ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Extend2 記憶の葬列
本名、館場顕良。
ナイン・ロルクというのが、キャラクター名。
死んだ元カノ、ちひろのキャラクター名“ロナ・ロルク”からもじった。
……未練がましいにも程がある。
よりにもよって、本人に出会うなんて微塵も想像していなかった。
ましてや、自宅に招かれるなんて。
自宅が、ここだなんて。
紺色地に黄土色の星を散りばめた絨毯。
赤いレンガの壁に、可愛らしいデザインの木造テーブル。
光の差し込む大きな窓からは街が一望できる。
この部屋は、かつて“ゆぅい”が牛耳る前のBig Springがロビーとして使っていた。
いや、正確に言えば、あいつが来てからしばらくは使っていたか……。
視界が少しずつ色を失って、やがて強い光に包まれる。
目が慣れてきた時には、家具の位置が変わっていた。
……これは、一体……?
――『スキル構成ちょっと駄目でしょ、これ。時代に全く追い付いてないし。ロマンビルドはサブキャラでやりなよ』
――『リビルドできるくらいのポイント溜まってるでしょ。ほら、早くしなよ』
【↑サブキャラ育てる余裕なんて無いし。あんた達と違って就職活動しなきゃなんですけど】
ギルドメンバーだ。
それに、ちひろもいる。
……でも、なんでだ……?
古い記憶のようだけど、この場に俺はいなかった筈だ。
俺は、ちひろから聞いただけだ。
確か……、
――『……なんて事を言われちゃってさ。どうすればいいのって話だよね』
景色が早送りされて、俺とちひろの二人きりになった時の会話に場面が移った。
――『言われた通りにしたほうがいいと思うよ。せっかく、ギルドもここまで大きくなったんだし』
【↑違うよ、あきら……違うんだ。あたしが欲しかった言葉は、それじゃないんだよ……】
……!
あ、ああ……これはちひろの、心の声なのか……?
あの時、ちひろが思っていた声なのか!
――『ポイント稼ぎなら任せてよ。俺も今の最適ビルドに直してあるから。
ヒール・スポット外して浮いたスキルポイント、フリーザー・ショットに回したんだよね』
――『え……?』
記憶の中のちひろの表情が凍る。
そうだ、この時、俺は……。
――『どうした?』
――『あきら……それ、外しちゃったの……?』
二人で使うヒール・スポットの波状回復コンボは、確かにプレイヤー同士の対戦やギルド対抗戦では役に立たない。
発動まで時間がかかりすぎて、専門ヒーラーが動いたほうが遥かに効率的だ。
このゲームではスキルの取得に、レベルアップで手に入るスキルポイントを振り分ける必要がある。
ヒール・スポットで消費するスキルポイントが25に対し、フリーザー・ショットは12だ。
そして当時レギュレーションの変更があった影響で、フリーザー・ショットは前衛ジョブの必須スキルとなっていた。
――『こっちに変えてから勝率明らかに上がってるし、リビルドで最適ビルドにすれば今までより快適だよ』
――『……そっか』
【↑でもね。それ、二人で初めて取った思い出のスキルだったよね。ずっと使っていこうねって、約束したよね?】
これは、まだ現実に戻るわけには、いかない……。
全部、見届けないと。
――『もたもたしてるからトレンド構成から外れちゃったじゃん。もっかいリビルドだね』
また早送りされて、また俺の知らない記憶へ。
きっと、ちひろの体験した記憶だ。
ギルドメンバーが、ちひろを取り囲んでいる。
その表情は怒気をはらんでいたし、落胆や失望、どころか侮蔑もあった。
――『なんで使いこなせないかなあ。ギルドの勝率下がると評判に響くんだよ。君さあ、このゲーム向いてないから。もう、引退したら?』
――『ご、ごめんなさい』
――『謝るなら初めからやれよ。こっちはずっと、お願いしてただろ?』
――『お前は頭がおかしいんだからさぁ、少しは自覚しろよなぁ?』
……ひどい。
まるで圧迫面接だ。
俺が外回り(PKをするプレイヤーのうち、ターゲットになった者を倒しに行く事)をしている間の出来事だろうか。
ギルメンの一人がちひろに投げ付けたのは、俺が運営より獲得した七日間連続一位のトロフィーだったから、多分その頃で間違いない。
この頃は、外回りばかりやっていた。
進んでやろうとしていた。
――『この前やめてった奴ら、見たでしょ? やる気あるんだか無いんだかわかんねぇ、ギルドの名声に寄生して甘い汁しか吸わない連中!
言っとくけど今のロナさん、アレとおんなじだからね!?』
――『そ、そんな、あたし、そんなつもりじゃ……』
――『頑張ってるって言いたいの?』
――『いやぁ~これ、言ってあげようよフォン・ドゥさん』
――『ねー。自分では充分頑張ってると思ってるみたいですけど? 言っとくけど結果残さなきゃ頑張った内に入らないからね?
