ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task6 城内を散策し、最新情報を集めろ


 依頼を受けてから一週間。

 どうやらこの街の間抜け共は、初夏の旅団がテロリストだと信じて疑わないらしい。
 現実世界に嫌気が差して丸ごと道連れに引き篭もろうとするテロリストとは、よくもまあ思い付いたもんだ。

 ここまでで不法侵入を試みた無謀なる正義の味方は、累計で六人ほど。
 そいつらを俺は敢えて、生かしたまま帰してやった。
 秘密の脱出経路を教えながら、穴に放り込んでやるだけさ。

 ――ついでに(スパイのふりをした奴を除き)その全員に、あること・・・・を吹き込んでやった。

 内側も内側で、しっかりと分断を進めておいた。
 さて。
 噂はどこまで広がるか、それを確かめるのはもう少し後だ。



 双眼鏡を持つ手が、あくびで震えそうだ。
 空き部屋の窓から中庭を挟んで向こう側で展開される家族ごっこを、暇つぶしに眺めていた。

 まず、ロナもどきは部屋に入るなり「えっと、失礼します」と言った。
 この前のカップルの女のほうがすぐに振り向いて、駆け寄った。

「ああ、ちひろ……本当にちひろなのね!?」

 みんな揃って現実とは違う姿だ。
 声だけで解ったのは、それだけ多くの時間を過ごしてきたって事だろう。


 ロナもどきはすぐに頭を下げた。

「……うん。久しぶりです。お父さん、お母さん。心配かけてごめんなさい」

 なるほど。
 あのカップルはロナの両親か。
 男のほうは呆けたツラで立っていた挙句、膝から崩れ落ちて泣き出した。
 よほど恋しかったらしい。
 まったく大したサプライズだ。

「いいのよ……けど、どうやって生き返ったの?」

「えっとね――」

 要約すると、愛と奇跡の力で復活を遂げたらしい。
 その雑な脚本には恐れ入るね。
 シェイクスピアだったら、塵紙にすらしないで丸めて捨てるぜ。

「――というわけなんだ。この世界のボスを倒す事で、元の世界に戻れる。そしたら……あきら君と一緒に……」

 そして女の子は再生の物語を経て本当の愛を手に入れて、理想の王子様と一緒にいつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし――と来た。

 こいつは呆れたハッピーエンド中毒者だぜ。
 ロナがどんな思いで息をする事をやめたのかは知らんが、くたばった後も悪霊みたいなツラをし続けたくらいだ。
 あいつをあんな顔にさせた奴が実の親なら、碌なもんじゃないって事さ。
 あいつは遠慮していたのか大した内容を話さなかったが、俺にだって大体の想像は付く。


 ……俺を退屈させるなよ、三流劇作家め。
 寝不足の頭に難しい話を詰め込めば、後は足踏みするだけで要求が通ると来やがる。
 とんだ長編大作もあったもんだ。
 あくびの回数を表にまとめて提出してやるぜ。

 さて。
 時間を無駄にしちまった。

 せいぜい収穫があったとすりゃあ、俺の右斜め後ろ数メートルほどの距離で弓矢を構える執事がいるくらいだ。
 気まぐれを装ってクローゼットを開ければ、その鏡に映っていた。
 俺様が謀反を起こすとでも?
 やるとしても、今じゃあないぜ。

 パチン!

 煙の槍が奴の頭上を掠めて、天井を抉る。

「失せな。さもなきゃ城を改築する羽目になるぜ」

「……こ、この距離で気付くとは!」

「こう見えて鼻が利くのさ」

 依頼主サマは何も教えちゃくれなかったようだね。
 可哀想な執事。
 スカーフの色まで間違えちまって。

 今いる本館は赤で、お前さんのしている緑色は西館のものだぜ。
 俺の監視が理由だとしたら、スカーフは“全館移動”を示す紫色にさせるか、それぞれの場所で引き継ぎが行われる筈だ。
 それくらいはちょいと観察すりゃあすぐに解るものさ。

