短編集〜徒然なるままに~

神城玖謡

目が覚めたら美少女になってて戸惑ってる人で遊ぶ人

「───ス──ア─ちゃ──リス─ん───」

 ……………微かな女の子の声とともに、突然人のざわめきが耳に流れてくる。
 今までぼんやりとしていた光が、列車がトンネルに入ったように、暗くなった。

「アリ─ちゃ───スちゃん───アリスち

ゃん、ほらホームルーム終わったよ!」

「うな……?」

 目を開ける……そうすると、まだ視界は暗い。あぁ、机に突っ伏してるみたいだ。
 のろのろと象か亀のようにとろくさかった頭が、徐々にそのギアを上げてゆく。

「ほら、アリスちゃあーん! さっさとしないと、置いて帰っちゃうよ!」

 どうでも良いが、誰ださっきから。見知らぬ女子の声が、随分と近くから聞こえてくるが…………
 しょうがないと、愉しい微睡まどろみを棄てて顔を上げる。

「………あ、やっと起きたね、アリスちゃん!」

 ……だれ?

 いや、ごめん。本当に誰だかわかんない。

 俺の目の前で、ニタッと歯を出して笑う明るい茶髪の女子。キラリと白い歯が眩しいな………
 キョロキョロと周りを見渡すと、よく見知った教室、制服、クラスメイト。どうやら放課後になったようで、殆どの人が帰る準備をしている。

「ほらアリスちゃん、私達も帰ろう?」

 ところで誰だ、この女の子も、その“アリスちゃん”とやらも。

 とそこで、脚元をすぅっと風が通る。誰かが窓を開けたのか。……あぁ、掃除か。

 このままだと掃除の邪魔になると気付いたので、俺はしかたなく立ち上がる────


「…………」

 まて、何だこれは。

 立ち上がりつつ、膝の裏で椅子を押し、曲がっていた背筋が伸びていく。その時に視線は自然と太ももの方に行くのだが………俺の見間違いじゃなきゃ、そこにあるのは、俗に言うスカートと言うやつとちゃうやろか。
 いや、慌てるな。エセ関西弁は、関西人に嫌われると言うし。………じゃなくて、アレだ。誰かのイタズラだ。そうに決まってる。

「どうしたの、アリスちゃん。まるで………目が覚めたら、突然女の子になってて、ビックリしたような顔をして」

「なっ?!」

 俺は驚いた。
 1つは、目が覚めてから1度もしない、アレがある感覚と、自分の胸元に、小振りながらも男にはありえない双丘がある事。
 それによって、急速に膨れ上がっていく“ある予感”を、この目の前の少女がズバリ言い当てた事だ。

 2つめは、驚き漏れた俺の声が、澄んでいて高い、そう……女子のものであった事だ。


「どうしたのアリスちゃん、冗談だよ?」

 ニタァ───そんな笑顔で、そんなセリフ。信じられる訳ないだろう。


「あ、アリスとチェシャ猫、ま〜た一緒にいる!」

 と、クラスの女子───宮本若菜だったか、明るくて、男子ともけっこう気軽に話す女子だったはず───が、声をかけけてきた。

「アリス……チェシャ猫?」

 疑問なのはそこだ。多分俺が“アリス”で、この茶髪っ子が“チェシャ猫”らしい。が、そんな名前は普通おかしいだろう。

「お? またアリス寝ぼけてるの?」

「そうみたいだよ〜」

 ええい、俺を置いて話を進めるなっ

「ほらアリス、あんた筆入れに生徒手帳入れてたっしょ ?わかんないなら見てみなよ」

「筆入れ………」

 宮本に言われ、机の上の筆入れに目をやる…………うわ、なんかすごい少女趣味なデザイン。
 そしてチャックを開き、カラフルな中身の中から生徒手帳を取り出し、写真を見た俺はまたもや驚いた。

 なんだこの娘、すっげぇ可愛い!?

 名前が平山ひらやま愛莉澄ありすであるとか、やっぱり性別は女であるとか、住所や生年月日が以前と変わっていないことよりも、まず、その容姿に目がいった。

「ちょ、ちょっと鏡貸してくれないっ?」

「へ? あ、うん………ほい」

 オシャレリーダーで、女子からも人気が高い(あくまで男子視点)宮本なら、手鏡の1つや2つ持っているだろうとお願いしてみたら、本当にポケットから出てきた。

「うわぁ………」

「なにこの子、自分に見惚れてるの?」

「アリスちゃん、若干ナルシスト入ってるからね〜」

 なんか酷い事言われてる気がしなくもないが、それよりもだ。
 鏡に映る女の子、ヤンキーの傷んだそれとは違う、綺麗な金髪………ふわふわと、天然でウェーブがかかっている。
 頭の上には、校則に引っかかるか引っかからないかギリギリのサイズの、アリスブルーのリボンが咲いている。
 白色人種のように白い肌、小さな顔、その中には、クリっとした大きな目や、少し高い小さな鼻。
 よく見れば、手鏡を持つ手も小さく、可愛らしいものだ。


