転生したら美少女勇者になっていた?!
第二十三話-修羅場
~~~~~
「ゾルフ! エラ! 無事だったんだな!」
今一番会いたかった人の名前を聴き、俺は上半身が裸なのも忘れて飛び出した。
エルバークさんが何事か呟いて慌てて手を伸ばしてくるも、一瞬足りない。
言い終わる頃にはドアは完全に開け放たれてしまっていた。
外から入ってきた風が地肌を撫でる。
ぶるると身震いし、引っ掴んできた毛布を肩から掛ける。
だが、下から入り込むようにして身体をまさぐる風にくしゃみを抑えることが出来なかった。
火照っていた体が急激に冷えていくのを感じる。
ささやかながら頭がスッキリした思いだ。
視界が明瞭になる。
眩しい外の光景に網膜を焼かれるも、二人の顔を認識する頃には既に意識外にある。
よかった、どちらも無事そうだ。
服の汚れなどを見ても大事には至ってないらしい。
安堵のため息とともに、目尻にうっすらと湧き上がってくるものがある。
それらをごまかすように、俺は二人へと微笑んで見せた。
そういえば彼らはどうやって追いついたんだろうか、と疑問を抱き、改めてゾルフ達の方を見やる。
彼は後ろにエラメリアを乗っけて、ソリのような乗り物を四匹のクラッドウルフに引かせて俺たちに追いついてきていた。
「おう。この通りピンピンしてるぜっ・・・ってステフなんだその恰好はァァァァア?!」
会って早々に絶叫とは。落ち着きがない奴だ。
・・・と思ったが、そういえば今の姿は上半身裸であったことを思い出す。
目の前に半裸の人間が飛び出して来たら、そりゃ叫ぶか。
「ん? ああこれ。さっきまでエルバークさんに汗を拭いてもらってたんだ」
「・・・それはお前からお願いしたのか?」
「いや、エルバークさんの方からやってくれるって。せっかくだからお言葉に甘えさせてもらった」
「そうか」
「うん。お菓子くれたり服脱ぐの手伝ってくれたり、色々と優しいひとなんだぜ! ゾルフ達もちゃんと話し合えばきっと仲良くできるよ」
「・・・ふーん。そいじゃま、とりあえず中失礼するぜ。ここじゃ話したいことも話せないからな」
「わかった。エルバークさんも大丈夫ですよね?」
「へ? ・・・あ、ああ。構わないな」
「お邪魔しまーす」
そう言ってトンっと飛び移ってくる。エラメリアもそれに続いた。
それを機にクラッドウルフたちが足を止める。役目を終えたとばかりに遥か彼方へ散らばっていった。
謎の光景にしばし無言で見送る。
説明を求め後ろの二人を振り返るも、生憎とどちらもそんなことは話せるような雰囲気ではなさそうだった。
ていうか、さっきから全く口を開かないエラメリアが怖い。
俺の姿を親のカタキのようにガン見している。そしてその視線はエルバークさんの方に流れていく。
その瞳は静かながらも激しい闘志に燃えていた。
彼女はにっこり笑うと、エルバークさんの方へ会釈をする。
ガッチガチに固まった彼の方も、ギリギリのところで挨拶を返す。
僅かに傾けた彼の首に玉のような汗が流れ落ちたのを見逃さない。
これから起こるであろう修羅場は、三人の瞳が雄弁に物語っていた。
~~~~~
キッツキツになった車内で、俺はエラメリアの膝の間でちょこんと座って事の行く末を見守る。
流石に二人も増えてしまえば席が足りないため、仕方がなくこんな状況になってしまったのだ。
いやーまいった。これはまいった。
こんな恥ずかしい姿勢、普通だったら耐えられないよ。
だけどほら、こうでもしなきゃみんなが乗れないからな。
それに今の俺は女の子だし。同性だから問題ないし。
頭の悪い言い訳を頭の中でダラダラ述べていると、まずはエルバークさんが切り出した。
「・・・始めに、お二方は本当にお疲れさまでした。あなたがたがいなければ我々は今頃ここにはいないでしょう」
「気にすんな」
「ええ、それぐらいなんてことありません」
「いえ、それでも私はあなた方にちゃんとしたお礼を言いたい。改めて、私達の命をお救い頂きありがとうございました。後ほど粗品ですが感謝の意をお持ち致しますので・・・」
なんかこの人、最初と違ってやけに下手に出るな。
心変わりでもしたのだろうか。
「大げさだな。オレらにとっちゃあんくらい朝飯前だ」
「その通りです。よってお礼品も要りません。但し代わりと言っては何ですが、これから私が質問することに関して正直にお答えいただければ幸いです」
「そ、その前に! あの後何があったのかお聞かせ願えませんか? 私達に追いつくのには結構距離があったと感じたのですが」
あからさまな話題転換。
