終喰活慟(しゅうしょくかつどう)~神奈川奪還編~

武沢孝二

第九活 奮気(ふっき)

『何をしているのですか? 早くしないとお仲間が一人死にますよ』
ソフォス人の言葉を切っ掛けに、カルラは敵前目掛け飛び込む。
「りゃーっ!!」
切っ先が当たる瞬間、強化人間と化した兄は彼女の腕をいとも簡単に掴み、捻り落とした。
「かはっ!」
地面に叩きつけられた彼女は吐血し、その血しぶきが宙を舞う。
「オイオイ、おかしくないか!? 強化人間であの強さは普通じゃねぇーぞ!」
間藤はそう言い、グリフォスにサーチするよう命令した。

「な……ランクγ、戦闘力……S」
「! そんな、ちゃんと計ったのか?」
今度は北条がサーチする。
「……くそっ!」
どうやら結果は同じだったみたいだ。
「戦闘力Sは存在するか分からないって、前に二人きりになった時、御堂条から聞いた事あるぞ。それと仮にいたとしてもランクはΣ以上だとも言ってたぜ! 今の強化人間はランクこそγだが、実力はΣと考えた方がいいかもな」
「でも何であんなに強いのにソフォスに従っているの!? やっぱり脳にそうインプットされているから?」
ジュディスの言葉に予想外の人物が答える。
『ふふふふふ。その通り。強化人間は元の素材が良ければ、それだけ強い駒になる。そして我々に逆らえない様にインプットしています。なのでこの強化人間は私の操り人形なのですよ』
そう言いながらソフォスは強化人間、俺の兄の所へ降りてきた。
そして兄の頭を足蹴にしながら、
『この強化人間に関しては予想以上の結果になりましたけどね。それに我々が作り出した【物】ですから言う事を聞くに決まっているじゃ――』

“――バンッ ”

破裂音と共に、ソフォスの両足が吹き飛ぶ。
『がっ、な……何をして――』
下半身を失った体は地へと堕ちる。
「な、なんだ!? 何が起きたんだ!?」
間藤が思わず後ずさった。
よく見ると兄の右拳から、煙が立ち上っている。
「え? あの強化人間がやったってのか!? でも何で?」
北条もあまりの出来事に動揺していた。

『チッ! うぜぇ~ンだよ、コノ雑魚が!!』
(この声は……間違いない――兄ちゃんの声だ!)
少し機械音交じりだが、基本の声は兄そのものだった。
そして兄は首をコキコキ鳴らしながら、
『クソッ! いまいち制御デキねぇーナ。……イライラするワ』
「喋った。いや、そもそも強化人間は喋れたのか? それに何でこの強化人間はソフォス人の言いなりにならない!!」
間藤の言葉に、
『あん!? ナンダ? テメェ~等は』
こちらに気付き近寄ってくる。
「やるしか……くっ!」
彼はトンファーを取り出す。
顔からは冷や汗が見て取れた。
「間藤さん! 援護します!」
「ああ、ありがとな、海道クン」
「わたしも強化弾で援護射撃しますね」
美琴がライフルを手に狙いを定める。
「アタシも本気でいくよ!」
北条は両手に、剣山が付いたメリケンサックをはめていた。
「ダメだみんな――闘っても勝ち目はない!!」
「――アンタはそこでヒヨってな!」
俺の言葉や行動は、もはや愚挙でしかなかった。
「いくぞ!!」
間藤が開口一番、強化したトンファーで殴りかかる。
『ナンだ? そりゃ』
彼の一撃目は、いとも簡単に片腕で受け止められる。
「くそっ!」
もう一方、左手のトンファーで相手の顎目掛け、アッパー気味の二撃目を振り上げる。
『うゼーな!!』
そう言うと、兄は初撃目で受け止めていた間藤の右腕を捻る。
“バキッ ”
鈍い音と共に、間藤の絶叫が響き渡る。
「うがーーーーっ!!」
二撃目を当てる前に地面に転がった。
見ると彼の右腕は、あらぬ方向に曲がっている。
“ダンッ!! ――バスンッ ”
筒音が鳴り響き、兄の顔に命中した。
「渾身の力を込めて撃ちました!!」
普段は温厚な美琴が喚声を上げる。
兄の方を見ると、顔面が煙に覆われ表情が窺えない。
「やったか!?」
北条はそう言いながらも戦闘態勢を崩さない。
何とかダメージを負いながらも起き上ったカルラや、静観するしか出来ずにいた海道も迂闊に動けないでいた。

