ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Extend1 思いがけぬ収穫


「……ダーティ・スーが、この街に!? 嘘だろ!?」

 思わず振り向いた僕――津川つがわ巻人まきとに、ドワーフ――オラモンドのブロイは苦い顔で頷いた。

「そのようじゃ。リコナの情報はハズレが無いからのう……」

「ああもう……ふざけんなよ……」

 僕はこの格別に望ましくない報せに、頭を抱えたくなった。
 よりにもよって、どうしてこのタイミングで!?

 皇帝派と宰相派を追っていたら、転移者らしい高校生――ツトム君に縋り付かれるし!
(僕達ってそんなに有名人だったっけ? 冒険者の間ではそうなのかな……?)

 聞けば、パーティメンバーの一人が急に音信不通になったらしいじゃないか。
 で、追いかけたけど、いつまでたっても捕まらないと。
 目撃情報の中には、身籠っているとか……。
 何をやってそんなことになったのかも、現状連れてきている二人の仲間(ちなみにまだ僕は会ってない)に訊いても、見当がつかないという。

 困ってそうだったからつい手を差し伸べちゃったけど、この彼が中々のお調子者だったし……。

 だいたい“モブ顔レズクラブ”って何さ。
 モブ顔ってそれ「お前の顔ってブスじゃないけど美人でもないよね」って意味だよね?
 で、レズクラブって女同士で暮らしてるからだろうし、レズビアンをバカにしてるだろ……。
 面と向かって言えるか普通?
 はあ……ふざけんなよ……。

 そんな所にダーティ・スーまでやってきたなんて。
 まったく、面倒事の匂いしかしないぞ。
 頼むから悪さしないでくれよ。

 とか祈っても、するんだろうなぁ……。


 ――いやいやいや。
 割り切れ、僕。
 責任を取るのは、手の届く範囲だけにしろ。

 自分ひとりの足で歩くのだって、充分な栄養と小さい頃からの歩行訓練があってこそだ。
 そこにもう一人分なんて支えられるか?
 他人を一人支えるのには、二人がかりでやらなきゃ駄目だ。
 前世でそれを学んだじゃないか……。

「アレが出てきたら、衛兵が警戒を強めるかもしれないね」

「リコナの読みは当たるからのう」

「一筋縄じゃ行かない、か……」

 こんな所で立ち往生してる暇なんて無いんだ。
 薬物取引の売人は候補が幾つかいて、情報が正しければそのうちの一人がここにいる。
 でもって、ツトム達が追いかけている人も、その人が匿っている可能性が高い。

「ちょっと“青の楔亭”に顔を出してくるよ。ツトム達がそろそろ戻ってきている筈」

「儂も行く!」

「ブロイは酒目当てでしょ……言っとくけど、この街だと酒は禁制品だってさ。ドワーフが問題を起こすから駄目なんだって」

「住民の視線が刺さるのはそういうことかのう……じゃが、嫌悪や敵意というよりは、なんというか、こう……“面倒だからさっさと消えてくれ”みたいなものを感じるのう……。
 どちらにせよ、儂一人じゃと絡まれるやもしれん」

「それも、そうだね」

 そういえば。
 この街の冒険者は人間ばかりだ。
 帝国の他の領土ですら、エルフやドワーフは多少なりともいた。
(扱いは共和国に比べると格段に悪いんだけども……)


 近道の路地を歩く。
 と、そこに。

 黒い長髪をポニーテールにした女の子……だけど袴姿に武具を付けている。
 左の腰には刀。
 つまり、侍だ。

 珍しいな……共和国のほうではちょっと見掛けたけれど、ルーセンタール帝国ではまったく見掛けなかった。

 さて、そんな侍は急にうずくまり始めた。

「うぅ……」

「大丈夫ですか!?」

 顔色が悪い……体調を崩しているのかな。

「かたじけない。実は、それがし……」

 グゥー。

 彼女の腹から、間の抜けた音が綺麗に響き渡った。
 どうやら空腹らしかった。



 ―― ―― ――



「……それで、遠江とおえさんはどうしてこの町に?」

 侍――遠江さんは食事を平らげると、一息ついてから語り始める。

「それがし、故あって、とあるおなごを追っておるのでございまする」

「はあ……おなご、ですか……?」

「然様。そのおなごは冒険者ながら、身籠っておられるようなのだ。
 彼女をひと目見て、あの歳で子を抱えながら冒険者をするのはさぞかし辛かろうと。
 一言、事情を聞けたらと、そればかり考えておったら、財布をスられてしまってな」