だがこれは俺としてもかなり気になっていた部分でもあったので、ここぞとばかりに便乗させてもらう。
「あ、それ俺も聞きたい。なんかクラッドウルフを手懐けてたっぽいけど?」
「別に、ただ単に捕まえて足にしただけだぜ」
「それにしては逃げる時のヤツらの表情が緊迫してたんだけど・・・」
「ちょっとだけ厳しく躾をしたからな。まあそれは今度また話してやるよ」
そっけなく返されてしまった。この話題はここまで、とばかりにゾルフは手を鳴らす。
これはもうこの先話を聞かせてくれないやつだ。
尋ねたいことはまだあったが、こうもガッチリガードを張られたんじゃ深追いすることもできない。
仕方なくここで引き下がることにした。
さて、では本題に入ろうかとエラメリアが姿勢を正す。
反動で俺がずり落ちそうになる。
そこを彼女がガシッと抱き留めてくれた。
なんか人形みたいな扱いだな。
頭の真後ろから声が通る。
「私から一つ、お尋ねしたいことがあります」
「そのまえに、菓子などどうです? 一級品ですよ」
エルバークさんは従者を呼びつけようと席を立つ。
しかし、ゾルフが床を物凄い音で踏み鳴らすことにより一喝。
再びスゴスゴと着席した。
エラメリアが続ける。
「お気遣い結構。そんなことよりも早くこの状況を知りたいので、そこまでお菓子を食べたいならさっさと正直に答えてください」
「はぃ・・・」
声から抑揚が消えている。
エルバークさんも諦めたのか、返事に力がこもっていない。
こんなエラメリアは見たことがないが、多分激オコだろう。
何が彼女を変えてしまったのだろうか。
ひとり状況が全く読めていない俺は首を傾げる。
そんな子供は差し置き話は進んでいく。
「ではまず、ステフが裸にされていた件ですが。これはあなたの犯行と見てよろしいですね?」
「犯行って・・・エルバークさんは俺が風邪をひかないように汗を拭いてくれてたんだ」
「そ、そうだ! 私は断じて下心があったわけではない」
「ほぉう」
エラメリアの目がスッと細くなる。
今度は俺の方に話題を振る。
「その状況に至るまでを詳しく聞かせて貰ってもいいですか?」
背後に向けて話している様は何ともシュールだ。
そんなツッコミはひとまず置いておき、俺はあったことをすべて話した。
エルバークさんが車を発進させ、俺が怒ってしまったこと。
だが彼にもちゃんとした意図があり、自分が間違っていたと気が付いたこと。
それでも罪悪感に項垂れる俺に、彼は優しくお菓子を振舞ってくれたこと。
謎の感情で熱くなっていたところに、身を差し出し気持ちよく寝られるように気を遣ってくれたこと。
その後も色々と世話を焼いてくれ、本当は嫌だろうに汗の処理などを手伝ってくれたこと。
上半身が裸なのはそのせいであり、全く持ってヘンな状況ではなかったのだということ。
出来るだけエルバークさんが悪くならないように心がける。
それが今できる最大の予防線だった。
思えば今の体は女の子だ。
二人はそんな俺にエルバークさんが手を出そうとしたんじゃないかと勘繰っているのだろう。
確かに再会した瞬間の姿を見ればそう誤解するのも無理はあるまい。
だから、あの状況は決してやましい事などなく、俺がお願いする形で起きていた事なのだと説明する。
その過程で湧き上がった妙なドキドキも、恥ずかしかったけれどちゃんと話して聞かせた。
もしかしたらそれは恋的な何かかもしれないって事も含めてだ。
真偽はどうあれ俺自身は彼に好意を抱いていることを強調し、二人にも信用を勝ち取ろうという算段だ。
じっくり十分ほどかけて話し終わり、ふぅと一息つく。
自分的には結構うまく話せたんじゃないかと思う。これで誤解は全部解けただろう。
話している最中にチラリと横目で見やると、エルバークさんは顔を蒼白にしてプルプルと震えていた。
歯が浮くような誉め言葉を多用したせいで、もしかしたら気持ち悪がられたのかもしれない。
そう考えるとちょっと悲しいが、彼を擁護するためには仕方がないことなのだと我慢しよう。
何事も結果が大事なのだ。
満足げな顔でエラメリアの言葉を待つ。
少なくとも否定的な印象は薄れたに違いない。
そんな確信の下、俺は彼女の言葉を今か今かと待ち構えていた。
じっと黙って聞いていた彼女はしばし黙考した後、ふとある疑問を寄越してくる。
「そのマカロンはここにありますか?」
「え? いや、全部食ったけど・・・何か関係が? 言っとくけど、変なものが入ってたこともないから」
「そうですか。いえ、別に。ちょっとした疑問です」
なんなんだ?
