ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Extend2 戦いの前にヒロイン達とイチャつくのは基本だよね


 クレフ・マージェイト。
 それが、この世界で俺が名乗ってる名前だ。
 年齢は多分前世と同じ、18歳くらい。

 ……つまり、俺は転生者だ。
 前世では、コンクリートの塊が頭上に降ってきて死んだ。
 それはまぁいい。
 今はもう、吹っ切れた。


 この世界に来てからそんなに日は経たないが、レベルはほぼマックス。
 全ステータスは殆どカンスト済みだし、何より俺には最強のチートが一つある。

 ――それは、リアルでポーズ画面にできちゃう事だ。

 その間に装備を変えたり、アイテムを使ったり。
 RPGをやってる時にスタートボタンを押すのと、まったく同じ感覚で。
 おまけに、ポーズ画面での出来事は誰にも感知されない。
 やれる事は限られてるが、便利な能力なのは間違いない。

 こいつで快適なスローライフを過ごしたかったが……そんな事してる場合じゃねえ!

 高校生達が日本から転移してきて。
 みんなして特別な力を手に入れて。
 そのうちの一人……軒田のきた九呂苗くろえが助けを求め。
 そして、俺の所に来た。
 鮮明に思い出せる。

『私の彼氏、一真君が、友愛村という所に連れ去られてしまったんです……』

 うつむいて、涙を堪えて打ち明けた、九呂苗の綺麗な両目を。


 友愛村というのがどういう所なのかは解らない。
 だが、あいつを放置しておくわけには行くかよ。
 ……ダーティ・スー。

 ギルドの人達から話を聞くに、この世界の各地で悪さを働いているそうじゃないか。
 そんなのと“悪魔”とかいう奴が手を組めば、きっと碌でもない事になる。

 何せ悪魔は……俺達の元いた世界――つまり日本に忍び込み。
 一つの学校のクラスを丸ごと異世界に拉致し。
 奴を悪魔だと看破した司祭を殴り倒し。
 そして、悪魔はダーティ・スーに庇護を求めた。

 これで俺がレベル1とかだったらコツコツやらなきゃってなるかもだけど……力を持っちまっただろ。
 やるしかねぇだろ!?

 どうしてダーティ・スーが俺を気絶させて、ハゲのマッチョを引き摺って持って帰ったのかも、気になるしな。

「斥候部隊から得られた情報によれば、ここから東へ三日ほどです。山道はまだ続きます。ひとまず、ここでキャンプをしましょう」

 ベテラン受付嬢フォルメーテさんが、皮鎧に掛かったポニーテールを手でのけながら振り向く。
 眼鏡のフレームが、木漏れ日を鈍く反射させた。

「了解。ありがとう、フォルメーテさん」

 そう、今。
 俺達は、山道を歩いている。
 ギルドの受付嬢フォルメーテさんと、九呂苗と、六人の冒険者で。
 フォルメーテさんは元冒険者で、この辺りの土地勘もある。

 だが、いくら数人で歩いているからといって。
 それを差し引いたって、結構な距離がある。

 どうやってダーティ・スーは移動したんだ?
 普通の手段であれば、遠く離れた場所に一瞬で行けるとは考えられない。
 しかも、大男を抱えて?
 抜け道か何かがあるとしか思えない。

 もしかして:人間大砲テレポーター

「クレフさん。先日お目に掛かりましたスキンヘッドの御仁ですが」

「ん?」

 横合いから、背が小さくて色々とコンパクトな修道女さんがひょこっと現れた。
 青いショートボブが、ふわりと一瞬だけ広がる。
 名前は、エウリア。
 ちなみにサイズについての話をすると怒られるが、そこが可愛いのだ。

「わたしが思うに……彼はきっと、男らしさを見せたくて、あのような振る舞いをしたのではないかと。
 承認欲求の肥大化は、日々の不満に対する裏返しであり、つまりはクレフさんという新入りを踏み台に、自らの価値を証明する事で意中の人――つまりフォルメーテさんに良いところを見せたかったのかもしれませんね。
 フォルメーテさんにとっては、いい迷惑やもしれませんが」

