冬の女王と秘密の春

些稚絃羽

1.四季の国リボルブ

「雪は女のようだ。そうは思わないか?」

 窓の外では雪が景色を真っ白に染めて、それでもまだ足りないとでも言うように、次から次へと降り続いています。
 若き王カクタスはその様子をじっと見つめながら、後ろに控えている執事に言葉をかけます。小首を傾げた執事は抱いた疑問のまま声を返しました。

「女、でございますか」
「あぁ。雨のようには真っ直ぐ降らず、また花びらのようには優しくない。気まぐれで静かで、美しさに手を伸ばしたくなるが後悔するほど冷たい。まさに女のよう……あの・・女のようだ」

 その言葉の最後は吐く息と混ざって聞き逃してしまいそうでした。ですが長らく王に仕える執事ベンジャミンの耳にはきちんと届きました。生まれ落ちたその日から王を見守っている彼にとっては、耳元で告げられているのと同じなのです。そして王の胸の内を憂慮して、そっと眉をしかめる他ありませんでした。


* * * * *


 ここは四季の国リボルブ。
 春、夏、秋、冬を意味する四つの街から成るこの国はカクタスを王とし、決して豊かではないものの民それぞれが生きる知恵を持ち、のんびりと穏やかに暮らしています。
 この国の特徴はというと女王が四人いるということでしょう。その誰もがカクタスとの血縁も婚姻関係もなく、四つの街のそれぞれからひとりずつ選び取られた、淑女にはまだ届かない年若い女性たちです。

 春の女王は、その名をヴィーシュナといいます。優しく朗らかで気立てがよく、花をこよなく愛する彼女はまさに花開く春の陽気に似ています。
 夏の女王は、その名をタイマスといいます。快活で勇敢さを持ち合わせている彼女は性格も口調も男性的で、夏の日差しのような強さがあります。
 秋の女王は、その名をアスターといいます。四人の中では年長で、その冷静で物静かな性格は落ちた葉の隙間から零れる秋の木漏れ日のようです。
 冬の女王は、その名をハイデといいます。知識に富み唯一薬師としてもその名を知られている彼女ですが、孤独を好む姿は雲に隠されたか細い冬の陽光に密かに例えられています。

 四人の女性たちはある日神から特別な力を賜り、女王として任命されました。その力は強大で、少女に過ぎなかった女性たちにそれぞれの季節を司らせています。
 女王としての責務はたったひとつ。決められた時期を国の中央に立つ<季節の塔>で過ごす、ただこれだけです。その<季節の塔>もまた国の季節を統一させる力が宿っています。塔にどの女王が入るかによって、国の季節が丸ごと変わるのです。そうした不思議な力が国全体を包み込んでいるからこそ、リボルブ国は四季の国としての秩序を保つことができています。


 そして今、季節は冬です。<季節の塔>では冬の女王ハイデが侍女と共に時を過ごしています。
 そのことを考えながら王カクタスは頭を抱えます。苦しむ民の声が聞こえてくる気がするからです。

「引きこもった女の対処の仕方を、俺は誰に学べば良かったんだ?」
「どの教師でもそれにお答えするのは難しいでしょう、カクタス様」
「ベンは分からないか?」
「わたくしめは元より女性の扱いには慣れておりませんので。申し訳ございません」
「こんなことで謝るな。あぁ、どうしたものか」

 ふたりの傍で暖炉の火がごうごうと燃えています。お蔭で氷に囲まれているように冷たいこの冬の寒さを何とかしのぐことができています。
 もうどのくらいこの暖炉に火を入れ続けているだろう、とベンジャミンは考えます。同時に、あとどのくらい火を入れ続ければいいのだろう、とも思っています。

 春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来ました。
 けれどまだ次の春がやって来ません。来るべき時期はとうに過ぎているのにです。

 例年通りの数を用意した薪はとっくの昔に尽きてしまい、湿気ていない木を探しながら伐採していくのも、初めてのことながら今や手慣れたものとなってしまいました。ですがこれがまだ続くとなるとそのうち国中の木々を失ってしまうでしょう。
 また木々は実らず、春の収穫に向けて民が育てていた作物も成長を止めています。それによって民の食料は徐々に底が見えはじめ、家畜や野生動物もその身を細くしながら何とか生きている状況です。これではいつ国が全滅してしまってもおかしくない、そんなひどい考えがちらちらと現実に姿を現そうとしています。

 リボルブ国はこの終わりの見えない冬に苦しみ、そして嘆きの日々を送っています。
 何度抗議に来た民を鎮めさせたか分かりません。それでも状況は悪化していくばかりです。若き王に課せられたものはいかばかりでしょう。ベンジャミンにとってはそれが一番の嘆きの種でした。

「塔の規則をこれほど煩わしいと思ったことはないな」

 思わず零された舌打ちの音が広い部屋に転がります。あれさえなければ引きずってでも出させるのに、といつもは穏やかなカクタスが暴挙に出る想像をしてしまうほどです。ベンジャミンもそうして解決できるなら加勢してくれたことでしょう。けれどもそれはできません。
 王とて覆すことのできない規則が、塔には堅く据えられているのです。

「中にいる女王か次の季節の女王しか扉を開けられないうえ男子禁制、でございますからね。塔を壊すこともできませんゆえ、手の施しようがございません」
「だが、何もせずに手をこまねいているわけにもいかないだろう。……ヴィーシュナからは何もないのか」
「いえ、今回も返事があるにはあったのですが……」

