ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task2 加賀屋紀絵と買い物に行け

 るきなは逃げられないって事実を受け入れたのか、それとも紀絵の目玉にゃ人に「イエス」と言わす力でもあるのか。
 とにかく俺達はビジネスホテルへと案内された。

 もちろん、公園のトイレの個室に座らされていた紗綾も連れて。
 鍵を開けるのに随分と苦労したらしく、俺とロナ、紀絵の三人はちょいと待たされた。
 紗綾はどうやって運んだかっていうと、俺が背負った。


 紀絵は紗綾の登場に随分と目を丸くしてやがったが、それはいい。

 フロントの受け付けが妙なツラをしやがった。
 まあそこは夏休み中の部活動で疲れたって事で納得してもらったがね。

「私、疑問なんだけど。紀絵さん、なんでビジネスホテルに?」

「お仕事の都合で!」

「何のお仕事を?」

「秘密だよ~」

 何せ加賀屋紀絵は亡霊だ。
 家はとっくに取り壊しになっているだろう。
 そんな事情は、るきなが知る筈もない。


 エレベーターで5階に上がって、最奥の512号室へ。
 もちろん日本の常識に従って、靴は脱ぐ。

 部屋の大きさはシケたワンルーム程度だが、最低限のものは揃っていた。
 ベッドが二つ、テーブル、エアコン、テレビにノートパソコン、冷蔵庫。
 紀絵は冷蔵庫を開けて中身を見る。
 ほんの少しして、眉根を下げながら振り向いた。

「ごめんなさい。そういや冷蔵庫の中、空っぽでした」

 ロナは靴を脱ぎながら、胸元を扇ぐ。
 何せ外は、夜とはいえ少し暑かった。

「参りましたね。シャワー借りれます?」

 というロナの言葉に、るきなが眉をひそめる。

「お人形さんのくせに贅沢だね」

「あたし、なるべく人間らしく振る舞うように躾けられてるから」

「へぇ……」

 そう疑ってやるなよ、るきな。
 大人になるって事はつまり、嘘を嘘と知っていながらシラを切り通せるようになるって事だぜ。
 それができなきゃガキのままさ。

 懐中時計が示す時刻は深夜の11時。
 1階のレストランは軒並み閉まっていた。

「ちょっくらコンビニ行ってくる。ロナ、留守番頼んだぜ」

「おい、マジですか」

「じゃあお前さんは、この近くのコンビニが解るのかい」

「……いってらっしゃ~い。紀絵さん、そのクソ野郎を頼みました。あたしは留守番、それと監視も?」

 ロナがるきなを指差す。
 るきなは思い切り顔をしかめて、ロナを横目で見る。

「しくじったら今月の給料は俺の酒代に消えると思えよ」

「あらまあ素敵。あたしは大きな木の下でマッチを擦ってボヤでも起こせばいいんですかね?
 “相手が金持ちなら他は妥協してでもさっさと元カレとより戻して結婚しろ”と急かしてきたババアのアホ面を思い浮かべながら」

 そりゃまたお気の毒で。
 ゴミ箱から残飯を漁るほうがまだマシだぜ。

「カボチャの馬車を待ちながら毎日の食事に灰を混ぜてもいいんだぜ。もっとも、舞踏会で出会うのは王子様じゃなくて、強盗だろうがね」

「うるせえ。陰毛燃やされてパイパンマンにされてぇか」

 そもそも給料じゃなく報酬で、それも個別に支払われるって話を、俺達はしなかった。
 する意味が無い。
 紀絵は、紗綾があの時・・・・・・そうしたように・・・・・・・口に手を当てて笑う。

「うひひ、相変わらず仲良しみたいですね。ロナちゃん、どこまで行った? Cまで?」

「そこ訊きますか」

「多分Eまでだろう」

「本人の前で惚気話はやめてくれませんかね」

「……本当にクローン? まるで長いこと一緒にいるように見えるけど」

 ようやくお気づきかね、早草るきな!
 お前さんの疑問は御尤もだぜ!

「手品の種はいつだって近くにあっても気付けない所にあるもんさ」



 ―― ―― ――



 そして、俺と紀絵だけでコンビニへ。
 買い物は何ら問題なく済ませた。
 菓子パン、スナック、適当な生活用品。
 それと水も買っておいたが、飲む以外じゃ使わないだろう。

 エレベーターを待つ。
 ついでに紀絵の情報を集めるとしようかね。

「お前さんはどうして今になって、この世界へ戻ってきた?」

「よく、覚えてないんです。ふと目が覚めたら自分のアパートの跡地に、ぽつんと立っていて」

「気が付きゃ分裂した、と」

「はい。まさか、るきなちゃんと紗綾までこっちに来てたなんて」

「依頼を出したのはお前さんかい。紗綾名義で来たんだがね」

「え? そんな依頼が? ううん、どういう事でしょ……本来の紗綾が出したんでしょうか」

「記憶にございませんってか」

 ますます嫌な予感がしてくるぜ。
 世の中が寄ってたかって俺達を騙しているんじゃないか、そんな気分だ。

 頼むから下らないサプライズは勘弁してくれよ。
 俺は現状から百通り以上のオチを想像する能力を、くたばったあの日から持っているという確信がある・・・・・


 紀絵は何かに気付いた様子でスマートフォンをデニムのポケットから取り出す。
 ちらりと見えた液晶画面には“非通知”とあった。

「……は、はい、加賀屋です。誰、ですか? 私の、ファン……? ちょっと、夏祭りがどうしたんですか!?
 え? 参加? 他の人も連れて?  ――あ、ちょ! ……切れた」

「知らない声かい」

「はい。一体、何のために……そりゃ夏祭りは三日後だけどさあ……」

 とりあえず準備はしておけって事か。
 何も起きなけりゃいいんだがね。

「そいつが紗綾名義を名乗って俺に依頼を出したかもしれん。虎の子を拾いに行こうぜ」

「そう、ですね。意味不明なストーカーの線も否定できないから、ちゃんと私を守って下さいね、先生」

「お前さんを直接守れるかどうかは保証しかねるが、寄り付く害虫は片っ端から火炙りにしてやるよ」

「ははは、相変わらず物騒な事をおっしゃる」

「歯抜けのワニなんざ、どこの動物園でも見かけないだろ」

「えーっと、この場合は……」

 なんだ。
 ロナの言う事を真に受けて、俺を理解しようとしてくれているのかね。
 涙ぐましい努力だぜ。

「解った! 猛獣が物騒なのは当たり前って事ですね!」

「まあ、及第点だ」

 問題は、人の姿をした猛獣・・・・・・・・さ。
 考えられる邪魔者を全部蹴散らしながら、状況を完璧に俺のものにするには、どうすべきか。
 ざっと計算するとそこそこの出費になりそうだ。

 本当はもう少し余裕を持たせておきたいんだがね。
 一桁まで細かく記録なんてつける必要は無いが、三割を貯金に回せりゃ多少は楽な暮らしができるもんさ。
 少なくとも一人暮らしなら。

 紀絵は持って帰りたい。
 きっと、ロナとは気が合うだろう。



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