僕達は、リビルドしろって何回もお願いしました。それでも足りない頭で自分なりに考えて結果残してくれるんじゃないかと思って、僕達は何度も見逃してあげました。
これで何回目? ねえ! なんとか言ってみろよブス! バカ女ァ!!!!!!!!』
――『あー。もしやめるなら、ギルドの共有財産から提供した装備はまとめて返却すること。OK?』
――『え、で、でも! あれ、元々は、あたしが売り払って上納した金じゃ……』
――『そうやって金に汚い言い方をする。丸裸で放り出されるのが嫌なら、続けるよなあ?
あと運営にチクっても無駄だからね? うちの親父がユーザーサポートの幹部だからもみ消せるから』
――『あ……』
――『リアルでもそうやって甘ったれた事言ってんの? なめてる? なめてるよね? SoFは仁義なき勝負の世界だからね?
現実と同じように、ガチでやらなきゃ殺される。置いてかれるんだよ。お情けでギルドに残してもらってるとか恥ずかしいと思わないわけ?』
――『古参だからって、やりたい放題してんじゃねえよバカ女。そうやって彼氏に甘えてんじゃねぇーーーぞ? どうしてくれんのマジで、おォォいッ!!』
物を投げて、大きい音を出す。
テーブルを叩く。
椅子を蹴り倒す。
――『なに泣いてんだよ。こっちが悪者みたいじゃん……なあ?』
【↑悪者だろうがよ……この前あたしが別のギルドに仮移籍したら悪評流しやがっただろ?】
――『でもまあ、これから心機一転して頑張るなら在籍させてあげるよ。それでいいでしょ、みんなも』
――『えー? フォン・ドゥさん、マスターから許可は?』
――『おいおい、僕を誰だと思ってる? ギルマスから一番信頼されてる調教師といえば僕だぜ?
一生懸命、頭下げて頼み込んだよ。仕方ないからいさせてあげようって言ってたよ』
【↑調教師って、何だよ……死ねマジ、死ね、死ね!】
――『う~わ~調子こきすぎ~!』
――『で? やるの? やらないの? このままじゃ、ロナさん。
一生、言い訳しかできないバカ女のままで終わるけど。いつまでも彼氏に甘えてんじゃねぇーぞ? このブゥゥゥゥゥス!!!!!!!』
――『今、波に乗ってるギルドは“Big Spring”しかない。もうちょっとやってみようよ』
――『それと! もし彼氏にチクったら二人揃ってやめてもらうから。お前のせいでギルドの戦力半減すっからね? よく考えて行動してね? いい?』
――『……。……はい』
場面がまたしても切り替わる。
今度は反省会じゃなくて、俺とちひろの二人だ。
ちひろは……自分は女だから反省会で罵声を浴びせられる事なんて無いと言っていた。
けど、実際は……。
――『あたし、このゲームやめようかなって』
――『せっかく、軌道に乗り始めてきたんだ。もう少し頑張ろうよ、ちひろ』
【↑……あきらまで、あいつらと同じことを言うの?】
――『もう、まともじゃないよ、このギルド。あきらも、やめるなら今だと思う』
――『それは……できない。俺はギルドマスターから最高戦力ってお墨付きも貰ってる』
違うだろ、俺。
断じて、それだけじゃなかった筈だ。
そう、確か「ちひろのやる気がなくなってきているから、なんとか言って欲しい」と頼まれていた。
――『じゃあ、今の状況を見過ごせと?』
――『辛いのは今だけだって。頑張ろうよ。な? ちひろと一緒なら、俺、頑張れるから。
今を乗り切れば、きっと、俺とちひろの最強タッグを知ってもらえるから』
当時の俺は、なんて馬鹿なことを……。
結局その後も環境は悪化する一方だったじゃないか。
そもそもギルドの方針として初心者狩りを泳がせた時点で、俺は気づくべきだった。
もう、とっくにまともじゃなくなっていた事に。
――『……どうせ、あの女にいいように言いくるめられたんでしょ』
――『いや、別に、そういうつもりじゃ……どうしたんだよ、棘が多いぞ。この前の仮移籍だって問題起こしたんだろ?』
――『は? あたしがどんな思いでここ数日間を過ごしているかを知ろうともせず、頑張れ? 棘が多い? 何なの!? あたしを信じてくれないの!?』
――『……うっせえな。俺だってお前の事で色々言われてるんだよ。どうして恥かかすかな!』
――『何、その言い方……!』
そう。
俺は、この後も揉めて……結局、ちひろとのフレンド登録を解除した。
それから携帯電話も拒否設定にした。
さっきのギルドメンバーの会話は……きっと、あれも事実だ。
「……あれ?」
俺はいつの間にか、ソファで横になっていた。
ついさっきまで、入り口で立っていた筈だったけど……。
「あきら!」
ちひろが、俺に気付いて駆け寄ってくる。
「良かった! 急に倒れちゃったから、心配したんだよ? 悪い夢でも見てた? うなされてたみたいだけど……少ししたら、お水、持ってくるね……!」
頭を撫でてくれたちひろの表情は、今にも泣きそうで。
俺は、未だに現実を受け入れられずにいる。
――でも、それでも。
もしもやり直しのチャンスがあるとしたら、今しかないのだ。
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