異世界でマンション経営 - 異世界だろうと金が物を言うことに変わりはない -

霧谷霧夜

喧騒

「ふあぁ~、よく寝たよく寝た」

 窓から降り注ぐ眩しい光に目を覚ます。
 ――夢じゃなかった。異世界に転生したことも、自分が交通事故で死んだことも、すべて。
 もしかしたら、夢なのではないかと頭の片隅では思っていたが、昨日寝た部屋で起きた。つまり、夢ではなかったのだ。
 クラウが掛けてくれたと思われる毛布から体を抜く。

「あれ?」

 ベッドを見てもクラウがいない。どこかに出かけたのだろうか? それとも、俺を養うのが嫌になったか。

「むにゃむにゃ」

 俺の上にかけられていた布団の中から奇妙な音が聞こえてきた。
 俺はもう起きている。幽体離脱でもしてしまったのだろうか?
 ガバッと毛布を引っ剥がす。

「……うにゅ?」

 奇妙な声を立てて、毛布の中から現れたのはクラウだった。

「……おいおい、勘弁してくれよ」

 まさか、すぐ隣で寝ていたとは……。昨日ベッドで寝るように言っておいたのに。

「ふわぁ~」

 クラウは大きくあくびをして、数回瞬きをした。

「おはよう、よく眠れた?」

 キャラではないが、優しく声をかけてみる。ちなみに、この行動をやってみた理由はただ単にやってみたかったからだ。要は気分だ気分。

「あ……れ? タクマ? 私、どうして……?」

 いまいち状況を理解しきれていない様子のクラウだったが、徐々に顔が紅くなっていった。昨夜自分が何をしたのか思い出したのだろう。ちなみに、今の状況に説明が欲しいのは俺の方だ。

「今の状況について、できるだけ詳しく説明してほしいんだけど?」

 勢い余ってクラウを襲ってしまったなんてことがないと願いたい。逆もまた然り。

「タクマが寝た後に、寒そうだなーって思って毛布をかけようとしたんだけどね、ついうっかり寝ちゃったの。そのままタクマのすぐ横で」

 なるほど、つまり色々あったけど何も無かった……みたいな感じなのか。

「毛布さんきゅ」

 今さらになってからベッドに毛布がないことに気がついた。俺のせいでクラウが寒い中寝ることになる所だったのか。俺のせいで――。

「毛布って一枚しかないのか?」

「うん。あ、でも、タクマも来たから買った方がいいよね。今日買いに行こ?」

 クラウに迷惑をかけるのはもう嫌だ。でも、クラウに依存しないとこの世界ではまだ生きていけないのだ。

「ダーッ! もう考えるのめんどい!」

「じゃあ、買いに行こ?」

 これで、俺は人間として大事なものをまた一つ失ったのであった……。まぁ、いつか全額を返せるように頑張って働かないとな……。


 太陽の上がり加減からして、今は十二時ってところだろうか。だが、たまに吹いてくる風には少しの肌寒さが混じっている。
 様々な人種が入り混じりながら賑わっている街を、カバンを肩から下げたクラウの後を付いて行きながら、目的の店に向かった。



「これで、必要なもの全部揃った……んだよな?」

「うん、問題ないはずだよ」

 ゴロゴロと音を立てながら、様々な生活必需品を載せた荷車を引きながら、会話をする。
 必要なものを全部買ってもらってしまった。いくら成り行きとは言え、自分の情けなさにうっかり涙がこぼれそうだ……。

「本当に悪いな」

「別にいいよー」

 クラウは何とも思っていなさそうだが、申し訳ない気持ちには変わりない。
 それにしても、クラウはとてつもない金持ちなのかもしれない。この世界の基準はよく分からないが、これだけの量の物を一気に現金で買えるとは只者だとは思えない。買い物中にちらっとクラウが持っているカバンの中が見えてしまった。そして、その中には大量の金が入っていた――。

「なぁ、クラウっていつ働いてんの? 俺と会ってから一回も仕事いってないよな?」

「う、うん。しばらくは休もっかなーって思っててね」

「クラウも、オオカミとか狩ってんの? それとも、他に効率のいい獲物が……?」

 クラウは分からないところが多すぎる。俺のことを全面的に助けてくれているけど、裏が感じられない。さすがに、善意100%でここまで何でもかんでも奢ってくれるとは思えない。だが、捨てるほどに金が有り余っているのであれば話は別かもしれない。

