黒猫と呼ばれた狩人(イェーガー)~三十五歳独身男が相棒の黒猫とがんばります~

愛山雄町

第十七話「仲間が一人増えました。想像以上に使える子でした」

 俺が四階の部屋から戻ると、ラウラは落ち着きを取り戻していた。それどころか絶望に光を失った瞳にすら力が宿り、別人かと思うほどだ。僅か十分ほどで何があったのかとベルに念話で確認する。

『大したことはなかったニャ。ただ、この犬娘は意外に侮れないニャ。おいらの力を見抜いたニャ……』

 詳しく聞いてみると、ラウラは俺の偵察アオフクレーラの魔導のように魔導器の力を感じるようで、それによってベルの力に気付いたらしい。そのため、ベルが念話で語りかけ、打ち解けられたということだ。

「つまりだ。ベルがただのネコじゃないと知っているわけだな」とあえて口に出す。
「はい。ベルさんが主様と一心同体だということは教えてもらいました」とラウラが答えた。
 ベルには念話で「そういうことは俺に相談してからにして欲しかったんだが」とクレームをつけると、「ミャー」と鳴き、『この犬娘は信用できるニャ。それはおいらが保証するニャ』とラウラにも聞こえるように念話で伝えてくる。
「まあ、元気になったからよしとするか。じゃあ、湯浴みをしてさっぱりしてきてくれ」と言って手拭いと石鹸、俺の予備の着替えを渡した。
「それでは主様、行って参ります」と大きく頭を下げてから部屋を出ていった。

 ベルと二人だけになったことを確認し、
「ベルが信用できるっていうなら俺も信じるが、報告・連絡・相談ほう・れん・そうは基本だぞ」ともう一度釘を刺しておく。

『それについては申し訳なかったニャ。流れというか、あのままだと怯えて話もできなかったニャ』と小さく頭を下げる。

「まあ、お前が仕方が無いというならそうなんだろう。で、どこまで教えたんだ?」

『おいらが旦那の使い魔だということくらいニャ。後はあの犬娘が自分でおいらの力を感じ取っていたニャ。もちろん、旦那の力も』

「異世界から来たことや魔導を使えることは話していないんだな。さて、あの娘を仲間にすることは決定事項みたいだが、“ベルさん”の意見を聞かせて欲しいんだが」

 俺は意地悪くそう質問する。しかし、ベルは髭を前足で触りながら、何食わぬ顔で意見を言い始めた。

『さっきも言ったけど、あの犬娘は信用できるニャ。それに仲間に加えないニャら、口を封じないといけなかったニャ。おいらの力を見破ったんだから。でも、旦那にそんなことはできないニャ……』

 ベルが言わんとすることは分かる。俺やベルの力に気付いたまま、何の手も打たずに自由にさせるのはリスクが伴うことも理解できる。といっても十代半ばの娘が騒いだところで何ができると思わないでもないが。

『……それに鍛えれば、おいらほどじゃないけど役に立つニャ。仲間にするニャら、旦那やおいらが魔導を使えることは話しておくべきニャ。いざという時に連携が取れないと困るからニャ』

「分かった。ラウラを仲間にすることは認める。魔導が使えることも教える。だが、異世界から来たことだけは秘密だ。荒唐無稽すぎるから実害はないかもしれないが、変な連中に興味を持たれるのはお断りだからな」

 そんなことを話していると、ラウラが戻ってきた。
 男物のサイズが合わない服を着ているが、セミロングの銀色の髪がしっとりと濡れ、白い肌が艶かしい。
 俺が見つめていると、「どこかおかしいところがあるのでしょうか」と自分の姿をキョロキョロと見始める。
 そんな姿が面白かったのか、ベルが「旦那は見惚れていたニャ。意外とこういうシチュエーションに弱いニャ」とからかってくる。
 その言葉に俺もラウラも顔を赤くすると、更に「何を赤くなっているニャ。服や装備を揃えにいくんじゃないのニャ?」と笑う。

「そうだな。とりあえず、服は絶対に必要だ。下着も何もなかったんだし……小物類も買いにいくぞ」

 俺がそう言うと「はい、主様!」と元気に答えるが、
「その“主様”って奴は何とかならないか。どうにも慣れないんだ」というと、ラウラは少し困った顔をしてベルを見つめ、
「どうしたらいいでしょう、ベルさん?」と聞いた。あの短時間でベルがラウラを完全に掌握したことに驚くが、そのベルは済ました顔で、
「おいらがベルさんなら、旦那はレオさんでいいんじゃニャいか? レオ様も嫌ニャんだろうし……」

