ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Task2 仕事仲間とも対面させろ
初日のトレーニングは、まあ順調と言ってもいいだろう。
緑んぼ共は既に俺がおとなしくさせたから、当然俺の部下であるマッチョ君の指示にも従った。
トレーニングメニューは、マッチョ君が普段やっている事をみんなでやらせただけだ。
さて、その間にロナと紀絵は他の世界で受けていた軽めの依頼を、綺麗さっぱり片付けてきたらしい。
即席のベンチに、これまた何処で買ったのか解らないブルーシートを被せて、その上に二人で腰掛けてお喋りの真っ最中だ。
「――で、さっきみたいに依頼を片付けると、その世界から消えるわけですよ」
「死んだり、違約金を支払ってリタイアしても世界から離脱するのですわね」
「そうです。でも死んだらある条件をクリアしないとその世界の依頼を二度と受けられなくなっちゃうんで、要注意ですよ。
まぁ……うちのクソご主人様はそんなのお構いなしに自殺しますがね」
「痛くないのでしょうか」
「痛くないらしいです。痛覚遮断っていうスキルがあるらしくて」
「まあ! 魅力的ですわね。スキルはどのように獲得を? 経験値みたいなものがありますの?」
「いや。スキルも、アーカムで購入します。
行動次第では“覚醒”して無料で獲得できるらしいですけど、任意で欲しいものを手っ取り早く習得したけりゃ購入ですね」
ロナを手元に置いといたのは正解だったな。
スナージに嫌な顔をされたら癪だ。
「――……ていうか、スーさんはまた、随分と汚い場所に拠点を作りましたね……」
ロナが嫌そうなツラで辺りを見回してやがる。
対する紀絵は、それほどといった様子だ。
「思わず殺菌消毒機能付きシートを、懐中時計の通販機能で買ってしまわれる程には?」
「そう。ほんのりウンコの香りが……父さんの実家が、こんな場所だったのを思い出して、ちょっと憂鬱になります……」
「それはちょっと……そのような実家には帰りたくありませんわね」
ほのぼのと牧歌的な会話を繰り広げていくロナと紀絵。
対象的に、カズとタケは死にそうなツラをしてやがる。
「タケ……ステータス、見たか? 俺達じゃあ、この人達に絶対勝てないぞ」
「あーもうマジどうしよ、死ぬのかな俺ら……」
こいつらはさっきから何をコソコソとご相談なすっているのやら。
いくら声を潜めても、俺達には筒抜けだぜ。
「えっと、なんで殺す流れになってるんですかね?」
「ええ。些か心外ですわ。わたくしたちが無差別殺人を犯す輩に見えまして?」
ロナも紀絵も不本意だとよ。
腰に手を当ててぶーたれてやがる。
茶髪の坊やは、慌てて両手を振り始めた。
「ウェエエエェッ!? ちょ、いや、なんで!? マジ!? 全部聞こえてた!? うーわマジかよ、殺される……」
「まぁ、安心して下さいよ。あたし達のボスは、ああ見えて不殺主義ですから」
俺は基本的に、生かしていたぶる主義なのさ。
お前さん達みたいなクソガキを殺した所で、酒のツマミにもならないね。
「あの……」
建物から掛け声が聞こえなくなったと思ったら、マッチョ君が遠慮がちにやってきた。
俺とマッチョ君以外の全員が目を剥く。
「「「「うわッ!?」」」」
揃いも揃って、そんなに驚くこた無いだろう。
見ろよ、マッチョ君がしょげかえっちまったぜ。
「うう……居づらい……それはそうとして、ダンナ。今日のノルマ達成しやしたぜ」
「ご苦労さん。お前さんの筋肉は、見るからにそれらしい。
あのクソッタレの緑んぼ共も、新しい発散方法を見つけりゃ少しはおとなしくなるだろう」
なにせ、俺がこの集落を制圧して真っ先に思ったのは「ここには筋肉が足りない!」だったからな。
解りやすい筋肉ダルマってのは、使い方次第で化ける。
だが、いかんせん変なプライドがネックだ。
「ところで、スーさんはもう、この二人の素性について聞いたんですよね?」
「訊く前に、二人で勝手にペラペラくっちゃべってくれたぜ」
「あー……想像しやすいですね。チャラ男は口軽そうだし」
だろうね。
そして、この筋肉ベイビーちゃんも。
「しかもホモっていうのがなァ……」
余計な事を抜かしやがる。
「は!? ホモって言うんじゃねぇよ、ハゲ!」
「あァ!? ぶっ殺すぞ!」
「怖くねーし。それ脅してるつもりかよ?」
口と頭が軽いと、こういう事になる。
風の一吹きで木の葉のように。
まったく、涙が出るね!