予想外の反応に困惑する。
特にマカロンは関係がない話題だったはずだけど。
・・・あ、もしかしてエラメリアも食べたいのかな。今のは遠回しの欲しいアピールだったのかもしれない。
なんだ、だったら俺がエルバークさんにそう伝えてやろう。
そう考えて体面に座るエルバークさんの方に目を向ける。
彼は相変わらず真っ青な顔で小刻みに揺れていた。
ちょっと、この人マジで大丈夫かな。病気なんじゃないかってぐらい汗が額を伝ってるけど。
まあ従者も特に何も言ってないし、平気なのかもしれん。
俺はあえて気にせず話しかけることにした。
だがエルバークさんに声を掛ける前に、エラメリアが更なる質問を浴びせてくる。
「話は変わりますが、ステフは彼に対してどんなイメージを持っていますか? ぱっと思いついた事を話してください」
突拍子もないその質問に、疑惑の意を隠し切れなかった。
うっかり訝し気な視線を送ってしまう。
さっきから思ってたけど、これってホントに重要なことなんだろうか。まったく関連性が見えないぞ。
まあ、それでも一応ちゃんとした答えは返さねば・・・。
ほぼ条件反射に近い形で俺は自分の心中を伝える。
「優しいし、気が利くし、ルックスも良いしで文句の付けどころがない凄い人だと思う。会って間もない他人にここまで尽くしてくれるなんて、普通の人だったら絶対ありえないよ」
言いながらエルバークさんの方を見る。
彼は俺と目が合うと、気まずそうに眼をそらした。
恥ずかしいのかな? そういう謙虚な姿勢もかなりポイントが高いと思うけどな。
そのまま続ける。
「この胸の高鳴りも、実際はどうかわからないけど”そういうもの”なんじゃないかなって思う。あはは、ちょっと優しくされてコレだったら俺も単純だな」
「なるほど、わかりました」
「うんそうなんだ・・・って。え、わかりましたって何が?」
「ちょいと失礼」
俺を無視して手を伸ばしてくる。
腹に回されていた手の平が、素早く目の前に迫ってきた。
そんなわけがないのに、叩かれるのかと思わず身が竦む。
直後、おでこにピタッと冷たい感触が伝わった。
何されるか不安で静止していると、後ろからブツブツと何か聞こえてきた。
「”・・・・・・意識・・・洗脳・・・・・・核・・・・・・”」
なんか滅茶苦茶怖いんですが。
洗脳って何? 頭に手を添えられての発言だと勘違いしそうになるよ?
「おい、エラ」
「シッ。集中しているので静かに」
「はい・・・」
彼女の剣幕に仕方がなく引き下がる。
この上ない不安に駆られるも、彼女の事だからきっと悪いようにはしないだろう。
恐々と俺は身を任せていた。
少し経った後、やっとエラメリアの詠唱(?)が終わる。
押し付けられていた手の感触が遠のくにつれ、自然と緊張していた体が緩んでくる。
ほっとした思いでその後の彼女の動きを待った。
「たった今、ステフに掛けられていた精神撹乱系統の魔法を解析し終わりました」
・・・え、なんて?
ゾルフが無表情のまま反応する。
「で、結局?」
「案の定ステフは”惚”に支配されていました」
その言葉に、エルバークさんがあからさまに身を縮こまらせたのが分かった。
ゾルフも眉をピクリと動かし探りを入れる。
「解除は?」
「そればかりは私の技術ではどうしようもありません。使用者がどんな力を持っているのかわかりませんが、こと”惚”に関して言えばトップクラスですね。・・・正直呆れたという他ありませんが」
「なるほどな・・・。つまり、どこかにいる術者を引っ張り出してきて、ソイツ自身に術を解かせなきゃなんねえってことか」
「その通りです」
「んじゃ、話は早ぇ」
おもむろに立ち上がると、ゾルフは自身の短剣を引き抜いてエルバークさんに向けた。
突然の蛮行に俺も半立ちになって口を挟む。
「お、おいゾルフ! なにやってんだ」
「ちょっくらこの馬鹿野郎にテメェの尻ぬぐいをさせるだけだ。なに、殺しはしねえよ。ステフに掛けられた術を解除するまではな」
「・・・何言ってんのかよくわかんないけど、とにかく剣をしまえって。エルバークさんも怖がってんだろ」
「そうだな。とにかく言い訳でも聞いてやるか」
そう言って素直に鞘に納める。
見ると、エルバークさんは今にも気絶しそうな勢いだ。こりゃ当分は話せないな。
俺は間を持たせるべく、ゾルフの言っていた話を確認することにした。
「エラも言ってたけど、その術って何なんだ? この通り俺は何ともないし、他の人達も同じだと思うけど」
「惚れ効果、要するにチャームな。その男はお前に洗脳魔術を掛けて、自分に惚れるように仕向けたのさ」
ほう、そんな便利な魔術がこの世界には存在するのか。いいことを聞いた。
じゃなくて。
「ちょっと待て。俺は洗脳された覚えはないぞ」
「お前に聞いた話から考えると、直接手を加える時間は無かったみてえだな。だったら食いモンとか飲みモンに付与したってのが妥当なトコか? それだとステフが気付かねえのも無理は無いだろ」
「・・・いや、でも、エルバークさんがそんなことする人だとは思えないし」
「そう思うのも術の効果の内だ。よく考えてみろ、会ってすぐの人にそう簡単に惚れるか普通? そりゃ世の中にはそういうのもあるだろうが、流石にそんな稀なことが簡単には起きないだろ」
「き、危機的状況だったからそういう突然な気持ちも・・・」
「だったらお前が惚れるべきはそこの無能じゃなくて、あの場を救ったこの俺だろうが!」
「いやそれは無いでしょう」
耐えかねたエラメリアがツッコミを入れる。
うん、今のは俺もありえない話だと思う。だってどんなにカッコよくても所詮ゾルフだし。
心底考えられないといった表情でゾルフの方を見つめる。
彼は少しの間妙な唸り声をあげていたが、すぐに元に戻ると、エルバークさんの方に指をビシッと指を立てて言った。
「つまり、これら数々の異常現象から推測するに、犯人はお前だ!ってことになんのさ」
な、なにィ~~!? とはもちろんならない。
なにせ証拠が不十分だし、なにより動機が不明瞭だ。
俺にチャームを掛けることに何の意味があるんだ。せいぜい鬱陶しいのが後ろにくっついてくるだけだぜ。
そう伝えると、ゾルフはちっちっと指を振る。仕草が露骨でウザい。
「お前はまだ気付いていないようだな・・・その体の魅力に!」
「・・・最低(※エラメリア)」
「体ってお前・・・女とはいえこんなガキ臭い奴にか?!」
「世の中にはそういうのが好きな変態もいるんだ。ホレ、すぐそこの市長サマみてぇな」
顎でしゃくって見せる。
つられて俺もそちらに目を向けた。
そこにはうつむいて肩を戦慄かせるエルバークさんの姿が。頭上に、はっきりと”有罪”の二文字が浮かんでいた。
だがしかし。俺は嫌でも彼を守るように思考をフル回転させてしまうのだった。
ゾルフの言わんとすることはわかる。
なんたって俺自身、二十歳行かずしてそういったものが大好物だったからだ。
ロリいいよロリ。
現世ではそう言ってSNSや掲示板で運動していたこともある。
ただその対象が自分に置き換えられると、どうも納得いかないのだった。
だって、この俺だぜ?
