ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Final Task 暴走したサイアンを無力化せよ


 なおも、ロナをアイスバーみたいにしゃぶり尽くすパンツ姫。
 しまいにゃ高く飛んで、何か尖ったもので串刺しにしてやる事もできなくなっちまった。
 少しばかり、自由に泳がせすぎたか。

「サイアン殿……どうして……!」

 膝から倒れてうなだれるイスティを、マキトがしっかりと支える。
 どれだけの仲だったのかは知らんが、悔しかったら起死回生のアイデアでも閃いてみるこった。

 もたついている間に、パンツ姫は事を終えたらしい。
 ゆっくりと降りてくる奴の両腕に抱えられていたのは、すっかり髪がピンク色に変色したロナだった。
 エメラルドグリーンの瞳は、今は赤紫に染まっている。

「これで、イッショ……」

 満足気に呟くパンツ姫だった獣。

「ふぅ、やっとひとつになれたね、ロナ……」

 自らの身体を抱いてうっとりする、ロナの姿をした……ああ、パンツ姫だな。
 乗り移ったとでも?
 こいつは傑作だ。
 綺麗事の塊だったあのパンツ姫が、開き直って堕ちたと。
 俺達を憎む側から、俺達と並び立つ側になっちまったと。

 そら見ろ。
 イスティは空を掴むように手を伸ばして、今にも泣きそうなツラだ。

「ああ、サイアン殿、何を……っ!!」

「「ボクの魂を複製して、ロナに着せたんだ」」

 二人の口が同時に動く。
 片方はロナの声で。

「あまり愉快な話じゃないな」

「「本当はこんな事、したくなかったよ。けれど、仕方ないじゃないか……」」

 やめろよ。
 ロナの姿で、そんなツラをするのは。

「仕方ないだって? お前さんが悔い改めて、ヒーローごっこをやめりゃ済む話だった」

「「それこそ無理だよ」」

「……あー、ナターリヤ?」

 ナターリヤの奴ときたら、半狂乱でヒゲを探してやがる。
 焦点の合わない目で「こんな筈では……」だの何だのとしきりに独り言を呟いている。

 間抜けが。
 こっちはお前さんの演奏に付き合って、手の上で踊ってやったんだ。
 手の平に穴が空いた事くらい、気付いていたんじゃないのかい。

「「この異世界に来る前のボクは、そりゃあ惨めな奴だった。けれど、ここに来てからは何もかもが違った。圧倒的な力があって、誰かを助ける事ができた。
 もう、目の前で誰かが襲われても、黙って見ていたりなんてしなくて済むんだ」」

 しゃらくせぇぜ。
 お前さんの演説パートは、俺の台本には無い。
 さっさと舞台袖に転がされるなりしてくれ。

「「初めてみんなに認められた。嬉しかった……でも、やっぱりここも現実なんだ。
 みんなが優しかったんじゃない。ボクがそうするように仕向けただけだったんだ。
 それでも、ボクは心折れるわけには行かなかった。初めてボクを拒絶したロナに振り向いて欲しかった……騙されて、犯されて、そうして壊れてしまったあの子に、ロナはよく似ていたから……救い出してあげたかった。けどね、でも、やっぱり、違うんだ……ああ、違うんだよ! ロナと一つになって、覗き見てしまった……この子は心の底から、キミを……うぅ、やっぱり、初めからキミを手に入れるべきだった! そうだ! そうしよう!」」

 まだ何かしようっていうのか。

「「だって、ロナはキミに初めてを捧げたんだもの。二番目はボクが貰う」」

 黒とも紫ともつかない触手のようなものが、マキト達に絡みつく。
 それらがじわじわと奴らの身体に沈み込んでいく。

「なんだ、これ……頭がかき乱されて……! ぐ、うう、ダーティ・スー……捕まえる!」

「憑依の次は傀儡ってか。やっぱりお前さんはこっち側・・・・だな」

 赤紫色に目を光らせた哀れな犠牲者共が、一斉に襲い掛かってくる。
 といっても正気を失っているせいなのか、動きは驚くほどにトロい。

「待てよ、待てよ! 貴公をサイアン様に捧げる!」

 俺は一つ一つを避けて同士討ちを狙いつつ、無事な奴を探す。

「貴方を贄にしてさしあげましょう!」

「その通り! そこから得られる境地こそがサイアン殿の悲願!」

「ロナと交われ」

 なんだかな。
 マキト御一行様は無事に全滅だ。

「面妖な術を……斯様な怪物を御するなど、元より無謀というものよ」

「逃げるか?」

「否。殺そう」

 騎士団のうち、オルトハイムに付いていた奴らは大丈夫そうだ。
 最初に捕虜にされていた宰相派の奴らと、ナターリヤの部下共は全滅。
 村長は村人を連れてどこかに姿をくらませたらしい。

