終喰活慟(しゅうしょくかつどう)~神奈川奪還編~

武沢孝二

第五活 死猟確認(しりょうかくにん)

「これ、本物?」
ジュディスが聞いた。
「はい、正真正銘、現地で撮影された本物のようです。私も同じ質問をセオさんにしました。どうやら管理者の一人が、現地で実際に撮ってきたそうです。私たちが眠っている間に」
御堂条がジュディスの質問に答える。
そこには異形の怪物が写真に収められていた。
「こんなのゲームでしか倒した事ないヨ。勝てないっしょ普通に」
「普通ならな。でも今の俺たちは以前に無かった脳力がある。それに一人じゃないし」
天童子の言葉に、俺は士気を高めるように言った。
「そうです。さすが支部長さん」
“パチパチパチ ”と御堂条に両手を叩き褒められたが、何かバカにされているような感じも同時に受けた。
「それでは説明の続きをさせて頂きます。まず一ページ目の写真ですが、これはグリーゼ人ではありません。我々地球人で言うところのペットと同じです。この怪物を【テラス】と名付けました。また敵の強さをランク付けする事により、相手の強さを明確にし、対抗策をとれる様にしたようです。次の項目をご覧ください」
ページをめくる。
するとランクが詳細に書かれていた。
・ランクα(アルファ) (脳力値 10パーセントから20パーセント)
・ランクβ (ベータ)(脳力値 20パーセントから30パーセント)
・ランクγ(ガンマ) (脳力値 30パーセントから40パーセント)
・ランクΣ(シグマ) (脳力値 40パーセントから60パーセント)
・ランクΩ(オメガ) (脳力値 60パーセントから80パーセント)
「下から順にα、β、γ、Σ、Ωとなり、相手の強さを表しています。この値から先程のテラスはαに属し、最下級になります。ですが脳力は通常の地球人より高く、我々の言語すら簡単に喋れるそうです」
「オイオイ、マジでこんな怪物が言葉を喋れるのかよ。信じらんね~な」
間藤が親指でサングラスを上げながら言った。
「まーそうですよね、それについては私も同感です。見るまでは」
御堂条は両腕を広げ、頭を左右に振る。
最後に意味深な言葉を吐いたのを俺は聞き逃さなかった。
「さて、時間もあまりないので、次のページにいきます」
静まり返った室内にみんなのページをめくる音だけが響く。
(これは……見た事あるぞ! ――テレビでだけど)
そこにもまた写真が載っていた。そこには頭は大きく、目は吊り上ったアーモンドの様な形、鼻はなく鼻腔らしき穴が開いているのみ、耳と口は小さく、痩躯な体型と、腕が地球人と比べると異常に長い。記述によると身長は百センチから百二十センチぐらいとある。まさに地球人がイメージするであろう宇宙人、【グレイ】と呼ばれる典型的なタイプだ。
「皆さんの顔を見る限り、説明は不要といった感じですかね。ご存知、グレイタイプで呼び名は【ネライダ人】ランクはβです。主にテラスに指示を出し、人間を捕獲する役目を担っているようです」
「すいません、ネライダはテラスに命令出来るほど強いんですか? 僕が見る限りテラスの方が手強そうに見えるのですが」
海道が質問する。
「確かに見た目はそうですが、ネライダには特殊脳力があります。それは【リモートインフルエンス】と言う力で、相手の精神を支配し操る脳力です。テラスはこの脳力に耐性がありません。またサイコキネシス、物体を自在に操る事が出来ます。例えるなら岩を動かし、敵にぶつけるなど造作もないでしょう」
「そうですか……、このサイコスーツがあれば大丈夫ですよね?」
「さーそれはどうでしょう。自分次第じゃないですか」
海道の不安な言葉に御堂条は冷たく答える。
「――オレなら負ける気はしないね」
と突然、間藤が手のひらをデスクの上にかざすとボールペンやファイルなどが揺れながら浮き上がる。
「サイコキネシスってこういう事でしょ?」
「ええ、そうです。我々もこのスーツさえあれば、ネライダ人ぐらいまでは対応出来るはずです。なので弱腰にならず自信を持って戦いましょう! 海道くん」
「わかりました!」
海道の顔に不安の色は消えていた。

