ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Extend7 横転
根元から折れた柱に尚も括り付けられたまま、横転した視界の中で、わたしは茫然と見送った。
次々と縄を外され、弾けるようにして逃げ出す彼女らを、わたしは茫然と見送った。
生かされているという事実に、今更、何ら感慨を抱きはしない。
ここまでに転び、苦悩し、咽び泣いた事に比べれば、今ここで繰り広げられている茶番など生ぬるい。
そう思えてしまうのだ。
【↑本当は痛みを堪えているくせに】
この人の眼差しは、あの時のわたしによく似ているから。
【↑もしも運命を感じているならば、それは単なる勘違い。馬鹿を自白するのは何度目か数えてごらん】
―― ―― ――
わたしは不慮の事故で死に、そして女神に勧められるまま、この世界で再び生を受けた。
転生後の生活は、金銭的には充実していた。
わたしは初め、グランロイス共和国に居を構える商家の娘だった。
両親も、この世界の道徳的に鑑みて言えばごく普通で、取り立てて問題のある人達ではなかった。
【↑なのに恨みを持つとは随分と傲慢で恩知らず。親が草葉の陰で泣いている】
青い髪は父から、青い目は母から受け継いだ。
でも、発育の悪い体付きは、どちらの要素も継いでいないようだった。
『お人形さんみたいで可愛いね』
などと、周囲からはよく言われたものだ。
その言葉が何を意味するか、どれだけ残酷な言葉であるかを、当人達は果たして理解していたのだろうか。
【↑素直に受け取らないお前が神経質すぎるだけ】
生前に比べれば幾らかの不便な点はあるものの、悪意の拡散し易い道具が無いというその一点は、何よりも私に深刻な逡巡の連続を与えた。
あらゆる知識は中世と同等か、或いはそれより少し歪に進んでいる程度でしかない。
両親共に健常者であり、自閉症スペクトラムに悩まされた末に自殺した兄も、ここにはいない。
いなくとも結局はいじめられる。
わたしはそういう星の下に生まれてしまったのだろうか。
さて。
なぜ今のわたしは商家の娘ではないのか。
それは、わたしが議会騎士の家に嫁いだからだ。
そして、放逐されたからだ。
親は純粋に、この世界の慣わしに忠実であろうとした。
貴族が商家と関係を持とうとしている。
家と家の利害関係。
わたしの、かつての夫は初めこそわたしに良くしてくれたが……。
齢が16を数える時だった。
わたしが初めに産んだ子は、生まれつき目が見えなかった。
大きくなるにつれてそれは顕著に現れ、わたしはその子を処分するよう、夫だった人に言われた。
だけどわたしには、そんな残酷な真似はできなかった。
孤児院に連れて行き、その子にもう二度と会えない事を告げて、わたしは去った。
【↑希望を与えて逃げるとは、随分と残酷な真似をしたものだ】
そして、齢18を数える時。
次に産んだ子は、おそらく脳に異常があった。
大きくなるにつれてそれは顕著に現れ、夫だった人はいよいよ激怒した。
……最初の子を殺さなかった事を、夫だった人は知っていた。
だから、あの人は、子供を、わたしに……。
――わたしに殺させた。
『ごめんなさい。ごめんなさい……』
誰に謝っていたのかも判然としないまま、わたしは殺めた。
そうしなければ、わたしが絞め殺されていたから。
指先の感触、呻き声が、つい先刻の事のように思い出せる。
【↑恨みがましい。産んだのがお前なら、殺すのもお前の責任だ】
その後は、まるで身体が産むのを拒むかのように何度も流産し、ついには子を成す事すら途絶えてしまった。
【↑その貧相な身体と同じく、お前自身の不摂生が招いた結果だ】
夫だった人は、わたしに放蕩癖があると断じた。
辺りに良からぬ噂が広まり、いよいよわたしは家から追い出された。
嫁入り道具も、結婚指輪も、一晩で全て、二束三文で処分された。
痕跡は徹底的に、何もかも消し去られた。
初めから、わたしなどいなかったかのように。
涙に霞む視界の中、数日掛けて親のもとを訪ねたが『おまえは家の名声を貶めた!』と、すげなく締め出された。
学校でいじめられても、彼らなりに励ましてくれたというのに。
【↑何ら疵のない子を産めば誰も傷つけなかった】
放浪の末、わたしはルーセンタール帝国の国教――“軍神教”の教会に入った。
修道女としての仕事は今までの経験とは大きく違っていたけれど、新しい事をするのは好きだ。
利権と私欲の渦巻く世界だとしても、ゆっくりとものを考えるにはいい環境だろうと信じていた。
【↑お前の都合に神も付き合わせるのか】
けど、これも、あまりうまく行ったとはいえなかった。
当時、そこで司教をしていたのは頭の固い老人だった。
子を産み育てる事こそが女の至上目標だという。
女はただ自分達を守ってくれる騎士だけを待ち続ける為に全てを尽くせという。
強姦された人が転がり込めば、翌日の朝の説教にてそれが広められ、彼女らだけが姦淫・誘惑の罪を咎められた。
狭量もここまで来れば喜劇にも見える。
【↑お前が犯されれば良かったのに】
異を唱えようともしたけれど、その都度わたしは飲み込んだ。
唱えた結果どうなったかなんて、前世で充分すぎるくらい味わったから。
【↑臆さず言えば良かったのに】
マクシミリアン・デュセヴェルという男が司教の補佐だった。
彼だけは、わたしの相談相手を買って出てくれた。
そんな彼でも、どことなく焦点のずれた結論が出る事は多かったけど。
【↑ずれているのは、お前だ】
完全に解り合える事など、それこそ全人類の精神を一つに統合しても恐らくありえない。
自分自身の心すら、人は理解できないのだから。
【↑理解できていないのはお前だけだ】
黙れ。
【↑……】
わたしの前を歩いて手を引いてくれる人など、わたしは求めない。
でも、せめて横を歩いてくれる人が、一人でもいてくれたら。
そんな希望は終ぞ叶わなかった。
誰もが殻に閉じこもり、外界に冒されない事を夢見ていた。
強者に付き従えば少なくとも自分達は傷つかなくて済む、と。
……結果としてわたしは、頭の固い世界と決別した。
【↑そして沢山の弱者を、お前は見捨てた。死ねばよかったのに】
わたしは初め、冒険者という職業に抵抗があった。
死にたくないと思った。
【↑もう未練などあるものか。死ね】
嗚呼、だが、もう未練などあるものか。
どうせ報われない第二の生なのだ。
あの女神に『話が違う!』と幾度となく異議を唱えようとした。
それでも声は決して届かないのだ。
だから、往ける所まで征こう。
【↑そして袋小路から二度と出てくるな。死ね】
怪物達を相手取れば次第に力を付けるだろうと、そう考えた。
【↑お前が怪物だ。死ね】
強者の理屈に叛逆する為には、まず自分が強者になれば良いのだと、そう自分に言い聞かせた。
【↑なれるものか。死ね】
だから、わたしは……
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