 無事な奴と、やられた奴。
 その違いは?
 ……或る物を持っているかどうかの違いさ。
 じゃあそれを押収して手元に持っている奴は、必然的に一人って事になる。

 もちろん、ビヨンドであるこの俺は無事だが、そっちじゃない。
 或る物を持っているのは、ナターリヤだ。

 そのナターリヤは狙われているのが俺だけなのをいい事に、呆然と座り込んだままだ。
 俺は奴を木陰に引き摺って、頬を叩く。

「おい。エラーのリカバリーはしないのかい」

「我輩に何をしろと……」

 しゃきっとしろよ。
 情けない錬金術士様だな。
 状況を判断するに、頼りになるのはお前さんだけだ。

「捕虜から押収したブツを貸しな。持ってるんだろ? 騎士団の連中が持ってた首飾り」

「あ、ああ! 軍神の加護とやらでしたかな。こちらのポーチに。適当な盗品商人の馬車を見繕って放流させる予定でしたぞ」

「えらく正直なんだな。あいつらに聞かれるぜ」

「構いますまい。しかし、スペル・クラッシュで効果が失われているのでは?」

 ポーチから取り出したのは、間違いなくあの首飾りだ。
 幾つか束になっているのを、半分ほど拝借する。

「どういう理屈か、首飾りは無事らしいぜ」

 おそらくスペル・クラッシュと同じ効き目を持っていて、互いに干渉しないようになっているんだろう。
 という事は、もしかするとスペル・クラッシュとの併用を前提にしていたのかね。
 帝国に魔法使いがいるなら、それを利用して森に攻め込む事だってできた筈だ。
 いや、魔法が使えても放った魔法がスペル・クラッシュの範囲内に入ったら駄目なのか?

 複数まとめてあるからナターリヤは無事だったのかもしれん。
 とりあえず、メスをいれるならこの首飾りが適任ってことさ。
 軍神サマとやらの力を見せてくれよ。

 ……さて反撃だというところで、パンツ姫とロナが左右から顔を覗かせる。

「「アッハ! 見つけたぁ……」」

 二人して両目を見開いて、歯を見せる。
 イカれてやがる。
 俺はせめてもの礼儀って事で、されるがままにした。
 両肩を掴まれた瞬間、背中に衝撃を感じる。
 視界は、木漏れ日に照らされた二人の顔を映している。

「さぁ、押し倒される側の気持ちになって、あ、が……――ぐぅ!? あ、頭……痛い……ボクが、消え……う、ぶ、うおえぇえッ、げほッ」

 両手にそれぞれたっぷり握りしめた首飾りを、二人のみぞおちに押し当ててやった。
 存外、これが綺麗に決まってくれたらしい。
 俺様のダンディな顔に酸っぱい匂いの液体が振りかかるが、これは必要経費ってもんさ。

 術が解けて、周りの傀儡共が次々と倒れていく。
 やるな、軍神サマ。

 ロナは俺の腹の上から起き上がって、肩で息をしていた。
 しばらく内容物をぶちまけていたが、ようやく動けるようになったらしい。

「げほッ、けふっ、はぁ……はぁ……あたしの脳みそにくっついた挙句、勝手に色々とぶちまけやがって、この雌豚!」

 悪態をつきながらパンツ姫を何度も蹴飛ばす。
 地面に転がされるたびに、パンツ姫は液体を吐き戻しながら、文字通り身体を小さくしていった。
 人間に近い身体に、それから、最初に出会った頃くらいの背丈に。

