混じりけのない白より好きな色

些稚絃羽

4.さわがしい子分

 近くでさわがしい音がします。
 寝すぎた身体はだるく、目を開けるのもおっくうです。それで耳だけを軽く起こして、その音を聞いてみることにしました。

「夜なのに寝てるぞ。こいつ、本当にオオカミか?」
「オマエも、狩りのとき寝てたダロ」
「いつの話してんだよ!」

 どうやら二匹の何かが話をしている声だったようです。鼻をすんと鳴らしてにおいをかぐと、オオカミのように思えます。
 チャッカの身体が強張ります。今度はどこのオオカミに見つかったのでしょう。ウォールが話したのでしょうか。そんなことをするようには思えませんでしたが、それ以外に見つかる原因はなさそうです。気を許してしまった自分を、チャッカは今更悔しく思いました。

「こいつ、メスだよな」
「ダナ」
「メスとか久しぶりに見たな。……なんかうまそうなにおいがする」

 その二匹はチャッカのことを話しています。彼女にとって嫌な話です。しかも足音や息づかいが大きくなっています。においをかぐために近づいてきているのです。

「食うのカ?」
「え、おれらってうまいの?」
「オマエ、肉固そうダ」
「よかったぁ、うまそうだと食われかねないしな。お前は……お、意外とうまそう」
「コッチ、来るナ!」

 勝手に仲間内でじゃれ始めたのを見計らって、チャッカは逃げ出そうとしましたが、引きずった足を草に引っかけてしまいました。倒れこんだ音に、二匹も気づいたようです。気安く近づいてきました。

「起きたのか? なぁ、お前名前なんて言うの?」

 その時初めて二匹のオオカミを見ました。話しかけてきた方は丸く可愛らしい目をしていますが、鼻がつんと上がっています。後ろにいる方は下の歯が異常に大きくて鋭く、いつも歯を見せつけているようです。どちらも少し汚れてはいますが、きれいな白色をしたオオカミです。
 一匹は息つくひまもなくずっと話し続けています。

「おい、聞いてるのかぁ? ケガしてるんだろ、さっきのところにちゃんといろよな。お前、えっと、名前なんだっけ? 最近もの忘れがひどいんだよ、気を悪くするなよな。えっと、ええっと……あ、そうだった、まだ名前聞いてないのか。そりゃ覚えてないはずだよな。最近もの忘れがひどいんだよ、気を悪くするなよな。というかお前が早く答えてたらよかったんだよ。そうだよ、おればっかり悪いわけないしな。なぁ、それで名前は?」

 あっけにとられていたチャッカを助けてくれたのは、二匹とは違う影でした。

「オレは見張りをしていろと言ったはずだ。誰がおしゃべりしていていいと言った?」
「ウ、ウォール!!」

 チャッカをかばうように間に入りこんだのは、ウォールでした。
 二匹のオオカミは全身でふるえながら後ずさると、互いの身を寄せて大人しくなりました。

 ウォールはそんな二匹をにらみつけると、チャッカの方を向きます。細い月明かりでウォールの耳が白く光って見えました。
 さっきまでと違う厳しい雰囲気のウォールにチャッカは、彼がボスであることを改めて知りました。声は一層低くするどく、小さな動物でなくても彼らのようにふるえてしまうでしょう。ですがそんなウォールが優しい口調でチャッカに話しかけてきます。

「うるさくしてすまなかった。ちゃんと眠れたか?」
「あぁ、それは大丈夫。……あいつらは、あんたの仲間かい?」
「そうだ。おい、こっちへ来い」

 ウォールが二匹を呼ぶと、駆け足でやって来てウォールのとなりに並びました。

「こっちがシギー。“おしゃべりシギー”なんて呼ばれている」
「確かにおしゃべりだったね」
「お前が全然話さなかっただけだろっ」
「シギー?」
「わ、分かったよ……」

 ウォールに名前を呼ばれただけでしゅんと小さくなったシギーを放って、急かすようにもう一匹が歯を鳴らします。

「そっちのはジャッキーだ。何でもかみつく、“かみつきジャッキー”。おしゃべりはうまくないが、あごの力は最強だ」

 何かを言う代わりに、うれしそうにガシガシとまた歯を鳴らしてみせました。

 チャッカは面白い三匹だと思います。体型も中身もウォールと並べば子どもを連れているようです。ウォールの苦労を想像して少し可笑しくなりました。

「あたしはチャッカ。多分あんたたちよりはお姉さんね。でも好きに呼んでくれてかまわないわ」
「なぁ、お前は」
「お前、なんて呼んでいいとは言ってないけど?」
「……メスってめんどくせぇ」

