異世界でマンション経営 - 異世界だろうと金が物を言うことに変わりはない -

霧谷霧夜

勝算

「つく……られた……?」

 口からかすれた声がこぼれた。ふと、アリシアの顔を見たが、驚いているようには見えなかった。事前に聞かされていたのだろう。

「待ってくれ。俺は、クラウには嘘ついてたけど、こことは別の世界からやって来たんだりそれに、この世界には来てないけど、父さんと母さんだっている。だから、誰かと勘違いしてるんじゃないのか……?」

 普通の人間じゃなかったなんて、信じたくなかった。俺の言葉を聞いて、人違いだったで済ませて欲しかった。
 だが――、

「ふぅん、別の世界に飛ばされてたんだ……。タクマ、向こうの世界で死んだんでしょ?」

 俺が死んだなんて情報をクラウに伝えたことはなかった。なのに、クラウは知っていた。
 明言はされていないが、現実の厳しさを知った今日この頃だ。
 軽くふざけた思考をしていかないと、体が耐えられそうにない。

「あなたたちを作った時、死んだら再生して私の元に来るようにしておいたの。あ、それ以外は普通の人間と何も変わらないから安心して。タクマは、私の元に来た。でも、どうしてかアリシアはあの女の方に行っちゃったのよね……」

「つまり、ぼくも死んでいたということですか……」

「そ。で、死んで戻ってきたのは良かったんだけど、なぜか、作って間もないうちにあなたたちが居なくなっちゃったのよ。まさか、異世界に飛ばされてたなんてね……」

 話の流れについていけない。あまりにも、常識を逸脱しすぎている。

「まぁ、原因はさておき、あなたたちは無事死んでまたこの世界に帰ってきたから、お母さんとしては一安心一安心」

「母親だと……? 君が? フフ、相変わらず心が醜く歪んでいるようだな。せっかくだから、ここで決着をつけておこうじゃないか」

 話の流れについていけない俺を置き去りにして、クラウと魔術師の間に火花が飛び散り始めた。

「一つ、いいことを教えてあげるが、私が幼かった君の中で君と争った時、君の能力の一部分が私にも使えるようになったんだ」

 サッパリ理屈は分からないが、事実ならばクラウの圧倒的有利は揺らぐ。なぜなら、クラウの余裕の理由が触れば終わらせられるとちう自信から来ていると俺は推測しているからだ。
 クラウの味方である俺にとっては、悪いことのはずなのに、なぜか心の奥底で安心している自分がいる。
 恐らく、今の俺はどちらの味方でもない。
 先程までの話は、クラウ本人が言っていたから真実のはずだ。その時点で、俺の中でのクラウに対する信頼は崩れ落ちた。だが、魔術師を信じられるかと問われれば微妙なところだ。

「へぇー、つまり、触れば勝てるって言いたいの?」

 明らかに煽るような口調のクラウ。

「あなたが使えるのは私の能力の劣化版でしょ? だったら、あなたが私に触って能力を発動させても、その時には私もあなたを触れるんだから、すぐに私も能力を使い始めれば性能の問題で、勝てるのは私。残念でしたー」

「なら、試してみようか」

 クラウの煽るような口調にまったく耳を貸さず、落ち着いた様子でどこからともなく現れた杖を構える魔術師。虚空から物が現れることに驚かなかった自分に少し驚いた。
 一方、クラウは棒立ちで、どうぞ好きなだけで攻撃してくださいと聞こえそうな程、余裕な表情をしている。

 魔術師が杖を軽く振ると、彼女の周りに氷片が無数に出現し、杖をクラウの方に向けると銃弾のような速度で飛んでいった。
 間違いなく、一欠片一欠片に人を殺められるだけの威力が込められているだろう。
 だが、クラウは棒立ちのまま一歩も体を動かなかった。真っ直ぐ飛んでいった氷片は、クラウの体に触れる直前に、粉々に砕け散った。――まるで、見えない壁に行く手を阻まれたかのように見えた。

「これは、厄介だな」

 魔術師が、感情のこもっていない声で呟いた。
 確かに、攻撃が当たらないのならクラウに敗北はない。

「まだ色々試してみる? はっきり言って、今の私には誰も勝てないと思うけどね」

「確かにそうですね。ですが、ぼくたちの目的はあなたを殺すことにある。いえ、別に殺さなくても無力化させられればそれで構いません。どんなに勝ち目が薄くても、それはあなたを野放しにしていい理由にはなりません」

 先程から、俺同様に眺めているだけだったアリシアが口を開く。
 ぶっちゃけ、俺の中で一番謎なのはアリシアだ。彼女は、俺と同じような存在なのに、明らかに俺より冷静だ。自らの死も平然と受け入れていた。何が彼女をこうしたのか、想像もつかない。
 だが、彼女はクラウのことをハッキリと敵視している。どうすればいいのか分からずに固まっているだけの俺とは違う。