「そうだな。レオ様は勘弁して欲しいな」というと、「では、レオさんと呼びます」とすんなり決まった。彼女の中では俺よりネコの方が立場は上のようだ。

 ノイシュテッターの商業地区に向かった。まだ昼食を取っていなかったので、適当な店に入る。そこで聞き耳を立てていると、難破船の話は町中の噂になっているらしく、一般人も含め多くの人々が漂流物の回収にいっているということだった。
 船の話になるとさすがに仲間のことが気になるのか、ラウラの表情が曇る。俺が「誰か助かっているといいな」というと、寂しそうな表情を浮かべ、

「無理だと思います。あたしが生き残ったのは帆柱に括りつけられていたからですし、船が沈んでいくのを見ていますから」

 それ以上何を言っても気休めにもならないと二の腕を軽く叩くだけで話を打ち切った。

 その後、服屋に向かい、森で活動するための丈夫な物、普段街中で着る物、下着類を購入する。そうなると俺の出番はなく、服屋の女性店員に丸投げして椅子に座って待つ。
 普段着として選んだのはシンプルなデザインのワンピースだった。色は落ち着いた感じのグリーンでラウラの銀色の髪によく合う。
『馬子にも衣装ニャ。思った以上に旦那の好みじゃないかニャ』というベルの軽口に反応できない。ベルに言われるまでもなく、その姿に見惚れていたのだ。
 黙っていることに気付き慌てて「よく似合っている」と伝えるが、我ながら情けない。もう少し普通にしゃべれると思っていたが、こちらに来てから碌に人としゃべっていないことが仇になったようだ。
 森の中で着る服は尾を出す穴の加工が必要とのことで明日にならないとできないそうだ。

 必要な物を買ったところで、そのまま宿に戻った。
 宿に戻るとラウラは疲れが出たのか、ベッドに座ってうつらうつらと舟をこぎ始める。あまりに普通にしていたため忘れていたが、彼女は丸一日海で漂流し、今日の朝助けられたのだ。突然奴隷の主と言われて動転していたとはいえ、自分の気の回らなさに情けなくなってくる。それにしても獣人というのは俺が思っている以上に基礎体力があるのかもしれない。


 翌日、ラウラの解放手続きと装備を揃えることにした。
 まず商人ギルドで奴隷解放手続きを行う。手続き自体は面倒ではなかったが、一人の身分を変える手続きであるため結構時間が掛かった。二時間ほど待っているとようやく決裁されたようで、首に嵌めていたタグは外される。
 奴隷の身分から解放されると自由民になるのだが、この街の住民になるか、狩人になるかしか選択肢はない。難民ということで住民になることも可能だが、俺たちの仲間になるなら狩人の方がいい。その足で狩人組合に向かう。
 既に正午に近い時間であることと、一昨日まで嵐で狩りに出られなかったことから、組合に狩人はほとんど残っていなかった。
 受付でラウラの登録を行い、更にクランの登録もする。クランの登録は必須ではなく、ソロのままでもいいのだが、慣れないラウラのためにあえてクランを作った。

(なんだかんだ言っても旦那は優しいニャ。もしもの時に困らないようにしておいたニャ?)

 ベルのからかいにも似た問いに沈黙で答える。実際、その通りで言うのが気恥ずかしかっただけだが、ベルにはしっかりとばれていた。

 ラウラの組合員証ツンフトマルケンができたので、昼食を摂ってから装備の調達に向かう。調達先はもちろん小人族の親方の工房だ。彼女の装備を整えることの他にもう一つ目的があった。それは拾った魔銀ミスリルの延べ板の使い道だ。
 ミスリルは小説などで定番の架空の金属で、この世界でも希少な特殊金属だ。腕の良い職人しか扱えないが、ミスリルで作られた武器や防具は最高品質の鋼を遥かに超える性能を発揮する。また、魔導との相性も良く、武器に付与エンチャントするには最適の素材だ。
 親方の工房に行くと、「獣人族と組むのか」と驚かれ、更にミスリルの延べ板を見せると、「例の難破船の物か」と呟く。俺が小さく頷くとそれ以上は何も言わなかった。