「さて、次のページをご覧ください」
するとまた見た事ある写真が載っていた。
「これってテレビで観た事あるけど、【フライングヒューマノイド】ってやつじゃないの?」
ハッキリとは写ってないけど人影らしきものが空を飛んでいるようだ。
「そうですね。支部長さんが言う通り、都市伝説のフライングヒューマノイドと呼ばれるものです。これは【ソフォス人】と呼ばれ、ランクはγ。脳力はサイコキネシス、テレキネシス、パイロキネシスです。この内、テレキネシスが浮遊術で空を飛べる脳力になります。またソフォス人の力は、強力なパイロキネシスと呼ばれる脳力で、これは発火術です。つまりは炎を自在に操る事が出来ます。このランクまでくると協力者、個々の力で勝つのは難しいでしょう」
「パイロキネシスってこれじゃないの?」
と言った北条の人差し指には、炎がゆらめいていた。
「……凄いですね! あなたみたいな方にそんな力があるとは」
「何? その言い方」
御堂条の言葉にムカついたのか、炎が大きく激しさを増す。
「あ~すいません、ちなみにもっと力を増幅させる事は出来ますか?」
「多分ね。炎をイメージしたら出せて、そこからは感情によって変えられるみたい」
「そうですか。もしかしたらこの力はソフォスに対抗するには大きな戦力になりますよ」
「あ~ゴメン。話の途中で悪いんだけど、みんな何でいきなり力を使いこなせているの?」
と俺は疑問に思い聞いた。すると剛田さんが、
「どうやら、みんなこの部屋に来る前にセオのオヤジにサイコスーツの事や、力の使い方などのレクチャーちゅうのを受けとるんだわ」
「なるほど、そうなんですか」
そういう事かと、俺は納得した。

――御堂条が話を進める。
「で、す、が、ここからが問題です。次をご覧ください」
そう言われページをめくると、ある言葉が飛び込んできた。
 “Unknown ”不明と言う意味だ。
(これは……。写真も無ければ詳細なデータもない。どういう事だ?)
「皆さん困惑しているでしょう。ここからはまだデータ不足で何も得られていません。分かるのはランクがΣと言うだけです」
「一ついいか? 敵のランクなんかはどうやったら分かるんだ?」
俺が疑問に思い聞いてみた。
「皆さんにはこのイヤホンマイクを付けて頂きます。これはチーム間での会話だけではなく、対峙した相手のランクが識別できる道具です。もっと分かりやすく言えば、有名なアニメにスカウターと言う相手の戦闘力を計れる物がありました。ここまで言えば御理解出来ますか?」
「ああ、俺は分かるが……」
と周りを見て自分以外の反応を観察したが、みな一様に頷いていた。
「ちなみに今まで説明したテラスやネライダ人、ソフォス人の中にはランクを越えた個体も存在するかも知れませんので、相手の実力を計る上では、このイヤホンマイクが必要になります。とりあえず配りますので実際に付けて見て下さい」
御堂条はそう言うと、イヤホンマイクを一人ひとりに手渡した。
「では皆さん左耳に装着して下さい」
形状は少し丸みを帯びた長方形で色は黒、その本体の真ん中にスイッチのような窪みがある。
以前、車を運転する時に買ったちょっと高級なハンズフリーマイクみたいだった。
「付けましたら起動させる為に、本体の中央にあるボタンを押してください」
そう言われ押すと、
《 “ピピピッ ”……起動します。はじめましてワタシはグリフォスと申します。どうぞよろしくお願い致します》
突然のカーナビ的な声に、俺は思わずビックリしてしまった。
「これ、喋ったぞ」
「ええ、それは人工知能が埋め込まれています。音声認識で一人、、又は複数の人たちと会話が出来ます。例えば支部長さんが、ジュディスさんと会話をしたい場合は、グリフォスにそう伝えて下さい。まー習うより慣れろです。とりあえず実際に支部長さんやってみて下さい」
そう御堂条に言われ俺は、
「グリフォス、ジュディスと話がしたい」
と言った。すると、
《了解しました。ではジュディスに繋ぎます》
「あ、繋がったみたいです。も……もしもし」
「あ、え? もしもし」
と俺とジュディスはあたふたしながら会話する。
「では支部長さん、次はメンバー全員と会話してみて下さい」
「え? ああ、グリフォス、全員に繋いでくれ」
《了解しました。メンバー全てに繋ぎます》
「お、きた」
間藤が言った後に、天童子が、
「オレっちも」
「僕も」
「わたしも」
続いて海道と美琴が答えた。そして北条は無言で手を挙げる。
「あんちゃんか? もしも~し」
「剛田さん、聞こえていますよ」
どうやら全員繋がったみたいだ。
一人の言葉だけが聞こえるのではなく、すぐ傍にみんなが居るかの様に、言葉が入り混じって聞こえる。
(スゴイな。これは便利だ)
「もうお分かりの様に、チーム全員での会話が出来ます。これを【談合モード】と言います。個別で話したい時は、グリフォスにその旨を伝えて下さい」
そう言い終わると御堂条は “パチンッ ”と指を鳴らす。
――ウィーーーーン。
(ん? なんだこの音は……)
それは俺の背後の壁が開く音だった。
続いて地響きのような唸り声が聞こえてくる。

