ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task4 ひとまず様子を見ろ


 俺は、わざわざ村の入口まで出向いてやった。
 後ろからサイアンとロナと紀絵が付いてきているのは……好きなようにさせてやるか。

「ここが……友愛村……!」

 先陣を切って現れたのは、店で見かけた栗色の髪の少年だ。
 のこのこと一人で戦いに・・・・・・来るとは、勇敢ですこと。

「いました! クレフさん……じゃなかった――クレフ、あそこです!」

「そうか、あの人が……わかった! 俺に任せて!」

 ご丁寧に、あの時のお嬢ちゃんまで連れて来やがった。
 それだけじゃなく、知らない女共とギルドで見かけた連中が何人かオマケに引っ付いている。

 ……挨拶も無いとは、寂しいじゃないか。
 仕方のない野郎だ。
 どれ、ここは俺が手本を見せてやるとしようか。


「ごきげんよう、俺だ」

「「「「「……――ッ!」」」」」

 そう怖がるなよ。

 で?
 お前さんを引き立てるオードブルの皆様はどこだい。
 伏兵なんてありきたりなやり方で、この俺様に勝てるとでも?
 それとも、本当に一人でやるつもりかい。

「姫カットだ! ご主人様、ボク、あの子ちょっと気に入ったかも……何色のパンツを穿いてるのかな……」

 勇者の隣にいる、あの黒髪のお嬢ちゃんか。
 いけ好かないツラをしてやがるぜ。

「あんなの喰ったら腹を下すぜ」

 知ったことじゃないがね。
 そんなに気になるなら勝手にめくればいいし、ひん剥いてやりゃあいい。
 この世界の戦場に品性なんざ必要ない。
 だが、その結果に俺は責任を取らない。

 勇者様は、どうかね。
 冷や汗をかいて、随分と気圧されているようにも見えるが。

「なんか失礼かつ非常に危険でアレでナニな会話が聞こえたような気がする……九呂苗くろえちゃん、下がったほうがいいかも」

「は、はい……」

 お気の毒様。
 俺は知らん。
 サイアンが勝手に欲情しただけだぜ。
 ブッ飛ばすなり、持ち帰られるなり、好きにしてくれ。


「――お、おい小僧! いや、神童様! いや、勇者様ッ!! 正直クソ申し訳ございませんでしたァッ!!!」

 どこからともなく出てきたマッチョ君(多分、俺の目を盗んで抜け出したんだろう)は坊やを見かけるなり、一目散にすっ飛んでいった。
 恥も外聞もかなぐり捨てて土下座した後、奴の膝に泣きついている。

 なるほど、そう行くか。
 まあ、悪い手じゃあないだろう。

「あの……も、もう怒ってないから……」

 微笑ましいねえ。
 両手を軽く上げて制する坊やと、マッチョ君を湿度満点の眼差しで眺めるギャラリー共。

「本当ですかい!? 良かった……じゃあオレ、ちょっと街のほうに仲間を呼びに行くんで! あいつには脅されていたし、二度とここには戻りたくない! 冒険者を引退して俺は別の仕事をする! 頑張ってくれ! あばよ~!」

「あ、ちょ! 逃げ足、はっや……!」

 あの木偶の坊は、走って行っても三日は掛かる距離だって事を理解してやがる筈だぜ。
 仲間を呼びに行く名目で逃げたに違いない。


「お前の仲間は一人減ったぞ! もう、馬鹿な事はやめて、一真を解放するんだ!」

 眩しい台詞だねえ!
 何処かで聞いたぜ、そんなお題目。
 サイアンに視線を寄越す。

「ご、ご主人様、あの件はごめんなさい……ボクを、許してくれますか?」

「別に。俺は――」

 と言いかけたが俺様のありがたいお言葉を、遮ってくれた馬鹿野郎共がいた。

「――テキ、ころす! たおせ!」

「「「「ころォォすッ!!」」」」

 緑んぼ共、この間抜けが。
 とっとと村を捨てて逃げりゃいいものを。
 まあ止めないがね、俺は。

 こいつらは、戦いの中で死ぬ事が最高の名誉だと信じている。
 短いサイクルで輪廻を繰り返すんだと。
 そんな信仰を作ったご先祖様も、なかなかのパンク野郎だったに違いない。

 こうなる前に、俺は何度も言った。
 死にたくなけりゃ別に逃げてもいいって話を、俺は何度もした。

 それでも勇者様に立ち向かうなら、もういい。
 さっさと滅びの美学とやらを体現して、有終の美を飾りつつ来世の事でも考えてくれ。

「なんだ、このゴブリン! やけに筋肉質だぞ……!」

「気をつけて下さい、通常の個体よりステータスが上がっています!」

 また“ステータス”か。
 そんなもんを基準にして、頭の使い方を疎かにしちゃいないかい。
 その手の基準なんざどうせ、上がって、上がって、いつかはクソ虫を叩き潰した後の紙切れみたいになる。
 目を通す価値もない、捨て置くだけのものになるというのに。

