ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Task11 ジェーンの頼みを聞いてやれ
ピンク色の滲んだ金髪に、荒んだ雰囲気をまとった切れ長の目。
見覚えのある女がやってきた。
「おお。イゾーラじゃないか。またぞろ黒幕ごっこでもしてやがるのかい。ロイドの時みたいに」
「ロナには伝えたけど、こっちではジェーン・ブルースと名乗っているわ。久しぶりね、ダーティ・スー」
だから黒いスーツに帽子、それからサングラスかい。
それはそれでよく似合ってやがるから、恐ろしいね。
だが、敢えて言わせてもらうよ。
「ふはは! ジョン・ベルーシの真似事かい。いくら何でも恰幅が足りないぜ。
どちらかと言えばキャリー・フィッシャーの演じた謎の女のほうがお似合いだ」
「あら。相変わらず素直じゃないのね?」
「どうかな。腹癒せに、お前さんの一番嫌いそうなコメントをしてやったのさ。素直にね」
「ふふ……可愛らしいへそ曲りさんだこと」
男に可愛いと言う趣味は否定しないが、よりにもよって俺を相手に言うかね。
止しとけ、悪趣味だぜ。
「放っておいても吊るし上げられて処刑されるような暗愚を、敢えてロナがトドメをさせるようわざわざお膳立てしてあげたのは私なのよ?」
「そいつはどうも。見返りは何をご所望だい」
「戦って欲しい男がいるの。多分、あなたにとっても有益な話だと思うけど?」
へえ。
この女……俺が食いつくかどうかをまるきり疑っちゃいない。
その自信の根拠とやら、興味深いじゃないか。
「誰だ、その仕合って欲しい野郎ってのは」
「グリッド・ライナー。通称“戦略王”……Aクラスのビヨンドよ。
ロナの偽者を作ったのも、その男だわ。どうやら、ゆぅいが契約していたみたい」
「……で、ゆぅいの奴はその戦略王って野郎に、クレストブルグで手筈通りに石版叩き割らせて、その罪をロナの偽者におっ被せようとした。
が、本物のロナが出て来ちまったもんだから、ゆぅいが本物のロナに罪を被せるよう変更した。
想定外の為にボロを出したのか、それとも初めからボロを出すのも織り込み済みか。どうだい」
「作戦指示書でも盗んできたの?」
「さて、どうだろうね」
「……」
目を逸らすなよ、イゾーラ。
当たりか外れかぐらいは教えてくれてもいいだろうに。
考え事がしたいならそっといておいてやるとしよう。
じゃあ、その間に元カレ君に確認をしておこう。
「ところで、お前さんはこの女と面識があるかい」
「いや……初対面だ」
「ロナ。これは単なる当て推量だが、お前さんの目、或いは他の感覚をそいつに握られていないかい」
「毎回思うんですが、なんで解るんです?」
「身内を引き抜いて裏切らせるなら、必ず情報のパイプは作っておくものさ。
こっちから与えた情報はどうだったかい。骨と皮しかなくて、さぞかし酒が恋しかっただろう」
「……驚いたわ。普通、そこまで考える?」
我に返ったらしいイゾーラもといジェーンの奴が、俺に向き直って肩をすくめる。
「お前さんの事だから、どうせ依頼書も無しにあちこち飛び回ってやがるんだろう。
それなら、何かしらの条件を付けて目を借りるくらいはやる筈だぜ。
不条理の中で生きるっていうのは、案外と予想がつくもんさ。こっちがやられて頭にくる行動を予測すりゃあいい」
「……」
「そら、早く教えてくれよ。俺の推測が正解なのかどうかを。
おっと、今からそいつらを移動させて“残念、不正解”っていうのは無しにしてくれよ」
「解ってるわよ。別に、両腕を撃たれた事は恨んでないわ。お互い、ああする必要があったわけだし。
あなたの推論は、全て大正解よ。嘘だと思うのなら、ロナに訊いてみたら?」
「今更それを問いただす意味があると思うかい」
「そうね。じゃ、行くわよ」
「道案内でもしてくれるのかい。助かるね」
「煙の槍で飛んだら撃ち落とされるのは目に見えてるでしょ? 私の車なら顔パスだわ」
話が早すぎて仕込みを疑っちまうが、ひとまずそれはそっとしておくとしようじゃないか。
答えなんざ解りきっている。
下手に突付くよりは、踊りながら手のひらに穴を開けてやるのさ。
―― ―― ――
「――着いたわよ。私は見張りの気を引いてくるから、車の中でやった打ち合わせの通りに、頼むわね」
ジェーンが、車体の後ろの荷室のハッチを開けて、覗き込んできた。
後部座席に紀絵とロナと元カレ君を載せて、俺は荷室に入った。
監視カメラやセンサーも無いから、イタズラし放題だぜ。
ハッチをこっそり開ける必要はあったが、それさえ除けば快適な旅路だった。
