ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task10 社長殿に挨拶しろ


 紀絵の背中は快適そのものだ。
 多少は揺れるが、大した問題じゃない。

 ウィザーズタワーソフトウェア本社ビルに辿り着くまでに、高速道路を使わせてもらった。
 この世の全ての生き物は、初体験ってもんにすこぶる弱い。
 高速道路を妖怪が猛スピードで走っているなんて報告を、誰が信じる?
 新手のゲリラ的なプロモーションか何かだと勘違いするのがオチさ。

 全てを把握した上で追いかけてくるのは、るきなと紗綾、オマケのクラサスだけだ。
 その三人にしたって、気配を消したロナが物陰から丸鋸を投げて邪魔しているせいで、俺達との距離は随分と開いている。

「せんせぇ……だいすき……私を、燃やして……」

「お前さんの事だ。さぞかし赤くて、綺麗な火が灯るんだろう」

 なにせ、サソリの火だからね。
 だが俺は、どちらかといえばオリオンを殺したあのサソリ座がいい。
 全ての獣を殺し尽くすと嘯いた、天下の大ボラ吹きをただの一突きで殺した、あのサソリ座が。

「褒められた……なんで?」

 それは、俺がお前さんを気に入っているからさ。
 ロナの次くらいには。
 いずれは、ロナと同じくらいに気に入るだろう。

 遠くで派手な爆発がおきる。
 見れば、タンクローリーがキャンプファイヤーになっていた。
 ロナの奴、やりやがったな。

『ドライバーに確認したかい、保険で賄いきれるか』

『金塊掴ませて放り投げてやりましたよ。じゃ、あとよろしく』



 ―― ―― ――



 本社エントランス、そしてロビーを通過。
 ズドン!
 ビームがドアを溶かして、俺達は突っ切る。

「警備は何してる!?」
「ここ日本だよ! デトロイトじゃあるまいし!」
「無理、無理! 逃げよう!」

 普通はそういうもんだ。
 突然、強盗がやってきたとして、警備会社に連絡してから到着までに少なく見積もって10分から15分は掛かる。
 銀行とか、ましてや王様のお城とかじゃあないんだ。
 屈強なガードマンが常駐しているわけがない。

 非常階段をブチ壊し、突き破る。
 逃げ惑う社員共と何十人もすれ違ったが、手出しは敢えてしなかった。
 紀絵を抑えるのには苦労したがね。

「お前さんは、あんなポストに収まるような器じゃないだろ。夢はでっかく、社長を狙おうぜ」

「うん!」

 そこいらの三流テロリストとは違うんだ。
 虐殺なんざ、下品な真似さ。
 そこらの迷惑掛けるだけのクソ野郎共と一緒にされちゃあ困るし、世間様が俺達をそのように見做す言い訳を作ってやる理由も無い。
 紀絵を殺した会社の責任者に、鬱憤をぶち撒けてやるのが一番だ。

 そうする事で、他のどの方法よりも多くの連中が俺達を記憶する。
 呪いをそっくりお返しする、恐怖の象徴として。

 皮肉なもんだ!
 殺しもせずにテロリストの本来の意味を成し遂げるとは!
 この国の判官贔屓はどこまで機能するかな?
 それを確かめられないのは残念だが、別にいい。

 そもそも“判官贔屓”という言葉の意味すら知らない奴ばかりだろう。
 実際、クソッタレ断罪少女アルカちゃんを止める奴が誰一人いなかった。
 それが、この世界の限界だったのさ。
 だったら未練を持つ必要は無い。



 ――待望の憂さ晴らしタイムだ!
 到着、社長室!

 学校の教室程度の広さで、奥には大きな窓。
 そこの手前に立派な木造デスク。
 部屋の中心にはテーブルとソファがある。
 壁は白塗りで、蛍光灯が煌々と照らしている。

 果たして社長殿は、逃げる準備を進めていた。
 だが俺達を見るなり、手を止めた。


「ごきげんよう、俺達・・だ」

 何故なら、俺が銃を構えているからだ。
 そして紀絵の顔をした化け物が、部屋を突き破ってきたからでもある。

「しゃちょお。みつけた!」

 ややあって、社長殿は口を開く。

「加賀屋君……わ、私は、君をあまりにも軽んじていた……」

「しゃちょお……社長。わたし、私、許せなかったんです。誰も、私を守ってくれなかった。“違う”とか“無実”とか、誰も言ってくれなかった」

 途中で何度か頭を振りながらも、紀絵は言葉を絞り出す。
 タガが外れると厄介だねえ。
 酔っぱらいってのは、いつもそうだ。

 社長さんよ、悪いが少しばかり付き合ってもらうぜ。
 紀絵の奴はお前さんの言い分を聞かせて欲しいそうだ。

「謝って済む問題でない事は理解している。我が社の管理体制に問題があった。君に、あのような事情があったのを、今更になって――」

「――私が死んだこと、ニュースにはなりましたか?」

「……! いや、それは、テレビでは報道されなかった、君が懲戒免職になってからだし、ソフトの売り上げに影響が出てしまっては困ると思って……社の利益を優先するあまり……」

