影遊び

鬼怒川 ますず

遊びましょう

 ちょうど空き教室を見つけた僕たちは、その教室の机や椅子をどかして真ん中にロウソクを置く。

 その作業全てを僕がやったと自分で評価したい。彼女はリュックからチータラと牛乳を出し、飲み食いしながら僕の作業を見ているだけだった。この幼馴染ときたら……。

「おっし、準備が整ったね。ならさっさと始めようか」

 チータラを口に含みながら彼女は言うと、僕に向かって手を振った。
 どうやらぼくにどけって意味らしい。準備したの僕だっていうのに…………。
 彼女と入れ替わるように真ん中のロウソクから離れ、僕は近くにあったパイプ椅子に座った。
 そして、彼女がロウソクに近づくと手拍子を二回、パンパンと響かせるように叩く。

 「影さん、影さん。あたしと一緖に遊びましょ!」

 陽気な声でそう言って楽しんでいる幼馴染とは反対に、ロウソクを中心としたぼやけた明かりに僕は何かゾッとするようなものを感じた。

 影遊びの手順はこうだ。

 まず、部屋の真ん中にロウソクを一本立てその周りに影を呼びたい人を置く。
 手拍子を2回鳴らして「影さん、影さん。私と一緖に遊びましょ」と唱える。
 次にロウソクの火から背を向けて自分の影の頭の部分を凝視する。
 すると、次の瞬間には影は本人の意思とは関係なく動き出して実体を持ち始める。
 そして影遊びを行った者の手を引っ張って、同じように影の中に引きずり込む。影に取り込まれた人間は二度と表の世界には出ることは出来ずに、一生影の世界で暮らすしかなくなる。

 どこにでもある怖くて人を驚かそうとするためだけの噂話のような怪談。
 しかし、この怪談がどうして伝わっているのかを考えると、この学校の怪談は誰かが意図して流したものなのかもしれない。
 もしかすると、この怪談に出てくる『自分の影』とい者が流したものかも。

 けれど。
  文句を言った後の教室内はいたって変わったことは起きていなかった。彼女の影にも異変は起きていない。
 もちろん端っこで椅子に座りながら眺めていた僕の視点だが。
 しかし、彼女の様子がおかしかった。

「あれ? 遊ぶって何してだっけ? なんだっけ、なんだっけ、なんだっけ……」

 ブツブツと、何か独り言を言いだした。うつむく顔の視線の先は足元で、彼女の影がある。
 僕はこの時ほどゾッとしたことはなかった。
 その足元の影から、ろうそくの日に照らされた真っ黒な影の腕が伸びて彼女の足首を掴んでいた。

 「嘘だろマジかよ!」

 僕は椅子を蹴飛ばすように飛び出し彼女の元に走り出す。
 でも、影の手はグイッと彼女の足をまるで池に落ちていくように、水たまりにゆっくりと入るように影の中に引きずり込んでいく。
 目の前で起きている怪異現象がまるで信じられない。僕は心中にそう叫びながら、それでも彼女の肩を掴んだ。
 肩を掴まれても彼女は虚ろなままブツブツと言っていた。

「影は……………違うな……そうでもないと…遊ぶ……遊びたい……」

 僕は必死に彼女を引っ張り上げる。今まで以上に、人生で一番の本気で。
 しかし、それでもズブズブと影の中に沈んでいく彼女はもう腰ほどまで影に埋まっていた。

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