ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task1 頭の硬い冒険者共の魔手から馬車を守れ


 ごきげんよう、俺だ。

 記念すべき初仕事の依頼主は、このドシャ降りの中で馬車を走らせる貧相な野郎だ。
 依頼書にはもう一度、目を通しておこう。


 ■概要
 依頼名:馬車護衛
 依頼主:ボンセム・マティガン
 前払報酬:0Ar
 成功報酬:8000Ar
 敵戦力:冒険者×5、他不明
 作戦目標:敵戦力の撃破もしくは撤退

 依頼文:
 どこから嗅ぎつけたのか、俺の馬車に冒険者共が群がって来やがった。
 護衛で雇った山賊が鬼狼の群れにやられちまった。
 できれば、魔法を使える奴に、俺の護衛を依頼したい。
 この際、ゴブリンやオークでもいい。
 助けてくれ。

 ■枠外追記
 世界管理番号:26855
 世界名称:ファーロイス


 ……大まかな概要は掴んだ。
 つまりこのうらぶれた親父がボンセム・マティガンで、この世界じゃあもしかしたらガンダルフやサウロンとも出会えるかもしれないって事だ。

 今俺がケツに敷いている商売道具は詳しく教えちゃくれなかったが、まあそんなのは後で調べりゃ解るってもんさ。

 天候はあいにくの雨とはいえ、屋根付きの荷馬車は快適そのものだ。
 元が乗合馬車だったのを無理やり改造したんだろう。

 俺はそんな荷馬車に揺られながら、出発直前にスナージと話した事を思い返す。



 ―― ―― ――



「装備とスキルをしっかり確認しておけよ」

 ウロボロスの指輪。
 これは元の世界へ帰る時に必要だそうだ。
 また、アイテムボックスとしても使えるという。
 その容量は軽トラの半分程度。
 金を払えば拡張もできるが、今はこれで充分だ。

 それと懐中時計。
 単に時計としても使えるが、他にも使い道があるらしい。
 例えば、体調が人体を模したグラフで表示されるとか。

 他には小さな麻袋に、小型のダガー。
 まあ、初期装備としては充分だろう。

「指輪と懐中時計は無くしても戻ってくるが、タイムラグがある。痛い目を見たくなけりゃ、ちゃんと管理しとけよ。
 ま、指だろうが腕だろうが、切り落とされたら治すか死んでここへ戻ってくるかしないと元通りにはならねぇが」

「死ぬと元通りなのか」

「特定の条件を除いて、二度とその世界での依頼を受けられなくなっちまうがね」

「蘇生とか?」

「或いは、幽霊になるか」

 それはそれで楽しそうだ。
 そうそう死んでやるつもりも無いが。

「後は、スキルか」

 俺が申請オーダーして入手したスキルは“煙の槍”というものだ。
 これは、文字通りもやもやした灰色の、鋭く尖った三角錐だ。
 練習場で試してみたが、悪くない出来だ。
 手で持つ事もできるし、少し練習しただけで空中にたくさん生み出す事もできるようになった。

「扱いが難しいって事で誰も取ろうとしなかったんだが……お前、やっぱり変わってるな」

「そうかい? 性に合ってると思うが」

「気に入ってくれたなら、何よりだ。耐性を持つ奴がいない代わりに、最初は威力が少なめだから気を付けろよ。
 あと、身体能力と反射神経がかなり強化された筈だ。生前の境遇で伸びる能力や取得スキルが違ってくる。
 お前の初期スペックは……なぜだか、えらい高いな。珍しい」

「そうかい」

 まあ、そんなもんは気にしなくていいだろう。
 要するに、使いこなせるかどうかだ。
 人間ってのは、健康診断で調べられる事以外はてめえの身体を数値化するようにはできちゃいないもんさ。