見かけはどうであれ中身は完全に男だし、ほかにも色々と問題のある子供だ。
とても性的対象としては成り立たないだろう。
それに愛でるべきは三次元ではなく二次元・・・ウオッホン。
話を戻そう。
要するに言いたいのは、あくまでゾルフの論は仮定であって、俺に言わせてみればありえない可能性だって事である。
エラメリアを疑いたくはないけど、チャームの件に関してもきっと何かの間違いなのだ。
ちゃんと見直して見ればそれも晴れることであろう。
俺はそれに準するような話を、あの手この手でわかってもらおうと言葉を重ねる。
しかし、二人は一度も頷くことなく黙って俺の話を聞いていた。
粗方言葉も出尽くし、肩で息をする俺を見てエラメリアが悲しそうな表情をする。
「・・・ステフ。あなたも薄々気付いているのでしょう。事実はどうあるかについて」
「違う・・・違う・・・」
「その男を守ろうと働きかけるのも、こうして意地を張るのも、全部その男自身の魔術の範疇なのです」
「そんな訳が・・・。エルバークさんもなんか言ってやってくださいよ!」
思わず本人に同意を求める。
疲弊している彼に話を振ったのは不味かったかと逡巡するも、時すでに遅し。
しかし呼ばれて顔を上げた彼の顔は、先ほどとは打って変わって覚悟を決めた男のそれだった。
一言も話さなかったエルバークさんが初めて口を開く。
「その子の言うとおりだ。私は何も手を加えていないし、今後もそのつもりはない。勘違いしないでくれたまえ。私は高貴なる生まれと育ちである。そんな卑劣な手を使うことなど断じてありえない」
凛とした声でそう放つ彼の横顔は、これまでになく勇敢で美しかった。
ドクンドクンと心臓が早く波打つ。
これは・・・認めざるを得ないな。
俺はきっと彼に恋をしている。
現世での性別なんてどうでもいい。今感じているこの気持ち、それこそが俺の真実なのだ。
胸の高鳴りを確かめるようにそっと手を運ぶ。
おなかの底の方がキュンっと音を立てたのを感じ取った。
「エルバークさん・・・」
思わずつぶやきが漏れる。
それは本人も気が付いたであろう、当の本人であるエルバークさんがこちらを見てウインクをする。
その瞳は先ほどの圧力によるストレスか、完全に乾ききっていた。
だがそれすらも彼のダンディさを引き立たせるスパイスであるかのような印象を与えるのだった。
見つめあう二人。
傍目からは俺達の間にピンク色の空気が流れていることに気が付いた事であろう。
お互いに相手の事しか見れないし、考えられない。
無言で愛の睦言を紡ぐ。
その場の何もかもを置いてけぼりにし、俺達は二人だけの世界を生きていた。
ああ、恋って素晴らしい――
だが乙女な自分に酔いしれる俺を放置し、下卑た声音でその場を漂う雰囲気をぶち壊す者がここには居る。
「そうか。そこまで言うなら仕方がねえ。エラたん、よろしく頼むわ」
「了解です。ステフはちょっとの間お休みしててくださいね」
その言葉を境に急激な眠気に襲われる。
必死にもがこうとするも、まったく効果は無く背後に立っていたエラメリアに抱き留められる。
そのまま後ろの座席に寝かされた。
こんな感覚は久しぶりだ。ゾルフと初めて会った日の事を思い出す。
うっすらと開かれた瞳に映ったのは、エラメリアと対峙するようにゾルフに羽交い絞めにされたエルバークさんの姿だった。
俺に背を向けるように立っているエラメリアの表情は伺い知れなかったが、相当酷い顔だったのは間違いないだろう。
エルバークさんは何事か叫んでいたようだが、残念ながら俺の耳に届くことは無かった。
最後まで意識を保てなかったことを悔やむも、それすらも数瞬後には忘れ去られる。
エルバークさんへの謝罪や応援などといった感情もそれに続く。
睡魔に抗うことは全く持って無意味だと認識させられるのにそう時間はかからない。
あっという間に俺の心は折れてしまった。
ごめん、もう限界だ。
現実から目を逸らしたいという無意識の願望が拍車をかけたのだろう。藁をつかもうとする素振りすら見せない。
起きたらすべてが解決していますようにと誰へともなく祈る。
それらが済みひと段落着くと、エラメリアが杖を取り出したのを見届け、今度こそ心地よい闇の中へとその身を投じたのだった。
「ゾルフ! エラ! 無事だったんだな!」
今一番会いたかった人の名前を聴き、俺は上半身が裸なのも忘れて飛び出した。