やがて煙が晴れる。
「!!」
兄の顔を見ると傷一つ付いていない。
“ガリッガリッ……ペッ! ”
何かを吐き出した。
それは噛み砕かれた弾丸だ。
「そんな……」
美琴は絶望の表情を見せる。
「まだ生きとるぞ! 畳み掛けるんだ~!」
そんな中、剛田のオヤジだけが士気を維持していた。
だが突っ込もうとする彼をジュディスが必死に止める。
「無理です! 逃げましょう!」
「だけど御堂条さんや、間藤さんはどうするんです!? 見殺しにするんですか!?」
海道も自分を奮い立たせるように言う。
「そんな綺麗事では――アイツに勝てない……」
「武山さん……あなたは……くっ!」
俺の言葉に海道が痛憤つうふんしているのが分かる。

『ドウした? モウ終わリカ? ……なら死ネ!』
間合いを詰めてくる。
みんなは何とか戦闘態勢を取り直す。
『!? ……!!』
俺と目が合った兄が歩を止めた。
『……孝?』
「――兄ちゃん……」
『生きてイタのか……ソウカ……よかった』
(え? あの兄ちゃんが俺の事を――生きていた事を安心してくれているのか?)
まだ良心が残っているのかと、一縷いちるの望みにかける。
「兄ちゃん、俺の事……分かる?」
『……あア、分かるヨ。……オレノ弟。忘れるワケがナイ』
(よかった。まだ自分を失ってない!)
「もう……やめてくれよ……こんな事」
『ソウだな。……やめるワ。オマエが生きてイタから』
(やった。人間としての良心が残っていたんだ!)
『ホントにヨカッタ……生きてイテくれて……だって……オレノ……俺の手で殺せるカラな!!』
「え!?」
――刹那の出来事。
兄の神速に俺は動けずにいた。
鋼と化した拳が打ち付けられる瞬間、死を覚悟し目を瞑る。

“ドッゴーン! ”

「ぐはっ!」
俺は壁に叩きつけられた。
激痛が背中を走る。
だが致命傷ではないのが分かった。
そして何故か胸に温もりが伝わってくる。
目を開けると、
「か――カルラ!!」
彼女は俺が殴られる瞬間、身を挺して庇ってくれた。
そのおかげで死なずに済んだようだ。
「な……なんで……そこまでして俺を……」
そんな言葉にカルラは何も反応を示さない。

「ちょっといい!?」
「ジュディス――俺……」
俺を無視し、カルラの胸に耳を当てる。
「……一命は取り留めているわ。でも重傷よ。何とかワタシの脳力を全開で回復に当てれば助けられるかも」

