異世界でマンション経営 - 異世界だろうと金が物を言うことに変わりはない -

霧谷霧夜

停滞

 今思えば、随分遠いところまで来てしまった。たった、数日前までは普通に生きていたのが、一度の事故のせいで知り合いが一人もいない異世界に招かれたのだ。
 これを孤独と言わずになんと呼べばいいのだろうか。

 目の前を歩いている白髪の少女に、全てを打ち明けるべきだろうか。俺が、こことは違う世界からやってきた人間であるということを。客観的に見れば、それは間違った行為ではないだろう。
 まず第一に、世話をしてもらっている立場で、事情を何もかも隠しておくというのは俺の良心が痛むから。
 そして、第二の理由に、打ち明けなければ得られない情報もあるからだ。
 この世界において、他の世界からの転生者や転移者が珍しくないとしたら、記憶喪失という嘘をついたことは愚策となる。かと言って、打ち明けたとしても、転生者が珍しい――というか、俺一人だけだった場合信じてもらえずに危ないヤツとして見放されるリスクを伴っていることは確かだ。
 ――ハイリスクハイリターンの賭けに出るか、停滞を望むか。この二つを乗せた天秤がどちらに傾くかは、すべて俺次第なのだ。焦る必要はない。
 考え事をしながら歩いていたせいか、思考が一段落ついた時には、そこはもう整理整頓が施されている綺麗なクラウの部屋の中だった。




「それで、話ってなぁに?」

 考えろ。ヒントは何も無い。賭けに出るか、停滞のままか。どっちにする。選択権は俺にある。
 ――無理やり、実体の無い二つのものを乗せた天秤を傾けて、口を開く。

「いや、話って言っても大したことじゃないんだけどさ。お前って、なんでスクルージとの結婚をそんなに嫌がってるんだ?」

 ……停滞だ。停滞でいい。根性無しと言われても仕方あるまい。だが、わざわざ今からの生活を危なくさせる必要は無いじゃないか。

「うんとねー、何となく……かな」

「……何となくって何なんだよ。じゃあ、なんで俺の面倒を見ている? クラウからしたら、まったくメリットも何も無いじゃないか。あるのはデメリットだけだ」

「……言われないと、分からないの?」

 そう言って、応接室でしてきたように、俺に抱きついてきた。
 ――だが、何故だろうか? 悪寒しか感じない。
 目を閉じる。別に意味は無いが、考え事をする時の癖だ。
 いや、そんなのはおかしい。外見で言えばクラウはかなりの美少女に分類させる。中身もそうだ。見ず知らずの俺を助けてくれたじゃないか。なら、なんで? どうして、俺は素直に喜べていない……?

「あー、そういう事か。ようやく、分かった」

 口からこぼれた声は、自分の声だと思えないほどに、低くしわがれ、冷めていた。

「何が分かったの?」

 クラウが尋ねてくる。
 思わず、笑いがこぼれてきそうだ。そうか、これほどまでに滑稽なものは見たことがない。そうか、俺は――、人が嫌いだったのか。そして、命の恩人とも言える目の前の少女のことでさえ――。

「いや、何でもない」

 なるほど、これは罰なのだ。俺は異世界に転生できて、衣食住にも今のところ困ってはいない。便利な能力まで与えられた。
 だが、考えてみろ。初めの俺の格好は、全裸だった。つまり、誰かの助けがなければ、その時点でゲームオーバー。衛士にでも見つかっていたら公衆わいせつで捕まっていただろう。つまり、この世界を一人で生き抜くことは出来ない。
 この世界に関する知識もない。誰かに従わなければ生きられない。少なくとも、初めのうちは。人を嫌っていて。でも、人に頼らなければいけなくて。この世界において、俺は何が出来るのだろうか? 考えるまでもない。大抵の事はできない。
 『冥王』の能力のおかげで、何かを実行する力はある。だが、その何かが何なのかを判断することは出来ない。判断出来なければ、何も実行できない。ただ、誰かに従うことだけ。かろうじて、それが今の俺に出来ることだ。
 ――さて、そんなことをして何になるのだろうか。俺に生きている価値はあるのだろうか。答えは、否だ。
 ならば、どうすればいい? 答えは、決まっている。簡単だ。それこそ、子供にでも分かる。
 ――ふと、頭にくすぐったさを感じ、目を開ける。クラウが右手で自分の頭をかきなぎら、左手で俺の頭を撫でているのが見えた。いつの間に抱きつくのをやめたのだろうか? そんなどうでもいい疑問が頭をよぎる。
 まだ、信用しきっていいのかも分からないが、少なくとも俺が今生きているのは彼女のおかげだと言っても過言ではないのだ。
 唐突に、クラウが俺の頭から手を離した。そして、また撫で始める。何故かは知らないが、左右の手の役割を変えていた。今度は、左手で自分の頭をかきながら、右手で俺の頭を撫でている。
 途端に、さっきまで考えていたことがどうでも良くなってきた。今は、この頭を撫でられている感触が思考を妨害している。気持ちいい。全てを委ねているような気分だ。気が、楽だ……。
 まぶたが重くなり、俺の意思に反して視界は狭まっていき、何も見えなくなると同時に、俺の意識も途絶えた。





