ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task5 喧しい犬共を黙らせろ


 そうして次々と、この哀れな忠犬共は網に掛かっていった。
 足元を高速ですっ飛ぶ“足払いの煙の槍”で、見事に地面とキスする奴。
 落とし穴に嵌って、ボコボコにされる奴。
 昼下がりの草原では、あちこちから悲鳴が飛び交う。

 パンツ姫はお得意の跳躍から飛行を織り交ぜてみたが、ロナの丸鋸に翼を斬られて墜落、あえなく罠の餌食になった。
 それでもタフなパンツ姫は、よろよろと立ち上がる。

「まだだ……こうなったら押し倒してロナのパンツの香りを嗅がなきゃ釣り合いが取れないよ、くく、ふふふ……」

「おぇ……そんなにパンツが好きなら、下着屋で働けばいいじゃないですか」

「ボクは女の子の使用済み下着じゃないと駄目な――」

 言い切る前に、罠に掛かるパンツ姫。
 ちょうど俺の目の前に飛ばされてきた。

「う……!?」

 俺は奴の下着を脱がして顔に当ててやった。

「てめぇのでも嗅いでな」

「ひぎゃ!」

 無様なパンツ姫は、そのまま腹を踏みつけてフィニッシュだ。
 パンツ姫は気を失ったから、しばらくは放っておいていいだろう。

「ああ、サイアン殿……なんと無体な……」

 イノシシ娘の青ざめたツラは、複雑な心情を冷や汗と共に吹き出していた。
 思う所はいっぱいあるだろうな。

「引けども進めども地獄ならば、往くしか無いか……! 刺し違えてでも殺してやる!」

 覚悟を決めたイノシシ娘は、罠なんてお構いなしに突き進む。
 お陰でちょくちょく移動型の罠に引っ掛かるが、そのたんびに防ぐなり受け流すなりして、距離を詰めてくる。
 この突撃馬鹿っぷりには、ロナも呆れ顔だ。

「少しは学習したらどうなんですかね? 同じ労力で、仲間を残して危機を伝えに行く事だってできたのに」

「誰がやるか!」

 俺は煙の槍で、ロナは丸鋸。
 中距離から繰り出される攻撃に、イノシシ娘は為す術もなく消耗していく。
 既にパンツ姫もダウンしているし、お仲間は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

「ぬぅううおおおおおおッ!!」

 イノシシ娘が姿勢を低くして、ジグザグに走る。
 今までとは明らかに速度が違う。
 少し遅れる形で罠が炸裂するが、奴にはかすりもしない。

 ……この隠しワザをもっと早く出さなかったのは、そんなに長く使えないって事だ。

「あ、わ、ヤバ……――」

 ロナは咄嗟に丸鋸で牽制しようとする。
 だが、剣先で弾かれるだけだった。
 俺の煙の槍でも、ホーミングが追いつかない。

 やがて、ロナの首根っこが掴まれる。

「ぐ、うえッ!」

「捕まえたぞ、小娘が!」

 そのまま放り投げる。
 俺の仕掛けた罠が、味方である筈のロナに食い付く。

「あっ! ぐ、うぅ!?」

「どうだ。ドンキー・スー。貴様も仲間には手出しできまい。私にも我慢の限界というものはある」

 まったく、あの間抜けは手間を掛けさせやがる。
 寝かせた煙の壁を縦に連結して、そいつを絨毯代わりに伝って進む。
 これなら罠を踏んでも打ち消される。

「私の間合いに入るとは、貴様もよほどこの小娘が大事らしいな!」

 ぐったりしたロナが投げ捨てられ、草むらに隠れて見えなくなる。
 イノシシ娘は口元を吊り上げて、ブロードソードを片手で構えた。

「じゃかあしいぜ」

 ダガーとブロードソードの切っ先がぶつかり合う。
 得物の大小は、この場において何ら意味を成さない。
 奴との大振りな打ち合いは、辺りの草を次々と刈り取っていく。
 剣の横っ腹をぶん殴ってみても、勢いを削ぐには至らない。