『チッ! 邪魔シヤがって! 弟を殺シ損ネタじゃね~かよ!』
兄はゆっくりと歩み寄ってくる。

「よくもカルラちゃんを~!!」
剛田のオヤジが、瓦礫の中から鉄パイプを拾い上げ、思い切り振り下ろす。
“ガツンッ ”と頭に当たったが、兄は何事も無かったかのように歩みを止めようとしない。
「ありゃりゃ? どうすれば脳力を使えるんだ!?」
剛田のオヤジは自分の両手を見ながら慌てふためく。
どうやら脳力の使い方を知らないようだ。
「剛田さん、下がっていて!! サイコガンッ!!」
海道の腕輪から閃光が放たれる。
“バシュッ ”
直撃した――が、それは残像にすぎなかった。
完全に見切られている。
『虫けらドモは大人しくシテろ! 弟ノ次に相手シテやるからヨ』
「うらーっ!!」
北条の飛び蹴りが炸裂した。
兄の体が少し傾く。
「チッ! 固いな」
そう言うと彼女は着地と同時に、剣山メリケンサックを鳩尾みぞおち目掛けて放つ。
“ゴガンッ! ”
体勢を崩した兄に、強化した北条の拳がヒットし、吹き飛ばす。
そのまま兄は壁に激突し、その崩れた瓦礫に埋もれた。
「よっしゃー!!」
手応えがあったのか、彼女はガッツポーズをとる。

“バーーンッ ”
瓦礫を吹き飛ばし、兄が仁王立ちしている。
『ちょこマカと、ウルサイ小蠅が……鬱陶シイ!』
――一瞬で北条の目の前に移動した。
そして躊躇なく腹部に拳を沈める。
「ぶふっ!!」
彼女は激しく吐血し、そのまま動かなくなった。

「あなたたちは……逃げて……」
カルラが意識を取り戻し、再び立ち上がる。
「カルラさん、まだその体では――」
ジュディスが制止しようとする。
だが、
「いいからっ!! ここから全脳力を解放する!」
その途端、彼女の周囲から風が巻き起こる。
「私が足止めする。その間に……逃げろ!」
言葉とは裏腹に立っているのがやっとといった感じだ。
『オイオイ、孝!! 女に庇ってモラッテなさけネェーナ! テメェはソレでも男なのかヨ!?』
「くっ!」
自分の不甲斐なさと、悔しさでうっすらと涙が出る。
「早く……逃げろ!」
『ソウはいくかよ!』
兄の一撃が容赦なくカルラに放たれる。
「簡単にやれると思うな!!」
残りの力で攻撃を避けた。
そして一瞬で兄の背後に回ると、
「くらえっ!!」
彼女の脇差が深く突き刺さる。
『チッ! この……くそアマ!!』
裏拳がカルラの側頭部にヒットし、その勢いで大きく吹き飛ばされた。
「カルラさーん!」
ジュディスが駆け寄ろうとした途端、兄は彼女の足へ強烈なローキックを放つ。
あまりの痛烈な一撃で、彼女は空中で何回も回転しながら地面に叩きつけられた。
言葉を発さないまま微動だにしない。
カルラとジュディスが生きているのか、確認さえ出来ずに俺は一歩も動けないでいた。
兄は踵を返すと、ついに俺の目の前に来た。
『オマエはホントにクソだな。仲間がヤラレテルノニ……ビビッて動けないッテカ!?』
(くそっ! どうしたら……。兄ちゃんに勝てるはずない……殺される!)
『あア、オマエに朗報だ! 母ちゃんと父ちゃんはオレガ殺しとイタからよ。オマエモ安心シテ逝けや!』
「――え!?」
『聞こえなかったか? チョウド俺の家ニ遊びにキテたから殺ッちマッタヨ! 笑えるだろ!? キャハハハハハっ! オラッ!! オマエも笑え!!』

「…………」
“ガリッ! ガリッ! ゴクリッ ”
セオから言われていた用法を破って、LCを一度に二錠飲んだ。
(ここで死んでもいい……兄ちゃんを――コイツを殺せれば!!)
自身の体内からアドレナリンが過剰に分泌する。
身体がガクガクと小刻みに揺れ始めた。
全身の血流が異常な速さで駆け巡り、体が赤みを帯び始める。
『オイっ!! 孝!! 聞いてんのかヨ!!』
兄は俺の顔面目掛けて蹴りを放つ。