「あぁ、ロナ、キモチイイ……」

 不愉快なケダモノだぜ。
 この世界にゃ保健所は存在しないってのが頭にくるね。
 俺も起き上がって、うつ伏せに寝ているパンツ姫の頭を踏む。

「あ! がッ、うッ……!」

「もうちょっと痛い目を見てもらうぜ、パンツ姫。俺のコレクションを汚しやがって」

 装填する銃弾は、銀の弾。
 左足の膝に狙いを定める。
 マグナム弾は基本的に貫通するし、こいつは化け物だからすぐ死ぬわけでもない。

 いたずらのお仕置きには丁度いい。

 ズドン。

「ぎいぃやああああぁぁああああアアアアアッ!!」

 耳をつんざく程の大音量で叫び、周りの視線が俺達に集中した。
 肉の焼ける匂いが鼻をくすぐる。

「この餌は用済みだ。おい、冬将軍? さっさとゴミを持ち帰ってくれよ」

「ええ、ええ、感謝カンゲキですぞ……スパシーバ……スパシーバ」

 疲れ果てた笑顔を浮かべるナターリヤが、赤いハンカチを振ってみせる。
 どいつもこいつも満身創痍で、動ける気配も無い。
 ただ一人、俺だけを除いてな!

 木にもたれかかる騎士団皇帝派共が、俺にも丸聞こえな相談をし始める。

「あの怪物を、たった一人で!? ありえん!」

「無理だ、こいつには勝てない……!」

「し、しかし! 本国には何と報告する!?」

「我々では勝てなかったと」

「報告しに行くのか? ここを脱出して? 犠牲が増えるだけだ……やはりほとぼりが冷めるまで、村に滞在すべきだ」

 結論が出たらしく、周りに反論する奴はいない。
 マキト達もまた、同じだった。

「抵抗した結果がこれだ……もう、万策尽きたよ」

「……マキト! しかし、私も……」

「ああ。僕の処分は彼らに任せよう。
 魅了で思考を誘導されたとはいえ、襲い掛かった事には変わりはないから。みんなは?」

 首を横に振る奴はいなかった。
 観念したようにうなだれるイスティと寸胴爺さん。
 憮然としたツラであぐらをかくリコナ。
 それから、心ここにあらずな様子のリッツ。

 その様子をナターリヤは満足気に眺める。
 口元にヒゲこそ無いが、その余裕たっぷりな眼差しはいつものこいつだ。

「賢明な判断だ。どれを選べば大損をしないか、よく解っているらしい」

「然様ですな」

 と、そこに我に返ったらしいリッツが割り込む。
 目に涙を浮かべて、縋るような表情で見つめる。

「くどいぞ、リセリディエル」

「フュールケル姉さん……考え直しては貰えませんか? 昔の、優しかった姉さんに――」

「――我輩がその姉とやらの姿をしているのは、調度良く死体がそこにあったからだ。
 ガスタロア自治区の者共はお前に何を吹き込んだ?」

「いいえ、何も! 本当に、何も……!」

 ナターリヤが指を鳴らすと、さっき荷馬車を牽いていたマッチョが現れてリッツの両肩を掴み、回れ右させてから背中を押し続ける。

「ならば、さっさと失せろ。同志の寛大さに感謝するのだ」

 リッツは押されてつんのめりながら振り向いて、俺にも視線を寄越した。
 殺意のたっぷり篭った、恨めしげな目だ。

「殺さないのかい」

 俺の問いにナターリヤは、リッツとは真反対に涼しげな一瞥を寄越す。

「その価値は無い・・・・・

 然様で。
 まあ、次に会う時が楽しみだぜ。

「ボス。馬車を用意いたしました。村を監視する人員も配置済みです」

 村を縦断する、舗装もされていない道。
 そこに、馬車が止まっている。
 車止めと歯車を使ったそれは、下り坂でも速度が出過ぎないようになっているようだ。
 つまり山道専用の馬車って事さ。

「ご苦労。さて、同志もここで一旦、お別れですな」

「ああ」

 光り輝く懐中時計は、長丁場の終わりを告げようとしている。
 誰もが傷付いた、長い戦いだった。

 俺は指輪に入りきらず手元に残した金塊に、祈りを捧げる。
 せめて、次はもっと楽な仕事がいいと。
 金塊の引っ掻き傷から覗く地金は、鉛の質感をしていた。





 ……なんてな!
 俺は馬車の歯車と車止めを撃ち抜く。
 ちょうどナターリヤがパンツ姫を抱えて乗ったタイミングで、ストッパーを失った馬車。
 そいつが馬のケツをせっついたせいで、勢い良く坂道を走っていった。

『あれだけ速けりゃ誰も追いつけまい。速達便だぜ』

『優秀なドライバーさんで良かったですね』

 大満足な俺達は、今度こそ拠点の世界へと戻った。



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