「うーん、私もたまには働くけど暇つぶしみたいな感じだしねー」

「ならなんで……」

「この話はもうおしまいっ! またいつか、絶対に話すから、ね」

「わ、分かった」

 まったく、こう言われてしまってはこれ以上の言及が出来ないではないか。クラウの言ういつかがいつかは分からないけど、話してくれるのを待とうではないか。

「あ、荷車引くの代わろっか? ずっとタクマに任せっぱなしじゃ悪いし……」

「いや、別に構わねえよ。俺の方こそ色々買い揃えてもらってるんだしさ」

 買ってもらうだけでなく、力仕事までやってもらったら自分の情けなさに泣いてしまいそうだった。

「でも、あと少しで宿に着くから代わってよー。私も荷車ゴロゴロしてみたいーっ!」

「や、やりたかったのかよ……」

 やりたいと言われてしまっては、やらせない訳にはいかない。なんか、もうどうでもいいや。やりたいならやってもらうとしよう。

「ほら、はい。疲れたらいつでも言えよ?」

「うん! ありがとー」

 荷車を引く役を代わってもらった途端に、街を見回す暇ができた。今までは気付かなかったことが見えてくる。

「あの男しょぼくね? 女子に荷車引かせてやんの。まったく、付き合わされてる娘も可哀想だぜ……お! お前ら見てみろよ。あの荷車引いてる白髪の娘、結構イケてるぜ」

「お、ホントだな。にしてもよー、あの男まじダッサ。全身真っ黒とかどんなセンスしてるんだか」

「親の顔が見てみたいもんだな」

 クックックと悪者風の笑い声を上げながら、それぞれ赤、金、紫色の髪の三人の男たちが俺の悪口を言っているのが聞こえてきた。俺のことをダサいと言うだけあって、なかなかオシャレな服装であることは認めなければならない。三人とも性格は嫌な感じだが、顔立ちが整っていて背も高く、うっかり殴りたくなるような見た目をしていた。オシャレで派手な色の服が似合っている。
 ちなみに、無地の真っ黒なのはさすがにダサいと言われるのは仕方ないことだが、無関係の人間にここまでボロクソに言われるとつい涙の一つもこぼしたくなってくる。

「タクマ、あんなヤツらの言うこと気にする必要なんてないよ。急いで帰ろ?」

「あぁ、そうだな」

 クラウが荷車を引くスピードを上げながら俺に言う。

「おいおいおい! テメェ今なんて言った? 俺らのことをあんなヤツらって言ったのかッ!?」

 ハァ……。赤髪が近づいてきて俺の耳元で大声でギャンギャン言ってきた。
 ……ったく、俺に言うなよな。言ったのクラウじゃねぇか。

「それ言ったの、俺じゃねぇけど? アンタら耳悪いの? 馬鹿なの? あと唾飛んできた。汚ったね」

 とりあえず、煽ってみた。
 さすがにこんなヤツらでも、こんなに人通りが多い場所で手を出してくるほど愚かではないだろう……たぶん。

「やる気か? あぁん?」

「もうコイツ殺っちまおうぜ? ウザイしよー」

 紫髪と金髪がニヤニヤと音が聞こえてきそうな顔で言う。
 コイツら馬鹿にも程があるだろ……。
 だが、相手がその気ならこっちもその気にならなくてはならない。つまり、殺す気でやる――。そのためには、まずは敵の分析をしなければならない。敵の一挙手一投足にまで目をやって、可能な限り情報を集めるのだ。

「お? ビビって声も出ねーのか?」

 無視だ無視。情報収集に集中するんだ。

「もう殺っちまおうぜ?」

「まぁ、待てって。――ちょっとそこのお嬢ちゃん、俺たちと遊ばねえ? こんな男よりも百倍マシだと思うぜ?」

 急かす金髪を赤髪が制止しながらクラウをナンパする。クラウにまで手を出すつもりかよ、コイツら。

「え? 嫌だけど……」

 ハッ、フラれてやんの。いいザマだぜ。
 フラれた赤髪の男の顔が髪の色同様に赤くなっていった。

「ケッ、このクソ女め」

 ――これらの会話の内から必要な情報をある程度得ることができた。恐らくは赤髪の男がリーダー格だ。紫髪と金髪は血の気が多い……まぁ、赤髪もだが。そして、一番大事なことは、三人とも俺のことを完全に舐めきっているということだ。
 赤髪を最初に潰せばあと二人はリーダーの敗北という事実を認識できずに何秒か動きが止まるはずだ。その間に二人も潰す。
 三人ともズボンのポケットに手を突っ込んでいる。恐らく、武器か何かを隠し持っているのだろう。だが、ポケットの膨らみ具合からしてあまり大きいものではないはずだ。
 いつ仕掛けてこられても良いように、腰に帯剣しておいた剣の柄を手で掴む。
 周囲の人々は、ただならぬ雰囲気を感じ取ってか俺たちから離れていく。幸い野次馬のような人間はいないようだ。

