ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Extend3 害虫への目覚め
――カチッ、カチッ、カチッ。
……弾切れだ。
私の目の前には、死体が横たわっている。
処刑少女パニッシュ★アルカ……網走或華。
それが世間を騒がせた謎の魔法少女の、本当の名前。
いくらトリガーを引いても、弾は出ない。
「処刑完了だ。もういいだろう」
――カチッ、カチッ、カチッ。
「……やれやれ」
銃を取り上げられて、腕を掴まれる。
ああ、なんてことだろう。
こんな事になるなんて思ってもいなかった。
この子を撃ち殺す直前、私は全てを思い出していた。
惨たらしく殺された続ヶ丘さんは、シナリオ変更のために私に指示を出した。
そこでまず二割。
祭りの会場、特設ブース。
見知った顔。
……累計五割。
最後に残りの五割はモニターを見て。
何もかも、ダーティ・スー先生が探偵に調べさせていた情報と一緒だ。
私は、ずっと無実を主張してきた。
だけど、私を責め立てる人達は、私が反論するたびに、もっと苛烈になった。
既に罪を裁かれていた人達に、私も参列する事になっていた。
不倫騒動の政治家、はっきりしない発表をした研究者、私もその同類になっていた。
『疑われるような事をしたのが悪い』
『どうせ嘘だ』
『女だからって騙せると思ったのか』
心無い言葉は、私を蝕んでいった。
友人なんていなかった。
みんな私を見捨てた。
誰も助けてなんてくれなかった。
いや、違う?
違わない。
そうだ。
そうとも。
私の作業スピードが遅すぎた。
シナリオ変更を予想していなかった私が浅はかだった。
この会社に入ったのが間違いだった。
絵を描く仕事をしていながら、こうなる覚悟をしていなかった私が悪かった。
この程度で諦める私が弱かった。
疑われる私がいけなかったんだ。
『そうだよ。お前はあのダーティ・スーの嘘に甘えた。嘘に加担した』
私は悪い奴だ。
裁かれなきゃいけないんだ。
『そんな奴が、必死に無実を訴えた所で、信じてもらえる筈が無いだろ?』
悪いやつは。
さばかれなきゃ。
ころさなきゃ。
『嘘つき。馬鹿女。よくも私を殺したな。人殺し。私はお前の一部だった。お前が私をこの世界に残していったんだろ?』
たくさんたくさんいためつけて。
ないてあやまってもゆるさない。
『罪を償え。私の代わりに悪人を裁け。今更もう、何人殺しても、同じだよ』
なぐって、けって、ころしていいんだ。
ソレコソガ、正義ナノダカラ。
……。
『貴女の怒りは正当よ。貴女が望むなら、私が力を貸してあげる』
――だからあの声に、私は応じた。
「っは、あは、アハァハハハ……」
おかしくて仕方がない。
アルカを生み出したのは、他でもなく私自身だ。
私の封じられていた記憶を切り離して、それを具現化したのがアレだった。
……つまり、元凶は私だった。
やっぱり私は、迷惑な害虫だ。
いや、毒蟲なのかもしれない。
人の生命を、安全を脅かす、グロテスクな毒蟲。
「紀絵さん? ねえ、大丈夫!? 紀絵さん!」
「残念ながら、大丈夫じゃなさそうですよ」
景色が飛ぶ。
気が付けば、私は私を掴む誰かから離れて、アルカの近くにいた。
ああ、憎くて、苦しい。
苦くて、甘い。
おいで。
おいで、本当の私。
ああ、アルカ。
ごめんね、アルカ。
美味しいよ、アルカ。
「んぐ、じゅる、つぷ……」
アスファルトを赤く染め上げた鮮血も!
不幸にも飛び出てしまった脳漿も!
無味乾燥な皮膚も脂肪も!
筋張った筋肉も!
内臓も!
美味しい!
私は、私自身を食べる!
「おえっ……ちょっと、何やってんですか」
「紀絵、拾い食いは腹を下すぜ。それが大事なのは解るが、保存方法は他にもある」
「邪魔、しないで」
掴んで、放り投げた。
どうして?
先生、こんなに軽い?
どうして?
先生、私の邪魔する?
「紀絵さん! 目を覚まして下さい!」
目は覚めたよ……。
もう、曖昧な夢から醒めてしまったんだよ。
「もう、ほっといて……私が、私が悪いの、私がいけなかったの、私が全てを初めてしまった、私が全てを壊してしまった、私が何もかもを奪ってしまった、私が、私が、私がッ!!」
頭が痛い。
割れそうだ。
視界が幾つも、ヒビ割れた窓のように分割されて。
ああ、気が狂ってしまう。
私が私という輪郭を何もかも汚染して潰し合っている!
私?
――わたしって、なんだ?
お腹から腕が生えて、元々あった腕は、手首から先がハサミみたいになった。
私はきっとサソリになってしまったのだろう。
尻尾の毒針を見てしまった。
ああ、悪い夢だ!
こんなの悪い夢にきまっている!
夢なら何をしてもいいの?
そう!
これは夢!
私の邪魔をする奴はみんな殺して喰ってしまおう。
だってこの夢では、僕らはサソリなのだから。
「せん、せぇ……わたし……」
憎い。
愛しくて、滅茶苦茶に壊したくて、嬉しくて、粉々に叩き潰したくて、楽しくて、ズタズタに切り裂きたくて、恋しくて。
「気をしっかり持てよ。お前さんのお友達が悲しむぜ」
先生が指し示したその先にいるのは。
紗綾?
紗綾どうして?
どうしてそこに?
やめろよ、見るな私を私を私を見るな見るな見るな見るな。
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