 ……パチン。

 足元を、煙の槍で掻っ攫う。
 転んだのを見計らって近づき、胸ぐらを掴んでやった。

「聖女様に言われたのかい。見張れと」

「言う必要がありますか?」

 床に叩きつけて、足を引っ掴む。
 窓枠に頭から突っ込んで、逆さ吊りにしてやった。

「言ってみな。俺の気が変わらない内に」

「……誰が言うかよ、バーカ!」

「じゃあ、後で庭師に掃除されるこった」

「わ、ああぁああああああッ!!」

 手を離す。
 哀れ、絶叫と共に真っ逆さまだ。
 どうしてこいつらみたいな連中は、タワーより吊られ男ハングドマンのほうがマシだったと気付けないのかね。

 パチンッ。

「ぁぁぁぁぁぁあああああああッ!!」

 煙の槍に持ち上げられて、頭から再び廊下へ突っ込む執事君。
 ざっと、こんなもんだろう。

「反省したかい」

「く、は、はい……」

「じゃあ、ここまでだ。自由時間を楽しんでくれ」

 勝てない勝負はするもんじゃないぜ。
 お互い、時間を無駄にするだけだ。

「ところで、初日に俺とお喋りをしたメイド君はどうした」

「初日に……ああ、あいつか。そういえば、何処に行ったんだろう。左遷されちゃったんじゃないの?」

「そうかい」

 煙の槍に乗せて、さっきのロナもどき共のいる茶番部屋まで運んでやろう。

「しばらくネンネしてな。お前さんがどっち側・・・・であっても、目的を達成するには力が足りない」

 パチンッ。

「や、やめ――ひゃああああぁあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 ガラスを突き破ったのを見届ける。
 初日に牢屋でお喋りしていたメイド君は、街に買い物をしにいったよ。
 真偽は定かじゃないがね。

「……」

 割れた窓から、誰かと目が合った。
 些細な問題だが、一応覚えておいてやらんでもない。

 さて。


 ――屋根に上る。
 双眼鏡を構える。
 雑多な町並みを、紀絵は焦りを押し隠した歩調で動き回っていた。

『紀絵、聞き込み調査はどうだい』

『その……申し訳ございません。芳しくはありませんわ。ロナさんの情報収集能力に比べると、どうしても……』

『俺は能力より、物の考え方を評価する主義だぜ』

『それはあまり健全な営業形態とは言えないのでは?』

『どうだか。能力主義を半端に囓った結果を、俺達は既に目の当たりにしている筈だぜ』

『それは、そうですけれども。でも、わたくしが言い出した以上、結果が出せないのは歯がゆいですわ。
 近頃は王都で行方不明や変死体が出ているから心配で……はぁ……大丈夫かしら……』

 一度くたばった後も、ウィザーズタワーと臥龍寺家のスープの味がしっかり染みてやがるらしい。
 お前さんがそれについて気に病む必要は無いと、俺は言ったぜ。
 まあ、ロナが恋しい気持ちは解らんでもないがね。

 だがおおよそ見当がついた・・・・・・・・・・
 後は、あいつのやりたいようにやらせてみよう。


『……あら。緊急避難警報、ですって……?』

 何とも示し合わせたようなタイミングだが、スイッチを押した奴は意外と近くにいるだろう。
 魔神の石版が宝物庫にも市場にも無いって事は、つまりはそういう意味だ。

『どでかい敵ってのは、そいつの話かね』

 見れば、細長い四つの脚をゆっくりと前進させる、白い毛むくじゃらが何匹も、城壁の向こう側から迫ってきていた。
 ふざけやがって。
 ここは惑星ホスじゃあないんだぜ。
 スノースピーダーを用意できる奴が、この世界にどれだけいると思ってやがる。

