ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task9 マキト達と交渉しろ

「――条件次第、かな」

 なんて切り出したのは、普段は世話女房が如くメンバー共を支えている、あのマキトだ。
 誰がお前さんの背中を押した?
 そんな疑問はともかくとして、乗ってみる価値はあるかもしれん。
 まずは前戯から始めようじゃないか。

「話を聞かせてもらおうじゃないか」

「サイアンをどうするつもりなんだ?」

「答える義理があるとでも」

 にべもなく突き放してみせる。
 ここで引いたら、そこまでってもんだ。
 だが、マキトはそんなお人好しでも雑魚でもないらしい。

「ある。僕達はお前を手助けした。皇帝派騎士団の暴走を止める為に動いた」

 据わった眼差しと、はっきりと発せられた言葉。
 第一関門は突破って事にしてやるか。
 少なくとも俺の興味は惹いた。
 次は俺の言葉遊びに付き合ってもらおう。

恩を売ったつもり・・・・・・・・かい」

「売ったよ。押し売り・・・・特別価格でね・・・・・・

「……」

「ココを使えと言ったのは、そっちだろ?」

 俺がかつてそうしたように、マキトはこめかみを人差し指でコツコツと叩く。

「……く、くくく、ふはははは!」

 いやぁ、笑いが止まらないね!
 草原帝国の倉庫で、マキトが俺に言った台詞を今度は俺が言ってみた。
 で、俺の台詞をマキトが言い返してきやがった。
 それも“ココを使え”のオマケ付きで。

 マキトの野郎、てっきり根に持っているだけの頑固者かと思ったが、存外できる奴らしい。
 おめでとう、第二関門も突破だ!

「いいだろう。遊び心に付き合ってくれたお前さんに免じて、特別に教えてやる。
 奴が飯を食う時にちょっと細工をして、ホムンクルスの材料を作ってもらうのさ」

「え、それって……」

 エルフのリッツが顔を赤らめて言葉を失っている間に、獣人リコナが鉄箱に近づく。

「おっと、触るなよ? そいつはそこの色情魔を鎮める為の特別製だ。下手に触れば、子供が作れなくなるぜ」

「げぇ!」

「どうして、このような仕打ちを?」

 慌てて離れるリコナとは対照的に、マキトはあくまで冷静だ。
 やれやれ、隅っこで固まって抱き合う騎士団連中も見習って欲しいね。
 ……面白いのは、宰相派も皇帝派も一緒になっているところだ。
 お前さん達、さっきまで互いに殺し合いをしていただろうに。

「だったら逆に訊いてやろう。どうして、俺の邪魔をしたがる?」

 この問いに答えたのは、イスティだ。
 緑色に光る剣の切っ先が、俺に向けられる。

「貴様が悪だからだ! どう見ても正義に反する!」

「イスティ、抑えて……」

「わかった」

 マキトがイスティを制すると、後ろで見ていたドワーフと子猫ちゃんが茶化しだす。

「相変わらずじゃのう」

「ホントにね。ま、アタイらもひとのこと言えないけどさ。だろ? ブロイ」

 むろんマキトは、それを見過ごせるほど強靭な精神構造のわけがない。
 顔を思い切りしかめて、二人に振り向く。

「二人とも、正座」

「「はい……」」

 あまり怒りの矛先を向けられた事が無かったのか、それとも怒ったマキトは恐ろしいのか。
 とにかくお馬鹿さん二人組は神妙なツラで、マキトの諫言かんげんに頷く。
 それを見守ってから、マキトは再び俺に向き直った。

「ダーティ・スー。今後、僕達の邪魔をしないと約束してくれるなら、僕も手出しはしない」

「なるほど、お前さんは賢い。実際、俺みたいな奴はいくらでも替えが利く。
 あれこれと勿体つけて、結局は剣の錆にして、正当化するのは人の常だ。敵わないなら別の奴を殺せばいい」

「勘違いするなよ。僕だって、お前のやってきた事は許せない。人の努力を踏みにじって、思想を冷笑するお前だけは」

 ……嫌だねえ、虚飾にまみれた正義の味方サマは。
 都合よくこしらえた“客観的事実を”当たり障りなく言うだけで、悪党の出来上がりだ。

「綺麗事は止せよ。“てめぇが気に入らねぇ”――それだけで充分だろ?
 気に入らない奴――つまり当人にとっての悪党が一人でもいりゃ、それで事足りる」

「お前にとっての悪って、何だ」

 いい質問だ。
 そろそろ教えてやってもいい頃合いだろう。

「……焦げたキャベツもマヨネーズをかければ喰えると思ってる馬鹿共さ。
 御大層なお題目じゃなくてもいい。とにかく何をするにも綺麗事が先に立つ……人、状況、全てをひっくるめて俺は大嫌いだ」

 パンツ姫がそうだったように。
 奴がどうして追われているのか、マキト達はその理由に少しでも思いを馳せたか?
 そこに想像が及ぶ前に「悪い奴がいるから倒そう」とはね。
 連中に一から十まで教えてやる義理は無い。
 てめぇでそれを見つけられないなら、その程度だ。