 ……可愛いのだが、独身男性を見るといつもこうらしい。
 今回、伏兵として別方向から合流してくれる剣士のウィルマさんが出発の時そう言ってた。

「踏み台にされるほうも、たまったもんじゃないがな……」

 しかもダーティ・スーが全部うやむやにしていったし。
 他人の筋肉で殴るってどういう事だよ。

「し、失礼しました……やっぱり、許してあげるという選択肢は、ありませんか?」

「今後の、そいつの受け答え次第かな」

「つまり、反省しているかどうか、ですか」

「そ。もし反省していたら懲らしめない」

「……クレフさんは、お優しいのですね」

「そうかな? エウリアのほうが、優しい気がするぞ。俺が考えていなかったあいつについて、しっかり考えているじゃないか」

 頭を軽くぽんぽんする。
 すると、エウリアは目をそらしつつ、口を尖らせた。

「前言撤回ですぅ……それ、あんまり嬉しくないです」

 何のことだか一瞬、わからなかった。
 少ししてエウリアが頭上に置かれた俺の手を指差して、ようやく俺は理解したのだった。
 バッと手を離して、俺は謝る。

「あぁ、ごめんごめん! エウリアが可愛いから、つい!」

「どーせちっちゃくて・・・・・・可愛いとでも言いたいんでしょ。存じ上げておりますとも! どうせわたしなんか――わっ!?」

 エウリアの怒りを鎮めて驚きに変えたのは、フォルメーテさんだった。
 フォルメーテさんは、後ろからエウリアを抱え上げる。

「栄養のある食事を沢山用意しますからね。たっぷり食べて、大きくなりましょう」

 ううん、フォルメーテさんが言うと説得力が違うな。
 何せその現在進行系でエウリアの頭に乗っかっている豊満で柔らかい二つの膨らみは、つまり栄養のある食事で育てたってわけだろ?

「聞けばクレフ様はお料理も嗜んでらっしゃるとか。この子に、美味しい料理を振る舞ってあげませんか?」

 それは単にあなたも食べたいだけじゃないんですか。
 実際どうなんですか、フォルメーテさん。
 あと“様”付けはそろそろ勘弁してください!

「栄養が足りていないわけでは、だっ、断じて!」

 エウリアはフォルメーテさんの拘束を振りほどき、縮こまりながら後ずさりする。
 その仕草ときたら、間違いなく小動物だ。
 実際可愛い。

「あらあら、では睡眠が足りないのかしら」

「うぅ……クロエさん、助けていただけませんか?」

 助けを求められた筈の九呂苗は親指を立てて、ニッコリと微笑んで見せる。

「ふえ? ああ、大丈夫です! ペッタン娘のほうが需要あったりしますよ!」

「あ、はい、そう、ですね……! もう、それでいいです!」

 すまない。
 助けになれなくて、本当にすまない……。
 今この場で立ち尽くしたまま「エウリア可愛いマジ天使」とか思ってて本当にすまない。

「「わっ!?」」

 そしてフォルメーテさんは、エウリアを胸に抱えながら俺の方へ倒れ込んできた。

 ――ふにゃん。

 幸せな柔肌の感触が俺の顔面を襲う。
 この感触は、フォルメーテさんの……!
 あ^~……。


「だ、大丈夫ですか!?」

 なんて、九呂苗がしゃがみこんで様子を見に来る。
 革鎧を着ているとはいえ、ミニスカートとニーソックスの絶対領域と、スカートの隙間から覗くデルタゾーンで悩殺されそう。
 はい。
 大丈夫じゃないです。

「ごめんなさい、私ったら!」

 起き上がるフォルメーテさん。

「うぅ……」

 若干伸びちゃってるエウリア。

 他の仲間達は少し呆気にとられ。
 そして、笑いが徐々に広がる。


 この平和な光景が、いつまでも続けばいいのに。
 俺達が挑むのは、そこらの山賊たちとはワケが違うんだ。
 俺一人で戦えたら良かったんだが、ダーティ・スーは歴戦のベテラン冒険者でも太刀打ちできない相手だという。

 それに加えてあのマッチョのハゲだ。
 あいつがフォルメーテさんに惚れているって話、フォルメーテさん本人も知ってるんだろうなぁ。
 だから、俺が止めてもフォルメーテさんは「秘策があります」と、艶のある唇に人差し指を当てて微笑んだのだ。

 ちなみにその策、俺は教えてもらえなかった。
 ……解せぬ。



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