 俺も、そろそろ決めなければなるまい。クラウと魔術師、どちらの味方につくか。

「カッコイイこと言うわね。でも、一つ勘違いしてるよ? あなたたちの勝ち目は薄いんじゃなくて、そもそも存在しないのよ。これなら、あなたたちが私を見逃す充分な理由にならない? だって、どうせ止められないんだから」

「勝算はある」

 魔術師が口を開く。

「私が触れれば、それで勝ちなんだから」

「そもそも触れられないじゃない。そんなことも分からないのかしら?」

 確かに、さっきのシーンを見ただけで、クラウに触れられないのは明らかだ。近づこうとすれば、蜂の巣にされて終わるだろう。いや、もしかしたら形すら留めていられないかもしれない。

「いい加減、不愉快になってきたわね。あなたも苦しませてあげる」

 クラウが目線を落とし、魔術師の足元を睨むと、床がひび割れ、その隙間から木の芽が伸びてきた。
 芽は、魔術師の体に枝を巻き付けながら成長し、魔術師の背丈ほどまで伸びたところで成長は止まった。

「クッ……、こんなもの」

 魔術師が枝のうちの一本を睨むと、小さな火が出た。――だが、すぐに消えた。

「そんなことしても無駄だよ。その木は、私以外の力じゃどうすることも出来ない。それに、その木は絡み付いている相手の魔力を吸って成長したの。魔力がほとんど残っていないあなたは、もう何もできない。じゃあ、お次は……」

 次は、目線をアリシアに移した。

「あの魔術師の味方についた時点で、あなたは私の敵。残念だけど、あなたには死んでもらうね。その光景を目に焼き付けたあの女も後でじっくりと痛めつけながら殺してあげるから、あの世で待っているといいわ」

 言い終わると同時に、クラウの頭上に拳サイズの氷塊が数個現れた。
 ――あれをアリシアにぶつけるのだろう。
 ――勢いを持ってアリシアにぶつかった氷塊は彼女を殺すだろう。


 どうにもならない戦力差を自覚した彼女は、諦めたような表情でこちらを見た。


 その瞬間、俺は理解した。
 俺は、クラウを止めなければならない。
 たった一人の――妹のために。

 クラウが作り出した氷塊がアリシアに向かって動き出したのと、俺の足が動き始めるのはほぼ同時だった。

 これは、賭けだ。

 普通なら有り得ない速さで彼我の距離を駆けた俺は、アリシアに背を向け、彼女に向かって飛んでいった氷を腕でガードした。
 ――俺は、賭けに勝った。
 外が見えないせいで、日が暮れているかどうか分からなかったが、無事に『冥王』の力が発動してくれた。

「気付くの遅くなってゴメンな、有彩」

「ありさって……、誰?」


 ……え?
 てっきり、向こうの世界で俺より先に死んだ妹だと思って慌てて飛び出してきたのに、まさかの人違いでしたか……。
 いや、記憶を無くしている可能性もある。うん、そうじゃないと俺が恥ずかしすぎて死んじゃう。

「まぁ、今は何でもいいか」

 もう、後には引けない。話を聞く限りだと、クラウは危険すぎる。殺すという意見には賛同できないが、無力化はさせないといけないだろう。
 殺すという選択肢が俺の中に最初から無い以上、何とかして動きを止め、その隙に魔術師に能力を使って、クラウから色々取り上げてもらうしか方法は無い。

「タクマも、あの女の方につくの? それなら、タクマ相手でも容赦しないから、覚悟して」

 初めから手加減なんて望んでいない。どうせ、彼女に慈悲なんて期待出来ない。

「こっちも、手加減しないから」

 ちょっとやそっとの攻撃は、彼女にとっては痛くも痒くもないだろう。殺す気は無いけど、全力は出してもいいはずだ。そうしないと、魔術師も、アリシアも、俺も殺されるだろう。
 いや、もしかしたら、それだけではなく、この世界のすべての人間に危害を加えるかもしれない。それ程までに彼女は危険な存在なのだ。
 止めなければならない。だが、止めたところで、魔術師が身動きを封じられているのだから、どうすることも出来ない。

 ――いや、希望はある……かもしれない、たぶん。
 クラウの能力は、直接接触が原則のはずだ。もし仮にそうでないのなら、今この瞬間にも俺とアリシアは殺されているはずだ。あのコピーだか記憶操作だか訳分からないチート能力を使えなくても、クラウはどっちみち強い魔法が使えるから俺たちは殺される。
 なぜ、今この瞬間に俺たちを殺そうとしないのか。それは、俺たちを舐めているからだ。確かに、彼女には俺たちを見下し、甘く見る権利がある。
 だが、俺はそこにこそ勝算があると考えている。