「良いよねぇ、アリスのお母さん、イギリス人だったっけ?あの合法ロリが40超えてるとは…………」

 ちょっと待て、なんだその規格外は。


「…………いいの? アリスちゃん。帰らなくて」

「え? あぁ……帰るけど…………」

 住所は変わってないっぽいしな。

 ただそれは別として、なんで俺がこの“平山愛莉澄”になってしまったのか、どうすれば戻れるのか、分からない事だらけだ。
 あとこのチェシャ猫もだ。

「ところで………名前、なんて言うんだ?」

「嫌だなぁ、忘れちゃったの? 猫屋敷ねこやしき千瀬ちせ。親友でしょ?」

「あぁ、うん………そうだね、寝ぼけてたかなぁ?」


 ここは、無難に乗り切る事にした。なぜなに がたくさんあるこの状況で、下手な事を言って悪い方向に進むのは、本望じゃない。

「じゃ、私は部活だから」

「じゃね〜」

「あ……またね」

 そして宮本が教室を出た、その時。

「よ〜し、ホームルーム始めるぞ〜」

 ガラガラっと戸を引いて入って来た担任。そしていつの間にか席についているクラスメイト。
 気付けば、たった今出て行った筈の宮本まで座っていた。

「え? え?」


 なんだ、なにが起きている。今は放課後じゃなかったのか。


 …………時計を、見てみる。

「…………うそだろ」



 針は、7時40分を指していた。





「よーし、全員揃ってるなー。じゃあ話すぞ」

 突然、担任のおっさんの声色が変わった。



『かわいそうなかき』
 むかぁしむかし、あるところに、かきの子がいた。

 かきは、毛むくじゃらの化物に捕まっていたが、今度は硬いやつに、捕まった。

 そしてようやく元の場所に帰され、すくすくと成長しようとしていた。

 しかし、硬いヤツに、早く大きくならないと、「ちょん切るぞ」と言われた。

 少しして大人になったかきは、子供を生んだ。たくさん生んだ。

 そうすると、また毛むくじゃらの化物がやってきて、よじ登ってきて、子供を毟りとっていく。

 そして硬いヤツに投げ付けたり、食っちまったりする訳だ。

 可哀想だろう・・・・?




 …………おかしい。うちの担任はめんどくさがり屋だが、こんな頭のイカれた話をする人じゃなかったはずだ。

「よーしみんな、この話の教訓はなんだと思う? …………じゃあ平山」

 ……って俺か。

 椅子から立ち上がり、一応真面目に考えてみる。

「えーと、脅しには負けるな………あいや、危ないヤツには関わるな、ですか?」

「ちがーう! ………じゃあ次は横内」

「はい、この教訓は、かきは硬さが足りない事です」

 は?

「もしかきが牡蠣かきのように硬ければ、ちょん切るぞ、と言われても問題ないですし、投げられても大丈夫ですし、食べられる事はないからです」

 ちょっとタンマ。横内、頭大丈夫か?

「おぉしその通りだ。つまりはかきは、牡蠣になるべきだったって訳だ」

 頭が痛くなって来た。

 ホームルーム中とか関係ない。ふらりと立ち上がり、教室中をみる………誰もが真剣に担任の方をみて、真面目にこのふざけた話について考えている。

 ここまで来てようやく、俺は“ダレ”がおかしいとかではなく、世界が、皆がおかしい事に気付いた。

「………こいつら、なんなんだよ。頭おかしいだろ、本当」

「そうよ?」

 ……千瀬だ。

「ここにいる人はみんな、どこかおかしいの」

 ニタニタと笑いながら、彼女は言う。

「───帰らなくて良いの?」

「え?」

 突然、教室中の誰もが、こっちを見た。

「おぉい平山ぁ………お前、なにホームルーム中に立って話してるんだぁ?」

「あっ……す、すいません!」

「謝って済むんならなぁ、校長も担任も必要ないんだよっ!!」

 ダンッと黒板を叩く。その音にビクッと身が震える。

「おし皆、平山を捕まえろ」

「「はい」」

「!?」

 全員が、椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち上がった。

 こいつはヤバイかも知れない。

「くっ!」

 背中を押す恐怖のままに、俺は駆け出した。

 フワリとスカートが膨らんで、ピッチりとした股の部分を風が撫でる。それが凄く気になって、自然と内股になってしまう。
 そこまで大きくない筈の胸も、確かに揺れて、走りにくい。

「はぁっ……はぁっ………」

 女の子特有のひらひらとした走りで、スピードも遅い。すぐに息が切れ始める。

「や、やばぁ!」

 背後からは、追いかけてくる音が響いている。捕まったらどうなるんだ!?

 ふらふらと走っていると、前からも人の群れが。

 くそう、万事休すか?



 …………いや、最後に、ここだけある。

 俺の目線は、右、窓へと向う。ここは4階。落ちれば、まず無事ではない筈だ。

「いたぞ! 捕まえろ! 皮をひん剥いて三味線にしてやる!」

 あぁもう! 迷ってる暇はなさそうだ。


 おれは覚悟を決めて、鍵を開ける。窓を開けて、片足をかける。いけ、飛ぶんだ!


 …………

 しかし、ダメだった。恐怖で身体が、石のように固まってしまった。

 ───無事と言う保障はないんだ。

 そう考えてしまう。


 あぁ、ダメだ。もう追手はすぐそこまで来てる。
 この狂った世界で、俺は────

「───帰るの?」

「えっ───?」

 声が、した。

 横を向くと、そこにはニタニタしたチェシャ猫、猫屋敷千瀬がいた。

「帰るなら手伝ってあげるよ?」

 どういう事だ? こいつも狂った連中の一味じゃないのか?


 ……いや、違う。そうじゃない。

 こいつは、1人だけ元の世界に居なかった。そして最初から、『帰ろう』と言っていたのだ。

 最初は家に、かと思っていた。けど、違う。こいつが言っているのは、元の世界だったんだ!

「さぁ勇気を出して、飛び込もう。大丈夫、キミが信じれば、そこに扉は出来る。道は開ける。さぁ飛び込もう。」


 ……!





































「───ろよ、ほら、起きろってば。帰るぞ」


「短編集〜徒然なるままに~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く