ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task9 紀絵をデートに誘え


 こりゃ圧巻だ。
 紀絵が、デカいサソリみたいになっちまってやがる。

 上半身はほぼ人の形を保っちゃいるが、両手はハサミになっているし、腕は新しく四本生えてきている。
 目ン玉も、デコに二つ、耳の横に二つ。
 口はほっぺたまで裂けて、滅茶苦茶な牙が不揃いに生えてやがる。
 下半身は完全にサソリみたいな形だ。

 こんな姿になっちまったのは流石に想定外だが、それはそれでいい。
 狼藉を働く相手は、俺が決めてやればいいのさ。
 人の姿を捨ててまで怨念に焦がれるというのは、それだけ憎い相手がいるって事だからな。

 この世界には全ての暴力・・・・・が揃っている・・・・・・
 適度に暴れまわれば、後はバラエティ番組が勝手に特集を組んでくれるだろうよ。

「スー先生!」

「ダーティ・スー君」

 お嬢様はどっかのビルからパラソルで降りてきた。
 クラサスはカラスの群れを魔法の絨毯みたいにしてやってきた。
 また随分とバラエティに富んだエントリーで。

「やっとお目覚めとは、世話の焼けるお嬢様だぜ」

「由々しき事態だ。どうやら概念汚染は私の検知できる範囲外で秘密裏に進行していたようだ……」

「何か問題でも? 恨みつらみを抱いてくたばった奴は、心に火種を持っている。ガソリンをバラ撒きゃよく燃える」

「エスキアドス世界におけるフリガベール戦役か……」

「エス……なんだって?」

 唐突に固有名詞を出すのが、こいつの悪い癖だ。
 なんて口にしようものなら、ロナ辺りに何を言われるか解ったもんじゃないね!

「ヒイロ・アカシの世界のその後だよ。あの王国は怒れる民衆によって滅びた」

「そりゃ良かった。理不尽へのカウンターはしっかり機能していたって事さ」

「……ていうか、ヒイロさんはなんで来なかったんでしょうね。これも復讐なら、来てもいいと思うんですが」

 ロナ……クラサス先生の前で問いかけは自殺行為だぜ。
 死ぬほど退屈な授業が始まる。
 図で説明すりゃ済む話を、最高のタイミングで長話にしてくれやがる。

「推察するに、ノリエの魂は一度記憶を取り戻しかけた時に強烈なストレスによって、その記憶を切り離してアルカという新たな人格を生み出した。
 つまり防御反応に起因する解離性同一性障害……もう少し古い言い方をすれば多重人格となり、それが分離したのではないか」

 ほら、まどろっこしい。
 もっと簡単に説明すれば、こうだ。

「紗綾の中にいた時に紀絵からアルカが生えて、俺に依頼を出してからアルカを削ぎ落とした。
 で、紗綾がオネンネ。紀絵はまた綺麗さっぱり忘れた」

「そしてアルカを倒して魂が統合された結果、記憶は再び戻った。
 またあの概念汚染は自責の念が引き金なり、加速度的に進行するように……こればかりは想定外だ……私の知る限りでは前例が無い」

「で? 真犯人、見つかりました?」

 ロナの容赦無い追求に、クラサスは俯いた。

「真犯人……それは、もうこの世界を離れたようだ。足取りは、掴めなかった」

「物知りなクラサスさんでも予想が付かないなら、あたしじゃお手上げですよ」

「あの生中継を見りゃ、こうなる事はだいたい想像が付く」

 概念の汚染だのというが、要するに薄気味悪い呪いみたいなもんさ。
 てめぇの罪を認めた時、そのスイッチが入る。
 そうして化け物としてのてめぇ自身を認める事になる。
 紀絵も、例外じゃなかった。

