ふくでん!
第六話 運命
花火大会の開始時刻が迫っていた。
今城さんとは結局遭遇しないまま俺たちは適当に露店を巡っていた。なぜか俺だけタコが入ってないたこ焼きをモゴモゴしながら、仕方なく抵抗を諦めて花火を見るため移動を始める人々の流れに乗っていく。
鼓膜を突き破るような爆音が轟いたのはその時だった。
視界の端に赤い光が灯ったかと思えば、さらに連鎖的に爆音が響き―――――気づいた時には世界が真っ赤に染まっていた。
それはあまりにも一瞬だった。
なにが起こったのかわからなかった。
チリチリと皮膚を炙る熱。いろいろなモノが焦げた臭い。人々が混沌とした悲鳴を上げて我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。その様子を見てようやく俺は我に返った。
「な、なんだなにが起こったんだ!?」
「花火じゃ!」
すぐ傍にいた小槌が答えた。なんだ花火か。脅かしやがって。
「――って違うよね!? それ悪い意味での花火だよね!? 汚え花火だ的な!?」
「阿呆、妾は花火が爆発の原因じゃと言うたのじゃ!」
「えっ……」
眉根を吊り上げた小槌は真剣な顔をして周囲を見回した。俺も吊られて一気に火の海と化した夏祭りの会場を見る。
花火の暴発だって?
そんな馬鹿な。花火は離れた川原から打ち上げられるはずだ。それが砲撃するように何発も狙いすましてここに直撃するなんて不幸起こるわけがな……
「まさか、俺のせいか?」
俺の不幸体質が最悪な事態を引き起こしたってのか?
「否じゃ」
沈み込みそうになった俺を小槌は即座に否定した。
「今のおんしから漏れ出る程度の不運で、これほどの規模の不幸は起こらぬのじゃ」
「じゃあ、なにか? お前たち〝福天〟の仕業だってのか? 運気を調整するためにこんな事故を起こしたってのか!?」
小槌はどこか諭すように首を横に振った。
「それも否じゃ。妾たちはこうならないように世界の運気を調整しておる。欲しい物が手に入らない、妾たちが与える不運はその程度じゃ。そうやって災厄級の不幸を発生させぬよう努めておる」
真剣な色を宿した黒い瞳がまっすぐに俺を見詰める。
「じゃが、妾たちの調整なぞ無意味に降りかかる災厄もあるのじゃ。決して避けられぬ事象。なにをしても曲げられぬ定め。運は運でも、妾たちはそれを『運命』と呼んでおる」
「運命……」
普段耳にすれば陳腐な言葉に思えるそれだが、この状況で本物の神様から聞かされては感じる重みが全然違うな。
「運気を操れる妾たちじゃが、運命までは変えられぬ。この暴発事故は起こるべくして起こったのじゃ」
どこか諦めたような、しかし悔しそうな表情をする小槌。運命などという決定された事柄は彼女たちの頑張りを嘲笑するように蹂躙していく。
だが〝福天〟が仕事しなきゃこういう災いが頻繁に起こるんだろ? 最終的には世界が滅ぶレベルまで発展するんだろ?
「お前たちは充分やってるよ」
今にも泣きそうな小槌の頭を優しくポンポンと叩いた。どうにもならないことってのは、人間にも神様にもあるってことだ。
問題を切り替えようか。
「起こっちまったもんはしょうがない。この状況で冷静な俺らが一人でも多く助けるんだ!」
「……うむ、その通りじゃ」
不幸に慣れていたせいか。はたまた小槌が隣にいてくれたおかげか。
俺の頭は今、嘘みたいに落ち着いていた。
手始めにこの辺の避難誘導を、と思って首を巡らすと、逃げ惑う人々の中に見知った女子のグループを発見した。
今城さんといつも一緒にいるクラスメイトの女子三人だ。
「うげっ、〝歩く不幸中の幸い〟!?」
向こうも俺に気づいた。普段は俺を見るなり逃げていくのに、なぜか三人のうち一人がずかずかと近寄ってくる。
「なんでお前がここにいるのよ!? だからこんなことになったんじゃないの!? お前のせいだ!!」
絶叫のような怒声が俺に浴びせられ、残り二人が慌てて駆け寄ってくる。
「ちょっとやめなよ。流石にこれをこいつのせいにするとかありえんわ」
「落ち着きなって……ていうのは無理だろうけど」
どうにかして宥めようとする友人たちに、彼女は涙を拭いながら、
「でも芹菜が爆発で逸れちゃったんだよ! もしかしてって思うと、あたし……」
聞き捨てならない台詞を言った。
「今城さんが!?」
嫌な予感が俺の脳裏を駆け抜けた。「やっぱり戻って芹菜を探そうよ!」とか言い出す女子たちに、俺は心なし低い声で告げる。
「あんたたちは逃げろ」
「は? なに言ってんのよ富海?」
怪訝そうな視線を三人から向けられる。
「今城さんは俺が探すから。必ず見つける」
「ば、馬鹿じゃないの!? あんた死にたいの!?」
「死なねえよ。この暴発事故では誰も死なない」
俺の言葉にますます意味不明って顔をする三人だったが、俺は構わず踵を返した。数メートル下がった位置から黙って遣り取りを見ていた小槌の下へと歩み寄りながら、言う。
「あんたらがいつも言ってんだろ? 俺は〝歩く不幸中の幸い〟だって」
どんなに激しく転んだとしても、骨が折れたりするほど重傷にはならない。
携帯を水に落としても、故障したりデータが消し飛んだりはしない。
神社の鈴が落ちたとしても、誰も怪我をしない。
花火が暴発しても、幸い死亡者は出ない。
神さえ手出しできなかった俺の特性舐めんなよ!
