黒猫と呼ばれた狩人(イェーガー)~三十五歳独身男が相棒の黒猫とがんばります~

愛山雄町

第九話「ソロでの狩り。田舎町とは大違いのようです」

 ノイシュテッターに到着した翌日、朝食を摂った後、俺と相棒のベルは狩人組合イェーガーツンフトに向かっていた。まずは情報収集だ。
 ベルはバックパックに入り顔だけ出すというスタイルが気に入ったようで、『これは楽でいいニャ』とご満悦だ。ゴツイ感じのバックパックから黒いネコの顔が出ているため、後ろから見ると間抜けな姿なんだろうと思う。

 組合の中には掲示板があり、近隣の魔獣の情報が公開されており、自分たちの実力に見合った狩りがしやすいようになっている。例えば中級の魔獣である鎧熊リュストゥング・ベーアは北門から北西に三キロくらいの場所で一昨日に目撃されたという情報などだ。この情報があれば若手はその辺りに近づかず、逆に銀以上のベテランはその鎧熊を狙うことができる。
 この情報は狩人からの聞き取りであり確実性はないが、複数の情報や周辺情報から蓋然性が高いと判断されれば報奨金が出る。このため、多くの狩人たちが情報を提供している。もちろん、情報提供の明確な義務はなく、自分たちの狩場として秘匿することもあるため、情報がないからと言って安心はできない。

 俺が掲示板を見ていると、三十歳くらいのスキンヘッドでガラの悪そうな男が絡んできた。

「見掛けねぇ顔だが、なにネコなんか連れているんだ? 遊びじゃねぇんだよ、狩人イェーガーは!」

 その男は俺より頭半分ほど背が高く、見下ろすようにそういうと、俺の肩に手を掛ける。
 絡まれることは想定していたし、ここで下手に出ても後々やりにくいと思い、ぶっきらぼうな口調で言い返す。

「遊びじゃないってのには同意だな。だから真面目に情報を収集しているんだが」

「じゃあ、何でネコなんか連れているんだ? ガキの遊びじゃねぇんだ。うちに帰ってネコと遊んでろ」

 そう言って俺の肩を強く推す。
 それも予想していたため密かに身体強化を掛けており、俺の方は微動だにしなかった。そのため、そのスキンヘッドは僅かに目を見開く。
「おっさん、意外と非力だな」と小さく呟き、挑発する。

「何だと!」と俺の挑発に見事に乗ってきた。
「表に出ろ! 俺が非力かどうか、身体に刻み込んでやる!」と息巻く。
「俺に付き合う理由はないな。身体に刻むっていうのもよく分からん」と肩を竦めながら言い、スキンヘッドに背中を向けて更に掲示板の確認を続ける。

「若造が舐めるんじゃねぇ!」といきなり殴り掛かってきた。背中を向けていたが、ベルが『旦那!』と念話で教えてくれたため半歩横にずれて、その拳を避ける。
 スキンヘッドは俺が避けると思っていなかったのか、それとも怒りで身体の制御が上手くいかなかったのかは分からないが、殴り掛かった勢いのまま掲示板に突っ込んでいった。
 バキ!という掲示板が割れる音が組合内に響く。スキンヘッドは身体強化を使っていたらしく、壁にも大きな穴を空けていた。

「ああ、壊しちまった」と呟くと、「避けるんじゃねぇ!」とスキンヘッドは更に激昂する。
 その騒動が周囲の注目を更に集め、ようやく職員が制止に入った。

「組合の備品を壊してもらっちゃ困るんだが」とスキンヘッドと俺に言ってきたので、

「俺は何もしていませんよ。このおっさんが勝手に殴り掛かってきて、それを避けたら掲示板と壁に穴を空けてしまっただけです。見ていた人に聞いてもらえれば分かります」

 職員は小さく首を横に振り、「君が手を出していないことは私も見ていた」と言い、スキンヘッドに向かって、「修理代はクランに請求するからな」と無表情な顔で告げる。
 スキンヘッドは「こいつが……」と言い訳をしようとしたが、