「ここは、どこだ?」

 やたらと湿度が高く、気温もそこそこ高い。埃っぽい臭いまでする。暗いせいで、目が慣れていない状態で何も見ることができない。声の響き具合からすると、狭い部屋の中だろうか?
 よく分からない空間の中で、俺は冷たい床の上に横たわっている。
 どこのドッキリ番組だろうか? そう思ってから、直後にクラウの部屋になかったのだから、この世界にテレビは存在しないだろう。つまり、ドッキリ番組などというものは存在しないだろう、という考えに至った。
 なら、今のこの状況はなんだ?
 とりあえず、動くか。
 ジャラッ。だが、出来なかった。今感じたのは、冷たい金属の質感。おそらく、両手両足を鎖でどこかに固定されている。
 クラウなら、例えばこの鎖の性質を床にでも移して鎖を消せるだろう。だが、俺には――。
 いや、一つだけ分かったことがある。俺が何時間気を失っていたのかは分からないが、少なくとも今は夜ではない。つまり、長時間気を失っていたということだ。なぜなら、夜であれば『冥王』の能力で、拘束具を強化された筋力で壊せられるはずだからだ。
 そもそも、なぜ俺は気を失ったのだろうか? スクルージと対談して、応接室を出て、クラウの部屋に向かって、――それから? ということは、クラウの部屋だろうか? いや、クラウの部屋を出た後に何者かに拉致されて記憶を消された、あるいはショックで失ったという可能性もありえる。だとしたら、どれだけの記憶が消えているのだろうか? さっぱり分からない。
 徐々に目が慣れてきたが、手の届かない位置に扉が一つだけある狭い部屋の中にいるということしか分からなかった。これじゃあ、この部屋がどこにあるのかも分からないし、そもそも助けを呼ぶことも出来ない。声を出せば誰か来るかもしれないが、一番乗りは俺をここに閉じ込めている犯人だろう。

「ったく……」

 何でこんなことになったんだか……。そう続けようとしたが、言葉が口から出されることは無かった。なぜなら、勢いよく開かれた扉から光とともに人が入ってきたからだ。
 明るさに目が慣れると、入ってきた人間が視界に入る。俺の目の前に、真っ黒のフード付きローブを纏った小柄な人間が手にトレイを持って立っていた。横たわっているため、下から見ているが、なぜだか顔は見えない。そういう魔法でもかけてあるのだろうか?
 マジマジと見ている俺の視線に気づくと、トレイを床に置き、しゃがみこみ俺と視線の高さを同じくらいにする。そして、トレイを指さしながら、

「食事だけど、食欲はありますか?」

 そう訊いてきた。
 思わず、脱力しそうだった。どう聞いても、今の声は少女のものだ。なら、筋力では俺が勝っているかもしれない。それに――、

「パンと、スープ……か」

 スープは、具が少なく、食欲が無くても飲めそうだ。これは、俺のことを気遣ってのことだろうか?

「えーっと、質問いい?」

「どうぞ」

「なんで、俺こんなことになってんの?」

 これは、確実に訊かなければならない質問だ。

「まず、今ここにいるのはぼくだけですけど、共犯者が一人います。彼女がどこからどのようにしてか不明ですが、あなたをここに運んできました。そして、これからあなたを人質にします。ぼくが知っているのはこれくらいです」

 今となってはあまり役には立たなさそうな情報だったが、二つ気になることがあった。

「それ、俺に教えてもいい情報なのか?」

 目の前の少女(暫定)には、共犯者がいるのに、勝手に情報を漏洩しても問題ないのだろうか?

「なるべく、優遇させるように言われてるので、これくらいなら別に何も文句はないと思います」

 もう一つの疑問は、

「俺を人質にして、誰に何をするんだ?」

「あ、それは教えちゃいけないって言われてます。すみません……」

「い、いや、別にいいって」

 申し訳なさそうに謝る少女(暫定)に対して、こちらまで申し訳なくなってしまう。

「ところで、俺ここでこれから何するの?」

「いえ、特に何も」

「じゃあ、何か暇つぶしになるものとかないのか? ていうか、鎖外して」
 
 鎖のせいで、動きにくい、というか動けない。

「すみません。何かしらの道具を与えたり、鎖を外したりしたら、逃げられる危険性があるので、ダメだと言われてまして……」

 なるほど、確かに逃げられるようになりそうだ。だが、鎖を外したら少し気が楽になるな、程度のことしか考えずに要求していた。つまり、自分には逃げるつもりは無いのだろうか? まぁ、別にどうでもいいか。

「じゃあさ、話し相手になってくれ」

 我ながら馬鹿らしいとは思う。暇だとか退屈だとか抜きで、誰でもいいけど誰かと一緒にいたかった。それだけだ。
 ……どうして、誰かと一緒にいたいのだろうか? まぁ、人の本能か……。