「これで俺の剣と防具を。彼女の防具もこれでお願いします」というと、「嬢ちゃんの武器はいいのか。充分に余るぞ」と言ってきた。

「とりあえず鋼の武器でお願いします。そのうち、頼むことになりますけど」

 今はまだ実力が分からないから、防具だけにする。

「ミスリルの防具なんて、あたしにはもったいないです。普通のでも充分過ぎるのに」と固辞する。

「仲間の安全は一番に考えることだ。それに延べ板で持っていても何の役にも立たないんだ。役に立てた方がいい」

 そう言うとラウラは恐縮するが、強引に決めていく。

「剣は一ヶ月、防具は二ヶ月半はみてくれ。さすがにこれだけの素材を使うのに突貫ではやりたくない」

 加工費としてミスリルを一キロ渡すことになった。これでも十万マルク、一千万円は下らないらしい。俺が持ち込んだ延べ板は十キロが三枚。つまり、これだけで安く見積もっても三百万マルクにはなるらしい。

「武器や防具は鋼に見えるように細工しておいてやる。だからあまり吹聴するなよ。儂のところから漏れることはないが、一応気をつけておけ。隣国の奴らは半分狂っているからばれれば何をしてくるか分からんぞ」

 親方の忠告に素直に頷く。
 その後、ラウラの武器と防具を見繕っていく。武器は鉈のような大型のナイフだ。前の世界だとククリとかグルカナイフと呼ばれた“く”の字型のもので、長さは五十センチほど。それを両手に一本ずつ持つスタイルのようだ。
「森の中だとこういう武器の方が使いやすいので。それに仲間たちと連携して狩りをする時に大型の剣は邪魔でしたから」と説明してくれた。
 猟犬族は集団での戦闘が得意で、特に森の中で大型の魔獣を狩ることを得意としていたそうだ。深い森の下生えの草や枝を払うことができるだけでなく、意外に重いそのナイフは殺傷力も高そうだった。猟犬族では槍を使う者が中距離から出血を強い、ラウラのような短い剣を使う者が懐に飛び込んで止めを刺すスタイルだそうで、刃の厚い丈夫な武器の方がいいらしい。

 懐に飛び込むということで戦闘スタイルは軽戦士に近く、防具も軽い物を使っていた。ミスリルの防具ができるために使う防具は硬革ハードレザーに鋼で補強したものだ。
 すべての装備を整え、宿に戻る。


 翌日、北の森に入る。
 連携を確かめるつもりなのでゴブリンが沸く魔素溜プノイマ・プファールに向かった。もちろん、昨夜のうちに俺とベルが魔導を使えることは説明してあり、簡単な打ち合わせも終えている。
 彼女の能力ならゴブリン相手に後れを取ることはないが、念のため最初は俺とベルで間引いておく。ベルには『過保護過ぎるニャ』と言われるが、慎重にいくことに異論はなかった。

 俺とベルの魔導を見て「凄いです」と驚くが、俺たちの方も彼女の戦いに驚いていた。
 まず驚いたのは、その身体能力の高さだ。身体強化を使えば俺の方が強いはずだが、森の中を疾走する姿は正に“獣”で二本のククリを後ろ手に構えて走る姿は大昔の忍者の漫画のようだった。そして、ゴブリンに近づくとすれ違いざまに首を落としていたのだ。
 現状では二倍程度の強化しかできないが、基礎的な能力が人間、つまり普人族より高いのだろう。俺の三倍の強化と比べても彼女の方が高い気がする。

 身体面だけでなく精神面でも驚かされた。
 戦闘が始まった瞬間、雰囲気がガラリと変わったのだ。それまでじゃれていた猟犬が獲物を見つけた時のように凛とした雰囲気に変わったのだ。
 耳をピンと立て、尾をなびかせて走る姿は美しい獣のようだが、容赦なく首を刎ねる姿にある種の冷たさを感じた。戦闘機械というほどでもないが、効率を重視した“作業”を見ている気がするほどだった。
 ベルの索敵能力には劣るものの、耳と鼻がいいため、敵の発見が早い。この二人がいれば奇襲を受ける可能性はほとんどないだろう。

 互いの能力を確かめた後、連携の訓練を行っていく。基本的には俺とベルが遠距離から敵を減らし、その後、俺とラウラが近接戦闘を仕掛ける。スタイルは全く違うが、俺もラウラもアタッカータイプであり、互いの距離を掴むまでは何度かヒヤリとしたが、その日のうちに簡単な連携が取れるようになった。

「レオさんは凄いです。うちの部族にもこんなに動ける人はいませんでした。それにベルさんの指示も的確です。これなら中級の魔獣でも問題なく戦えそうです」

 ラウラはやや戦闘狂バトルジャンキーが入っているのか、興奮気味にそう伝えてきた。
 魔獣を狩ることで仲間の死を忘れられるならと思い、俺も満足げに頷くが、無理をしているようで少しだけ見ていて辛かった。

 結局、ラウラ以外の生存者は見つからなかった。

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