 言い訳を前もって用意しておくべきだったね。
 しどろもどろに答えたら「今まですっかり忘れていた」と言っているようなもんだ。

 その結果がこれだ。
 ほら、だから土下座するしかないのさ。
 溜め込んでいた誠意を、大放出しろよ。

「すまなかった!」

「……アッハッ! うひ、ひひひ! せんせぇ! こいつ、あやまったのに、化け物、ならない! なんで? なんで?」

「さあね。どうする? その野郎をぶっ殺すのかい」

「お腹すいた……食べても、いいよね?」


 決断を下す暇もなく、窓ガラスがぶち破られる。
 飛び込んできたのは紗綾と、るきなだ。

「そこまでですわ!」

「紀絵さん! 助けに来たよ……もう、やめよう? こんなの、ただの八つ当たりにしかならないよ……」

「う、うう……るきな、紗綾……」

「戻ろう? 元の、優しくて、面白い紀絵さんに戻ろうよ」

 るきなは、そう言って紀絵を抱きしめる。
 だが、簡単にコトが運ぶわけがない。

「たの、むよ、わたしの、好きに、させ、て……!」

「――!」

 だから、るきなは放り投げられた。
 ハサミで真っ二つにしなかったのは、紀絵の精一杯の慈悲だろう。

「紀絵、さん……!」

「汚染が深刻化している以上、この世界では元の姿には戻れない」

 オマケでクラサスもおいでなすった。
 ご丁寧に、解説まで添えて。
 言わなくても理解できるだろう。
 るきなの奴は、信じたくないだけさ。
 紀絵が最初に死んだ・・・・・・その時から、もう後戻りなんざできねぇって事を。

「殺すしか、ないって事……?」

「……ああ」

「嘘だ、そんなの!」

「彼女は既に一度死んでいる。もう一度死ぬだけだ」

「簡単に言ってくれるけど、それがどんなに辛い事か解ってる!?」

「だが、死は普遍的な取引だ。彼女が望めば――」

「――何を、この、冷血漢!」

 胸ぐら掴んじまって、クールじゃねぇな。
 そろそろ、くどいぜ。
 ――ズドン!

「俺達を差し置いて、呑気に井戸端会議か? 駄目だろう。集中力が足りないぜ」

 ロナも追いついてきたのか、奴らの死角から顔を覗かせていた。
 もちろん俺は、そっちには目を向けない。
 流石にクラサスの野郎は気付いているだろうがね。

『どうせ成仏させる前に掻っ攫ってモノ・・にしちゃうんでしょ』

『ああ、お前さんとお揃いだ』

『同情するね。可哀想に……早いところ憂さ晴らしを済ませて、こんな世界とはお別れしちゃいましょう。加勢は?』

『紀絵とサシでデートをしたい』

『はいはい。じゃ、あたしは保険に徹しますね』

 さて、ショータイムというには、泥臭すぎるが。
 先に攻撃を仕掛けたのは、るきなだ。

「お願いだから、元に戻って! これ以上の過ちを犯す必要なんて無い!
 世界は、あなたが思っているほど、悪意に満ち溢れてなんかないよ!」

 叫び声混じりの攻撃は、どことなく遠慮がちだ。
 化け物になった奴と戦った事が無いらしい。

「善意が人を殺す事のほうが多い。悪意よりも、ずっとね」

 だから戦争を一概に悪と決め付ける“善意”も、お仕着せがましいったら無いぜ。
 俺は、人の善意なんざ信じない。
 そんなもんより、利害関係のほうがよっぽど現実的だ。

「黙れ! そんなの解ってる! あんたが、しっかりしていれば……!」

「るきな……ごめんね……私が……」

「違うッ!! 紀絵さんは、悪くないもん……私、ううッ!?」

 紀絵は、またしてもハサミで払いのける。
 そして今度は尻尾を振り回した。

「お願い、どこかへ、行って……」

「目を……覚ましてよ……!」

「危ない!」

 あわや尻尾で串刺しか、と思われたタイミングで紗綾がるきなを突き飛ばす。
 紗綾は杖で尻尾の先端を受け止めていた。
 紀絵が動かしていた頃に比べりゃ動きは鈍いが、ガッツは負けないって?

「紀絵お姉様! どんな形になろうとも、わたくしは、あなたに恩返しをしたい!」

「……」

「わたくしは臥龍寺家の家訓に縛られ、るきなさんに手を出した……お姉様は、その運命に抗って、切り開いてくださいました!」

「でも、私、スー先生を悪者にしたよ? 嘘に嘘を重ねる為に」

「けれどもそれは、わたくしを救って下さる為に、必死に考えて下さったのでしょう?」

「そんなこと、ないよ。私自身が助かる為だよ」

「う……」

 紀絵の返しに、紗綾は言いよどんだ。
 それで、どこで覚えたのか念話を飛ばしてくる。

『ごめんなさい……わたくしでは、どう返して良いものか。先生……わたくしを上手く、お使い下さいまし』

 ……そいつはどうも、茶番を盛り上げてくれてありがとう。
 なら、お礼はコレだ。

 ズドン!

「あうぅ!」

 銃弾は、紗綾の右肩を貫いた。
 普通のガキなら今のでショック死だが、魔法少女は流石に頑丈だ。
 もう少し耐えておけよ。
 お前さんに死なれたら、俺も気分が悪い。
 もっとも、そんな遠慮をするのは俺だけでいいがね。

「殺すつもりで掛かって来いよ。俺の真似をできるほど、お前さん達は器用じゃないだろう」

「ダーティ・スー、あんたはァアアアアッ!!」

 オー、よく響く歌声ですこと。
 そこらのカナリアより、よっぽど。
 だが、動きが直線的すぎる。

「今のお前さんの煮えたぎったオツムなら、スパゲッティも茹でられそうだ」

 冷静になれよ、るきな。
 ベテランなら、ベテランの貫禄を見せてみな。
 どうせ茶番なんだ。



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