「せん、せぇ……わたし……」

「気をしっかり持てよ。お前さんのお友達が悲しむぜ」

 紀絵の頭を撫でてやる。
 俺が親指で指し示したのは、るきなと紗綾だ。

「ああああ! あああ!」

「紀絵さん、わたくしが解りますか!?」

「見ないで……お願い、見ないで!」

 可哀想な紀絵。
 ハサミで顔を隠しながら、金切り声なんざあげちまって。

『見てられませんね、まったく。で? どうします?』

『お前さんは今回、裏方だ』

『……だろうと思いましたよ。まぁ、足手まといにはならないように気をつけます』

『お前さんを足手まといと思った事があったかね。記憶に無い。一人のほうが気楽と思った事はあったが、今はお前さんも大事な――』

『――黙れよ白々しい。今度、紀絵さんも交えて3Pな』

 まあ、考えとくよ。
 縄は用意しておくべきかね。
 実はロナのリクエストで勉強しておいたんだが。

 ……それは置いとくかね。
 さて、るきなが膝を折って崩れちまった。
 アスファルトに、水滴が落ちる。

「私は結局、誰も助けられない……手を差し伸べて、立ち上がる手伝いもできない……全部ウソだったなんて……」

「るきなさん……落ち着いて下さい……!」

 それを屈んで揺さぶる紗綾も、ちょっと危ない状況らしい。
 落ち着くのはお前さんも同じだぜ。

 俺は手を差し伸べるわけにはいかないんだ。
 俺の役割ロールが嘘になる。

「私達、ゲームのキャラクターだったんだよ? 今まで元の世界でやってきた事は、結局、シナリオの中での出来事だったんだよ……?」

 おいおい。
 本気で言っているのかい。
 世話が焼けるぜ。
 どうしてもルール違反をさせたいらしいな。

『紗綾。今から一芝居打つ。紀絵は頂いていく。お前さんは、俺の側・・・には付くな』

 釘は刺した。
 頼んだぜ、大先生。
 あいにく正攻法は性に合わないんでね。

「俺がお前さん達の立場なら、俺は信じたいものだけを信じる。誰に言われようとね。
 だいたい、馬鹿らしい話だろう。シナリオ・・・・だの運命・・だの、そこにお前さん達の意志はこれっぽっちも無かったのかい」

 だから俺は後悔しているし、胸の奥底にある古傷はいつだって俺を責め立てる。
 それがあるからこそ、俺は外から幾らでも好き放題に言える。

「……」

「てめぇでやりたいようにやれよ。俺はそうさせてもらう。前回同様、今回も」

「スー……あんた、次は一体、何をするつもり? 今回だって、はじめから紀絵さんの無実を証明すれば良かったのに、無駄なことをして!」

「無実を証明? 俺に課せられたタスクは“最凶の悪役”だぜ。そんな感動的な終わり方を、よりにもよって、この俺様が!?
 お前さん、魔法を封じられて眠気にやられちまったのかい? ふは、ふははははは! こりゃ傑作だ! 眠り姫が四人に増えちまった! ははは!」

「この、下衆げすが……!」

 いいぜ、るきな。
 そのツラだ。
 訝しみ、疑い、そして怒れよ。
 正義の味方ってのは、そういうもんだ。

「歪みがどうとかは知らんが、紀絵も一度くたばったんだ。この世界について後先を考える必要はあるかい」

「敵対宣言と見做すがよろしいかね」

 クラサスの野郎、今俺はるきなと話をしているんだ。
 まあいい。
 大人の対応を心掛けようじゃないか。

「予想はしていただろ」

「元より期待はしていなかった」

「だいたい、るきなと話しているのに口出しするもんじゃないぜ。風情ってもんを少しは理解しやがれ」

 俺はこの一瞬で、煙の壁をハンマーみたいに変えて、ワゴン車くらいの大きさにしてみた。
 そいつを無粋なクラサスの野郎にぶつけてやる。

「ぐおぉ!?」

 いい気味だぜ。
 インテリ稼業も結構だが、たまには荒事も嗜んでおけよ。


「……さて。お前さん達はもう、魔法が使える筈だぜ」

 俺の言葉に反応した二人は、変身した。
 るきなはピンクを基調としたフリフリドレスに。
 紗綾はゴシックロリータの上から鎧に。

「……」

「ええ」

 上出来だぜ。
 それでこそ、俺は遠慮なくやれる。

「るきなさん。わたくしはかつて、運命には抗えないと思っていた。臥龍寺家の為に動く事が全てだと思っていた。
 けれど、そうでない事を紀絵お姉様は教えてくれた。あの人は、わたくしを助けてくれた」

「うん……」

「今度はわたくしが、あの人を助けたい。だからそうする。よろしいですこと?」

「……今は、それにすがりついて動くよ」

 正義の味方っていうのは、泣かせる茶番を挟んでなんぼの業界だろうよ。
 まあ、俺はそれを正面から叩き潰すのが仕事さ。

「相談事は済ませたかい。だったら最善を尽くしてみやがれ。俺は最悪で在り続ける」

 少なくとも、この世界では。
 奴らを尻目に、俺は紀絵に歩み寄る。

「さあ、紀絵。待望のデートだ。二人きりで楽しもうぜ」

「……うん」

 紀絵の背中は柔らかい。
 俺はその背骨を痛めないよう気をつけつつ、あぐらをかいた。
 そして、頭を撫でてやる。

「ウィザーズタワーの本社に案内してくれ。たっぷり暴れて、憂さ晴らしをしたいんだが、どうかね」

「うさばらし、好き! うさうさばらばらばらばらし!」

 そうとも。
 復讐、報復なんて御大層なお題目に隠れちゃいるが、本質は一つだけなのさ。
 つまるところは、単なる憂さ晴らしでしかない。

 ダーウィン先生は英雄だね。
 俺達はいつでも、てめぇらがサルの一種にすぎないって事を自覚できる。
 どんなに勿体ぶった理屈を取り繕ったって、人も獣も同じさ。



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