今城さんとは結局遭遇しないまま俺たちは適当に露店を巡っていた。なぜか俺だけタコが入ってないたこ焼きをモゴモゴしながら、仕方なく抵抗を諦めて花火を見るため移動を始める人々の流れに乗っていく。
鼓膜を突き破るような爆音が轟いたのはその時だった。
視界の端に赤い光が灯ったかと思えば、さらに連鎖的に爆音が響き―――――気づいた時には世界が真っ赤に染まっていた。
それはあまりにも一瞬だった。
なにが起こったのかわからなかった。
チリチリと皮膚を炙る熱。いろいろなモノが焦げた臭い。人々が混沌とした悲鳴を上げて我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。その様子を見てようやく俺は我に返った。
「な、なんだなにが起こったんだ!?」
「花火じゃ!」
すぐ傍にいた小槌が答えた。なんだ花火か。脅かしやがって。
「――って違うよね!? それ悪い意味での花火だよね!? 汚え花火だ的な!?」
「阿呆、妾は花火が爆発の原因じゃと言うたのじゃ!」
「えっ……」
眉根を吊り上げた小槌は真剣な顔をして周囲を見回した。俺も吊られて一気に火の海と化した夏祭りの会場を見る。
花火の暴発だって?
そんな馬鹿な。花火は離れた川原から打ち上げられるはずだ。それが砲撃するように何発も狙いすましてここに直撃するなんて不幸起こるわけがな……
「まさか、俺のせいか?」
俺の不幸体質が最悪な事態を引き起こしたってのか?
「否じゃ」
沈み込みそうになった俺を小槌は即座に否定した。
「今のおんしから漏れ出る程度の不運で、これほどの規模の不幸は起こらぬのじゃ」
「じゃあ、なにか? お前たち〝福天〟の仕業だってのか? 運気を調整するためにこんな事故を起こしたってのか!?」
小槌はどこか諭すように首を横に振った。
「それも否じゃ。妾たちはこうならないように世界の運気を調整しておる。欲しい物が手に入らない、妾たちが与える不運はその程度じゃ。そうやって災厄級の不幸を発生させぬよう努めておる」
真剣な色を宿した黒い瞳がまっすぐに俺を見詰める。
「じゃが、妾たちの調整なぞ無意味に降りかかる災厄もあるのじゃ。決して避けられぬ事象。なにをしても曲げられぬ定め。運は運でも、妾たちはそれを『運命』と呼んでおる」
「運命……」
普段耳にすれば陳腐な言葉に思えるそれだが、この状況で本物の神様から聞かされては感じる重みが全然違うな。
「運気を操れる妾たちじゃが、運命までは変えられぬ。この暴発事故は起こるべくして起こったのじゃ」
どこか諦めたような、しかし悔しそうな表情をする小槌。運命などという決定された事柄は彼女たちの頑張りを嘲笑するように蹂躙していく。
だが〝福天〟が仕事しなきゃこういう災いが頻繁に起こるんだろ? 最終的には世界が滅ぶレベルまで発展するんだろ?
「お前たちは充分やってるよ」
今にも泣きそうな小槌の頭を優しくポンポンと叩いた。どうにもならないことってのは、人間にも神様にもあるってことだ。
問題を切り替えようか。
「起こっちまったもんはしょうがない。この状況で冷静な俺らが一人でも多く助けるんだ!」
「……うむ、その通りじゃ」
不幸に慣れていたせいか。はたまた小槌が隣にいてくれたおかげか。
俺の頭は今、嘘みたいに落ち着いていた。
手始めにこの辺の避難誘導を、と思って首を巡らすと、逃げ惑う人々の中に見知った女子のグループを発見した。
今城さんといつも一緒にいるクラスメイトの女子三人だ。
「うげっ、〝歩く不幸中の幸い〟!?」
向こうも俺に気づいた。普段は俺を見るなり逃げていくのに、なぜか三人のうち一人がずかずかと近寄ってくる。
「なんでお前がここにいるのよ!? だからこんなことになったんじゃないの!? お前のせいだ!!」
絶叫のような怒声が俺に浴びせられ、残り二人が慌てて駆け寄ってくる。
「ちょっとやめなよ。流石にこれをこいつのせいにするとかありえんわ」
「落ち着きなって……ていうのは無理だろうけど」
どうにかして宥めようとする友人たちに、彼女は涙を拭いながら、
「でも芹菜が爆発で逸れちゃったんだよ! もしかしてって思うと、あたし……」
聞き捨てならない台詞を言った。
「今城さんが!?」
嫌な予感が俺の脳裏を駆け抜けた。「やっぱり戻って芹菜を探そうよ!」とか言い出す女子たちに、俺は心なし低い声で告げる。
「あんたたちは逃げろ」
「は? なに言ってんのよ富海?」
怪訝そうな視線を三人から向けられる。
「今城さんは俺が探すから。必ず見つける」
「ば、馬鹿じゃないの!? あんた死にたいの!?」
「死なねえよ。この暴発事故では誰も死なない」
俺の言葉にますます意味不明って顔をする三人だったが、俺は構わず踵を返した。数メートル下がった位置から黙って遣り取りを見ていた小槌の下へと歩み寄りながら、言う。
「あんたらがいつも言ってんだろ? 俺は〝歩く不幸中の幸い〟だって」
どんなに激しく転んだとしても、骨が折れたりするほど重傷にはならない。
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