「くッ……」

「ゲギャギャ! きんにく、つよい!」

「きんにく、かっこいい!」

「プロテイン! おいしい! ニンゲン、まいにちアレたべていた! ずるい!」

「い、意味が解らないよッ!! お前らもっとこう、筋肉を、その、誰かの役に立てるとか、平和的な使い方とかできなかったの!?」

「「「「……? ヘイワって、なんだ?」」」」

 一斉に首を傾げる緑んぼ共。

「ぐあああ話にならないいいいい!」

 そして頭を抱えて膝を突く神童の勇者クレフ君。

 大馬鹿野郎だぜ。
 通じるわけがないだろう。
 言葉が通じてもお前さんの常識と、そいつらの常識は違う。
 醜く小さな存在と見做され、足蹴にされ続けてきた血筋だ。
 生き汚く在り続ける事に、一体どれほどの躊躇いが必要かね。
 温室育ちの人間様とは、そもそもの土台が違うのさ。

「卑怯だぞ、こんな間のとり方をするなんて!」

「勝手に出てきただけさ。早く俺の所まで辿り着いておいで。他の連中同様、お前さんの正義も検証してやる」

「仕方ない……やってやる、やってやるよ! ――爆裂疾風閃エスパダ・テンペーテ!」

 勇者様の周りに花火のような光が飛び回る。
 それは竜巻じみた形を作り、緑んぼ共を弾き飛ばした。
 宴会芸にしちゃあ、ちょいとばかりカネが掛かりすぎるな。
 それにやられる緑んぼ共も、不憫なもんだ。

「ゲギャ!?」

「アチアチアチ!」

 だから俺は助けない。
 ただ、煙の壁を上手く組み立てて高台にして、メガホンで煽るだけだ。

「ほら、死にたくなけりゃ戦え。さもなきゃ逃げな。チャンスはさんざん与えてきた。
 奪った土地を上手く使え。ここは人間様の土地だったんだろ? ほら、やれよ!」

 やはり高い所は落ち着く。
 生前、プールの監視員のアルバイトをしときゃ良かったぜ。

「ゲギャギャ! ソプイナマハモネキ! ジゲワァ!」

「「「ギェギェワァ!!」」」

 気合いを入れた緑んぼ共が、合図と共に勇者様目掛けて走って行く。
 侵略者に立ち向かう住民達と言えば聞こえはいいが、もともとこの村だって人間共を追い出して奪った場所だろう。

 何が正しいのかを決めるのか、俺にその権利は無い……。

「スーさん。手助けは?」

 ロナが高台をよじ登り、俺の膝に座る。

「必要だと思うかい」

 死にたがり共が勝手にくたばる分には、俺が気に病む必要なんざ最初から無いだろうさ。
 ……感傷は肥溜めに。

「まあ、勝手に乱入してきたようなもんですからね……」

 俺は言外に、眼下の乱痴気騒ぎを嘲笑う。
 クソとクソが混じり合うような戦場だ。
 温室育ちの坊やが、女に持て囃されながら、倒される為に生まれてきたような奴らを相手に本気で戦ってやがる。

「てやぁあああッ!! 熱鎖ユグドラシルバースト黄金樹エミュレーション! 行っけぇええええッ!!」

 地面から次々と、金色の鎖が伸びて緑んぼ共を吹き飛ばしていく。
 やれやれ、えげつない真似しやがるぜ。

「皆さん! クレフ様を援護! 魔符を展開!」

「「「はい!」」」

 眼鏡を掛けた皮鎧姿の女が、赤い扇を斜めに振る。
 すると、周りで控えていた女共が鞄から紙束を取り出した。

「スーさん、あれはもしかして、伏兵からの集中砲火とか飽和攻撃のたぐいですかね?」

 だが、浅はか過ぎる。

「防ぎたけりゃ防ぎな」

 赤く四角い光の塊が幾つも飛んでくる。
 俺は両手に煙の槍を纏って、そいつらを平手で一つ一つ叩き返してやった。

「防御障壁用意ッ!!」

「「「はい!」」」

 なるほどね。
 あの眼鏡のメロン女は軍師、坊やは切り込み隊長と。
 ……いや、坊やがこれらの作戦を立案した可能性もある。
 二手三手先を読んだ上で、四手先まで考えの及ばない、あくまでてめぇの人生だけを物差しにする狭い視野。
 結局は、猪武者にも劣る火力頼み。
 阿呆は阿呆らしく、突き抜けちまえば楽なものを。

 獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすと言うが、その後には他でもないこの俺様が控えているんだ。
 少しはペース配分ってもんを考えな、坊や達。


 ロナと紀絵とサイアンは、ふん……俺様が指示でも出せば動いてくれるのかね。
 あまり気乗りはしないし、できればてめぇで判断して好きに動いてくれ。

 あとのナターリヤと一真と猛英は……戦力に数えないでおいてやるか。
 裏から陰謀を巡らせる奴。
 降り掛かる危機を一生懸命凌ごうとする奴。
 それを支えるか、守る奴。

 さあ、好きなようにしてくれ。
 俺様のプランは、無限にある。

 歌うようなみなごろしも!
 眠るような生け捕りも!
 全てが俺の思いのままである事を、教えてやるよ。



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