「ところで、あの木は放置しておくの? あんな木生やせれるなら、林業に使いたい放題じゃん。いいなぁー」

「まぁ、あの木は勝手には消えないから放置だね。魔法使っても殴っても動かせれないよ。とりあえず、タクマとアリシアを殺したら、あの女を木ごと燃やそっかなーって思ってるとこ」

 おー、怖い怖い。完全に俺も殺る気になってんじゃん。

 ――恐らくだが、あの木は何とかなる。魔術師がクラウと同じチート能力を使えるのであれば消せるはずだ。コピーより記憶操作の方がしっくりくる。なんせ、クラウは能力を隠しておいた方が色々得だが、わざわざアリシアと魔術師が敵の能力について隠すメリットがない。それに、魔術師は同じ能力を使えるのだから、勘違いなんてこともないはずだ。
 つまり、木の記憶を操作すればよい。理屈やら原理やらはサッパリだが、消すくらいは難なく出来るはずだ……と願いたい。と言うか、そうじゃないと困る。
 たぶん、クラウは魔術師の能力は自分の劣化版だと思っているか油断している。たとえ劣化版でも、直接対決で使わない分には関係ない。効果は同じなのだから。

 ……そう言えば、重要なことを忘れていた。


「あのさ、なんでクラウのこと殺そうとしてんの? 今まで悪いことしてたかもしれないけど、あくまでそれって私怨だよな? なら、わざわざ命の危険を天秤に乗せる必要なくね?」

 理由が私怨なら、許せば万事解決のはずだ。さすがに、ここまで色々言ってクラウが許してくれるとは思えないが、無謀に突っ込むよりかは遥かに勝算があるはずだ……と俺は思う。
 さっき、クラウを敵に回してしまったのは、アリシアを妹だと勘違いしてしまったからであって、明確な敵意があっての行為ではない。それに、話を聞く限りだと、アリシアも特に被害は無さそうだ。今後、クラウが何もしないのであれば、今までの行為は水に流してもいい気がする。

「こちらから魔法を仕掛けたのに、逆に返り討ちにあったようなものだから、私の気が済まない。確かに、君の言う通り私怨が混じっているのは認めざるを得ない。今さら、国随一の魔術師を名乗ろうなんて願望はない。別に、奪われたものをすべて取り返したいわけでもない。なんせ、自業自得なのだから。だが、彼女が私から奪った魔術の中には、絶対に取り返さなくてはいけない魔術があるんだ」

 木に囚われたままの魔術師が言った。

「別に、私は水に流してあげてもいいわよ? ただ、少し気まずいからタクマとはもう一緒にいられないけど」

「え……、マジ?」

「うん」

 なら、迷ってる暇はない。どんな理由があっても命が最優先だ。一人の魔術師の私怨はとりあえず放置してもらうべきだ。

「アリシアには、どうしてもクラウを許せない理由ってあるか?」

「ん……、ぼくには無いですけど……」
 
 そう言って、魔術師の方を見た。
 なら、魔術師の私怨と、取り返さないといけない魔法とやらの問題について和解すればすれで万事解決だ。

「なぁ、クラウ……の体を乗っ取ろうとした魔術師……って、メンドイから、アンタの本当の名前教えろよ。体がクラウだから同じ名前名乗ってるんだろ? 本当の名前は何なんだ?」

 同名人物が二人いると、まともに名前を呼ぶことすらできなくて困る。

「すまないが、魔術師は戦争に駆り出されて人を殺めることもある職業で、怨みを買うことも多いため、本名は教えられない。ひとまず、シャドーとでも名乗っておこう」

 まぁ、本名を教えられないなら偽名でも何でもいい。とにかく、名前を呼び分けられれば今はそれでいい。

「ん、じゃあ、シャドーさんがクラウを放置できない理由って何なんだ? 私怨はとりあえず置いておいて」

「私が編み出した魔術だ。その魔術を心が汚れた彼女のような人間が使えば、大変なことになる」

 いやいやいや、アンタも人の体奪って不老不死になろうとする相当心がきったない人間だからな?

「んで、その魔術ってのはどんなやつなんだ?」

「力を集めて、他の物にまとめる魔術だ」

「ん? 別にはっきり言って特に問題なさそうだけど、それをクラウが使うと何が問題なんだ?」

 シャドーさんは、深く深呼吸をしてから、再度口を開き、言った。

「世界が、壊れる」

「……え?」

 俺の脳は、その言葉の意味を瞬時には理解できなかった。

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