冬の女王と秘密の春
おまけ*王の褒美
ヴィーシュナを見送った面々は、次第に色づいていく景色を眺めていました。国中が歓喜に包まれるのもあと少しのことでしょう。
ロッドはしばらく塔を見つめてから、王と女王に改めて頭を下げます。
「ロッドと申します。異国の者でありながらこの国を惑わせましたこと、誠に申し訳ありませんでした」
カクタスは一気に王の顔つきになりましたが、必要ないと微笑みました。
「これからはリボルブ国の国民となってくれるのだろう? それに一年も過ごしているんだ、もう大切な国民のひとりだよ」
「王様……」
「ほら、早く帰ってヴィーシュナがつくる春の景色を見てくるといい。今年はさぞかし美しいだろう」
「はい!」
再度深く礼をしてロッドが走り去っていきます。カクタスの言う通り、きっと今年の公園はこれまでのどの年よりも輝いていることでしょう。ヴィーシュナの想いが見えるような優しい景色だろう、とハイデは思いました。
さて、塔にいる意味もなくなってしまいました。ハイデはさっそく歩き始めます。
「ハイデ、どこに行くんだ?」
「どこって、家に帰るんだけど。今回の報告はいらないでしょ?」
何を今更とでも言いたげなハイデに、カクタスは小さく息を吐きました。もう白く吐き出るものはなく春の風に乗るばかりで、ハイデが気づくことはありませんでした。
長引いた冬の報告はもちろんいりません。カクタス自身が見て十分知っているからです。どこに行くのかと聞いたのは当然、引き留めたい気持ちの表れでした。
「そんなに急いで帰らないといけないのか?」
「だってここにいてもすることないし。帰って、薬草でも摘みに行く」
「でも、そんなに急いで帰らなくてもいいだろう?」
同じような言葉を繰り返すカクタスに苛立ったハイデが、鋭くカクタスを睨みます。
「何なの、人を暇人みたいに。あんたこそ皆の王様なんだから、さっさと帰って仕事しなさいよ」
「いいんだ、今日は。ハイデが出てきたら今日の公務は休むとベンに伝えている」
「職務怠慢」
「お前のもなかなかの職権濫用だったと思うが?」
珍しく言い返してくる幼馴染みに内心驚きつつ、無視して立ち去ろうとします。けれど呼び止められれば足を止めて振り返ってしまいました。
「ハイデ、お茶にしよう。もう夕暮れだし、その後のディナーも付き合ってくれ」
「何でわたしが」
カクタスはよく聞いてくれたと嬉しそうに笑います。王子の頃に隣にいた姿を今の彼に見ました。
彼の口からは、自身の出したお触れの一節が語られます。
「『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美をとらせよう』。ハイデも聞いているはずだ」
「それが何? ヴィーシュナは自分から交替したんだから。あんたの力じゃないからね」
そう言われても認める様子はなく、カクタスはむしろ胸を張って返します。
「でも“冬の女王”を塔から出させたのは俺だけだ。そうだろう?」
「……王のくせにやることが卑怯よ」
「何とでも。今はハイデの幼馴染みだからな」
ハイデは歯噛みして後悔しました。塔の上からカクタスを見ているんじゃなかった、と。そして雪に埋もれていくその姿に耐えられなくなったことを。こんなことになるならカメリアが行くのかと聞いてきた時、足を止めていれば良かった。衝動に負けた自分をハイデは恥じるのでした。
カクタスはずっと笑顔を向けています。こんなにハイデをたじろがせたことがこれまであるでしょうか。訪れそうなふたりの時間を思って、顔が緩むのを止められません。
それでも真面目な顔をして、逃げられる前に一言を投げかけました。
「褒美に、お前の時間をくれよ。ハイデ」
ハイデは少しの間黙って、じっとカクタスを見ています。息が詰まりそうな視線を受けても、カクタスは愛おしそうな瞳を返します。
そんな時間が続いて、先に動いたのはハイデでした。カクタスに背を向けて歩き出してしまいます。だめかと俯いたカクタスに意外な声が飛んできました。
「何してんの、さっさと行くわよ」
「え、おう!」
慌てて彼女の横まで進んで、ふたりは隣り合って城に向けて歩いていきます。
ハイデは隣を見もせずに、にやにやするな、と一喝します。ただ今の彼にはそんな言葉は届きません。うんざりした表情の彼女が幼馴染みにきつく忠告を与えます。
「言っておくけど、あんたには少しも悪いと思ってないから。国民にはそれなりに色々思うところはあるけど、あんたにだけはないから。
あと、褒美だかなんだか知らないけど、わたしは城の美味しい紅茶と料理を食べに行くだけだから。自分のために行くんだからね」
変な勘違いしないでよ。ハイデがそう言ってちらりと隣を見ると、分かってるよ、と言いながらカクタスがこちらを見ていました。合った視線はむず痒くなるほど暖かく、ハイデは眉間に力を入れました。
それからハイデがぶつぶつと言いながら薬草のことに頭を巡らせている間、カクタスも考えています。
このまま城に住んだらいい、と言えるタイミングは来るでしょうか。今日すぐには難しいかもしれません、ですがいずれはきちんと伝えたいと思います。何と言われようと諦めるつもりはありません。
今日のところはとりあえず、久しぶりに名前を呼んでもらいたいところです。
「ちょっとカクタス、聞いてんの?」
「…………!!」
こんなにも早くひとつめの褒美を受け取ってしまいました。あといくつ褒美がもらえるかと、この瞬間から始まる幸せな時間に思いを馳せながら、カクタスはハイデの小言に耳を傾けます。
今日ばかりは王の立場はお休みです。そしてふたりが城に入る頃、彼の沸き立つ心を表すような、民の盛大な歓声が国中に満ちていくのでした。
