異世界でマンション経営 - 異世界だろうと金が物を言うことに変わりはない -

霧谷霧夜

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「タクマ、いるー? 迎えに来たよー」

 コツコツコツ。部屋の外から足音が聞こえる。

「この部屋の壁は、音が漏れにくくなっているので、大声を出さない限り、あなたの存在はバレません。もっとも、鍵がかけてありますし、簡単には入ってこられないでしょう」

 さて、と。どうする俺。このままクラウと一緒にいるとどうなるか分からない。だが、この少女が言っていることが事実だという保証もない。
 選ばなければならない。こんな状況に陥った理由はまだ分からない。だが、この少女が言っていたようにクラウが記憶を操れるのだとしたら、ここに連れて来られる直前――だと思う――にクラウの部屋で気を失ったのは、クラウのせいなのだろう。
 あの時、俺の思考は尋常ではなかった。一人でいる時ならともかく、クラウと同じ部屋にいる時にあんな訳の分からないことを考えるだろうか?
 オオカミ狩りの時に、クラウは能力を使う際、左右の手にそれぞれ剣とミスリルを持っていた。おそらく、操るにしても触っていなければならないとかの条件があるのだろう。ミスリル自身の記憶なのか、クラウの中のミスリルの記憶なのかはいまいち分からないが、触れなければならないという条件があるのだとしたら、クラウの部屋で彼女は俺の頭に触れていた。
 ――つまり、条件を満たしていたのだ。更に、空いている方の手で自分の頭にも触れていた。おそらく、頭という媒体を介して俺は彼女に思考をいじられていた。あの時の思考は、彼女の思考だったのだろう、俺に流し込むためにわざわざ組み立てた。途中で、左右の手の役割を変えていた。初めは俺に思考を流し込み、その後に俺の思考やら意識やらを吸い取っていった――。
 少女の発言は筋が通っている。だが、俺はクラウを信じたい。

「声、出してもいいか?」

「……え? さっきのぼくの説明聞いてましたよね。今の状況は、あなたを救うための状況でもあるんです」

 止められることは分かっていた。
 おそらく、俺は止めてもらいたかったんだろう。クラウを信じているのだと、自分に嘘をつき、でも何も出来ないから仕方ないという状況を自ら作り上げたかったのだろう。滑稽とは、まさにこの事だ。

「仕方ないので、先ほど教えなかった情報を教えます。あなたを使っておびき寄せたかったのは、クラウディアさんです」

 そのことは、なんとなく分かっていた。俺が捕まえられたと聞いて、何らかのアクションを起こすのはクラウしかいないだろうから。だが――、

「何のために?」

 理由が分からない。

「殺すためです」

「なんでッ……むぐ」

 殺すなどという物騒な言葉を使った少女を問い詰めるためにうっかり大声を出しかけてしまった。当然だが、少女の手によって、俺の口は抑えられた。

「静かにしてください。理由……ですか。彼女に直接訊いてください」

 そう言って、少女はバックステップで俺から離れ、次の瞬間には姿が見えなくなっていた。

「何が……?」

何が起こったのかとあたりを見渡すと、扉から光が差し込んできた。

「お待たせ、タクマ」

 何故だろう。違和感を感じる。何だ?

「今、自由にするね」

 そう言い、俺の右手首から伸びている鎖を握る。その瞬間、クラウの手の中から金属片が飛び散る。鎖が砕けたのだろうか……? 他の鎖も同じようにして砕く。手段は分からない。
 ――あぁ、そうか。違和感の正体が分かった。

「なんで、こんな早くに俺のいる場所が分かったんだ? そもそも、なんでクラウの部屋にいたのに、俺はこんな風になってるんだ?」

 俺が気が付いたのは今さっき。もしかしたら、ここに連れ込まれてからかなり時間が経っていたかもしれない。
 クラウの屋敷で一晩明かして、一人で外出している時に捕まったのかもしれない。
 やはり、俺はクラウを信じきれなくなっている。もしかしたら、ずっとクラウのことを怪しんでいたのかもしれない。その疑心暗鬼が少女の言葉で爆発したのかもしれない。