エルバークさんが何事か呟いて慌てて手を伸ばしてくるも、一瞬足りない。
言い終わる頃にはドアは完全に開け放たれてしまっていた。
外から入ってきた風が地肌を撫でる。
ぶるると身震いし、引っ掴んできた毛布を肩から掛ける。
だが、下から入り込むようにして身体をまさぐる風にくしゃみを抑えることが出来なかった。
火照っていた体が急激に冷えていくのを感じる。
ささやかながら頭がスッキリした思いだ。
視界が明瞭になる。
眩しい外の光景に網膜を焼かれるも、二人の顔を認識する頃には既に意識外にある。
よかった、どちらも無事そうだ。
服の汚れなどを見ても大事には至ってないらしい。
安堵のため息とともに、目尻にうっすらと湧き上がってくるものがある。
それらをごまかすように、俺は二人へと微笑んで見せた。
そういえば彼らはどうやって追いついたんだろうか、と疑問を抱き、改めてゾルフ達の方を見やる。
彼は後ろにエラメリアを乗っけて、ソリのような乗り物を四匹のクラッドウルフに引かせて俺たちに追いついてきていた。
「おう。この通りピンピンしてるぜっ・・・ってステフなんだその恰好はァァァァア?!」
会って早々に絶叫とは。落ち着きがない奴だ。
・・・と思ったが、そういえば今の姿は上半身裸であったことを思い出す。
目の前に半裸の人間が飛び出して来たら、そりゃ叫ぶか。
「ん? ああこれ。さっきまでエルバークさんに汗を拭いてもらってたんだ」
「・・・それはお前からお願いしたのか?」
「いや、エルバークさんの方からやってくれるって。せっかくだからお言葉に甘えさせてもらった」
「そうか」
「うん。お菓子くれたり服脱ぐの手伝ってくれたり、色々と優しいひとなんだぜ! ゾルフ達もちゃんと話し合えばきっと仲良くできるよ」
「・・・ふーん。そいじゃま、とりあえず中失礼するぜ。ここじゃ話したいことも話せないからな」
「わかった。エルバークさんも大丈夫ですよね?」
「へ? ・・・あ、ああ。構わないな」
「お邪魔しまーす」
そう言ってトンっと飛び移ってくる。エラメリアもそれに続いた。
それを機にクラッドウルフたちが足を止める。役目を終えたとばかりに遥か彼方へ散らばっていった。
謎の光景にしばし無言で見送る。
説明を求め後ろの二人を振り返るも、生憎とどちらもそんなことは話せるような雰囲気ではなさそうだった。
ていうか、さっきから全く口を開かないエラメリアが怖い。
俺の姿を親のカタキのようにガン見している。そしてその視線はエルバークさんの方に流れていく。
その瞳は静かながらも激しい闘志に燃えていた。
彼女はにっこり笑うと、エルバークさんの方へ会釈をする。
ガッチガチに固まった彼の方も、ギリギリのところで挨拶を返す。
僅かに傾けた彼の首に玉のような汗が流れ落ちたのを見逃さない。
これから起こるであろう修羅場は、三人の瞳が雄弁に物語っていた。
~~~~~
キッツキツになった車内で、俺はエラメリアの膝の間でちょこんと座って事の行く末を見守る。
流石に二人も増えてしまえば席が足りないため、仕方がなくこんな状況になってしまったのだ。
いやーまいった。これはまいった。
こんな恥ずかしい姿勢、普通だったら耐えられないよ。
だけどほら、こうでもしなきゃみんなが乗れないからな。
それに今の俺は女の子だし。同性だから問題ないし。
頭の悪い言い訳を頭の中でダラダラ述べていると、まずはエルバークさんが切り出した。
「・・・始めに、お二方は本当にお疲れさまでした。あなたがたがいなければ我々は今頃ここにはいないでしょう」
「気にすんな」
「ええ、それぐらいなんてことありません」
「いえ、それでも私はあなた方にちゃんとしたお礼を言いたい。改めて、私達の命をお救い頂きありがとうございました。後ほど粗品ですが感謝の意をお持ち致しますので・・・」
なんかこの人、最初と違ってやけに下手に出るな。
心変わりでもしたのだろうか。
「大げさだな。オレらにとっちゃあんくらい朝飯前だ」
「その通りです。よってお礼品も要りません。但し代わりと言っては何ですが、これから私が質問することに関して正直にお答えいただければ幸いです」
「そ、その前に! あの後何があったのかお聞かせ願えませんか? 私達に追いつくのには結構距離があったと感じたのですが」
あからさまな話題転換。
だがこれは俺としてもかなり気になっていた部分でもあったので、ここぞとばかりに便乗させてもらう。
