何故かタイツの上にスク水を着て売り子する事になった件について 売り子編

冬塚おんぜ

何故かタイツの上にスク水を着て売り子する事になった件について 売り子編


 結論から言えばわたし古川佳ふるかわ けいは、コスプレ撮影ブースで相方の白沢奏子しらさわ かなことのツーショットに臨んだ。
 隣には相方がいるけれど、湯気のように沸き起こり渦巻いて立ち込める羞恥心は、その半分も冷却されていない。

 冬の寒空で、奏子の吐息がよく見えた。
 肩周りは風に触れて、ひんやりする。

 手と手の指、脚と脚を絡めた。
 そのどちらもが、黒く薄い繊維に包まれていた。
 肩口から胸、胴体、腹、腰、股の間は紺色の分厚い布に。
 わたし達はランガード付きの80デニールタイツの上に、お揃いの旧型スクール水着を着用している。

 今回は外だから靴も履いている。
 安物のローファーは、ポーズを変えるたびにコツ、コツと音を立てるのだ。

 そして、靴下まで履いている。
 お陰で足の指先も踵も、冷たい空気に曝されずに済む。



 ちなみに写真集は、割とあっという間に完売した。
 固定ファンが多いおかげなのか、或いはみんな、後述するような目的の為に完売への協力体制を作ったのか。

 とはいえ、椅子を寄せ合って、身を寄せ合って、お互いの脚の間に手を挟んで暖を取る行為もあまり長く続いては効果がなくなってくるだろうし。
 それを考えたら、早々に写真撮影に移ったのは悪くない展開なのではとも思う。
 営業戦略(?)とかの観点からも、部数50を2時間足らずで完売ってそれなりに凄い事だと思うし。
(どうせ奏子が各方面に“完売したら撮影できますよ”と宣伝して回ったという線も濃厚だけど)



「――どう? 周りのカメラとか、熱気とかさ」

 酷なことを訊くんじゃないよ。
 さっきから視線が脚と胴体に集中している気がしてならない。
 そのせいで、余計な心配事が次々と浮かんでくる。
 背中に出来物は無かっただろうか、とか、うなじの毛がちぢれていたりしないよな、とか。

 高校時代に演劇部の手伝いをしたり、合唱コンクールに出たりとかで人前に出た経験も無くはない。
 けれど、こんなに沢山の視線が集中する事なんて無かった。
 正直、プライベートではご遠慮願いたい濃度だ。
 けれど、奏子と二人で、わたしは普段のわたしではなく、別人として此処にいる……。

 もう、ね。
 有り体に言うと考えすぎて、頭がクラクラする……。

「よ、酔った……」

「大丈夫。私だけを見て」

「うん」

 奏子……わたし、笑えてるかな。

 胸と胸を密着させる。
 布地に覆われた互いの胸が、柔らかな感触を以て広がった。
 触れ合う肩は、ひんやりと冷たい。

「ひゃっこい……」

「さっき温かいお茶飲んだばっかりなのにね」

「ホントにね」

 ……ま、こんな格好してれば寒いに決まってるよね。
 奏子、お前……なんで冬のイベントかつ撮影エリアが屋外だって言ってくれなかった。
 初参加のわたしを騙しやがったな!!

 冷静に考えたらちょっとイラッとしてきた。
 報復してやる!

「あっ、痛い、痛い、佳、ちょっと、踏んでる……」

「お前なんてこうだ」

「こーらっ、お尻のところを食い込ませない……本物のスイムサポーターだから見えないけど、これが普通のぱんつだったらまず見えてるからね?」

「だって、なんか、こう……悔しいんだもん。流されるまま、って感じがさ」

「なんだかなあ……」

 これは面倒くさい奴を相手にしている時の苦笑いだな。
 わかる、わかるぞ。

 さっき買いに来た一部の奴らなんて、

『えー。今日、この二人しか来てないのかよ~』

 だの、

『ニッチすぎんだろ……タイツじゃなくてニーソにしろよな……君ら、もちろん次はニーソにしてくれるよね?』

 だの、

『破けよ』

 だのと、好き放題言ってくれたもんだから、わたしは都度それらを宥める羽目になったのだ。
 奏子はそういう時に限っていないから……。

 わたしだって思いますよ。
 二人しか都合付かないってお前は何をやったのか、とか。
 ニーソのほうがトイレに不都合しないし、股の間ムズムズしないよね、とか。
 破くのも需要はあるよな、とか。
 ……思い出したらムカついていた。
 ねじる。

「あ、痛い、痛い……指、あいたた……今度は何さ」

「いや、面倒くさい奴と思われたのも癪だし、面倒くさい客の相手をさせられたのを思い出してイラッとしてきた」

「誤解だってば。私は断じて逃げてないぞ。断じて――あっ」

 うるさい、この馬鹿者。
 肩紐引っ張ってやるっ。

「あっ……あの、食い込む……」

 奏子は、やや漏れ出すような吐息を喉から絞り出した。

「黒いナイロンに覆われて、水着の布地に暖められたお尻が丸見えだね」

「ちょ……そのエロ同人めいたセリフはどこで覚えたの?」

「奏子のベッドの下」

「くそっ、漁られてた、か……あっ」

 わたしはしゃがみこんで膝立ちになり、奏子の脚の上に指を這わせる。
 少しずつ登ってゆく指。
 ナイロン素材同士が擦れあって、シュルシュルと音を立てる。
 さながらエレベーターだ。

「それっ、やばっ、いっ……」

 ふふふ。
 どうしてくれようかな?
 水着の布地に突っ込んじゃおうかな?

 えいっ!

「――!? ~~~っ」

「ふあぁ……あったかい……」

 指先も、シャッターを切るカメラマン達の視線も……。
 何これヤバい。
 生地と生地と生地がもみくちゃに絡み合いながら、体温を確かに蓄えているという倒錯的な構図に理性が溶けそうだ。
 ここが撮影エリアじゃなければ、調子に乗って押し倒していたかもしれない。
 これはもう、奏子をお持ち帰りしなきゃ、割に合わない。



 ……ふぅ。

 で、なんやかんやあって写真を沢山撮ってもらったし、もうそろそろいい頃合いだろう。
 これ以上は、キリがないし。
 飽きたし。

 というか、奏子にお揃いの競泳水着を渡すタイミングが無くなっちゃう。
 危うく忘れかけていた。

 カメラマンさんに指定された通りの抱き合うポーズを取りながら、わたしは奏子の耳元で囁く。
 吐息が当たるたびにビクンとしているけど、この子は大丈夫なのかね。

「ね、そろそろ寒いから、帰りたいな」

「おしっこしたくなってきたしね。自分でやっといて何だけど、これトイレつらい」

「タイツ破ってずらしてすれば」

「やだよ、染み込むし、何より勿体無いし」

「冗談だよ」

 背中をさする。
 そして、今度こそ約束のセリフを囁いてやるのだ。

「今日、わたしの家で泊まってかない? 新しい水着、買ったんだけど」

「奇遇じゃん。新しく出たタイツ、鞄に入れてあるんだよね」

 ……。
 まったく、わたし達って奴は。



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