 シギーを早くもからかい始めたチャッカに、ウォールは安心しました。

 話の途中で眠ったチャッカが心配で、いつもの散歩の時間が終わる頃までずっとそばにいました。もし別の群れのオオカミが来たり、他の動物におそわれてしまうようなことがあってはいけません。何があっても守れるように眠ることもせずにとなりにいました。
 さいわいなことに何事もなく太陽はかたむいていきましたが、そのままここにいたのではシギーとジャッキーがさわぎだしてしまいます。チャッカの元を離れることに不安はありましたが、自分が狩りをしている間に二匹にチャッカを守らせようと考えました。それで二匹に場所と、ケガをしたメスのオオカミに近づく者がいないよう見張れと指示を出して、一匹だけで狩りをしに出かけていたのでした。

 二匹が眠るのをじゃましていたことは申し訳なく思いましたが、眠る前よりもずっと顔色のよくなったチャッカにほっと息をつきました。お腹がいっぱいになったこともよかったのでしょう、すっかり元気そうでウォールもうれしくなりました。

「飯にしよう」
「お! 今日は何か見つかったのか!?」
「いつもと大して変わらんが」

 草の向こうに置いたままにしていた食料を、くわえては投げるという動作を何度か繰り返して三匹の前に集めました。

「魚と、木の実と……鳥!!」

 小さいですが、今日の食料には鳥が加わっていました。しかも三羽もあります。シギーとジャッキーは大喜びです。

「見つけた時にはもう死んでいたからな、鮮度はよくないがまだ食べられるだろう」
「食う、食う!」
「肉ナツカシイ……」
「ちょっと待て」

 丸飲みする勢いで飛び付こうとした二匹をウォールが止めます。おあずけされた二匹がつらそうにウォールを見上げました。

「チャッカが先だ」
「えー!!」
「メス、先?」
「そうだ、ジャッキー。よく分かったな」

 ジャッキーが小馬鹿にしたようにシギーに身体をぶつけると、シギーも負けじとぶつかります。
 ウォールはチャッカの前に鳥を一羽置きました。その目が食べろと伝えています。でもチャッカは首を振りました。

「あたしはいいよ。さっきお腹いっぱい食べさせてもらったし、当分食べなくてもいいくらいさ」

 それを聞いてもウォールは鼻先でさらに鳥を近づけてきます。

「今のうちに食っておかなければ、治るものも治らん」
「十分すぎるくらい食べたって」
「大丈夫だ。食い始めたら大抵のものは入る」

 一体何が「大丈夫」なのか、とチャッカは思いましたが、しぶしぶ鳥を食べることに決めました。
 ウォールが折れてくれそうになかったというのもありますが、後ろで待っている二匹がもう限界そうだったからです。開いたままの口からよだれをぼたぼたと垂らしています。あれを放っておくのはかわいそうでしょう。
 ウォールからの許しをもらった二匹は一瞬のうちに食べてしまいましたが、幸せそうに顔を和ませています。

 チャッカは鳥の柔らかな身を歯で割きながら、魚をかじっているウォールに言います。

「足が元通りになったら、あんたにたらふくうまい肉を食べさせてやるよ」
「なぜだ?」

 本当に意味が分かっていないらしく、ウォールは首をかしげています。それを見てチャッカは少しあきれてしまいました。彼は自分のしたことが分かっていないようだからです。

「なぜって。あんたは私を助けてくれたじゃないか。本当はこのまましんじゃうかもって思ってたんだ。でもあんたは手当てをして、肉を食べさせてくれた」
「手当てをしたのはオレじゃない」
「そんなことは分かってるよ! でも手当てをするのにリリを連れて来てくれたのはあんただろ。それにそれがなくてもこうして食べさせてくれてる。どれをとっても、あたしがあんたにお礼をしなきゃおかしいってくらいじゃないか」

 そこまで説明しても、ウォールにはお礼の気持ちが分からないようです。黙ったまま何かを考えています。

「あぁ、もういいよ! あんたが分からなくたってあたしが勝手にするんだ。あんたはその日を気長に待っときな!」

 チャッカの声が辺りに静かに響いて、ウォールが分かった、と答えました。
 その二匹の様子をシギーとジャッキーはちらりと見て、手つかずの木の実を頬張りました。


  

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