「あ、それ俺も聞きたい。なんかクラッドウルフを手懐けてたっぽいけど?」
「別に、ただ単に捕まえて足にしただけだぜ」
「それにしては逃げる時のヤツらの表情が緊迫してたんだけど・・・」
「ちょっとだけ厳しく躾をしたからな。まあそれは今度また話してやるよ」
そっけなく返されてしまった。この話題はここまで、とばかりにゾルフは手を鳴らす。
これはもうこの先話を聞かせてくれないやつだ。
尋ねたいことはまだあったが、こうもガッチリガードを張られたんじゃ深追いすることもできない。
仕方なくここで引き下がることにした。
さて、では本題に入ろうかとエラメリアが姿勢を正す。
反動で俺がずり落ちそうになる。
そこを彼女がガシッと抱き留めてくれた。
なんか人形みたいな扱いだな。
頭の真後ろから声が通る。
「私から一つ、お尋ねしたいことがあります」
「そのまえに、菓子などどうです? 一級品ですよ」
エルバークさんは従者を呼びつけようと席を立つ。
しかし、ゾルフが床を物凄い音で踏み鳴らすことにより一喝。
再びスゴスゴと着席した。
エラメリアが続ける。
「お気遣い結構。そんなことよりも早くこの状況を知りたいので、そこまでお菓子を食べたいならさっさと正直に答えてください」
「はぃ・・・」
声から抑揚が消えている。
エルバークさんも諦めたのか、返事に力がこもっていない。
こんなエラメリアは見たことがないが、多分激オコだろう。
何が彼女を変えてしまったのだろうか。
ひとり状況が全く読めていない俺は首を傾げる。
そんな子供は差し置き話は進んでいく。
「ではまず、ステフが裸にされていた件ですが。これはあなたの犯行と見てよろしいですね?」
「犯行って・・・エルバークさんは俺が風邪をひかないように汗を拭いてくれてたんだ」
「そ、そうだ! 私は断じて下心があったわけではない」
「ほぉう」
エラメリアの目がスッと細くなる。
今度は俺の方に話題を振る。
「その状況に至るまでを詳しく聞かせて貰ってもいいですか?」
背後に向けて話している様は何ともシュールだ。
そんなツッコミはひとまず置いておき、俺はあったことをすべて話した。
エルバークさんが車を発進させ、俺が怒ってしまったこと。
だが彼にもちゃんとした意図があり、自分が間違っていたと気が付いたこと。
それでも罪悪感に項垂れる俺に、彼は優しくお菓子を振舞ってくれたこと。
謎の感情で熱くなっていたところに、身を差し出し気持ちよく寝られるように気を遣ってくれたこと。
その後も色々と世話を焼いてくれ、本当は嫌だろうに汗の処理などを手伝ってくれたこと。
上半身が裸なのはそのせいであり、全く持ってヘンな状況ではなかったのだということ。
出来るだけエルバークさんが悪くならないように心がける。
それが今できる最大の予防線だった。
思えば今の体は女の子だ。
二人はそんな俺にエルバークさんが手を出そうとしたんじゃないかと勘繰っているのだろう。
確かに再会した瞬間の姿を見ればそう誤解するのも無理はあるまい。
だから、あの状況は決してやましい事などなく、俺がお願いする形で起きていた事なのだと説明する。
その過程で湧き上がった妙なドキドキも、恥ずかしかったけれどちゃんと話して聞かせた。
もしかしたらそれは恋的な何かかもしれないって事も含めてだ。
真偽はどうあれ俺自身は彼に好意を抱いていることを強調し、二人にも信用を勝ち取ろうという算段だ。
じっくり十分ほどかけて話し終わり、ふぅと一息つく。
自分的には結構うまく話せたんじゃないかと思う。これで誤解は全部解けただろう。
話している最中にチラリと横目で見やると、エルバークさんは顔を蒼白にしてプルプルと震えていた。
歯が浮くような誉め言葉を多用したせいで、もしかしたら気持ち悪がられたのかもしれない。
そう考えるとちょっと悲しいが、彼を擁護するためには仕方がないことなのだと我慢しよう。
何事も結果が大事なのだ。
満足げな顔でエラメリアの言葉を待つ。
少なくとも否定的な印象は薄れたに違いない。
そんな確信の下、俺は彼女の言葉を今か今かと待ち構えていた。
じっと黙って聞いていた彼女はしばし黙考した後、ふとある疑問を寄越してくる。
「そのマカロンはここにありますか?」
「え? いや、全部食ったけど・・・何か関係が? 言っとくけど、変なものが入ってたこともないから」
「そうですか。いえ、別に。ちょっとした疑問です」
なんなんだ?
