ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task8 オルトハイムをどうにかしろ


 ……奴の姿がブレたかと思ったら、銃弾が弾かれた。

「ふはは、はーははは! 誰が当ってやるものかよォ、ぶゎかやろぉがァ~アぁハハハハぁッ!」

 目を見開いて、真っ白な歯を剥き出しにしてやがる。
 そっちが本性かい?
 なかなかいいツラだぜ。

「ヒャーハハッ! ほらどうした! 早く私を止めねば、大事なキラーラビットが死ぬぞぉ!?」

 ズドン。
 奴は避けようともしない。
 今さっきと結果は同じだ。
 奴の姿がブレて、銃弾が弾かれた。

 スキップ混じりに駆けまわるオルトハイムの前に、宰相派側の騎士が立ち塞がる。
 手元には鎖だ。

「オルトハイム卿……覚悟!」

 野郎は蛮勇を堪えもせず、オルトハイム目掛けてまっしぐら。
 できれば……その手助けは歓迎したくないんだが。

「フハハハハハ! そんなヤワな剣筋で私を止められるものかァ! 攻撃とは、こうするのだァ!」

 オルトハイムが持つ斧槍の柄は鞭のようにしなり・・・を作って、壁に跳ね返る。
 どうやらあの柄はコイルのような構造らしい。
 壁に跳ね返った切っ先が、宰相派の騎士の一人に向かう。

 ――やらせるかよ。

「邪魔だ、どいてな!」

 危うく不名誉な戦死を遂げそうになっていた宰相派の騎士を、俺は蹴飛ばした。
 地面とキスしてやがったが、知った事じゃねぇ。

「ほう。何のつもりかね。情が移りでもしたか?」

 くたばったら、それきりだ。
 ビヨンドにでもならない限りは。

「死人は可能な限り最小限に抑えるのが信条でね。
 俺の真似をするなら、足元から苦悶の声を聞いて楽しめよ、オルトハイムの坊や」

「くだらん……やれ」

「「「死ねぇ!」」」

 青いサーコートのクソ騎士共が俺に群がる。
 そこに乗じてオルトハイムは再び距離を開けた。

「雑魚共は道を開けよ。我々はキラーラビットを殺したら、次は村を殲滅せねばならぬ。
 まあ、死を選びたくば好きにしたまえ……フハハハハハ!」

「この! ――ぐあああ!」

「おのれ、恥晒しめ! ――がぁあッ!」

 次々と、束の間の自由を与えられていた宰相派騎士の連中がやられていく。
 ここはゲームじゃないんだぜ。
 今すぐに奴の快進撃に終止符を打ちたいが、邪魔者共は20やそこらじゃない。
 いつの間に湧いて出てきやがったのか、次々と殺到しては俺を足止めしようとしてくる。
 なめやがって、この野郎。

「フハハ! 軍神様は正義への不実を決して赦しはしないだろう!」

 ……まずいな。
 俺が本気で戦っているのに、このザマだ。
 今までの仕事で、俺は初めて憂鬱な気分にさせられている。
 横槍を入れてくれた挙句、面倒な状況を作りやがって。
 その張本人たるオルトハイムは、次々と宰相派の騎士共を嬲り殺していく。

 心が折れたのか、宰相派の連中は両手を降ろして後ずさる。

「どうしたのかね? ようやく己の罪を認める気になったというのかね?
 ならば重畳ちょうじょう。少なくとも咎の荒野には行かないだろう。だが死ねぇ!」

「あああっ!」

 また一人、不名誉な死を遂げた。
 もう武器を下ろしたというのにもかかわらず。

「やっぱり、帝国騎士団と手を組むのは無理だったんだ……」

 マキト君は、その惨劇を青い顔で見つめる。
 イノシシ娘が奴の肩に左手を置いた。
 ……イノシシ娘の右手には、いつの間にか緑色に光る剣のような形の物体があった。
 随分と面白い魔法を使うじゃないか、マキト君。

「誠に遺憾だが、ダーティ・スーと共闘する。サイアン殿は、死なせたくない」

「帝国を敵に回す事になってもいいの? 故郷だよね?」

「ああ、私は構わん。彼奴らがここまで堕ちたならば、もはや未練は無い……」

「わたくしと、お揃いですね」

「……ああ」

 何やらエルフとイノシシ娘は意気投合したらしい。
 否定はしないでやるから、そっちは勝手にやってくれ。

 だが、お前さん達に恩を着せられるのは看過できないな。
 向こうにそのつもりがなくとも、俺に加勢したという事実は残る。
 そうすりゃ、厚かましそうな子猫ちゃんと、食えなそうな寸胴爺さんが何を仕掛けてくるか。

「大変結構! ノイル卿、いや、叛逆者ノイルよ! 貴公らに墓標は無いと思え!」

 それが死刑宣告かのように、青いサーコートの連中がマキト君の御一行様に殺到する。
 切った張ったの大乱戦だ。

「さて、貴公もこれでようやく、私の敵だ」

 で、指示を出した当の本人……つまりクソ野郎は俺に斧槍を向けた。
 対抗する訳じゃあないが、俺もバスタード・マグナムを奴に向ける。
 決闘前の礼儀みたいなもんさ。
 もっとも、奴の事だからその間にパンツ姫を始末しようという考えくらいはあるだろうがね。