「スーさんよく堪えられますね……あたし、無理……」
「行動開始までまだ時間がありますわ。少し休みましょう。ところでロナさん、また変装することになってしまいましたわね……」
ロナは再び、偽者ちゃんの格好をしている。
ジェーンが秘密のパスワードを設定していたらしく、そいつでメモリーから読み取ったという寸法だ。
「別に。気にしちゃいないですよ。あたしも、意趣返しがしたいので」
……それにしても、随分とカビ臭い場所だな。
苔に覆われた石造りの壁は、ひび割れた隙間から月明かりが差し込んでいる。
額縁に入れて飾ってやりたいね。
これが小悪党のアジトじゃなけりゃあ、もう少し風情ってもんがあっただろうに。
「……指でフレームってことは、もしかして写真撮影です? あたし、カメラ用意しましょうか」
「感傷に浸っていただけさ」
「ありますよね、そういう瞬間って」
……気にしてやがるのかね。
ロナが悪態をつかないのはどうにも調子が狂う。
しばらくして、コツンと壁に何かが当たる音がした。
これが合図だった。
「じゃあ、行くかね。それで、元カレ君。お前さんは来て良かったのかい」
「やられっぱなしは性に合わないんだ」
見上げた心掛けだ。
何せグリッドとやらは、一応はお前さんの元カノの偽者を作りやがった真犯人だ。
仕返しをしたいなら、好きにすりゃいい。
その前に俺がグリッドを追い出しちまうかもしれんがね。
「ロナ。お前さんが望むなら、俺はこいつを敵地のド真ん中に放り入れてやってもいいが」
「あはは……今回は勘弁してあげましょうよ。一応、スーさんを呼んでくれたわけですし」
「だ、そうだ。命拾いしたな、元カレ君」
「耳が痛い話だね……」
……さて。
外壁を昇るにはエレベーターを外付けしちまうのが一番手っ取り早い。
城の中でレジスタンス共を放り投げた穴にも、お手製の煙エレベーターをくれてやった。
同じことをやりゃあいい。
ここで唱える呪文はひとつ。
「上に参りまあす」
と、低く囁いてやりゃあいい。
「「「――ぶふっ」」」
「揃いも揃って、どうした」
「だ、だって……ぷくく……スーさん、そういう柄じゃないでしょ……」
「不意打ちは、ひ、卑怯、あっははは!」
「……お、俺は笑ってないからな!」
「お前さんには訊いていない」
急上昇だ。
荒れた土の広がる景色が、広がっていく。
パチンッ。
さあ最上階に到着だぜ、淑女どもと紳士ども。
窓際に寄っかかって待機。
顔面白と黒のチェック柄に塗った刈り上げ野郎が、何やら喚いてやがるようだ。
グリッド・ライナーという奴の特徴をジェーンから伝え聞いたが、それと合致する。
という事は、あれがグリッド・ライナー?
Aランクビヨンドの割には、随分と間抜けな立ち回りをしてやがる。
それとも、まさかそれすらも俺達を油断させる為の演技かい。
何しろ“戦略王”なんて大仰な異名を引っ提げてやがるんだ。
「せ、先生! 先生!」
山賊みたいなナリの奴が俺達に気付いて、しきりに指差してやがる。
視線は、頭を白と黒のチェック柄に塗装したパンク野郎と俺とを行き来している。
「あ゛あ゛ッ!? セーフティーゾーンで何を騒がしい! 燃やしちゃうよォ゛~ン!?」
チェック野郎は賑やかだ。
モヒカン野郎の胸ぐらを掴んで、耳元で叫ぶ。
が、やられたモヒカン野郎も危険が迫っているからにはビビっている暇がない。
だが、セーフティーゾーンとは初耳だ。
ここは知識のある奴に問い合わせてみよう。
『ロナ。セーフティーゾーンなら安全なのかい』
『いやぁ、まぁゲーム内にいたモンスターが襲いかかってこないってだけの話ですよ』
或いは、その状況なら人だけを警戒できるって事かい。
道化を演じるのは楽じゃないよな、戦略王さんよ……。
「あの、後ろです!」
「後ろォ゛~? 後ろを向けば何かあるってか!? 例えば――」
――予定調和の反応、どうもありがとさん。
お礼に、右手を挙げて定番の挨拶だ。
「ごきげんよう、俺だ。ちょいとお邪魔するぜ」
目を見開くチェック野郎。
顎に至っちゃ、外れんばかりだ。
「んぎゃあああああァ゛~!?」
喧しい野郎だ。
いちいちだみ声で叫ばなきゃならん理由があるなら、出入り口に看板でも立てておけよ。
チェック野郎はのけぞった挙句、紙切れの散らばった床に尻餅をつく。
奴の眼差しに含まれているのは、そうだな……。
恐怖は殆ど無い。
疑念と、苛立ちが大半だ。
さてはハメられたと思ってやがるな。
ふははは!
何せロナの偽者を呼び出したのも、お前さんだ!
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