 歯切れの悪いベンジャミンにカクタスは顔を上げます。皺が増え白髪が多く混じるようになった忠実な執事は、その精悍な顔立ちに苦々しい影を落としていました。
 次の季節の女王しか塔の扉を開けられないということは、春の女王が塔の元に赴くだけで問題は解決するはずです。もちろんそれは一番初めに、何度となくヴィーシュナに持ちかけたことでした。けれど彼女はまだ自分の街で暮らしています。
 ベンジャミンは燕尾服の胸元から不釣り合いな花柄の紙を取り出すと、ひとつ咳払いをしました。

「お読み致します。
 『何度も申し上げております通り、私ヴィーシナはこの国に春を迎えるために幾度も<季節の塔>の扉を叩き、呼び掛け、そしてノブに手をかけました。しかしその扉は固く閉ざされ、三度目には毒草が扉を覆っておりました。声が枯れるほどにハイデの名を呼び、侍女に文を渡しましたが何の便りもございません。私は何と無力でしょう。吹き荒ぶ冬の前には誰しも無力ではありますが、春を司る女王である私でさえそうなのです。罪深き私をお許しください、王よ。一日も早く野に花が咲き、民に笑顔が戻るのを塔の上から臨みたいと存じます。』」

 以上です、と告げたベンジャミンをカクタスはもう一度見やります。まるで自分の粗相を悔いているかのような面持ちに、場違いに笑ってしまいそうになりました。代わりに口元に苦笑いを貼り付けて、端的に事実を述べます。

「またその定型文か。ヴィーシュナを感じさせない、堅苦しくて心の上澄みだけを言葉にしたような」
「貴方様は国王でございます。文であってもそれなりの態度を示すべきなのは当然でございましょう」
「そういう意味ではない。……まぁ、俺自身は女王たちくらいは普通に接してほしいものだが。それを差し引いても、その文面はヴィーシュナっぽくないと思わないか?」

 ベンジャミンにはそれが分かりません。季節の始まりと終わりに定例の挨拶の文を受け取るだけの立場です。皆似通った文であり、違いを感じたことは特にありませんでした。アスターの文以外は。
 首を振る執事にカクタスは、雰囲気で感じたことを言葉にすることの難しさを感じます。

「俺も自信があるわけではないし上手く言えないんだが、ヴィーシュナよりもハイデの文に近いような感じがするんだ」
「しかし、これはきちんとヴィーシュナ様から届いたものでありますが」

 分かっている、とカクタスは溜息混じりに答えます。分かりきったことですが繰り返し届くまるで丸写ししたような文からそんな違和感を拭うことはできないのでした。
 もやもやとした気持ちのまま、今度は少しだけ言いにくそうにカクタスは執事に問います。

「それで……ハイデからの返事は?」
「ございません。……これで十九通目でしたか」
「いや、ちょうど二十通だ」

 ハイデが塔を出ることを拒んでから、カクタスはハイデ宛の文を通算二十通したためています。ですがまだ一度も返答がありません。ヴィーシュナもそのようですが、だからといってそれならいいと諦められるものでもありません。ヴィーシュナの文が読まれた時よりも幾らか寂しそうな顔をしたカクタスが、また窓辺へと足を進めます。

「嫌われたものだな」

 吐息が窓にかかりガラスがぼんやりと白く彩られます。それが消えて元通りになると、上から下まで全体を目視できる位置に<季節の塔>が見えます。季節ごとに淡く色を変える白いレンガ造りの塔は今、夏の空を一匙掬って混ぜたような色をしています。
 塔を見る度カクタスは、あれは女の塔だ、と思います。女王のための塔だからではなく、そのフォルムが羽織りものを着た女性のように見えるからです。地面に真っ直ぐと立つ塔の姿にひとりの女性の姿を思い浮かべ、すぐに掻き消すために頭を振りました。ベンジャミンは目を背けました。

 こうしていても仕方ない。カクタスは自分を奮い立たせて、数日前から考えていた案を実行することにします。凛とした彼の声が窓ガラスを震わせました。

「国中の者に以下の通り伝えろ。
 冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。 季節を廻らせることを妨げてはならない。……民の力を借りたい」
「御意」

 執事の去る足音を背後に聞きながら、カクタスは胸が痛むのを感じます。彼はまだ王子と呼べる年齢とはいえ、リボルブ国の立派な王なのです。王として民に問題解決のすべてを委ねてしまうのはとても心苦しいことです。


 彼自身が事態を把握し、塔に赴いた時にはすでに扉は毒草で覆われていました。それでも扉を叩けば残ったのは毒草によるかぶれだけで、ハイデはおろか侍女さえ声を聞かせてもくれません。本当にいるのだろうかと疑いたくなるほどの静寂に、かぶれなどお構い無しに扉を叩き、遂にはベンジャミンに羽交い締めにされるまでそれを続けました。ですがやはりハイデが出てくることはありませんでした。
 それからも何度か、手の代わりにステッキでノックをしながら呼び掛けたり、彼女が好きだと言っていた小説を一冊全部朗読したり、彼の趣味であるバイオリンで名曲の数々を弾いたりと、様々な方法を試しましたが、ただいたずらに時間が過ぎていくだけでした。

「怒ってでも出て来てくれたらいいと思ったんだが、忍耐強い女だ」

 必死になっていた自分を思い出すと、そして塔の上で苦い顔をしていただろうと思うと、笑いが零れてしまいます。
 ですがそれもすぐに消え、淀みのない瞳で塔を見つめながらカクタスは呟きます。

「民のためにも動物たちのためにも、早く春にならなければいけない、何としてでも。それは当然のことだ。……しかし」

――お前の顔が見られないことを何より苦しく思う俺は、王には向いていないのかもしれないな。
 その言葉は声にならないまま、吐息となって消えました。

  

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