「私は一部始終を見ていたんだよ。君が彼に絡んで勝手に殴りかかったことも含めてね。それでもまだ言いたいことがあるなら、クランリーダーと共に正式に抗議したまえ」

 スキンヘッドは口を噤み、「俺個人で弁償する。請求は俺に回してくれ」と言い始めた。
 クランにもよるが、厳しいところではこういうトラブルにペナルティを貸すところもあり、最悪追い出されてしまう。
 ここノイシュテッターには千人ほどの狩人がいるが、狭い町ということもあり、噂はすぐに広がる。相当な実力者なら別だが、無用なトラブルでクランを放逐された者が別のクランにすぐに入れるわけではなく、そうなるとソロとしてやっていかなければならない。もちろん、ソロでやるだけの実力があればいいのだが、銀級以上では前衛、後衛だけでなく、タンク役、アタッカー役などが決まっており、実力があったとしてもソロでそれまで通りの効率で稼ぐことは難しい。
 スキンヘッドが職員に捕まっている間に俺は組合を抜けだし、北門に向かった。

『それにしてもあのハゲは何がしたかったんだろうニャ? モブのお約束ってやつかニャ?』とベルが楽しげに聞いてくる。
「さあな」と答えるが、

「俺としちゃ、あまり目立ちたくもないが、卑屈に生きる気もない。あの手の輩が絡んできたら同じように対応するだけだ」

『それじゃいつまで経っても仲間はできニャいニャ。それでいいニャ?』と言ってくる。

「俺の相棒はお前だけで充分だ。ゲオルグみたいな奴とつるむのは二度とご免だからな」

 日本にいる頃もそれほど人付き合いが多い方ではなかったが、これほど人との付き合いを避けることはなかった。恐らくだが、キメラに殺されそうになった時にクランメンバーのゲオルグが裏切った記憶を引き摺っているのだと思う。

「それに魔導を極めるにはソロしか選択肢はないんだ。なら、無理に仲間を作る必要はないな」

 そういうとベルは『そうだニャ』と答えるが、まだ何か言いたげな雰囲気を醸し出している。しかし、それ以上は何も言わず、俺も何も聞かなかった。

 北門は昨日通った東門と同じ造りだ。北門が繋がる街道の先には魔窟ベスティエネストの最前線、エッケヴァルトの町がある。そこに向かう荷馬車が行列を作っているが、出ていく分には検問はないため、スムーズに流れている。俺は身軽な徒歩であり、それらの荷馬車を追い抜いて門を出ていく。

 北門を出ると百メートルほどで深い森に入っていく。城壁の周囲だけはかろうじて伐採されているが、ほとんど樹海に浮かぶ孤島のような感じだ。

 街道を一キロほど進み、頃合いを見て森の中に入っていく。
 今日の目的地は下級の魔獣であるゴブリンが湧き出る魔素溜プノイマ・プファール近くだ。魔素溜に決まった形状はないが、ここは丘と丘の間にある窪地が魔素溜になっているらしい。
 魔素溜から少し離れた場所にゴブリンが徘徊しているという情報が掲示板にあった。
 ゴブリンはファンタジーの定番通り、身長百三十から百四十センチほどで灰色掛かった緑色の皮膚と額に小さな角がある鬼だ。こん棒や粗末な剣などを持ち、二十から三十匹程度の集団で行動することが多い。
 このゴブリンだが、非常に人気のない魔獣だ。数が多く、少人数では損害が出る可能性があるのに落とす魔石の質は最低ランク。一匹駆除しても十マルクから十五マルク、つまり多くても千五百円程度にしかならず、二十匹の群れを討伐しても三万円そこそこにしかならない。それならはぐれのオークを一匹倒す方が安全だし効率もいい。
 更にゴブリンは繁殖力というか“湧き”が強く、事前の情報で二十匹とあっても実際に狩りに行ったら、五十匹だったということもざらにある。つまり、リスクが高い割に儲けが少ない魔獣なのだ。
 それでも数が増え過ぎると脅威になるため、一定数に達したところで組合が報奨金を上乗せし対応している。
 つまり、ゴブリンが出る辺りは人気のないスポットで、ほとんど他の狩人は来ない。俺にとっては都合のいい場所だ。もちろん、この先ずっとゴブリンを狩って生活するつもりはなく、魔導マギの練習のために使うだけだ。