「何……言ってるの? ほら、帰ろ」

「答えてほしいことがある。お前の能力について、詳しく説明してほしい」

 クラウが顔をしかめてから、周囲を見渡し始めた。――何をしているのだろうか? まるで、何かを探しているようだ。
 そして、その答えは、すぐに分かった。
 首の動きを止め、一箇所だけをじっと見つめながら口を開く。

「そこね」

 クラウの口の両端が軽く上がる。背筋に寒気がした。冷や汗が流れる。今まで見たことのない、冷酷な笑顔。
 足音をたてながら、視線の方向へ歩き、ある地点で止まる。そして――、

「見ィつけた」

 自身の顔の高さと同じくらいまで右手を上げ、前に伸ばす。そして、何かをめくるようなモーションをする。

「なッ」

 急な展開に、思わず声がこぼれてしまった。
 なぜなら、突如、クラウの目の前に黒髪の少女が現れたからだ。そして、いつ握ったのか、クラウは右手に黒い布を握っていた。
 さっきまで、彼女は何も持っていなかったはずだ。
 ――いや、それよりも、あの黒髪の少女は誰だ? 部屋が薄暗いせいで、顔の細部が見えない。
 もしかして、さっきまで俺と話していた少女だろうか? クラウの目の前の少女と、身長が同じくらいだ。何らかの魔法で姿を隠し、クラウによって見抜かれ、解除されたと考えるべきだろうか。
 あれ……? あの娘、どこかで…………。

「どうして、分かったんですか?」

 先ほどの少女よりも、少し声が高い。隠密系統の魔法に声を変える機能も付いていたのかもしれない。
 ――いや、違うか。さっき少女の姿が消えたのは、ローブの性能だという可能性もある。任意のタイミングでステルスできるなら、ローブ性能説もつじつまが通る。そして、そのローブが今はクラウの手に渡ったせいで姿が現れた。そもそも、ローブにステルス性能があるのはファンタジーのお決まりだしな。

「そんなことはどうだっていいでしょう?」

「あなたらしい答え方ですね。ここで会ったのも何かの縁でしょうし、死んでもらいます」

 少女が起伏も感情もない冷めた声で言った。

「お、おい! ちょっと待てよ、アリシア。クラウにだって言い分が……て言うか、そもそもなんでお前そんなにクラウのこと嫌ってんだよ?」

 慌てて飛び起きて、クラウの目の前に両腕の広げて立つ。

「……なんで、邪魔をするんですか?」

「クラウにも言い分はあるだろうし、あまりにも展開がいきなりすぎる」

 正直、殺意を持った人間の目の前に立つのは恐ろしいが、これは必要なことだ。

「私はタクマに守られるほど弱くはないわよ」

 さて……と。殺意を持った人間に挟まれるのがこんなに恐ろしいとは思ってもみなかった。
 ちなみに、今は夜ではないせいで、俺には一般人並みの力しかない。
 あー、怖い怖い。

「じゃあ、私はあの娘との決着をつけてくるから」

「おい、待てよ!」

 俺にとって、この世界で最も大事な人間は間違いなくクラウだ。さすがにクラウとは比べられないが、この少女も俺のとっては大切な存在だ。何となくそんな気がする。

 ――どちらも死なせるわけにはいかない。
 ――なら、どうする? 考えろ。思考を……脳を働かせろ。


「お取り込み中すみませんね」


 再度扉が開き、フード付きのローブを纏った闖入者が現れる。
 ――あれは、敵か? それとも……。

「ふぅん。あなたも来ちゃったんだ。まぁ、私としては一石二鳥だから構わないんだけどね」

 クラウの口から零れた言葉から察するに、あれは敵だ。

 バサりと音を立てて、闖入者がフードを脱ぐ。

「……え?」

 フードの中から現れたのは、クラウのの顔だ。いや、クラウに化けているだけか? それとも元からクラウのそっくりさん……?