「その不愉快な棒きれを今すぐしまえよ。そいつに比べりゃ、屠殺される豚も、微笑む貴婦人みたいなもんだ」

「強がりもそこまでだ。混乱に乗じてキラーラビットは処刑させてもらう」

 ほらな。
 少しずつ、オルトハイムはパンツ姫との距離を縮めていく。
 パンツ姫も大概だったが、オルトハイムは輪をかけてクソッタレだ。
 依頼もあるし、ちょっとでもマシなほうを守らなきゃいけないこの状況。
 まったく、吐き気がしてくるぜ。

「処刑? やなこった」

 景気付けに一発。

「無駄だよ!」

 やっぱり弾かれたが、ようやく見えてきた。
 一瞬のブレと、足の動きがカギを握っているに違いない。
 ……勘が正しけりゃ、この戦場そのものを武器にできる。

 一応、心配だからロナに念話で連絡をとっておくか。

『ロナ、そっちの調子はどうだい』

『ナターリヤさんなら、撤退の準備をしていますよ。あ、パンツ姫の回収を任せるって。今、そう言ってきました。こっちにも騎士団が来たんで』

 ハラショーエルフは珍しく、俺に任せるつもりかね。
 あっちにも騎士団がちょっかいを出してきたなら、俺達に気を回す余裕は無いだろう。
 それに余計な手出しをしないでくれたほうが、俺も動きやすいのは確かだ。
 そのまま、退却なりしてくれ。
 ……まさか、何か仕込んできたりはしないだろうな。

『ちなみに、騎士団のサーコートは何色だい』

『赤色です。それが何か?』

『いや、いい。いくつかとっ捕まえて身体に訊いてやるのも手だが、余裕は無さそうだ』

 ……宰相派を装った工作活動か。
 それとも、宰相派がハラショーエルフを直接排除しようと動いたか。

 どっちだろうと関係ない。
 俺はオルトハイムの野郎が範囲に入ったのを見て、指を鳴らす。

「――ふうおッ!?」

 間抜けな声を上げて、奴は真下に転落する。
 それ見た事か。
 この下は天然のウォータースライダーが流れている。

「なあ、マキト……あれさ……」

「うん……」

「儂もトラウマが……ちびりそう」

「我慢してください」

 マキト君御一行様はつい先程やられたばかりだからな。
 そりゃあ、感慨もひとしおってもんだろう。
 指で足元を指し示し、俺は特別に説明してやるとする。

「さて。ここは穴あきチーズみたいになっていてね。任意で床を消せる。つまり――」

「――た、助け……」

 うん?
 オルトハイムの奴、まだ落ちてやがらなかったのか。
 しぶとい野郎だぜ。
 まるで凍り付いたみたいに固まっている連中を尻目にささっと近寄ってみれば、案の定この野郎は落とし穴の縁に左手で掴まってぶらさがってやがった。

 すぐ近くには、金色の斧槍も転がっている。
 取り落とすとは、情けない野郎だ。

「助けるメリットは?」

「わ、わかった……キラーラビットは殺さない……!」

 ここで、背後からの殺気だ。
 それもオルトハイムよりも輪をかけてスマートさに欠けている。

「今だ! 団長もろともくたばれぇッ!!」

 隙を確信してやってくる奴の方角に、俺は振り向きもせずトリガーを引く。
 狙った場所は股間。

「ひぎ、う、ぐ……」

 だが、オルトハイムの坊やからは見えないだろう。
 ここでハッタリをかましてやるかね。

「お前さんの部下は立派に殉職してくれたぜ。お前さんはどうだい」

「い、嫌だぁ、死にたくないぃぃ!」

 仮面の穴から涙と鼻水を垂らしながら、未練がましく叫ぶ。
 ……情けない野郎だ。
 がっかりさせるなよ。

「本音で生きるほうが好感は持てるが、せめてスジは通そうぜ」

「こ、これまでの所業は悔い改めよう! 貴公らに与えた損害は必ず埋め合わせをする! だから許してくれぇ!」

 本当に、情けない野郎だぜ。
 思わず笑えてくる。

「人間は許し合う生き物だ。互いに罪を抱えているから、そうするのが確かに一番だろうな」

「で、では――」

「――俺の狼藉を許せよ、オルトハイム」

「えっ」

 ズドン。

 奴の右目を撃ち抜くと、幾つかある厄介事の種のうち一つは無事に片付いた。
 つまり、奴は忌々しい特殊能力を発揮することなく、すんなりと落ちた。

「足元がお留守じゃあ、肝心の能力もそこまでって事かね。種が割れれば呆気無いもんだ」

 くたばっても惜しくないクソ野郎だ。
 微塵も心は痛まない。

 ついでに得物はいただきだ。
 斧槍を指輪に収納して、辺りを見回す。

 案の定、奴らの戦意はすっかり氷点下らしい。
 誰かが焚き付けたとして、風がひと吹きすりゃあ蝋燭の火ほども保つまいよ。

「で? 他に水浴びしたい奴はいるかい」

 銃を回転させる。

「このバスタード・マグナムに股ぐらを捧げたい奴は?」

 沈黙。
 青いサーコートの連中も、無言で首を振った。

「じゃあ大人しく縄に付いてもらおう。マキト、以下四名も。異論は?」

「――条件次第、かな」

 意外にも、最初に口を開いたのはマキト君だ。
 何がお前さんの背中を押した?



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