おまけ*おわり
ロッドはしばらく塔を見つめてから、王と女王に改めて頭を下げます。
「ロッドと申します。異国の者でありながらこの国を惑わせましたこと、誠に申し訳ありませんでした」
カクタスは一気に王の顔つきになりましたが、必要ないと微笑みました。
「これからはリボルブ国の国民となってくれるのだろう? それに一年も過ごしているんだ、もう大切な国民のひとりだよ」
「王様……」
「ほら、早く帰ってヴィーシュナがつくる春の景色を見てくるといい。今年はさぞかし美しいだろう」
「はい!」
再度深く礼をしてロッドが走り去っていきます。カクタスの言う通り、きっと今年の公園はこれまでのどの年よりも輝いていることでしょう。ヴィーシュナの想いが見えるような優しい景色だろう、とハイデは思いました。
さて、塔にいる意味もなくなってしまいました。ハイデはさっそく歩き始めます。
「ハイデ、どこに行くんだ?」
「どこって、家に帰るんだけど。今回の報告はいらないでしょ?」
何を今更とでも言いたげなハイデに、カクタスは小さく息を吐きました。もう白く吐き出るものはなく春の風に乗るばかりで、ハイデが気づくことはありませんでした。
長引いた冬の報告はもちろんいりません。カクタス自身が見て十分知っているからです。どこに行くのかと聞いたのは当然、引き留めたい気持ちの表れでした。
「そんなに急いで帰らないといけないのか?」
「だってここにいてもすることないし。帰って、薬草でも摘みに行く」
「でも、そんなに急いで帰らなくてもいいだろう?」
同じような言葉を繰り返すカクタスに苛立ったハイデが、鋭くカクタスを睨みます。
「何なの、人を暇人みたいに。あんたこそ皆の王様なんだから、さっさと帰って仕事しなさいよ」
「いいんだ、今日は。ハイデが出てきたら今日の公務は休むとベンに伝えている」
「職務怠慢」
「お前のもなかなかの職権濫用だったと思うが?」
珍しく言い返してくる幼馴染みに内心驚きつつ、無視して立ち去ろうとします。けれど呼び止められれば足を止めて振り返ってしまいました。
「ハイデ、お茶にしよう。もう夕暮れだし、その後のディナーも付き合ってくれ」
「何でわたしが」
カクタスはよく聞いてくれたと嬉しそうに笑います。王子の頃に隣にいた姿を今の彼に見ました。
彼の口からは、自身の出したお触れの一節が語られます。
「『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美をとらせよう』。ハイデも聞いているはずだ」
「それが何? ヴィーシュナは自分から交替したんだから。あんたの力じゃないからね」
そう言われても認める様子はなく、カクタスはむしろ胸を張って返します。
「でも“冬の女王”を塔から出させたのは俺だけだ。そうだろう?」
「……王のくせにやることが卑怯よ」
「何とでも。今はハイデの幼馴染みだからな」
ハイデは歯噛みして後悔しました。塔の上からカクタスを見ているんじゃなかった、と。そして雪に埋もれていくその姿に耐えられなくなったことを。こんなことになるならカメリアが行くのかと聞いてきた時、足を止めていれば良かった。衝動に負けた自分をハイデは恥じるのでした。
カクタスはずっと笑顔を向けています。こんなにハイデをたじろがせたことがこれまであるでしょうか。訪れそうなふたりの時間を思って、顔が緩むのを止められません。
それでも真面目な顔をして、逃げられる前に一言を投げかけました。
「褒美に、お前の時間をくれよ。ハイデ」
ハイデは少しの間黙って、じっとカクタスを見ています。息が詰まりそうな視線を受けても、カクタスは愛おしそうな瞳を返します。
そんな時間が続いて、先に動いたのはハイデでした。カクタスに背を向けて歩き出してしまいます。だめかと俯いたカクタスに意外な声が飛んできました。
「何してんの、さっさと行くわよ」
「え、おう!」
慌てて彼女の横まで進んで、ふたりは隣り合って城に向けて歩いていきます。
ハイデは隣を見もせずに、にやにやするな、と一喝します。ただ今の彼にはそんな言葉は届きません。うんざりした表情の彼女が幼馴染みにきつく忠告を与えます。
「言っておくけど、あんたには少しも悪いと思ってないから。国民にはそれなりに色々思うところはあるけど、あんたにだけはないから。
あと、褒美だかなんだか知らないけど、わたしは城の美味しい紅茶と料理を食べに行くだけだから。自分のために行くんだからね」
変な勘違いしないでよ。ハイデがそう言ってちらりと隣を見ると、分かってるよ、と言いながらカクタスがこちらを見ていました。合った視線はむず痒くなるほど暖かく、ハイデは眉間に力を入れました。
それからハイデがぶつぶつと言いながら薬草のことに頭を巡らせている間、カクタスも考えています。
このまま城に住んだらいい、と言えるタイミングは来るでしょうか。今日すぐには難しいかもしれません、ですがいずれはきちんと伝えたいと思います。何と言われようと諦めるつもりはありません。
今日のところはとりあえず、久しぶりに名前を呼んでもらいたいところです。
「ちょっとカクタス、聞いてんの?」
「…………!!」
こんなにも早くひとつめの褒美を受け取ってしまいました。あといくつ褒美がもらえるかと、この瞬間から始まる幸せな時間に思いを馳せながら、カクタスはハイデの小言に耳を傾けます。
今日ばかりは王の立場はお休みです。そしてふたりが城に入る頃、彼の沸き立つ心を表すような、民の盛大な歓声が国中に満ちていくのでした。
おまけ*おわり
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