クリスマスイブのプロポーズ

ノベルバユーザー173744

クリスマスイブのプロポーズ

綺麗な博物館から一組の男女が出てきた。
薄暗い建物から、冬の弱いとはいえ日差しを眩しそうに目を細めつつ、声が響く。

「あー‼楽しかった。ありがとう、てっちゃん!」
「おい、こら!何でお前は会うたびに『連れてって、連れてって‼』って、いつも連れ回すんだよ⁉俺はアッシーか‼」
「ふっるー‼年がばれるよ、てっちゃん」
「うるさい」

渋い顔をするのは、幼馴染みの哲哉てつや

「だって……それに良いじゃん。うん。博物館巡りに寺社仏閣見学。あ、ガソリン代やっぱり払おうか?入館料も昼食も払うね?」

振り返り覗き込むのは、ニマニマと先までいた博物館のパンフレットを抱き締めている苺花いちか

「それはいい‼俺も好きだから。だがな……」
「えっと私、いっつもてっちゃんに誘われると、どこに行こうかって言われるたびに、好きなところに行きたくなるんだよね~」
「おい、せっかくこの間、コスモス畑を見に行こうって言ったじゃないか。有名な高原に高台があって……」
「えっ……えっと、そこは無理」

俯く。

「ごめんね。てっちゃん。コスモスも菜の花も大好きだし、紅葉で綺麗なあの道にも行きたいんだけど、嫌なこと思い出して……」
「……」

哲哉はため息をつく。
苺花は昔、辛い恋をしてそれ以来恋をしない。
出来ないではなく、しようとしないのだ。

元々さほど人と関わろうとしなかったのに、ますます悪化している。
その為幼馴染みの哲哉が、仕事と趣味以外引きこもりがちの苺花を引っ張り出している。

苺花の荷物を取り上げ、歩き出す。

「ほら行くぞ」
「えっ?ドコドコ?」
「行ってからのお楽しみだ」

苺花を愛車の助手席に押し込み、荷物を後ろに入れると、運転席に乗り込んだ。
走り出すと、苺花は窓を開ける。
エアコンを入れない哲哉と、密室が苦手な苺花の長年の付き合いと言うか、当たり前になった習慣である。

「で、今年は、実家に帰るのか?」
「ううん。帰らないよ。兄弟の家族も帰ってくるしさ、明日のクリスマスにもお正月もくれって、貧乏なおばちゃんにせびるなって言うの。全く」

一人っ子の哲哉には解らないが、兄弟が結婚している苺花は、毎年この時期になると出費に頭を痛めるらしい。

「しかもね?誕生日でしょ?バレンタインデーにホワイトデー、桃の節句に端午の節句、母の日に父の日、敬老の日にクリスマス、そしてお正月……しかも家族だけじゃなくて向こうの家の親にもあげるんだよね……」
「はぁ?何で兄弟の旦那や嫁の実家にあげるんだよ?」
「うん、お中元にお歳暮もあげてたな……」
「それもか⁉でも返ってきたのかよ⁉」
「ん?実家にね」

苺花は苦笑する。
哲哉は眉間にシワを寄せる。

「それって嫌がらせか?あいつらの」
「どうだろうね……もういいけど」

うーんと伸びをする。
珍しく機嫌がいいらしい。
鼻歌を歌っているから良く解る……でも、音痴ではないが、機嫌の良いときの鼻歌がSEAMOの『マタアイマショウ』と言うのは微妙である。

「なぁ、何で、その歌なんだよ」
「ん?じゃぁ、ドリカムの『すき』にしようか?」
「お前の選曲が暗いのが良く解った。落ち込むからやめろ」
「って言うか、てっちゃんの好み。何でKinKi Kids……嵐じゃないの?」
「悪いか~‼」

CDを出してチェックしている苺花はけらけら笑っている。

「それに、クリスマスソングとか準備しないんだねぇ?」
「お前もな」
「うーん、一時期だけだからね」

これも嘘だ。
……散々傷つけられた相手とクリスマスイブに別れた苺花は、それ以来、聞かないようになった。

いつものようにチェックをして仕舞い込むと、苺花はキョロキョロとする。

「ねぇ?どこに行ってるの?家の方じゃないけど」
「もう少しだ。黙ってろ」

苺花の知らない住宅街の中を走る車。
運転しつつ、哲哉がスーパーやバスの停留所などを教えてくれる。

「えぇぇ?てっちゃん‼バスはいいよ?それよりも、何でこの町に来るの~‼」
「もう少し」

哲哉の握るハンドルが回った。
左に回り坂を上ると、奥に一軒の可愛らしい家が真正面に見える。

「あれれ?家?行き止りだよ?」
「あそこ」

哲哉は一旦ブレーキをかけると、ポケットから鍵を出す。

「これ。荷物持って先に入ってて。俺は駐車場に入れるから」

手のひらに乗せられ助手席から出た苺花は、気後れするように玄関を見上げている。
車から出た哲哉は、

「何をしてるんだ。寒いだろ」

と、ポケットを探る。

「ほら、入れよ」

鍵を開けてくれ、恐る恐る入ると殺風景な玄関。
哲哉に手を取られ靴を脱ぐが、スリッパはない。
二階に上がる階段と正面と右に扉があり、右の扉を開けた。
家具も飾りもほぼない。
唯一あったテーブルの上に小箱があった。

「苺花、それ。お前の」
「へ?」
「さっきの鍵もだ。家と俺もついて、いい物件だぞ?どうだ?」

腕を組む哲哉に、苺花は泣き笑う。

「私でいいの?」
「こっちの台詞だ」

ポンポンと頭を叩き、繰り返す。

「メリークリスマス。結婚しよう」

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