 まあいい。
 謁見だ。
 伝令のふりして飛び込んでやる。


 これが計算通りだって言うのなら、俺が番狂わせになろう。
 これが計算違いだって言うのなら、俺が一番に嘲笑ってやろう。

 コインの表と裏、掛けるならどっちだ。



 ―― ―― ――



「ガンマンを追い返せ! 絶対に入れるな!」

 玉座の間。
 目を剥いて必死に抵抗する親衛隊諸君を片っ端から放り投げ、残った最後の一人にダガーナイフの切っ先を突き付ける。

「何故、お前みたいな奴が切り捨てられもせず、雇われ続ける……!」

「さあね。雇い主サマに訊いてみな」

「くッ……」

「上演中は静かに見ていろ。それがこの劇場での作法だぜ」

 最後の見張りを蹴倒した。
 サーマルセンサー・サングラスを装着!
 複雑な構造だが、相手が悪かったね。
 昔、自動車整備工の真似事をした事がある俺に掛かれば、こんなもんは草むしりより気軽だぜ。
 この煙の槍に掛かれば音も立てずに鍵を開けるくらい、どうというもんでもない。

 人差し指を口の前に立てて、肩越しに視線を遣りながら扉を少しだけ押す。
 会議の声が聞こえてくる。

 大した防音性能じゃないか。
 こっちの騒ぎはお構いなしと来たもんだ。

「――続いて現地人対策ですが、配布した資料の一ページ目をご覧ください」

「東の広場に、現地人を集める……と、あるけど……上手くいくのか?」

「大丈夫。既に仕込みは済ませてある・・・・・・・・・・。そろそろ伝令が来る筈」

 こいつは随分と遠大な計画ですこと。
 なるほど、共犯者を作れば責任は全員に分散できる。
 だが、安くない代償を支払う事になるぜ。

「おかしいな……予定より遅い。“U-BOX”は既に観測済みなのに――」

 見張り君の首元にダガーを突きつけ、そのまま扉を蹴飛ばす。

「――ごきげんよう、俺だ」

「え……!?」

 辺りを見回す。
 雇い主サマがいない。
 ……つまりは、俺が此処に踏み込むのは織り込み済みって可能性が高い。
 いい趣味してやがるぜ。

「聖女さんは何処でお散歩中かね。少なくとも、このドアからは出入りしていない筈だが」

 と俺が尋ねれば、嘲笑混じりに答えてくれた親切さんが一人。

「南西地区の墓所へ、自ら慰問に向かわれたよ。そんな事にも気付かないなんて、やっぱりハズレじゃないか、このポンコツビヨンドは」

 オレンジ色のアシンメトリーな髪のガキ……の見た目をした野郎だ。
 だいぶ前、ロナの依頼で飛んできた時に見たような気がする。

「ご丁寧にどうも。親切な奴は好きだぜ」

「僕は嫌いだね、お前みたいに人員を浪費する馬鹿は。言葉ばかり格好つけて、すること全部、享楽的で計画性がまったく無いくせにさ。
 これ以上、妙ななりきりプレイで場を乱すような真似は止してくれないかな、迷惑してるんですけど? こッッッッのキチガ――あ、れ……?」

 ボヤを消す為に水を掛けるのと同じように、坊やは俺にコーヒーを引っ掛けた。
 その内容物を、俺は煙の壁で阻んだ。
 俺の一歩手前で、液体は俺を一切濡らす事なく滴り落ちる。

 茫然と見つめるアホ面が両目に心地いい。
 掴んでいた見張り君は、テーブルの上にポイ・・だ!

 さて。
 両手を広げながら距離を詰めて、襟首を掴み上げて耳元でそっと囁いてやるとしよう。

「今のでネタ切れかい。俺への愛が足りないぜ」

「き、気色悪い。さっさと出て行けよ! サイコ野郎!」

 つれない野郎だぜ。
 とにかく、ここに用は無い。
 言われて動くのは癪だが、他にやることもない。
 おそらく、ここでトラブルの一つでも起こして足止めするのも、依頼主サマの想定の範囲内だ。

 頭を撫でて、親愛の情を伝えてやろう。

「ひっ……」

「そう怖がるなよ。俺達は友達だろう・・・・・・・・? 俺の頼みを聞いてくれよ」

 まだ終わらせないぜ。
 俺を共犯者にするなら、たっぷり楽しませてもらう。

 ロナ、お前さんならどうする?
 このクソッタレなキャンバスを、お前さんならどうやって塗り潰す?

 そうだな。
 俺なら……。



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