終喰活慟(しゅうしょくかつどう)~神奈川奪還編~

武沢孝二

第十活 会議と怪疑(かいぎ)

「――んっ……くっ……」
気付くと、どうやらベッドのような物に寝かされている様だ。
「大丈夫ですか?」
(ん……この声は……?)
なんとか俺は重い瞼を必死にあける。
そして、ふらつく目を擦りながら見ると、
「ジュディス!! 大丈夫だったのか!?」
そこには、兄に強烈な蹴りをくらったはずのジュディスがいた。
「ええ、あの戦闘の時ワタシの足は粉々に砕け、頭を打ち失神してしまいました。そして、気付いた時には武山さん――あ、支部長さんが操り人形の糸を切ったように倒れる所でした。ワタシは自分の足をなんとか治癒脳力で治し、そのあとは海道くんと剛田さんと三人で倒れているみなさんの治療に専念させて頂きました」
その言葉のあとに、
「支部長さん――大丈夫ですか!? 心配しましたよ」
「御堂条!! お前こそ大丈夫……じゃないな」
彼の右腕はやはり無かった。
「これくらい名誉の負傷ですよ!」
そう笑い、取り繕うが、正直俺の方は笑えなかった。
「悪い。俺が情けないばかりに……」
「いえいえ、気にしないで下さい。あなた一人が罪を背負うなんて思わないで下さい。それは我々に対しての侮辱です。私たちの力不足が故の結果ですから」
「いや、だけど――」
「いいですか? あなたは適合者、我々は協力者、あなたは上司、我々は部下です。あなたを守るのが我々の使命です。逆にあなたに負担を掛けてしまった我々の落度です。もしあなたが責任を感じているのなら、それはおごりです」
御堂条からは気迫のような物を感じ、押し黙った。
「そういう事だ。ようは調子に乗るなってこった」
「間藤さんも無事だったんですね」
「当たり前だろ! こんなとこでくたばるかよ」
「そうそう。何だかんだで一番重症だったのはアンタだったんだから」
間藤の後に北条が腕組みしながら現れた。
「俺が一番重症?」
「アンタ何も憶えてないの?」
「兄ちゃ、いや、強化人間と闘って倒した所までは憶えているけど、LCの効果がきれた瞬間激痛が襲ってきて、それから目の前が真っ白に……」
「なんだ。憶えてんじゃん。壮絶な兄弟喧嘩だったみたいね。アンタ三日間、昏睡状態でジュディスが付きっきりで、治癒してたんだから感謝しときな」
(三日間? そんなに!?)
驚いた。
あれからそんなに時間が経っていたのか。
そして改めて辺りを見回すと、病室のようなカーテンで仕切られた一室にいた。
(――ここは病院なのか?)
そう思いながらも、命の恩人に礼を言った。
「ジュディス、ありがとう」
「いえ、ワタシが役に立てるのは治療だけですから」
「そんな、その脳力がなかったら今頃みんな――」
謙遜するジュディスに俺が感謝を述べていると、
「――支部長さん、あなた、LCを過剰摂取しましたね!?」
「え!? あ……うん。一錠じゃ勝てそうになかったから」
「一度に一錠以上服用したらどうなるか、教わらなかったのですか? 下手したら脳と体のバランスがくずれ、死んでいたかも知れないのですよ!」
御堂条の嚇怒かくどした言葉に畏縮いしゅくする。
「いや、すまない……ホントにごめん」
「まー、結果それに皆さんが救われたのも事実なので、これ以上は言いませんが」
「でも何で俺が過剰摂取したのが分かったんだ?」
(確かあの時、一部始終を見ていたのは海道と、剛田のオヤジか)
「アンタ自分の顔を鏡で見てみなよ」
そう言い北条は手鏡を渡してきた。
何を言っているのかと不思議に思い鏡を見ると、
「――なっ!」
左の眼球、白目の部分が真紅に染まっている。
視力に異常はなかったが、はたから見たら異形に見えるだろう。
「分かりましたか!? それが過剰摂取した代償です。今回はたまたま運が良く助かりましたが、次は確実に死にますよ」
「…………」
返す言葉もなかった。
「定例会議が始まるから行くよ」
その言葉と共に、カーテン越しからカルラが顔を覗かせる。
「カルラ……無事でよかった」
彼女もまた命を張って俺を助けてくれた。
「泣くなよ。男の涙は見苦しい」
北条が笑みを浮かべながら言う。
「な……泣いて……泣かねーよ!」
少し涙目になっていたところをグッと堪えた。
「ところで他のみんなは無事なのか?」
御堂条に尋ねる。
「ええ、全員無事です。命さえ取り留めていれば、ジュディスさんの治癒脳力で治せますからね」
「そっか……。!? 定例会議? あ、もうそんな時間!?」
「そうよ。目を覚まさなかったらどうしようかと思った」
カルラがため息交じりに言った。
急いでベッドから飛び起きると、俺の体は何も着ていない――生まれたままの姿になっていた。
「あ……やけにスース―すると思った――」
“バチンッ ”
平手打ちなのか、グーパンだったのか分からない、強烈な一撃をカルラから受けた。
「ゴメンナサイ。リクルーツが治癒に邪魔だったものですから、主任さんに言って脱がせてもらいました」
「いやー、男性を脱がすのは初めてだったのですけど、貴重な経験をさせて頂きました」
「……御堂条、それ先に言ってよ……」