「死ねやこんにゃろうがあー!」

 赤髪の声を合図にして、男どもが一気に襲いかかってきた。三人とも手にはナイフを持っている。男達に向かって、昨日クラウによってミスリルの性質を付与された剣を向ける――。たとえ『冥王』の能力が使えない昼間だとしても、武器の性質で勝てるはずだ。

 勝負は呆気なく終わった。
 誰かが通報したのか、それとも偶然俺たちのことを発見したのかは知らないが、「そこーッ! 何をしている! 全員武器を落として両手を挙げなさい!!」という寒さも吹き飛ばすような暑ぐるしい声の妨害によって、俺が剣を振る間もなく終わってしまった――いや、そもそも始まってすらいなかったか。

「うげ、お前ら逃げるぞ! あれはこの街の衛士長だ!」

「ま、マジかよ」

「俺、衛士長初めて見たぜ……」

「いいから、早く来い!」

 赤髪の男に従って、三人の男どもは慌ただしく俺の視界から消え去った。

「助けてくれてありがとうございました。ほら、タクマも」

「あー、衛士長って昨日のアレか。鎧で全身覆ってるせいで誰か分からなかったぜ」

 そう言うと、衛士長は頭から兜を外した。すると、昨日見たオッサンっぽい顔が中から現れた。

「ほぅ、タクマ殿たちだったのか……。さっきの騒ぎは一体……?」

 俺とクラウは、三人の男が俺たちに絡んできたことを手短に伝えた。

「ふむ、つまり君たちには特に非がないということだな」

 俺たちの説明を聞くと、衛士長のオッサンはそう言った。

「理解が早くて助かる」

 このオッサンは、第一印象は最悪だったが案外いい人なのかもしれない。俺のことを知っても金で黙秘してくれ、今は一般人としてチンピラから助けてくれた。

「助けてくれて助かった。じゃ」

 軽く右手を挙げてこの場から立ち去ろうとした時、

「衛士になる気にはならないのか?」

「しつこいッスよ。手伝って欲しくなったら手伝うんで、また教えてください」

「そうそう、タクマはそんな男臭いところじゃ働かないもんねー」

 衛士の仕事を思いっきり馬鹿にしたようなセリフを吐きながら、クラウは俺の左腕に右腕を絡ませてきた。まるでリア充のようではないか。……チンピラどもが走り去った後になってから集まってきた野次馬たちの目線が痛い。

「……ったく、君は失礼だな。衛士はこの街の平和のために働いているんだぞ? 褒められるのは分かるが、けなされる理由は分からないのだが……」

 衛士長が顔をしかめながら言った。
 まだ、衛士が何をしているかはよく知らないが、名前からして街の防衛をしているのだろう。どうしてクラウはこんなにも衛士に突っかかるのだろうか?

「……別に」

 今まで見た中で最も冷めた声でクラウが言った。何か恨みでもあるのだろうか?

「まあまあ、今日のところははこの辺で……。ほら、帰るぞ、クラウ」

「うん」

「じゃ、またいつか」

「う、うむ。何かあったら頼らせてもらう」

「りょーかい」

 今度こそ、軽く右手を挙げて衛士長に背を向けて歩き始める。ちなみに、左腕に絡みついたままのクラウの右腕のせいで動きにくいことこの上ないのだが、クラウは離れる気はないようだ。
 俺たちを取り囲んでいた野次馬の輪だったが、俺とクラウが近づくと道を開けて通してくれた。



「うへぇ、疲れたぁ」

「ホントだね」

 宿屋の部屋に荷車の荷物を運んでから、荷車を貸してもらった店まで戻してから、また部屋に戻ってきた。
 あのチンピラどもといい、街の住人たちといい、喧騒の二文字がピッタリだ。

「オオカミ狩りとは別の意味で疲れたぜ……。衛士長が来てくれてホントに助かったよな」

「うん、そうだね」

 と、他愛もない会話をしていると、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「はぁ~い」

 クラウが返事をしてからドアを開ける。
 そこには、黒色の執事服を来た茶髪セミロングの少女が立っていた。服が少し汚れていることから、ここに来るまでの苦労が見て取れる。歳は、パッと見俺やクラウと同じくらいだろう。
 少女なのに執事服とは、なかなか分かっているではないか。

「あれ、どうしたの? 屋敷の方は大丈夫?」

 ――話が分からない。

「誰?」

「あー、私の家でお手伝いさんしてくれてるロトス。タクマとは初対面だったね、そういえば」

「タクマさんでいいんですね? クラウ様のお屋敷で召使をさせていだいていているロトスと申します。以後、お見知りおきを」

 いかにも召使といった感じの丁寧な口調だ。
 さぞや仕事も丁寧なのだろう。

「それで、どうしてロトスがここに来たの?」

「クラウ様、大至急お屋敷にお戻りになられて下さい!」

 ロトスの緊迫した声が、狭い部屋の中に響いた。

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