「それぐらいなら、構いません」

 ぐぅー。腹が鳴った。恥ずかしいと思う前に腹が減っていたということに驚いた。気づかなった。

「まずは、食べてください」

 少女(暫定)が、彼女の足元のトレイを俺のすぐ近くまで滑らせた。うつ伏せになりながらなら、なんとか食べられる。

「……おいしい」

 スープは温かいし、パンは柔らかい。なぜだか、これだけのことに感動してしまい、零れそうになった涙を堪えながら、たちまちに平らげてしまった。

「こちらからも、質問いいですか?」

 完食を見計らってか、尋ねてきた。

「あぁ、答えられる範囲なら」

 断る理由はない。そもそも、話し相手になってくれと頼んだのは俺の方だ。

「では、あなたは、これまで何を食べてきましたか?」

 質問の意味が分からなかった。

「どういう意味だ?」

「少し、説明不足でしたね。あなたは、森で倒れているところをクラウディアさんに見つかってから私たちに捕まる前まで、何を食べましたか?」

「なんだ、そんなことか。ちょっと、思い出すから待っていてくれ」

 たしか、クラウに発見されて、メーレル行って、狼狩って、銭湯行って、寝て、起きて、家具とか買って……。あれ? 何かを口にした記憶が、無い。そういえば、トイレにも行っていない。

「覚えていませんよね、やっぱり」

「な、なんでなんだ!? お前には、その理由が分かるのか?」

「えぇ。なぜなら、あなたは実際に何も口にしていないから」

 少女(暫定)の声に、感情がこもっている。この感情は…………怒りだ。少女(暫定)は、何かに対して怒っているのだ。

「でも、今さっきまで、空腹感を感じていなかったし、覚えていないだけなんじゃ?」

 少女(暫定)が呆れたようにため息を吐いてから言う。

「いいえ。あなたは、実際に何も口にしていません。そして、空腹感を感じなかったのは、あの女――クラウディアさんのせいです」

「……なんで、そう断言できる?」

 今の質問は、あくまで確認のためだ。俺には、その理由が何となく分かっていた。

「ぼくともう一人で、あなたたちを監視していたからです。ただ、今は留守番中ですけどね」

 やっぱりか。銭湯に行った後で、クラウの言っていたことは正しかったのだ。そして、その正体はコイツだったのか。

「で? クラウのせいってのはどういう意味だ?」

 こっちについては、さっぱり分からない。クラウが人の感情を操作する能力でも持っていたのだろうか?

「オオカミ退治の時にあなたは見ていたはずです。クラウディアさんが、剣にミスリルの性質を付与させる場面を」

 いまいちピンとこない。

「それが、どうかしたのか?」

「クラウディアさんの能力は、物の性質の付与なんかではありません」

「じゃあ、何なんだよ? あの時クラウはミスリルの性質を剣に付与させてたじゃねーか」

 少し、イラついてきた。話が遠回りし過ぎだ。

「彼女の能力は、記憶操作です。あの時、彼女はミスリルの性質ではなく、彼女の中のミスリルの記憶を剣に付与させたんです。そして、あなたの記憶を操作し、偽の満腹感を与えさせた」

「なら、あの時にミスリルを実際に手にする必要はなかった。そもそも、ミスリルはクラウの手から消えていた。なら、ミスリルの実物が必要だったということだ」

 本格的にイラついてきた。今目の前にいるコイツは、クラウのことを非難している。俺の命の恩人とも言える、クラウのことを。

「そんなのは、たまたまミスリルを見つけて手に持ち、魔法で光を灯しあなたの視界が奪った瞬間にどこかに隠したんでしょう」

 筋は通っている。だが、クラウが嘘をついたとは思いたくなかった。

「確かに、お前の言ってる事は筋が通っている。でも、俺の言ったことだって筋が通っているはずだ」

「あなたにとっては筋が通っています。ただ、ぼくから見ると、筋は通っていません。しかし、その証明は今はできないので、少し待ちましょう」

「何を?」

「すみません。答えられません」

 はぁ。なんだか、一気に力が抜けた。
 今は何も分からない。でも、待てば分かるんだったら、待ってみようじゃないか。

「ところで、お前性別は女……で合ってるよな? 何歳なんだ? それと、名前は?」

「えぇ。女で合っています。年齢は、14歳です。名前は、アリシアということにしています」

「……している?」

 つまり、偽名ということか。

「全部、終わってから、ちゃんと説明します。あなたの自己紹介もお願いします」

「えーと、キララ・タクマ、16歳。見ての通り男だ」

「キララ……タクマ。やっぱり……」

 ……やっぱりの後に何と言ったのかは、聞こえなかった。何がやっぱりなのだろうか?

「それにしても、14歳……か」

 アリシア(仮)が、俺の独り言に反応してきた。

「何か文句でも?」

「いや、何にも」

 会話終了。別に問い詰められても大して問題は無かったが、好き好んで話したい話題ではない。
 本名は不明だが、とりあえず、彼女が俺の中で、少女(暫定)からアリシア(仮)になった。

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