「久しぶりだね、私」

「私? あなたと一緒にしないでもらえる、副産物さん?」

 状況に脳がついていけない。だが、先ほどまでの一対一での一触即発の雰囲気はなくなった。今度は、二対一になった。それでも、クラウはまだ余裕そうな表情をしている。
 ――いや、実際に余裕なのだろう。
 もしも、クラウの能力がアリシアの言った通りのものだとしたら、少しでもクラウが触れた時点で容易に決着がついてしまう。
 何やらガチでヤバそうな雰囲気になってきた。

「えーっと、ここらで戦力外の背景的存在の俺は避難しててもいいっスか?」

 口に出した瞬間、クラウを除いた敵サイドの二人の、計四つの冷たい視線を受けた。

「あ、やっぱダメですよね~。すみません」

 殺したいのがクラウ一人だけなら、別に俺この場にいなくたっていいじゃん! と言いたかったが、口にした途端に生命活動が停止させられそうだったから、止めておいた。

「……なぁ、なんでお前こんなに憎まれてんの?」

 すぐ近くに立つクラウに訊く。

「さぁ? もしかして、私が可愛いから嫉妬しちゃってるんじゃない?」

「いや、お前と同じ顔のヤツいるからそれはないと思うぞ?」

 明らかに、クラウは何かを隠している。だが、何を隠しているのかは見当もつかない。なんせ、情報が足りなさすぎる。

「あれ、アリシア君から聞いてなかったのかい?」

「すみません。予想よりもクラウディアさんの到着が早かったせいで……」

 申し訳なさそうにアリシアが言う。

「じゃあ、私が説明してあげよう。クラウディア君もそれくらいなら待ってくれるだろう? 君の手にかかれば、私たちの命なんて泡のような物なんだろうしね」

「まぁ、不都合な情報だったら、あなたたちを片付けてから消せばいいしね」

 そう言って、微笑むクラウ。
 何を消すのか? 恐らく、いや、間違いなく俺の記憶だろう。
 ここまで来れば、鈍感な俺にだって理解できる、クラウの恐ろしさを。

「じゃあ、クラウディア君の了承を得たことだし、話そう。私とクラウディア君について。そして、君とアリシア君の過去についてだ」

「俺の……過去?」

 なぜ、一体どうしてここで俺の過去の話なんかが出てくるのだろうか? いや、そもそも――。

「どうして、あんたが俺の過去について話すことができるんだ?」

 この世界の人間からしたら、俺は異世界人だ。恐らく、本来なら交わることのない、二つの隔てられた世界の住人だ。それなのに、なぜ――?

「細かいことは今から話そう。何事も順番が大切だ。順番という概念を与えることで、話にはストーリー性が付与される。そして、ストーリー性がある話は、話しやすく理解しやすい。ゆえに、順番は大切なんだ」

 文系なのかな? この女はなかなかキャラの濃い変人のようだ。

「では、話そう。これは、過去の物語だ」

「ちょっと待て。呼び方に困るから、とりあえず、あんたの名前を先に教えてくれないか?」

 非常に重要度が高いと思われる話を遮ってまでする質問かは分からないが、少しでも時間は稼いでおきたい。この場を穏便に済ませるためにも。

「私は、クラウディア・クロウド」

「名前まで一緒かよ……。まぁ、いいや。それで、あんたの話はどれくらいかかるんだ?」

「一日はかかると思う」

「長すぎるから、必要最低限なところだけで頼む」

 頭痛がしてきた。めんどくさい女だ。いや、この女もめんどくさいが、それ以上にこの部屋にいることがもうめんどくさい。何が悲しくて、こんな殺意に満ち溢れた空間にいなきゃならねーんだか……。