――リクルーツに袖を通し、ネクタイを締めた。
「ところでここから……と言うか、この場所が分からないけど、突火区の職安までどのくらいかかる?」
俺は率直に疑問に思った事を聞いた。
「ああ、支部長さんには言っていませんでしたね。ここがその職安ですよ」
「え!? ここが!? いつの間に……どこかの病院かと思った」
「一応管理者の意向で全職安には治療を目的とした病室を作ってあります」
「そうだったのか。じゃーすぐにでも端末へ行こう」

病室は職安の二階に設けてあり、一階の端末場所へ向かう途中、海道、美琴、剛田のオヤジと合流し、お互いの無事を称えあった。

「よし!! じゃ~とりあえず行ってくるわ。御堂条、留守を頼む!」
御堂条は軽く頷いた。
それを確認し、端末を操作しようとした時カルラが話しかけてきた。
「孝――これを付けて」
そう言って渡してきたのは黒い革製の眼帯だった。
「なにこれ?」
「その目で行ったらみんなの注目を浴びるし、何より――」
「ああ、そういう事。確かに鬼塚あたりが何か言ってきそうだな」
俺は理解すると自分の左目に眼帯を付けた。
「これでいいか?」
「うん」
カルラが小さく頷く。
(でもこれ付けたところで鬼塚はツッコみ入れてきそうだな)
そう思いながら端末を操作する。
《お疲れ様です。これより本社へと帰社します。認証しますので、選別者と適合者の手を端末にかざして下さい》
人工的な声が発せられる。
それに従うように、俺とカルラは同時に手をかざした。
《……認証完了》
すると突然、端末から強い光が放たれる。


「――うっ……くっ」
強烈な眩しさで閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
「気付きましたか? 武山クン」
「……セ……オ?」
「はい。一か月ぶりですね」
気付くとそこは会議室だった。
テーブルに突っ伏していた俺の顔をセオが覗いてくる。
「武山クン、その眼帯はどうしたのですか?」
(あ!! 鬼塚より気を付けなければいけない人間がいた。もしかしてカルラが言いたかったのは鬼塚じゃなくセオの方だったのか)
今更ながらに気付く。
「これは……その……」」
言葉に詰まり、カルラを見た。
「……」
知らない! とばかりにそっぽを向いている。
「て……敵との戦闘で負傷しました……」
セオは意味深な笑みを浮かべながら、
「……そうですか。ま、とりあえずそういう事にしておきましょう。ですがあとで個人的に話があります。よろしいですね?」
「……はい。」
セオに嘘は付けないと改めて思った。

「――セオさん! 早く始めて下さい」
東京代表の春馬が、急かすように言い放つ。
「そうですね。では第一回目の全体会議を始めます」
始まりを告げる言葉で俺は初めて会議室を見回す。
(あれ!? 人数……少ないな)
そう思い、
「まだ全員集まってないんじゃないですか!?」
俺の言葉にセオは、
「いえ、これで全員ですよ」
「え!? だって……」
どう見ても最初の頃の、四十七人を大きく下回っている。
半分以下って感じだ。
「これで全員ってどういう事ですか?」
「……他の方たちは殉職されました」
「な!! ……死んだって事ですか!?」
セオは無念そうに頷く。
「敵の戦力が予想以上でした。完全に我々管理者の不徳の致すところです。亡くなられた方たちには、どう償えばよいか……」
「死んだヤツ等は弱かった――それだけだろ!!」
そう暴言を吐いたのは鬼塚だった。
「お前、ちょっとは考えて物を言えよ!」
「うるせぇーんだよ眼帯野郎!! 弱いから死ぬ、強かったら死なねぇー、簡単な事だろうがよ!!」
「てめぇー、いい加減にしろ!!」
俺と鬼塚は一触即発の状態になった。
だがそんな鬼塚にも疲労の色が見て取れる。
自慢のリーゼントは乱れ、顔には切り傷が無数にあった。
俺はそれを見てコイツも死線を潜り抜けてきたのだと感じる。