 街道から外れて二キロほど西に入った。深い森であるため、体感的には一時間以上掛かっているが、ベルの誘導で危険な魔獣と戦うことはなかった。ネズミ型の魔獣大ネズミグローセラッテを二匹と芋虫型の魔獣緑芋虫グリューネラオペを三匹倒している。いずれも事前にベルの警告を受けていたため、こちらが奇襲を掛け、一撃で斬り捨てている。

 目的地である魔素溜まで、もう少しかと思うところで、唐突にベルが警告してきた。
『ゴブリンらしき魔獣の魔素が感じられるニャ』と僅かに緊張した思念を送ってくる。
「数は」と小さく聞くと、
『十八ニャ。全部下級クラスの魔素ニャ』と答える。その答えに僅かに安堵の息を吐き出す。つまりこの間のコボルトリーダーのような特殊な個体はいないということだ。
 更に「位置は」と聞くと、
『この先だいたい五十メートルってところニャ』とまだ余裕があると教えてくれた。

「魔導で先制攻撃を掛けて、接近戦に持ち込む。お前は周囲の警戒を……魔導が失敗したら撤退する……」と手順を一つずつ確認していく。
 既に宿や道すがらに一緒に考えていたことで、念のために確認しているにすぎないが、会社勤め時代からの癖で事前のブリーフィングをしないと落ち着かない。
 確認を終えるとゆっくりと近づいていく。ゴブリンたちはコボルトほど鼻が利くわけではないが、念のため風下から慎重に接近していく。

『あと四十メートル……三十……あと二十メートルニャ。ここで待ち伏せするニャ』

 ベルの指示に従い、草むらに隠れる。
 そして、体内で循環させている魔素をゆっくりと右手に集めていく。
 その頃になると前方から草を掻き分ける音とギャ、ギャというゴブリンの鳴き声が聞こえてくる。

『あと十メートルニャ。あの大木の右側から出てくるはずニャ』

 ベルがイメージでその大木を指し示す。それは俺の正面にある樫のような木だった。
 場所を認識するとすぐにゴブリンたちが現れた。その姿はレオンハルトの記憶通りだが、ファンタジーの定番中の定番、ゴブリンを間近に見て僅かに気分が高まる。

(コボルトも定番だが、やはりゴブリンの方が雑魚のイメージが強いな……)

 今回はコボルトの時と違って、自分に主導権があるため、そんなことを考える余裕があった。
 五匹のゴブリンが見えたところで魔導を発動する。
 呪文もなく静かに右手を草むらから伸ばし、魔象界ゼーレから取り出した力を解放した。
 ドン!という空気を揺らす大きな音が森に響く。
 その直後、五匹のゴブリンが吹き飛び、更にその後方にいた二匹も巻き込んでいた。

 単純な力の解放だった。
 魔素を単純なエネルギーとして放出しただけで、この世界、すなわち具象界ソーマに存在する現象に変換しなかったのだ。
 理由としては魔素というエネルギーを具象界に顕現させる場合、どうしても変換に時間が要してしまう。そのタイムラグを減らす方策として、純粋なエネルギーとして放出してみた。その際、座標を指定し、自分に害が被らないようにしている。
 結果は俺の予想通りだった。解放されたエネルギーはその場で熱に変わり、爆発するかのように空気を膨張させた。

