ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Result 11 かの騒動と、その傷痕


 この日、友愛村からあらゆる気配が消え去った。
 黄衣の男が来る以前からこの村にたむろしていたゴブリン達は、半数が死に絶え、残りは山奥へ逃走した。
 この村に流れ着いていた二人の少年は、新たなる仲間に導かれて旅立った。
 詐話師のエルフに率いられた一団は、残忍な少女を捕らえて立ち去った。
 少女と共にやってきた勇者と仲間達は、この上ない敗北感を味わって撤退した。

 その全ての中心にいた男、黄衣の男――ダーティ・スー。
 彼も、目的を達成して帰って行った。

 では、この土地は一体どうなるのか。

 依頼主の魔族とその仲間、合わせて二つの人影が友愛村へとやってきた。
 その片割れの一人、胸に手形の入れ墨があり、その細身ながらも引き締まった肉体は、この場に誰かがいたならば間違いなく強者のものだと評するものだ。
 そしてダーティ・スーが彼を見たなら“手形付き”とのあだ名で親しげに呼んだだろう。

 もう片方、ピンクブロンドに切れ長の碧眼を持つ妖艶な女性が、退屈そうに目を細める。
 彼女が“手形付き”と共にこの友愛村跡地へ赴いたのは、ひとえに映像中継装置が破損して、魔界で映像を確認できなかった為だ。

 更にご丁寧な事に、転送妨害の術式を刻んだ鉄板がそこかしこに埋められている。
 これのせいで、彼らは少し離れた坑道跡地から歩いて来る羽目になった。

「やれやれ。オルトハイムが撃たれたと聞いて、それなりの手練ではと期待したが……部下にやらせて、美味しいところを持って行っただけではないか」

「あら、ゼッデルフォン。貴方もそんな評価をするのね」

 手形付き――ゼッデルフォンはそんな失望を含んだ反応に、憮然とした表情を隠そうともしない。

「悪いか、ジルゼガット。拙者は貴様やオーギュストのような楽天主義ではない。
 他人の名前もまともに覚えられぬ阿呆に、栄えある魔王軍の手駒が務まるとは思えん。人間など信用ならんのだからな」

 なんと哀れな狭量さだろう。
 ジルゼガットはピンクブロンドの髪を片手で弄りながら、歪んだ嘲笑を浮かべる。

「それは、元が人間のオルトハイムも馬鹿にしているの?」

「あの者の精神は、元より怪物のそれだ。勘定に含める野暮はせんよ」

「あ、そう」

 それきり、その話には何ら興味を示さなくなった。
 既に結論が出てしまっている。
 ゼッデルフォンは間違いなく己にとって未知な分野に無関心な頑迷固陋がんめいころうの阿呆であり、ダーティ・スーを十全に使いこなせてはいない事に些かの恥じらいも感じていないのだ。

 今までジルゼガットが召喚してきたビヨンドはその多くが人の形をしているが、その中には尋常な精神構造とは大きく乖離している者も僅かにいた。
 力を得る為に全身に魔物の蛇を入れる儀式(それも他人の手によって!)で絶命した者など、現世への恨みがそのまま呪いとなる。
 ジルゼガットの性分もたいがい人でなしであるが(そうでなければ呼び出したビヨンドをその場でこま切れに引き裂くなどしないだろう)、彼らのような悪霊の類は概して入念な調教・・が必要だ。

 ましてやダーティ・スーは本能的な疑り深さがある。
 少しでも手のひらで踊らされていると気付けば、依頼主の設定していない部分でアドリブを効かせた何らかの愚行を仕出かすだろう。

 ゼッデルフォンはそれすら軽視している。
 だから、ゴブリンはおろか、チャンキーパンキーやムルヴァンクといった低級もいいところの魔物すら、この村にいないのだ。
 恐怖を前面に出しすぎるから小者が寄って来ない。
 そんな理屈も、上ばかり見ているゼッデルフォンには理解できてなどいない。


「ところで、良かったのか。クロエなる女は、レヴィリスの器として悪くない出来と見えたが」

「駄目よ。あんなの器にしちゃったら、お互いの意識が干渉しあって大変な事になるわ。あの子もそれは望まない筈よ。眷属にもしたくないと言っていたし」

「ふん。レヴィリスも不憫よな。憑蝕竜などと大仰な異名を持ちながら、斯くも多くの制約に縛られるとは……同じ魔族として、忍びない」

「どうでもいいわ。アレの好みは、私から見ても悪趣味だもの。エウリアって子が、そのお陰で命拾いしたのは複雑な気分だわ」

 口にするのも憚られる程、憑蝕竜レヴィリスが求める眷属および器への条件は、ジルゼガットにとって生理的に受け入れ難いものだった。
 それよりも困るのは、ゼッデルフォンによって見出された幾つかの改善すべき課題を、彼自身が無視してしまう事だ。
 計画に致命的な欠陥が生じるわけではないが、くだらない矜持の為に手間を増やされるのはまっぴらごめんだった。