『――!? な、消えタ!?』
俺はそれを紙一重で躱した。
『テメェ~ナニしやがった! 出てコイ!!』
「喚くな……うすのろ」
『な……何!? 壁にへばり付いテいルノか……クッ!』
脳力が爆発的に伸び、敵の攻撃がスローモーションに見えた。
例えるなら時間が遅く動いている空間を、自分は通常以上の速さで動ける感じだ。
計算上、今の俺の脳力は七十パーセントまで上がっている。
『まさか……オマエが……適合者だったのカ!?』
「!? なぜその事を知っているんだ!?」

『グワーーーーっ!!』
猛り狂う敵の一撃を再び躱す。
そして俺は言った。
「やっとだ……やっとお前の呪縛から解放されたよ」
『このオレニ向かって……オマエだと……いつからソンナ口聞けるようにナッタンダー!!』
なおも闘牛の如く拳を突き立て突進してくる。
「怒りで冷静さを失ったな」
『オマエ……が……オレから……母ちゃんを……奪ったんダー!!』
「......それが本音かよ」
その言葉に俺は胸を痛める。
(やっぱり……母ちゃんの愛情を独り占めにした俺の事を恨んで……)
「でも……お前は俺の仲間を傷付けた。それだけは絶対に許さない!!」
『ユルサナイだと!? それはコッチのセリフだ!』
今の状態ならば二振り以上の刀を具現化出来る。
俺は静かに精神を集中した。
「……二刀以上――五刀!!」
すると自分の周囲に刀が五つ現れ、守るが如く円を描くように回転している。

『なんナンダ――オマエハ……。いつも……イツモお前ダケ……。オマエが……オマエさえイナケレバ……』
「一つ聞いていいか!? もしその身体になっていなければ……味方になってくれていたか!?」
『俺が……このオレが!? 孝の味方!? ククククくっ。笑わせルナ!! 誰がオマエの......み――か……た……なぞ』
(様子がおかしい……どうしたんだ!?)
兄の額からは凄まじい血管の筋が浮き出ている。
何かに耐えているかのようだ。
『に……逃げろ――孝……』
その瞬間――兄の背後から両足を失ったソフォスが現れた。
『この人間もどきが!! 俺様に刃向いやがって!!』
兄に対して怒りを露わにしたソフォスは、手から大鎌を取り出すと兄めがけ振り下ろす。

『!!』
鎌は兄には当たらなかった。
一瞬早く俺の五刀がソフォスに突き刺さる。
その内の一振りが眉間に突き刺さり、それが致命傷になった。
俺はソフォスに対して上げていた腕を静かにおろす。

「ごめ……んな……体が……言う事を……きかなくて」
「正気に戻ったのか!?」
その言葉に機械的なノイズは無く、元に戻ったのだと俺は確信した。
「ああ、半分……俺で……もう半分が……制御出来ない本能だった。……お前の仲間には悪い事をした……。母ちゃんと父ちゃんには……くそっ! 自分を止められなかった……』
兄の目からは普通の人間としての涙が流れ落ちる。
それを俺は指先で拭う。
「この先は……気を付けろ。指揮官は……サンライズタワーにいる」
その一言を告げたあと、眼は光を失おうとしていた。
「……分かったよ。最後に……兄ちゃん――俺の事やっぱ憎かったか?」
『憎いさ……愛情をたっぷり受けて育ったお前が。でも……それ以上に……俺は、弟であるお前が……好きだったよ。愛情表現の仕方が……間違っていたけどな……』
「今更……言うなよ! そんな事! ツラくなるじゃないか」
『本当に……ホントに――ゴメンな……』
それから兄は動かなくなった。
だが俺の目から涙は出ない。
悲しくはなかった。
幼い頃から酷い仕打ちをされてきたせいもあるが、今は悲観にくれている場合ではなかった。
すぐさま仲間のもとに駆け寄ろうとしたが、

――突然、LCの効果がきれ、過剰摂取した反動が激痛となって全身を駆け巡る。
「ぐわーーーーっ!!」
鋭利に尖らせた矢が、絶え間なく五体を貫いていく感じを受ける。
そしてまた俺の意識はプツリと切れた。

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