 魔導の成功に喜ぶ暇もなく、『あと十一匹いるニャ』とベルが指摘する。指摘されるまでもなく認識しており、身体は既に草むらから飛び出していた。
 距離にして僅か十メートル。強化を施した身体は弾けるバネのようで一瞬でその距離をゼロに縮めていた。

 薄汚い緑色の魔獣がパニックに陥っていた。
 目の前で突然爆発が起き、仲間が吹き飛んだのだ。知能の低いゴブリンがパニックになってもおかしくはない。
 その混乱に俺は乗じた。
 大型の両手剣を切っ先を前にするようにして構え、全速力で飛び込んでいく。ゴブリンたちの混乱は俺の乱入で更に大きくなる。
 慌てて棍棒を構える二匹のゴブリンを一度に横薙ぎにして叩き斬り、更に後方で右往左往している敵に迫っていく。雑魚とはいえ、まだ九匹も残っている。相手が落ち着く前に決着を付けるべきだ。

 長さ一・五メートルの剣が振られるたびに、鈍い鋼色の剣身ブレードが木漏れ日を受け金色に光る。
 俺は高揚した気分でゴブリンたちを狩っていく。返り血もなく消えていく敵にゲームのような感覚に陥っていた。
 すべての敵を倒し切る。その間に掛かった時間は僅か五分程度。息は上がっているものの、ほとんど一撃で倒しており疲労感はない。

「どうだった?」と高揚した気分のままベルに問い掛けると、
『これはゲームじゃないニャ』という不機嫌そうな念話が届く。
「確かにそうだが、油断はしていなかったはずだ」と反論するが、自分でも分かっていた。
 ベルは何も言わない。
 もし、魔獣から血が出て臓物を撒き散らしていたら、もう少し現実感があっただろう。敵が消えるという現象に3Dのゲーム感覚に陥っていたことは否めない。
「そうだな。変なテンションになっていた。反省している」というと、

『魔獣は死ねば魔石になるだけニャ。でも、人は違うニャ。ゲームならヒットポイントが減るだけで済むけど現実ではそんなわけにはいかないニャ。斬られれば血が出るし棍棒で殴られれば骨は折れるニャ』

「これが現実だと受け止めたくなかったのかもしれないが、次から気を付ける」

 俺の反省の弁にベルも納得してくれたのか、「ミャー」と鳴いてくれた。

 魔石を回収すると次の獲物を探す。

 結局、その日はゴブリンを三十五匹倒し、大ネズミと芋虫の分と合わせて、四十個の魔石を手に入れた。ノイシュテッターに来るまでに手に入れたコボルトの魔石十一個とコボルトリーダーの一個を合わせ、魔石は五十二個になった。

 日が傾く前に街に帰りつき、魔石を換金する。
 まだ早い時間であったため、買い取りカウンターは空いており、すぐに俺の番になる。
 職員にすべての魔石を渡すと、「一日でこれだけ倒したのか」と聞いてきたので、
「こっちの十二個はこの街に来るまでに手に入れた物ですよ。今日はゴブリンなどを四十ほど狩りました」と涼しい顔で答えておく。
「銅級のソロが一日で四十だと……それも無傷で……」と絶句するが、俺と目が合うとすぐに手続きを進めてくれた。
 ゴブリンもコボルトも魔石が思ったより良い値で売れ、合計で九百マルクほどになった。大金貨一枚、金貨四枚、更に少量の銀貨を手渡される。

「この調子ならすぐに銀だな」と職員が笑顔で言ってきたが、
「まだまだ修行中ですから」と謙遜して返す。
「謙虚なことはいいことだ。調子に乗っているようなら窘めようと思ったがいらぬお節介のようだな」という職員に頭を下げ、組合を出ていった。

 俺としては狩人組合の職員とは良い関係でいたいと思っている。クランにも入らず、後ろ盾のない俺にとって唯一頼れるのは組合だけだからだ。
 そんな下心を隠しながら宿に戻っていった。

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