月物語

石原レノ

月の章〜月の迎え〜

「帝君!これ凄いよ!」
「おぉ!ジンベエザメじゃん!でっかいなぁ!」
次の日から1週間俺と輝夜は毎日のように二人で出掛けた。動物園、ドライブ、旅行、水族館。なるべく体に負担のかからない所と言ってもやはり2人だと楽しい。こんな時間が永遠に続けばいいと、常日頃から思うようになった。
大きなガラス張りのケースの中で泳ぐ魚達を輝夜は物珍しそうに眺めていた。輝夜に余命の事は伝えていない。伝えた所で何かが変わる訳では無いと思ったからだ。そして何よりも、、、この楽しい時間でさえ余命の事を考えている輝夜を俺は見たくなかった。
「すごぉい、、、ダイバーさん食べられないのかな?あんなに近くで餌をやっているのに」
「大丈夫なように配ってんだよ。それでなきゃあんな所まで行かないだろ?」
俺の回答に輝夜は「そっか!」と言ってまた目を輝かせながら水槽を見る。その横顔はなんとも無邪気な子供そのものであった。
「明後日は手術だね、、、」
唐突に輝夜が口にした『手術』という単語が俺の心の深い傷をえぐったような感覚に見舞われた。進行性とはいえガンを摘出し続ける事に変わりはない。たとえそれが微量だとしても、多くの範囲に位置してようとも。輝夜は心強く頑張っている。落ち込まず元気さを保ってきている。
「そうだな、、、でも輝夜なら大丈夫!何せ俺が付いてるんだしな!」
俺の自信満々な言葉を聞いて暗い表情をしていた輝夜が一変して満面の笑みを浮かべる。
「そうだね!私も帝君が居るって分かったら元気出てきちゃった!」
そう。どんな時でも俺は輝夜の傍にいる。俺が事実を知った日にそう誓ったのだ。残り短いなんて思わない、、、、そう決めたのに。

「輝夜!輝夜!」
ストレッチャーに乗せられて周りに俺と輝夜の祖父母、医者に囲まれ、大急ぎで手術室に運ばれる輝夜。つい先程のこと、俺は用を足しに少し席を外した隙に輝夜の様態が急変し、緊急手術を行うことになった。既に目に涙を浮かべる輝夜の祖父母は看護師からの連絡を受けてすぐに駆けつけてくれた。
「輝夜!大丈夫かっ!おじいちゃんとおばあちゃんはいるぞ!ここにいるぞ!」
「お、、、じいちゃん、、、」
まだ微かに意識のある輝夜は弱々しい手で祖父母の手を握る。その光景は何とも悲惨で、俺には耐え難い現実だった。
手術室に輝夜と医者数人が入り、俺と輝夜の祖父母は待合のための椅子に座り祈ることしか出来ない。壁に拳を叩きつけ、俺は後悔する。
「あれ程一緒に、、、一緒にいるって約束したのに、、、俺は、、、俺は、、、っ!」
後悔しても何も始まらない変わらない、待つ先はその『結果』だけだ。自分の行動一つで変わる『未来』を俺はどう受け止めればいい。そんな事をつい考えてしまう俺が憎い。
「いっそ、、、」
自分も輝夜と共に逝ってしまおうか。そんな事が脳裏のうりぎる。こんな耐え難い現実を投げ捨てて、、、否。輝夜と一緒なら死んだって構わない。一人は嫌だ。輝夜がいない世界なんて、一番大切な人がいない世界なんて—
「帝君」
「っ!?」
不意に声がした方へ振り向くと、輝夜の祖母が涙をハンカチで拭いて俺の方を向いていた。何となくわかる、光を帯びていなかった俺の瞳が再び光を灯す。
「諦めたらダメよ、、、」
「え?」
唐突に口にした言葉に俺は疑問を浮かべた。
「まだ輝夜は死んだ訳じゃないの。輝夜が信じた大切な人、、、貴方が諦めてどうするの。輝夜の生きる源となったのは私でも旦那でもない貴方なのよ!その貴方が諦めたら輝夜は誰を思って頑張るっていうの。だから、、」
俺は勘違いをしていたのかも知れない。ただ言葉にしていた一緒にいるという事。俺はただ傍に居れば安心すると、そんな甘い考えを持っていたのかも知れない。だがその考えも今この時を経て一変したような、そんな気がした。輝夜の祖母が言った大切な事。俺は—
「輝夜を信じてあげて、、、あの子はきっと、、、きっと帰ってくるから、、、誰よりも、何よりも大切なあなたの為に、、、」
「、、、ありがとうございます。お陰で正気に戻れました」
—輝夜。俺はここに居るよ。あの時誓ったずっと一緒に居ると言う事。絶対に守るから、俺は君を、、、君を一番大切だと思うから—

—いつか、月に行くんだよ。私と帝君で、2人で一緒に行くんだ。そうしたら、2人で—
いつか見た夢の内容をまた俺は見ていた。やっと気がついた。この言葉を口にしている人物は、、、
「輝夜」
「やっと気づいてくれたんだ。そうだよ。私は輝夜、、、誰よりも、何よりも君を大切に、大事に思っている人」
「君は、、、出会う前から俺を知っていたの?」
「うん。でも知らない」
「分かんないな。でも、、、俺も知っていたんだ」
「そうかもね。私達はここで何回も、何十回も何百回も会っていたのかもね」
夢の中、それは幻想的な神秘的な場所。俺と輝夜は知らず知らずの内にここで会い、言葉を交わしていたのかもしれない。
「運命、、、なんだな」
俺の言葉を聞いて輝夜は照れたように微笑んだ。
「そうだね。私達は結ばれるはずだったんだよ」
「はず?はずって一体どういう—」
問いかけようとしても既に俺以外の人物らしきものは辺りには居なかった。そして突如訪れたまばゆい光に俺は意識を取り戻した。
「か、、、ぐや」
目の前には熟睡する輝夜が居た。俺は輝夜の手を握ったまま寝てしまったらしい。手術が成功して約5時間、輝夜は一度も目を開けていない。医者からはもう限界だと、そう告げられた。
「輝夜、、、」
か細い声で声をかけても意識を取り戻す事はない。このまま目を開けないままなのかと思うと不意に涙がこぼれてきた。
「帝、、、君、、、」
「っ!輝夜!目が覚めたんだな!」
ぱっちりと目を開けた輝夜は俺の顔をじっと見つめていた。いつもの輝夜に俺の涙も一気に止まる。
「私、、、ね」
だが声は弱々しく、まだ体調面は回復してないのだと実感した。
「結婚式、、、挙げたいんだ、、、帝君と、、、まだ、、、婚姻届は出してないけど、、、その、、、」
「あぁ挙げよう、、、俺と輝夜の結婚式を」
何故涙が再び流れ落ちるのか、俺にも分からなかった、止まらない、勢いを増す涙の量は俺の服を濡らす。輝夜の手をしっかりと握った手が震える。
俺の言葉を聞いた輝夜は安心したような笑みを浮かべ、、、
「ぁりがとぅ、、、帝君、、、私の、、、たぃせつな、、ひ、、、と」

「久しぶり輝夜」
「帝君!久しぶり!」
「ごめんな。最近仕事や訓練で忙しくて」
「そういえば宇宙飛行士合格したんだよね!おめでとう!」
「合格した時は皆に褒められまくって大変だったよ。まぁこれも輝夜と俺の約束の為だし」
「2人で月に行く、、、だよね、、、帝君」
「2人で月に行って、青い地球を二人で見よう、、、だから」
「『一緒に月に行こう』」
そう言い残して、俺は墓石を後にした。

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