「ガキの喧嘩が始まりましたよ……おい、正座だよ。さっさと聞かせてもらえませんかね」
ロナは二人のケツにローキックをかまし、地面を指差す。
今ここで一番やりたくない事を他人にやらせるとは、お前さんも悪いことを考えるね。
「「はい……」」
―― ―― ――
俺はもう知っている内容だったから、これといって驚かされる事も無い。
他に行ける場所なんざ幾らでもあるだろうに、わざわざここを選んだ奴らだ。
ただの無鉄砲な間抜けじゃなけりゃ、間違いなく訳アリだろう。
他に考えられん。
「なんという事ですの……その、えっと……男同士というだけで、悪魔呼ばわりだなんて」
紀絵は目を伏せて、言葉を選びつつも嘆いた。
悲しいかな、お前さんの故郷だって同じだっただろう。
悪魔とまでは行かなくとも、窓の外の蛾くらいには思うに違いない。
だが、それはあくまで日本ではの話さ。
それを差し引いたって、価値観という毒にいつか殺される。
(生前、俺が見殺しにしちまった連中のように……)
まして、それをそのまま、この世界でも続ければどうなる。
まして、何かしら理由を付けて祭りの主催者になりたい奴なら、こんな格好のワイドショーネタを見逃さない筈がない。
不本意だろうがなんだろうが、奴らにとってこいつらは悪魔でしかない。
――そうだろう、お調子者。
この世界の宗教とやらが忌々しくも正しく機能しているなら、こいつらはまさしく異物さ。
俺様という曖昧な後ろ盾が消えれば、魔女狩りやら異端審問やらで、悪魔じゃなけりゃあ、そうだな。
風に吹かれて崩れる、塩の柱だ。
気掛かりな事と言えば、サッカー少年の一真はその範疇に入っていないって事だ。
猛英だけが悪魔呼ばわりされている。
世間様の筋書きじゃあ、悪魔の猛英が一真を誑かした事になっている。
「濡れ衣といい、紀絵さんにはかなり身近な話ですよね」
「ええ、そうですわね……」
その通り。
そして、死んだ奴がいる。
顔のない善意の大衆が寄ってたかってつばを吐きかけて、その怒りの中で紀絵は死んだ。
「あら? そういえば、ロナさんは同性愛が苦手ではなくて? えっと、以前話してらっしゃった、あの子」
「……あー。サイアンの事を言っているなら、あれは、あいつ限定の話ですね。今にして思えば。
あたしにだって好みはありますし。っていうか、男だろうが女だろうが、人間そのものが嫌いですし。
汚くて、しがらみだらけで、矛盾を認めようともしなくて……」
そうだな、ロナ。
お前さんの言葉には同意できる。
だが、それは置いとけよ。
憎しみ、絶望、恨み節。
それは軽々しく口にすべきじゃないのさ。
殴りたいやつを殴る時にこそ、それは輝くべきだ。
胸の内側に滴り落ちるそれを、利き腕に巻きつけて。
「なんですか、スーさん。口元に人差し指なんて立てて」
「今の話、博愛主義のカミサマが聞き耳を立てていたら、悪い冗談みたいな奇跡を起こしてくれるだろうと思ってね」
「「「「奇跡……?」」」」
お嬢様だけでなく、二人組もベイビーちゃんもピンと来ないらしい。
ただ、ロナだけが眉間の皺を深くしていた。
「……あー。じゃあ、あいつの話はこの辺にしておきますか」
「ロナさん、今のはどういった意味でしたの?」
「したほうがいいですかね、説明……」
それくらい、てめぇで考えさせてもいいと思うがね。
ロナ、俺に目で訴えるのをやめやがれ。
「そーだそーだ、オレにも説明してくれ」
ベイビーちゃんまで興味津々だ。
だから、ロナ。
俺に目で訴えるのをやめやがれ。
やめなきゃ、俺も目で訴えてやろう。
「……」
「……」
やるなら、勝手にやってくれ。
という切なる願いが通じたのか、ロナはぷいと顔を背けて他の連中に向き直った。
「会いたくない奴の陰口を叩くと、近いうちに会うことになるって話ですよ」
「そうとも。だから、お前さん達を陥れた奴らの陰口も叩くべきじゃない。
――と、言っても誰にハメられたのかも解らないまま、ここに来たに違いない。そうだろう? 一真君、猛英君」
「どうして……」
「口の軽い奴が、それを口にしないというのは、とどのつまり知らないって事さ」
だが、これは黙っておこうかね。
俺の予感が的中するなら、そいつらは近いうちにやってくる。
鉢合わせした時の、みんなのツラを拝んでやるのもまた一興って奴だぜ。
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