――――ウウウウウウ……

「! な……、なに!」
後ろを振り返ると、そこには先程資料で見たテラスがいた。
“ガンッ、ガンッ ”
と檻に入れられた怪物は暴れまわっている。
それを冷静に見ていた御堂条が、
「皆さん先程の資料でご承知かと思いますが、これがテラスです」
その瞬間、みんながデスクから立ち上がり後ずさる。
「オイオイ、マジかヨ! オマエ、イカレてんのか?」
「大丈夫ですよ。この檻は特注品でランクβまでなら破られません」
天童子の言葉に、これまた冷静な態度で御堂条が答える。
(なるほど。事前にセオから色々と見聞きしているって事か)
少し前の会話で、最後に “見るまでは ”の一言の意味がここで分かった。
「そういう問題かよ! ビビらせやがって」
強気な北条も胸を撫で下ろしている。
するとその怪物、テラスが、
『貴様ラ、コノオレニコンナ事ヲシテ、タダデ済ムト思ッテイルノカ!』
(そうか、テラスは地球人の脳力を越えているんだ。だから俺たちの言葉もすぐに覚え、喋れるって事か)
「怖いですね。ですが、あなたはそこからは一生出られませんよ」
御堂条が怪物に対して挑発的に言った。
『地球人ゴトキガ調子ニノルナヨ! 貴様ゴトキ噛ミ砕イテヤルワ!』
とまた暴れはじめた。
すると、
「あなたも地球人を舐めない方がいい」
そう御堂条が言い、テラスに向けて手をかざすと、
『グギギギギギギッ』
と怪物は呻きだした。
その巨躯は宙に浮き、首に手を当てると突然もがき苦しむ。
『ガ……ハッ……』
「おっと、やりすぎましたかね」
と手のひらを広げると、怪物の巨躯は地面に落ちる。
「ではテラスが大人しくなったようなので、話を続けます」
何事も無かったかのように御堂条は向き直った。
「皆さん、グリフォスに戦闘モードオンと言って下さい」
そう言われたがみんな一様に呆然としていた。
だが俺は違った。
「グリフォス、戦闘モードオンだ!」
《了解しました。戦闘モードに移行します》
すると目の前にディスプレイが現れた。
「おわっ! なんだこれ?」
それはイヤホンマイクの本体から、プロジェクターの要領で装着者の前方に照射された。
「マジでスカウターじゃん!」
俺はある意味感動した。
「戦闘モードオン!」
その言葉につられたのか、金縛りから解かれた様に、みんなが言い始めた。
「あんちゃん、こりゃすごいわ、ハイテクっちゅ~やつだな」
「ハンパないっしょコレ」
「何これ、厨二病かよ……でもアタシは嫌いじゃないけど」
一斉に、歓喜ともつかぬ言葉が行き交う。
それを傍観していた御堂条が言った。
「みなさ~ん、話を続けてもよろしいですか?」
――だが個人それぞれが首を回したり、目の前に手をかざしたりと、完全にまとまりが無くなっている。
それを見て俺は一喝するように大声で言った。
「みんな、御堂条の説明を聞いてくれ!」
その言葉に室内が静まり返る。
「有難う御座います。支部長さん」
そう言うと御堂条はニコッと笑った。
「では皆さん、テラスの方を向いて下さい。そして【サーチ】と言って下さい。それで相手のランクが目の前に表示されるはずです」
(なるほど、これで敵の情報が分かるのか)
そしてみんな一斉に言った。
「サーチ!」
すると “ピピピッ ”とグリフォスがテラスをサーチし始めた。
【ランクα 戦闘力・D 戦闘脳力・D】
「こりゃ凄いな。ちなみに戦闘力とは?」
間藤が尋ねる。
「全体的な強さをランク分けしたのと同じで、体躯を使った格闘センスを戦闘力と表しています。おおまかに分けて下から【E・D・C・B・A・S】までのアルファベットで表示します。つまりテラスの戦闘力は下から二番目のDとなります。また戦闘脳力の意味は逆で、知恵を使った戦闘センスの事です。ランクは先ほどと同じで下から二番目になりますね」
「この怪物でDかよ!」
と御堂条の返答に、間藤は顔を手で覆った。
「大丈夫ですよ。皆さんが着ているサイコスーツは、戦闘力で表すとDかCぐらいの力を発揮出来ますので。先程の私を見ていればお分かりでしょう」
