったのか。その作戦でも直接接触が必要なのだから、難度としては変わらないだろう。
「作戦の概要はさっき話した通りだ。ぶっちゃけ、その場で臨機応変に対応してほしい。ただ、タクマくんには『冥王』の力をある程度使いこなせるようになっておいてもらいたい」
「最低限それは必須だよな……。でもさ、俺は『冥王』の力で何ができるか把握し切ってないんだけど」
まだ筋力が強化されて、なんかオートヒールもできるよー程度のことを知ってるだけで、オオカミを狩っていた時も適当に剣を振っていただけだ。だが、クラウ相手にはそれじゃ足りないだろう。
出来ることを全て把握した上で、それらの力をある程度引き出す必要がある。その程度のこともできなければ、クラウ相手に勝つなんてことができる確率は皆無だ。
「アリシアくんに指導してもらいたまえ。私が教えたいが、私は『冥王』の力が使えないから、使い方がよく分からない。アリシアくん、明日からタクマくんのことを任せたぞ」
「分かりました」
流れるような速さで、明日からアリシアによる特訓が行われることが決まった。ちなみに、俺は特訓は嫌いではない。なぜなら、少年たる者、人生で一度や二度くらい最強に憧れるからだ。そして、その為に筋トレをしては諦めてきた。だが、この世界での俺ら向こうの世界での無力な俺とは一味違う。最強足り得る……と思える力がある。
クラウのことは抜きにしても、この力をコントロールできるようにはなりたいと思っていた。この力さえ、完璧にコントロール出来れば――。
「フッフッフッ」
「「気持ち悪いな」」
俺の口からこぼれていた不敵な笑いは、二人の女性によって一蹴されてしまった。
もうやめて! 二人とも! とっくにタクマのライフはゼロよ! もう勝負はついたのよ!
「まぁ、タクマくんの気持ち悪い笑みは放置して……、二人とも明日から仲良くするんだぞ」
シャドーさんのおかげで、俺がオーバーキルされるのは無事阻止されました……っと、めでたしめでたし。
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