隣人

とびらの

隣人

 自室のカーテンを開けてみると、お隣さんと目があった。

「あっ……」

 しまった、そうだ、この部屋はお隣さんと近すぎる――そのことをすっかり忘れていた。
 おなじ二階建てなのだろう、お隣さんの部屋窓は、私の部屋と向かい合うようにしてついていた。カーテンを開けると、お互いに部屋の中が見えるのだ。 

 この古い家が建ったのは、建蔽率も改善される前のこと。こういうことを気にもしなかったのだろう。だが嫁に来た母は嫌がって、カーテンを閉めておきなさいと口うるさく言われていた。
 どうせ隣家の陰になり、日も差さないので、何年もカーテンを引きっぱなしである。

 隣人とは、初めて対面した。
 髪の長い女だった。
 三十がらみで、やせた女。
 窓際にあるデスクの椅子に腰掛けているらしい、体は横向きで顔だけこちらを見ていた。
 私はやや気まずく、ペコリと挨拶をしてカーテンを閉めた。 

 夜になり、ふと気になって、そっとまたカーテンを開けてみた。 

 あちらの部屋に、女がこちらを向いて座っていた。わざわざ椅子を引いて、完全にこちらを観察するべく位置についている。なにを主張するでもなく、ただじっと見ていた。 

 私はぞっとしてあわててカーテンを閉めた。 




 それから数日、私は閉め切った分厚いカーテン越しに視線を感じながら一人過ごした。リビングで寝ることもできたが、あの部屋を留守にすると彼女が侵入してくるのではという恐ろしい妄想にかられ、束縛されてしまった。 

 ……我ながら神経質、たまたま偶然のことよね。
 そう、自分に言い聞かせながら、久しぶりにカーテンをあけてみる。私は息をのんだ。また、あの女性がいた。 

 日を置いて、時刻を変えて、カーテンを開く。
 そのたびに彼女はそこにいた。

 ときには髪を梳いていたり、化粧をしていたり、膝に雑誌を置き軽食をとり、携帯でおしゃべりなどもしている。だが体と視線はいつでもかならずこちらに向いていた。 

 さらにある日のこと、女の背中のドアから男が入ってきた。二人の隣人は二言三言かわすと、女が立ち上がり退出、代わりに男が椅子にすわった。 

 そしてやはり、こちらを見ていた。 

 住人はもうひとりいて、まだ若い、15ほどの少女もまた同じようにした。 

 私はとうとう我慢ならなくなり、隣人に苦情を申し立てることにした。 

 玄関を出たとき、ちょうど、あの女のひとと出くわした。 

 印象よりはるかに背が高く、痩せているはずなのに、なんというか、大きい。なにか迫るものがある。 
 勇気をふりしぼる。

「あの、なんなんです?毎日こちらを見ているようで気になって仕方ないのですが。窓際になにかテレビでもあるのか、それにしても視線が、覗かれているようで……やめてほしいんですけど!」 

 女は、しばらく無言で私を見下ろしていた。気まずい時間――しかしやがて、彼女はぺこりと頭を下げた。 

「ごめんなさい、実は、末の娘にあなたがよく似て見えまして……。……事故で死んでしまって、もう会えないものですから」
「死……」 
「どうしても娘に会いたくて……それでつい、あなたに目を奪われてしまって。ご迷惑をおかけしました」

 素直に謝る女性。そんなことを聞いてしまえば、もう批判できない。

「それは、お悔やみ申し上げます。……あの、じゃあこれからも見るのはかまいません、けどいっそ、声をかけてくださいな」
「まあ、いいのですか?」
「ええ。仲良くしましょう。隣同士ですもの」 

 女は嬉しそうに笑い、自分の家へと入っていった。

 私も帰宅して、母親にその話をした。

「正直気持ち悪いけど、可哀想だしご近所だし仕方ないよね」

 母は怪訝な顔をした。 

「……お隣さん? たしかに、あなたくらいの子がいたと思うけど……もう引っ越してしまったわよ。もう十年も前に」 
「えっ? ……いや、違うでしょ。事故でなくなったって」
「それはご家族のほう。両親とおねえちゃんの三人が亡くなって、末っ子は遠方に引き取られていったの。今はもう、隣は空き家」

 私は部屋に戻り、眠れぬ夜を過ごす。分厚いカーテンの向こうに視線を感じる。 

 と、コツコツ、ガラスを爪で叩く音がした。 

 コツコツ、コツコツ。 


「こんばんは。お言葉に甘えて話しかけにまいりました。カーテンを開けてください」 


 声は男女と少女の3人分。 

 私は窓に近寄れず、しかし部屋から出ることもできなくて、コツコツ、コツコツと、少しずつ焦れてくる隣人たちの爪音を聞いていた。 

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