 テヘヘと笑う遠江さん。
 ……どうやら、だいぶアホの子みたいだ。
 どんだけ夢中になっていたんだろう。
 けれど、放っておけないから連れて行こうかな。

 ツトムの奴とは知り合いなのかな。
 藪蛇を覚悟で訊いてみよう。

「ところで、ツトムって名前の男の子、知ってますか?」

「はて、存ぜぬ。それがしの追っているおなごと関係が?」

「その子も、多分同じ人を追っていると思います」

「差し支えなければ、会わせてくれませぬだろうか」

 食いついたな。
 ついでだ。
 もし遠江さんが足手まといなら、ツトムのやつに押し付けてやろう。
 負担はなるべく軽くしないと、今後に差し障る。

 そりゃ困った人は見過ごせないよ。
 けれど、背後関係も充分に知らないうちに、手を差し伸べてみろ。
 祈りの森でその結果どうなったかを、僕達は身を以て思い知らされたじゃないか。
 と、そこに。


「ふい~ヒッどい目に遭った……ロクな情報が入ってこねぇどころか、樽に詰められそうになった……ブロイ! オメーしれっと置いてこうとしやがったな!」

 ひどく疲れ切った猫の獣人、リコナと。

「まったく! この街での亜人の扱いは、いったいどうなっているのかしら」

 頬を膨らませ憤慨するエルフ、リッツと。

「やはりとは思ったが、旧友に剣を向けられるとはな……」

 意気消沈した人間の女剣士、イスティが戻ってきた。

「お疲れ様。少し休もう。実際、いいところまで来ている筈。はい、リコナとブロイも喧嘩やめて、座ろう」

 僕は壁際にまとめてある椅子を持ってきて、みんなの分の席を作ってあげた。
 ちょっと狭くなったな。
 ここで、イスティの視線が遠江さんを捉える。

「ところでマキト。そちらの流浪人は?」

「お初にお目にかかる。それがし、流れの剣客、遠江と申す者にございまする。故あって、とあるおなごを探しに参ったのだが、行き倒れてしまいましてな」

「そ……そうか……」

 そこからまた自己紹介や、軽く情報交換などをした。
 ツトム達が戻るまでは、進展は無さそうだ……。
 厄介な寄り道をしてしまったけど、後悔してても始まらない。


「おい、奴とはどれくらい話した?」

 イスティが僕のほうへ、グイッと肩を寄せてくる。
 僕は思わずのけぞってしまった。

「な、なんでそんなグイグイ来るの……?」

「フィアンセが他の女と話しているのだ。心中穏やかならざるのは普通であろう!?」

 などと、イスティは両手を振りながら力説する。
 意味わかんないよ。

「……あー、コホン。イスティ殿。それは杞憂にございまする。それがしの“すとらいくぞーん”は“細まっちょ”ゆえ」

「何だと!? この良さが解らぬとは、どこに目をつけている!?」

「こら、イスティ。テーブルを叩かない」

 まったく。
 周りの人達が嫌そうな顔で見ているじゃないか。

「斯様な美少年とあらば、貴公が惚れるのも無理からぬ話でござりましょう」

「そうか。美少年……ふむ、ああ! 美少年だよな! 美少年、私のフィアンセが美少年……ふふふ」

 あの、人前で僕の頭をなでるのはやめてくれないかな、イスティ。
 そもそも君は僕より身長が低いじゃないか。
 歳も僕よりひとつ下だろ。
 ……お姉さんぶりたいのはわかったから!

「然様でござるな」

 遠江さんも、しみじみとした顔で頷かないでくれませんか。

「何を同意しておるのだ。マキトはやらんぞ」

 惚れて欲しいのかそうでないのか、一体どっちなんだよ。
 というか、抱き寄せるなよ。
 首が曲がって痛いんだけど。

「は、ははは……」

 ほら、流石の遠江さんも引いちゃってるじゃないか。
 いつもそうやって何も考えずにやりたい事をやり始めるから、余計なトラブルを引き起こすんだよ……。
 リコナは頭の上の猫耳を寝かせながら、

「やれやれだよ。独占欲が強いのか、情緒不安定なのか……」

 などと呆れ顔だ。
 対するリッツは苦笑い。

「うふふ。その両方、ですね」

「最悪じゃねーか。恋は盲目ってか?」

 そしてリコナはさり気なく、鎖で固定された調味料の瓶の中身を開けて、袋に入れようとしている。
 いくら貿易が改善されてどこの国でも香辛料が安くなってきたとはいえ、普通に窃盗だよ。
 なので僕は、リコナの手の甲をパシンと叩いた。

「こーら。やめなさい」

「ちぇ」

 とかやっていると。
 勢い良く扉が開いて、見知った顔の少年が現れる。
(僕だって少年と言われる歳だけど、それは棚上げしておく)

「――ういーっす! ごめん、待たせた!」

 よし、ツトムが来たぞ。
 かと思ったら。

「うわっと――」

 なんか、ツトムがつんのめった。
 どうやら仲間も一緒に戻ってきたようだ。



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