しばし静観していたセオが、
「――人面獣心じんめんじゅうしんと言う言葉を知っているかい? 正に今の私がそうだ。……研究者として様々な実験をし、様々な動物を平気で殺してきた。その中に人間も含まれている。結局何も変わっていない。今も選別者と適合者を使い、高みの見物をしている。言わば私は殺人鬼だ。そんな私が言える事ではないが、どうか命だけは尊いものだと理解してくれ。だから勝てないと分かったら逃げ延びる事を優先して欲しい」
彼は深々と頭を下げ、拳は強く握られていた。
その様子を見て俺も鬼塚もヒートアップしていた気持ちを静めた。

「武山さん、落ち着きましたか?」
「ああ、セオに頭を下げられては……!? あれ!? 水奈ちゃん!!」
「はははっ、今頃気づいたんですね」
「ご、ごめん。で、でも生き延びてくれていたんだね。嬉しいよ」
「うれしい――だなんて……。そんな」
彼女は頬を赤らめ照れていた。
――その時、背後から殺気が!
「会議中でしょ!! 私語は謹んで下さい!」
「す、すいません」
カルラの一言に畏縮してしまう。
「武山さんの選別者さんは厳しそうですね」
「あ……うん」
その言葉に反応したカルラは、水奈を “キッ ”と睨む。
それを見た水奈は、
「いっ!! ……」
変な声を出し、彼女も畏縮した。


――数時間後。
何とか一度目の会議は終わった。
内容は各々の地域での活動状況、敵の情報、協力者たちの健康状態などだった。
まだ解放された地域はなく、どこも苦戦を強いられている状態だ。
敵の情報もランクγ以上の報告はない。
唯一王手をかけているのは鬼塚の茨城だった。
だがそれを自慢げにするでもなく鬼塚は自分の地域へと戻っていく。
そういった感じでみんな解散した。
ただ一人俺を除いて。

「武山クンたち。ちょっといいかな?」
そう言われ俺とカルラはセオのもとに行く。
言われる内容は分かっていた。
「早速だが眼帯を外して見せてくれるかい? もし本当に負傷しているなら私が治してあげよう」
「……もう負傷しているんじゃないって分かっているんですよね!?」
「……取って見せてごらん」
セオの笑みには威圧感がある。
言われるがまま俺は眼帯を外した。
「……やはりね。キミは容量を守らなかった――」
「――でもあの時こうでもしなければ勝てなかった!!」
いつの間にか感情的になっている自分がいる。
「どういう状況だったかは知れないが、キミの判断でそうしたのだね!?」
「……はい」
「そうか。余程の事だったのだろう」
意外なほどにセオはすんなり納得してくれた。
「だがこれだけは言っておくよ。武山クン――キミには今後LCの配布はしない」
「え!?」
一瞬言葉に詰まった。
「そんな……。それじゃ死ねって言っているんですか!?」
「いや、勘違いしないでほしい。キミには必要がないのだよ」
「……どういう事か説明して下さい」
「勿論だ。今、武山クンは70パーセントまで脳力を開放できる状態にある。これはLCを過剰摂取した事により極稀ごくまれに起きる【真・覚醒モード】だ。極稀といったのは百万人に一人の割合で起きる現象だよ。その証拠に【真・覚醒者】となった人間は目が真紅に染まる特徴がある。まさに武山クン――キミだよ」
「…………」
俺とカルラは呆気にとられていた。
「そ、それじゃーいつでも脳力を開放して戦えるんですね!?」
「ああ、そうだよ」
「やった――」
喜びも束の間、セオが俺の歓喜の雄叫びを遮る。
「喜んでもいられないよ」
「は!?」
「薬というものはどれもそうだが、容量を守らないと副作用がでる。その副作用は薬によって色々だが、LCの場合は寿命を縮める事だ」
「まさか……そんな……」
俺が言うより早く、カルラが愕然とした顔で言った。
「さらに言うと脳力を使う毎に寿命が減る。つまりは命と引き換えの力だ」
「…………俺の……俺の残りの寿命は……」
「すまないが、そこまでは分からない。現在判明している真・覚醒者は世界に五人だ」
「その五人は今――」
カルラが一言を放つ。
「伝え聞くにはまだ健在だと……」
「そう……ですか」
カルラのか細い声が俺の心に突き刺さる。
「しょうがない!! 自業自得だし、人間いつかは死ぬ。酷な言い方をすれば人間は生まれた瞬間から死に向かって生きていくんだから。それが早いか遅いか、内容が薄いか濃いかの違いだ。大丈夫! 俺は地球を取り戻すまで死なねぇーから」
「バカ!! 今のあなたが死ぬなんて言葉言わないでよっ!!」
「は!? なんでお前がそこまで――」
「――とりあえず急を要する事だけは覚悟して下さい」
「そうだ。急いでみんなの所に戻らないと」
そう言うとカルラは目に溜めた涙を拭う。
その後、二人はダッシュで事務室だった部屋に入った。
そして部屋に設置してある端末を操作する。
《――突火区の職業案内所へ転送します》
途端――光が広がり視界が閉ざされた。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品