 ―― ―― ――



「――奴らだ!」

 依頼主――ボンセムの声で、俺は我に返る。

 馬車は急停車した。
 目の前で、爆薬が炸裂したからだ。
 追手が投げ込んだ奴か?
 この雨の中だから湿気って威力は低いが、馬はビビって動かない。

 物陰から、追手の姿を確認してみるか。

「とうとう追い詰めたぞ!」

 女騎士が剣を抜く。
 髪と目は茶色で、鎧は赤。
 気の強い女って感じがする。

「年貢の納め時だ、ボンセム! もう僕達からは、逃げられない!」

 魔法使いの坊やが杖を光らせた。
 髪と目は黒で、ローブは青。
 見たまんま日本人だ。

「鬼狼の群れを突っ切るたぁ、随分なクソ度胸の持ち主じゃな」

 寸胴の爺さんが大きな斧を構える。
 白髪に白髭、銀の鎧。
 腰にぶら下げているのは酒かね。

「ですが、もう逃げ道はありませんよ!」

 エルフのべっぴんさんが弓に矢をつがえる。
 金髪碧眼、緑の服。
 ほっそいナリしやがって、小鳥と戯れているのがお似合いだぜ。

「頼むから、言う通りにしてくれよ……アタイらも手荒な真似はしたか無いんだ」

 猫耳の小娘がナイフでお手玉を始める。
 ベージュの髪と浅黒い肌、装いは黒の革鎧だ。
 育ちは良くないように見える。

 ……以上、五人編成。
 見たところ回復担当はいなさそうだな。
 徒歩なのは、どうせ足を早くする魔法なり使ったんだろう。
 まあそれはいい。

 ばっちり決めてやろうじゃないか、冒険者の諸君。

「やあやあ、これはこれは!」

 馬車の陰から、俺は姿を出す。

「――!? コイツ、いつから馬車に……?」

 魔法使いの坊やが目を見開く。
 俺は敢えて、その質問は無視する事にした。

「寄ってたかって弱者をいたぶるのが、冒険者のやり方かい。情けない連中だぜ。なあ? ボンセムの旦那」

 目配せすれば、ボンセムの野郎は少しだけ呆気にとられていた。
 だが、ほんの数秒で我に返る。

「あ、ああ……そうだな! 俺はこういう方法でしか稼げねぇんだ! 俺達貧乏人に、干し草でも食えってのか!」

「貧乏人だと!? どの口が抜かす! 貧民を欺いて金を巻き上げた貴様が!」

「その通りじゃ。見知らぬ御仁、そなたは騙されておるぞ」

 血の気の多い女騎士は青筋立てて剣を向け、寸胴爺さんもしたり顔で当たり前の事を抜かすが油断している感じはない。

「騙されてる? 別にいいさ」

「どういう事だ……?」

 女騎士が片眉を釣り上げる。

「関係ないんだよ。金さえ貰えて、お前さん達みたいな奴と戦えるのなら!」

 まずはこちらから仕掛けさせてもらうぜ!
 煙の槍を作り、女騎士との距離を詰める。
 反撃しては来るが、なんだ、そのスローな攻撃は。

 大袈裟なブロードソードを俺は片手で掴み、横腹を蹴飛ばした。
 女騎士はぬかるんだ道に轍を作りながら、大きく後ろへ滑る。

「ぐ……こいつ、強い!?」

「御大層な啖呵を切っといてこれか。骨無しめ」

「イスティ! 下がって!」

「ああ!」

 坊やは女騎士を手で制して下がらせると、手持ちの杖から、緑色の光の玉が何発も撃ってくる。
 属性は判らんが、攻撃魔法だな。

 なら、俺は避ける。
 追尾してくるなら、それも避ける。
 魔法の追尾っていうのは、それぞれでクセってもんがある。
 本質的に、それは変わらんだろうさ。

 見えるんだよ、俺には!

「弾き返した!?」

 発動直前の煙を足に纏ってサッカーごっこをしてみたが、存外に驚いてくれたようだ。

「やはり近距離戦で仕留めるぞ!」

 女騎士、ドワーフ、獣人の三人が合わせて斬り掛かってくる。
 俺はその三人分の攻撃を、たった一本の煙の槍で受け止めた。

 ダメージはあるが、動けなくなるほどじゃあない。

 後ろから何か来る。
 咄嗟に、左手で煙の壁を展開した。
 見た目は煙だが、ちゃんと物理的な手触りがある。
 どういう原理かは、そのうち誰かが対抗策を練る時にでも解明してくれるだろ。

 壁が受け止めたのは、エルフの放った矢の雨だった。

「見事な早撃ちだ。ただ……ちょいとばかり、相手が悪かったかもな」

 俺も対抗して、煙の槍を周囲に生み出す。
 指をパチンと鳴らすのも添えて。

「見た目に騙されたら、痛い目見るぜ。3、2、1……」

 いの一番に危険を察知したのは女騎士。

「まずい! みんな、隠れ――」

「――GO!」

 もう遅い。
 煙の矢は一斉に、逆Vの字を描いて飛んで行く。
 その全てが、冒険者パーティに命中した。

 耐え切ったのは、ドワーフと女騎士だけか。
 それでも、肩で息をしているくらいには消耗している。
 残る三人は、あちこちで倒れている。

「はぁ……はぁ……! 何が目的なのだ、貴様は!」

「だから、報酬と喧嘩さ。さっきも言っただろ」

「ッ……まともな、考えではないな!」

 言うだけ言っていればいい。
 負ければ弱者の戯言だ。

 二人同時にやってくる。
 俺はドワーフの頭を踏み台に、跳ぶ。

「な、に……!?」

 そして振り向きざまに、指をパチン。
 二つの煙の槍が、二人を貫いた。
 ガクリと倒れた二人。

 殺してはいない。ちゃんと加減した。
 ……くたばるには、まだ早いのさ。

「ダーティ・スーから、一つだけアドバイスだ」

 女騎士の胸倉を掴み、耳元で囁いた。

「その敗北を、楽しめ」

 木の幹に叩き付けて気絶させた。
 ただ、寝かせちゃあ綺麗なツラが泥で台無しになっちまうな。
 ここは座らせておいてやるか。

「これでよし」

 お。
 懐中時計が光ってやがる。
 確かスナージの説明では、依頼を達成したらこうなるんだったか。

「すげぇ……たった一人で、五人を倒しやがった……!」

 なんて、ボンセムの野郎がため息混じりにひとりごちた。

「初めてにしちゃ上出来だと、自分でも思うぜ」

 俺は、光を放つ懐中時計を手に振り向く。
 ボンセムの野郎は、顎が外れそうなくらいの驚きようだった。

「初仕事で、これ、だと……!? いや、ベテランの傭兵でも、五人相手に余裕の立ち回りは……まぁ確かに、体捌きにゃどことなく素人くささはあったが……いや、それにしたって……」

 生前、俺を相手にナイフ投げをしてきたクソ野郎がいた。
 ある日を境に毎日殴ってくる不愉快なグループがいた。
 河に浮かべてダーツ投げの的にしてきた奴がいた。
 あの時は命の危険も感じたが、連中もこうして多少は役に立ったらしい。
 というのを、こいつに教えてやる義理は無いだろう。

「独り言を聞くのは契約内容に入っていなかった筈だぜ」

「ま、待ってくれ! 追加で依頼がしたい!」

 早々に追加のご指名とは。
 素直に喜んでいいのかね。
 そんな金がコイツに残っているのか、甚だ疑問だが。


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