「……とにかく、あなたはもう少しダーティ・スーの使い方をお勉強しなさいな。前に出て敵を倒すだけだったら、下っ端でもできるわよ」

「ふん。あんな愉快犯などより、拙者のほうが有能だ」

 ゼッデルフォンは吐き捨てるように言ってみせ、右手から氷の槍を生み出した。
 それを天に掲げれば、地面から幾つも氷の槍が突き出した。

「拙者は先に帰る」

 そう。
 これは憂さ晴らしなどではなく、転送妨害装置を破壊したのだ。
 何を以て有能と嘯いたのか、ジルゼガットは共感しかねた。
 この程度は片手間に、それこそ本を読みながらでもできる話だ。
 事実、ダーティ・スーも同じような事を、動くものを相手にやってのけている。
 それに比べれば、魔王軍の幹部とはなんと面白みのない者ばかりだろう。

 ジルゼガットは、火の雨を降らせる事でその鬱憤を晴らした。
 もともと黒焦げだった村の残骸が、次々と焼けて灰になってゆく。

「……どいつもこいつも、退屈な奴ばかり集まったわね。所詮、同じ形じゃ思考の振れ幅に限界があるって事? もちろん、あなたは違うわよね――」

 彼女の妖艶な微笑みが、遠くへ向けられる。
 期待と嘲笑と、恐らく他にも彼女自身が理解しきれていない感情までをも伴った、複雑な表情だ。

よその世界・・・・・でも楽しませてもらうわ。いじり甲斐があるもの。ふふ、うっふふふふふ、ふふふふ」

 炎に照らされながら、ジルゼガットは独白を終えた。
 この瞬間、ようやく彼女は一日の中で最も憂鬱から遠い時間を体感できるのだ。



 ―― ―― ――



 それから殆ど間を置かず、友愛村に関する事件は各方面へと広がっていった。
 あの時出発して冒険者の店へ無事に戻ってきたのは、クレフとフォルメーテだけだった。
 クレフは言葉少なに「みんないなくなっちまった」と嘆き、フォルメーテは力無く首を振るばかりで頑なに口を閉ざした。
 それが大衆に余計な憶測をさせるきっかけにもなった。

 やれ“冒険者の女はダーティ・スーに寝取られた”だの“調子に乗った小僧がみんな犬死にさせた”だのといった野次が絶えず投げかけられた。

 何せ、クレフが世間に知られるようになった理由はドラゴン退治だ。
 不運にも、この恵まれた力と共に転生してきた少年が積み重ねた功績はそれだけだった。
 十の偉業を重ねても、口さがない者達が疑念に嘲笑を織り交ぜて揶揄するような世の中だ。
 ならば、格好の失敗談に彼らが群がるのはもはや必然と言えた。


 もちろん、心無い言葉ではなく憐憫の眼差しを向ける者もいた。
 気遣わしげに労りの声を掛ける者達がいた。

 クレフがそれを認識できたのは、実際よりも随分と少ない数だった。
 人は誰しも、受けた施しよりも虐げられた痛みばかりが記憶に刻まれる。
 いかな神童とて、その軛からは逃れられないのか。


「……」

 冒険者ギルドの一室にて。
 大通りで流れる吟遊詩人の歌声に、クレフは恨めしげな視線を遣った。
 ダーティ・スーの恐怖を伝えるその詩は、彼にとっては不愉快な記憶を呼び覚ますだけのものだ。
 ギルドの仕事から帰ってきたフォルメーテは、ベッドの上の彼に駆け寄り、慌てて耳を塞いだ。

「どうか、お忘れになって」

 フォルメーテの行動は、クレフを神童として担ぎ上げた事への負い目ゆえか。
 もはや彼女自身ですら、それが曖昧になりつつあった。

 ただひとつ確実に彼女が理解したのは、クレフの言動の幾つかが、特定の者達の心をひどく傷つけたという事だ。
 あとは、それを自分達が認めて前に進む事ができるならば。

 しかしその機会は、しばらく訪れないだろう。
 いかな神童とて、その精神たましいは未成熟な少年のものなのだから。

「ある高名な錬金術師が、きっと仇を取る手伝いをしてくださいます」

 故に少年は。
 ――その言葉に、愉悦を覚えた。



 ―― 次回予告 ――



「ごきげんよう、俺だ。

 おいおい、『Sound of FAITH』とはまた懐かしい言葉を聞かせてくれるぜ。
 ロナ……俺は、たかがゲームだなんて馬鹿にはしないよ。

 例えば、それがスポーツだったなら。
 例えば、それが料理だったなら。
 例えば、それがこの世界では普通の事なら。

 例えば……もう、それすら言えなくなっちまった世界だったとしたなら。

 さて、真剣な遊びを心掛けるとしようじゃないか。
 どうせ夜はまだ続くんだ。
 楽しんだ奴だけが、本当の勝者になれるのさ。

 コンティニューしたけりゃ生贄クレジットを捧げな。

 次回――
 MISSION12: トゥルーエンドをその手に

 さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」



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