予想外の反応に困惑する。
特にマカロンは関係がない話題だったはずだけど。
・・・あ、もしかしてエラメリアも食べたいのかな。今のは遠回しの欲しいアピールだったのかもしれない。
なんだ、だったら俺がエルバークさんにそう伝えてやろう。
そう考えて体面に座るエルバークさんの方に目を向ける。
彼は相変わらず真っ青な顔で小刻みに揺れていた。
ちょっと、この人マジで大丈夫かな。病気なんじゃないかってぐらい汗が額を伝ってるけど。
まあ従者も特に何も言ってないし、平気なのかもしれん。
俺はあえて気にせず話しかけることにした。
だがエルバークさんに声を掛ける前に、エラメリアが更なる質問を浴びせてくる。
「話は変わりますが、ステフは彼に対してどんなイメージを持っていますか? ぱっと思いついた事を話してください」
突拍子もないその質問に、疑惑の意を隠し切れなかった。
うっかり訝し気な視線を送ってしまう。
さっきから思ってたけど、これってホントに重要なことなんだろうか。まったく関連性が見えないぞ。
まあ、それでも一応ちゃんとした答えは返さねば・・・。
ほぼ条件反射に近い形で俺は自分の心中を伝える。
「優しいし、気が利くし、ルックスも良いしで文句の付けどころがない凄い人だと思う。会って間もない他人にここまで尽くしてくれるなんて、普通の人だったら絶対ありえないよ」
言いながらエルバークさんの方を見る。
彼は俺と目が合うと、気まずそうに眼をそらした。
恥ずかしいのかな? そういう謙虚な姿勢もかなりポイントが高いと思うけどな。
そのまま続ける。
「この胸の高鳴りも、実際はどうかわからないけど”そういうもの”なんじゃないかなって思う。あはは、ちょっと優しくされてコレだったら俺も単純だな」
「なるほど、わかりました」
「うんそうなんだ・・・って。え、わかりましたって何が?」
「ちょいと失礼」
俺を無視して手を伸ばしてくる。
腹に回されていた手の平が、素早く目の前に迫ってきた。
そんなわけがないのに、叩かれるのかと思わず身が竦む。
直後、おでこにピタッと冷たい感触が伝わった。
何されるか不安で静止していると、後ろからブツブツと何か聞こえてきた。
「”・・・・・・意識・・・洗脳・・・・・・核・・・・・・”」
なんか滅茶苦茶怖いんですが。
洗脳って何? 頭に手を添えられての発言だと勘違いしそうになるよ?
「おい、エラ」
「シッ。集中しているので静かに」
「はい・・・」
彼女の剣幕に仕方がなく引き下がる。
この上ない不安に駆られるも、彼女の事だからきっと悪いようにはしないだろう。
恐々と俺は身を任せていた。
少し経った後、やっとエラメリアの詠唱(?)が終わる。
押し付けられていた手の感触が遠のくにつれ、自然と緊張していた体が緩んでくる。
ほっとした思いでその後の彼女の動きを待った。
「たった今、ステフに掛けられていた精神撹乱系統の魔法を解析し終わりました」
・・・え、なんて?
ゾルフが無表情のまま反応する。
「で、結局?」
「案の定ステフは”惚”に支配されていました」
その言葉に、エルバークさんがあからさまに身を縮こまらせたのが分かった。
ゾルフも眉をピクリと動かし探りを入れる。
「解除は?」
「そればかりは私の技術ではどうしようもありません。使用者がどんな力を持っているのかわかりませんが、こと”惚”に関して言えばトップクラスですね。・・・正直呆れたという他ありませんが」
「なるほどな・・・。つまり、どこかにいる術者を引っ張り出してきて、ソイツ自身に術を解かせなきゃなんねえってことか」
「その通りです」
「んじゃ、話は早ぇ」
おもむろに立ち上がると、ゾルフは自身の短剣を引き抜いてエルバークさんに向けた。
突然の蛮行に俺も半立ちになって口を挟む。
「お、おいゾルフ! なにやってんだ」
「ちょっくらこの馬鹿野郎にテメェの尻ぬぐいをさせるだけだ。なに、殺しはしねえよ。ステフに掛けられた術を解除するまではな」
「・・・何言ってんのかよくわかんないけど、とにかく剣をしまえって。エルバークさんも怖がってんだろ」
「そうだな。とにかく言い訳でも聞いてやるか」
そう言って素直に鞘に納める。
見ると、エルバークさんは今にも気絶しそうな勢いだ。こりゃ当分は話せないな。
俺は間を持たせるべく、ゾルフの言っていた話を確認することにした。
「エラも言ってたけど、その術って何なんだ? この通り俺は何ともないし、他の人達も同じだと思うけど」
「惚れ効果、要するにチャームな。その男はお前に洗脳魔術を掛けて、自分に惚れるように仕向けたのさ」
ほう、そんな便利な魔術がこの世界には存在するのか。いいことを聞いた。
じゃなくて。
「ちょっと待て。俺は洗脳された覚えはないぞ」
「お前に聞いた話から考えると、直接手を加える時間は無かったみてえだな。だったら食いモンとか飲みモンに付与したってのが妥当なトコか? それだとステフが気付かねえのも無理は無いだろ」
「・・・いや、でも、エルバークさんがそんなことする人だとは思えないし」
「そう思うのも術の効果の内だ。よく考えてみろ、会ってすぐの人にそう簡単に惚れるか普通? そりゃ世の中にはそういうのもあるだろうが、流石にそんな稀なことが簡単には起きないだろ」
「き、危機的状況だったからそういう突然な気持ちも・・・」
「だったらお前が惚れるべきはそこの無能じゃなくて、あの場を救ったこの俺だろうが!」
「いやそれは無いでしょう」
耐えかねたエラメリアがツッコミを入れる。
うん、今のは俺もありえない話だと思う。だってどんなにカッコよくても所詮ゾルフだし。
心底考えられないといった表情でゾルフの方を見つめる。
彼は少しの間妙な唸り声をあげていたが、すぐに元に戻ると、エルバークさんの方に指をビシッと指を立てて言った。
「つまり、これら数々の異常現象から推測するに、犯人はお前だ!ってことになんのさ」
な、なにィ~~!? とはもちろんならない。
なにせ証拠が不十分だし、なにより動機が不明瞭だ。
俺にチャームを掛けることに何の意味があるんだ。せいぜい鬱陶しいのが後ろにくっついてくるだけだぜ。
そう伝えると、ゾルフはちっちっと指を振る。仕草が露骨でウザい。
「お前はまだ気付いていないようだな・・・その体の魅力に!」
「・・・最低(※エラメリア)」
「体ってお前・・・女とはいえこんなガキ臭い奴にか?!」
「世の中にはそういうのが好きな変態もいるんだ。ホレ、すぐそこの市長サマみてぇな」
顎でしゃくって見せる。
つられて俺もそちらに目を向けた。
そこにはうつむいて肩を戦慄かせるエルバークさんの姿が。頭上に、はっきりと”有罪”の二文字が浮かんでいた。
だがしかし。俺は嫌でも彼を守るように思考をフル回転させてしまうのだった。
ゾルフの言わんとすることはわかる。
なんたって俺自身、二十歳行かずしてそういったものが大好物だったからだ。
ロリいいよロリ。
現世ではそう言ってSNSや掲示板で運動していたこともある。
ただその対象が自分に置き換えられると、どうも納得いかないのだった。
だって、この俺だぜ?