「そもそも、君が、私たちがクラウディア君に対して殺意を抱いている理由について疑問を感じたことが事の発端なのだから、少しは大人しく話を聞いていたまえ」

「長いし、めんどくさいから、話はもう終わりね」

 クラウが言う。気まぐれとは、まさにクラウのような人間のことを言うのだろう。

「……クラウ、日が暮れるまで、あとどれくらいかかる?」

 声を潜めて、クラウにだけ聞こえるように言う。

「ここに来るまでの日の位置からして、あと数分ってところだと思う」

「そうか。じゃあ、もう少し話を聞いても悪くは無いだろ?」

「別に、タクマの力は不要だから、関係ないと思うけど……」

 長話をする気は無い。気になるところだけをサクッと話してもらえれば、それだけでも数分くらいはすぐに過ぎるだろう。

「えーっと、時間の都合上、俺が気になってることについてだけ答えてもらうスタイルでいいか? それなら、あまり時間も要らないだろうし」

「まぁ、いいでしょう」

 さて、と。何から質問しようか。気になることは、結構たくさんある。
 まぁ、とりあえず、思いつくことを聞いていけばいいか。まだ時間はある……と思いたい。

「じゃあ、まず最初にあんたとクラウについて教えて欲しい。二人は、どういう関係で、どうして同じ顔と名前を持っているんだ?」

 とりあえず、気になってることの1つをぶつけてみた。

「まず、私は魔術師として有名な存在だった。そして、年老いていった。それが嫌だったから、不老不死になるの方法を探し、発見した」

 色々と省略されすぎている気もするが、何とか理解はできるレベルだ。そもそも、必要最低限と頼んだのは俺の方だ。

「私が、メーレル在住の国王に娘ができたと知ったのは、その娘が七歳の時だった。俗世間との交わりを避けていて、情報に疎かったせいだ。私は魔術師として、その娘の今後を願うという名目でその娘と二人きりで接触する機会を与えてもらった。そして、私はその娘の中に意識を移した。ちなみに、この方法が私が思いついた不老不死の方法だ。だが、その娘は特別な能力を持っていたのだ……」

「その娘はクラウで、能力ってのは、クラウが使える記憶操作? みたいなヤツのことか」

 さすがに、これくらいは推測できる。

「その通りだ。結論を言うと、実験は成功だったと言える。彼女の中で私と彼女の意識は争った。彼女は体をコピーし、その中に自分の意識を移した。ちなみに、クラウディア君を選んだ理由は、国王の娘なら色々と人生楽できそうってだけだ」

 人生舐めすぎたろ、コイツ……。

「そして、私の魔法使いとしての能力のほとんどはクラウディア君に吸収されてしまった。これは、その時には既に彼女の中身が歪んで捻じ曲がっていることを意味している。が、とりあえず、私は数十年分は寿命を延ばすことに成功したから、人目につかない建物で一人寂しく生きてきたわけだ」

 クラウが万能なのは、コイツから吸収したからでもあるのか……。

「あー、個人的感情はとりあえず放置してくれ。話が長くなる」

 日本語下手だろ、おい。聞いてて疲れてきた。

「済まなかった。では、話の続きを……」

「ちょっと待って」

 クラウが話を遮った。

「さっきの話、かなり誤解があるわよ? 私の能力は、ただコピーするだけよ? なんでそんなにめんどくさい記憶操作? なんて言い方してるの?」

 クエスチョンマークをたっぷり含んだ質問だ。自分のことなのに……。

「む、誤解があったか。では、クラウディア君の方から修正してくれたまえ」

「えぇ、冥土の土産に色々教えてあげるわ」

「え? 俺も死ぬの?」

「タクマからは記憶取るだけだから、安心して」

 いや、あまり安心できない……。まぁ、殺されないだけマシと考えるとするか……。

「まず、さっき言った通り、私の能力はコピー。あ、削除もできるよ。何も無い空間に体を複製できたから、その中に引越してこうなったみたいな感じ。その時、ついでに色々貰っちゃったけどね」

「聞いてて思ったけど、これ、どっちもどっちだろ……」

 クラウは体を乗っ取られかけて、魔術師の方は能力を盗られた。でも、クラウは魔法が万能になり、魔術師は寿命が延びた。つまり、お互い様だ。

「実は、そうじゃないんだ。私の魔法の能力を奪ったクラウディア君は、人体を作り出せた経験から、人間を作れるのではないか、と考え始めた。そして、複数人の人間を捕まえ、実験を開始した。その結果、誕生したのが、君たち二人だ」

 そう言って、俺とアリシアを指さした。

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