確かに御堂条はテラスを片手でねじ伏せた、それはサイコスーツによる脳力のおかげだろうが、対抗出来る事をみんなに証明してみせた。
だが俺は尚更、御堂条の今までの言動や、立ち居振る舞いに疑問を感じ、そしてそれは言葉となって発していた。
「なぁ御堂条、お前は一体何者だ? なんでそこまで知っている? セオから聞いただけではここまで説明出来ないだろう」
俺の言葉にみんなの目が御堂条に集まる。
「それは――」
言いかけた所で、何処からともなくセオの声が聞こえてきた。
[あと五分で時間です。全ての地域の方々、用意はいいですか。これからあなたたちを職安に転送させます。そこから活動を開始して頂きますので準備して下さい]
「どうやら時間のようです。支部長さん、あなたの質問の答えはひと月後まで待って頂けますか? まずは出だしが肝心です。いらぬ問題を抱えては、勝てる戦も負けてしまう。これからは目の前の敵を一掃する事に専念しましょう」
「解せないが一理ある……分かった」
「有難う御座います」
 そう言った御堂条の顔は子細顔しさいがおになっており、一抹の不安がよぎる。
 「では最後に作戦ですが、現地に転移しましたら周りの現状確認と、敵の指揮官の居場所を探ります。指揮官を倒せば神奈川は取り戻せますので最優先事項とします」
 「な~、さっきからお前さんが指揮っとるが、一番偉いのは支部長である武山のあんちゃんじゃないのか?」
 「いや、剛田さん、いいんです。現状を把握しているのは御堂条の方ですから。俺はいきなり支部長と言う立場にされただけなので」
 「そうね。御堂条さんは他にも色々と知っているみたいですし。今の時点では彼に従うのがいいと思いますよ」
 沈黙を続けていたカルラが言った。
 「すいません。最初のひと月だけ私が皆さんを先導させて頂きます」
 特に反論する者はいなかった。
 「戦闘に関してですが、我々協力者はサイコスーツのおかげで、即戦力になります。ですが支部長さんはLCを飲まなければ凡人並みです」
 (コイツ、ぶっ飛ばしたろか!)
 そう思ったが実際そうなんだから言い返せない。
 「だったら俺にもリクルーツじゃなくて、サイコスーツをくれよ」
 よくよく考えたら至極当然だ。
俺がサイコスーツを着て、尚且つLCを飲めば、
 「支部長さん、それは無理です。まずサイコスーツは一人一着で、傷つき機能を失えば、そこでその人物は通常の人間に戻ってしまいます。つまりはスーツがなくなれば戦力外、クビと言う事になります。あとLCとの併用は禁忌です。突然の脳力アップに身体がもたず即死する可能性があります」
 「ふ~ん。そうなんだ。心を読んだだろ。と、言うよりサイコスーツで【テレパシー】まで使えるんだな」
 「ええ、その程度までなら。ちなみに支部長さんはLCを飲めば、私達より脳力は高くなります。三十分と制限時間こそありますが、一時間経てばまた服用できる。使い切ってもひと月経てばまた、全体会議の時に配給されます。結果、我々より戦力は遥かに上です。しかし使いどころが肝心なので、協力者がなるべく支部長さんを守る形にはなりますが」
 「そうか。まぁ薬を飲まない俺は凡人だからな。すまない、みんなには迷惑をかける」
 みんなに向かって俺は頭を下げる。
 「別にアンタをかばったりして死ぬ気ないし」
 北条の言葉に俺は口角を上げ笑顔で返す。
それに対して彼女は頬を赤らめ、照れたような素振りを見せる。
 「そうだぜ! ワシがあんちゃんを守ってやる!」
 「剛田さん」
 目頭が熱くなるのを感じて俺はグッと堪えた。するとまた放送が流れる。
 [――では皆さん、時間がきました。初出勤で緊張しているかと思いますが、どうか気を付けて。いってらっしゃい]
 そうセオが言い終えると、目の前が突然真っ白になり意識がなくなった。

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