見かけはどうであれ中身は完全に男だし、ほかにも色々と問題のある子供だ。
とても性的対象としては成り立たないだろう。
それに愛でるべきは三次元ではなく二次元・・・ウオッホン。
話を戻そう。
要するに言いたいのは、あくまでゾルフの論は仮定であって、俺に言わせてみればありえない可能性だって事である。
エラメリアを疑いたくはないけど、チャームの件に関してもきっと何かの間違いなのだ。
ちゃんと見直して見ればそれも晴れることであろう。
俺はそれに準するような話を、あの手この手でわかってもらおうと言葉を重ねる。
しかし、二人は一度も頷くことなく黙って俺の話を聞いていた。
粗方言葉も出尽くし、肩で息をする俺を見てエラメリアが悲しそうな表情をする。
「・・・ステフ。あなたも薄々気付いているのでしょう。事実はどうあるかについて」
「違う・・・違う・・・」
「その男を守ろうと働きかけるのも、こうして意地を張るのも、全部その男自身の魔術の範疇なのです」
「そんな訳が・・・。エルバークさんもなんか言ってやってくださいよ!」
思わず本人に同意を求める。
疲弊している彼に話を振ったのは不味かったかと逡巡するも、時すでに遅し。
しかし呼ばれて顔を上げた彼の顔は、先ほどとは打って変わって覚悟を決めた男のそれだった。
一言も話さなかったエルバークさんが初めて口を開く。
「その子の言うとおりだ。私は何も手を加えていないし、今後もそのつもりはない。勘違いしないでくれたまえ。私は高貴なる生まれと育ちである。そんな卑劣な手を使うことなど断じてありえない」
凛とした声でそう放つ彼の横顔は、これまでになく勇敢で美しかった。
ドクンドクンと心臓が早く波打つ。
これは・・・認めざるを得ないな。
俺はきっと彼に恋をしている。
現世での性別なんてどうでもいい。今感じているこの気持ち、それこそが俺の真実なのだ。
胸の高鳴りを確かめるようにそっと手を運ぶ。
おなかの底の方がキュンっと音を立てたのを感じ取った。
「エルバークさん・・・」
思わずつぶやきが漏れる。
それは本人も気が付いたであろう、当の本人であるエルバークさんがこちらを見てウインクをする。
その瞳は先ほどの圧力によるストレスか、完全に乾ききっていた。
だがそれすらも彼のダンディさを引き立たせるスパイスであるかのような印象を与えるのだった。
見つめあう二人。
傍目からは俺達の間にピンク色の空気が流れていることに気が付いた事であろう。
お互いに相手の事しか見れないし、考えられない。
無言で愛の睦言を紡ぐ。
その場の何もかもを置いてけぼりにし、俺達は二人だけの世界を生きていた。
ああ、恋って素晴らしい――
だが乙女な自分に酔いしれる俺を放置し、下卑た声音でその場を漂う雰囲気をぶち壊す者がここには居る。
「そうか。そこまで言うなら仕方がねえ。エラたん、よろしく頼むわ」
「了解です。ステフはちょっとの間お休みしててくださいね」
その言葉を境に急激な眠気に襲われる。
必死にもがこうとするも、まったく効果は無く背後に立っていたエラメリアに抱き留められる。
そのまま後ろの座席に寝かされた。
こんな感覚は久しぶりだ。ゾルフと初めて会った日の事を思い出す。
うっすらと開かれた瞳に映ったのは、エラメリアと対峙するようにゾルフに羽交い絞めにされたエルバークさんの姿だった。
俺に背を向けるように立っているエラメリアの表情は伺い知れなかったが、相当酷い顔だったのは間違いないだろう。
エルバークさんは何事か叫んでいたようだが、残念ながら俺の耳に届くことは無かった。
最後まで意識を保てなかったことを悔やむも、それすらも数瞬後には忘れ去られる。
エルバークさんへの謝罪や応援などといった感情もそれに続く。
睡魔に抗うことは全く持って無意味だと認識させられるのにそう時間はかからない。
あっという間に俺の心は折れてしまった。
ごめん、もう限界だ。
現実から目を逸らしたいという無意識の願望が拍車をかけたのだろう。藁をつかもうとする素振りすら見せない。
起きたらすべてが解決していますようにと誰へともなく祈る。
それらが済みひと段落着くと、エラメリアが杖を取り出したのを見届け、今度こそ心地よい闇の中へとその身を投じたのだった。
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