「それでも、綺麗事に救われる人だっている」

 言うに事欠いて、それだ。
 お前さんには期待していたんだがね、マキト。
 それを言われちゃ、俺が返せる言葉は一つしか無くなるだろ。

「同じくらい、綺麗事に殺された奴もいるんだぜ」

 マキトは、ぴくりと片方の眉を上げる。
 少し間を置いて口を開くのは、かけるべき言葉を探しているようにも見えた。

「……誰が殺された?」

俺が殺された・・・・・・

 言うなれば、悪霊って奴さ。
 俺の胸の内で燻っている、暗く生ぬるい情動。
 その正体は怨嗟であり、後悔だ。

「それでこの世界に転生して、正義の味方と思しき人達を片っ端から襲ってたんだな」

「半分は正解だ。奴らが正義の為に殺しも厭わないならば、俺も自分の安寧の為に殺す。もちろん、殺す相手は選――」

「――そんな手前勝手な理屈が通るもんか! それじゃあお前も、正義の為に人殺しをする人達と同じ――」

 ズドン。
 銃弾は地面……マキトの右足と左足の間を削る。

「――おい。ディベートの基本は人の話は遮らない・・・・・・・・事だぜ。
 それとも、早口でまくし立てて反論を潰す事が対話の目的だと信じる手合いか? 俺を失望させてくれるなよ」

「う、ぐ……」

「快楽殺人犯が聖戦の大義名分で遠征させてもらう事も往々にしてありうる話だ。
 送り出した奴はケダモノを体よく追い払えるし、異教徒を抹殺できる。
 何が正しいかじゃない。誰が得をするかが問題なのさ……話を戻そう」

 バスタード・マグナムをくるくると回して、ホルスターにしまう。
 硝煙の甘い香りはどこかに消えた。

「俺は今まで、直接手を下す事は避けてきた。
 クソ野郎なら勝手に自爆してくれるだろうし、これまで戦ってきたほとんどの相手は殺す必要が無かったからだ。
 だが、オルトハイムのクソ野郎は俺の財産・・が傷付くリスクを持っていた。
 ……だから、ああなった」

 視線が落とし穴に集中する。
 水洗式トイレのように、オルトハイムは流された。
 クソ・・野郎にはお似合いの末路だったな。
 ここで、エルフのリッツがおずおずと手を挙げる。

「あ、あの、ひとついいですか?」

「そう怖がるなよ」

 なんて返事をすりゃ、今度は引き攣った笑みだ。

「無理です♪ ……ではなくて、先ほどイスティさんがおっしゃっていた銀髪のエルフ、貴方の依頼主ですよね? 名前は?」

「リッツ! 無駄だって!」

 横合いから子猫ちゃんリコナが諭す。
 はなから期待しちゃいないってツラだ。
 リッツはといえば、何か思い至った事があるらしい。

「じゃあ、はい」

 てめぇの腰に吊り下げた麻袋の中身を確認すると、俺に投げて寄越す。
 両手だと格好が付かないから、俺は右手で受け取ってやった。
 中身を開けてみると、中に金貨が5枚も入っていた。

「1枚で充分だ」

 残りの4枚を麻袋に戻し、リッツに投げ返す。
 正直、ただで教えてやってもいいくらいだ。
 どうせ偽名だろうからね。

「……ナターリヤ・ミザロヴァなんて名前、お前さんに聞き覚えがあるとは思えんがね」

「知らない名前ですね」

 明らかに落胆したらしい。
 俯いて放たれた悲しげな声音からは、よほど大切な相手だった事が伺える。

「誰と勘違いしたか知らんが、銀髪のエルフなんざ探せばいくらでもいるだろう。人探しならもう少しマシな相手を頼るべきだぜ」

「ご忠告どうも。肝に銘じます」

 目を潤ませながらも、気丈にそれを誰にも見せないようにして下がる。
 そんなリッツに、リコナは肩を撫でてやっていた。
 これだけよく出来た仲間だってのに、どうして上手く行かせられないかね。
 多少の知恵があれば、俺を罠にかけることだってできただろうに。

 まあいい。
 そこは俺が心配すべき事じゃないだろうし、奴らも願い下げだろう。

「もう少し茶番に付き合ってもらうぜ。なぁに、損はさせないさ。
 俺を殺すという目的は後回しになるだろうが、少なくともお前さん達の体裁は守れる。
 今はただ、俺に全てを委ねてくれさえすりゃあいい」

 依頼主ハラショーエルフの思惑も気になる。
 とにかく合流するなりしないとな。
 連中が手こずっていたら、さっさと終わりにしてやる必要もある。
 いくら俺でも、ここまで迂遠な事をされりゃあ倦んでくるってもんだぜ。

「一応訊くけど、僕達に拒否権は?」

「俺は、お前さんを去勢したくはない」

 俺は手頃な鎖を、パンツ姫を収容している鉄箱の取っ手に括りつける。
 滑車が付いていないから、引き摺って持って行くしかない。

「“殺す”じゃなくて?」

「タマ飛ばされたまま、天寿を全うするのさ。きっと、死ぬより辛いだろうよ」

「……」

 男連中のほぼ全員が青ざめたツラで股を押さえ、ある一点を見据えた。
 いまだに引かない痛みで床をのたうち回る、哀れな襲撃者を。



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