 手負いの獣ってのは、どうにも扱いづらくて嫌だね。

「やぁあああぁッ!!」

 力任せに振り下ろされたブロードソードを、サイドステップで避ける。
 前転して草むらに隠れ、煙の槍を飛ばして近くの草を揺らす。

「――そこか! 死ねぇ!」

 などと、イスティは全く見当違いの所に剣を突き刺す。
 間抜けが。
 だからお前さんはイノシシ娘なんだ。

 俺は背後から奴を蹴倒そうと試みる。
 だが、ここでイノシシ娘は俺の脛に腕を回して、そのまま――、

「――ふッ、んぅお゛お゛おオオオッ!!」

 足を大股開きにして上体を回し、俺を放り投げやがった。
 ……なかなかの馬鹿力だ。

 俺は背中を地面に打ち付け、オマケに自分で仕掛けた罠の餌食になる。
 鈍器で殴るような衝撃が、俺の腹を襲う。
 痛みは無い。
 何故なら、俺は痛みを感じない。

 胸ぐらを掴まれ、奴のツラが間近に迫る。
 食いしばった歯の隙間から熱い吐息が漏れ、殺意にまみれた両目が俺を見据える。
 ブロードソードの刃は、俺の首元に当てられていた。

「ここであとひと押しすれば、貴様は鮮血に沈む。どうだ?」

「……甘すぎる」

 即座に俺はホルスターからバスタード・マグナムを引き抜いて――、

「き、貴様――」

 ――奴の右肩にぶっ放した。
 至近距離から放たれた弾丸は右肩の鎧と肉を容赦なく抉って、尚且つ奴を仰向けに飛ばす。

 イノシシ娘は底抜けにタフだ。
 44口径のマグナム弾をまともに食らっていながら、気絶していない。
 とはいえ、ブロードソードを杖に立っているのがやっとらしいがね。

「惨めったらしく命乞いをするとでも思ったかい?」

「何故だ……私とて、無為に時を過ごしてきた訳では、断じてない……! 何故、何故、貴様にだけは勝てんのだ……!」

 辺りを見回せば、ざっと20近くはいた騎士団の連中は全滅していた。
 イノシシ娘と俺がやりあっている間に逃げる事も、援護もままならないうちに。

『ロナ、聞こえているかい』

『そのクソアマのケツをブチ犯す展開はまだですか』

『やなこった。奴のお仲間を探しておいてくれ』

『ほい了解』

 ……さて。

「あと一歩だった。お前さんが俺に一太刀浴びせるのは」

 まだ血を流し続けているイノシシ娘の右肩を蹴倒し、その顎を左手で掴む。

「うぐ……」

「いい顔になったじゃないか。お前さんの目的を教えてもらうぜ」

「誰が……言うか……!」

「おお?」

 目の前が真っ白に光る。
 俺は咄嗟に身を退くが、ほどなくして何かが俺の顔を通った。
 感覚を考えるに、こりゃ斬られたな。
 幸い、かすり傷のようだが。

「ふははは! いい顔になったな、ダーティ・スー!」

 高笑いするイスティは、俺から距離をとっていた。
 俺の足元に倒れている騎士の鎧が丁度いい鏡になっていたから、有り難く覗きこむ。

 ワーオ!
 顔の中心に十字傷が!

「とどめを刺しそこねたが、一矢報いてやった。貴様、私と取引しろ」

「ご要望は何かな? この傷に免じて受けてやらんでもない」

「その……倒れている仲間達は見逃せ」

「……」

「勘違いするなよ。この者らが死ねばマキトが悲しむからだ。
 私はあらゆる犠牲を払ってでも、それこそ刺し違えてでも貴様を殺すつもりだった」

 情けない奴だ。

「断ると言ったら?」

「言った筈だ。刺し違えてでも殺す、と」

 まだやるのかよ。
 利き腕をやられているってのに、懲りない奴だ。

「落とし所は考えておくべきだぜ。パンツ姫も引き際を間違えた」

「その返答……拒否と見なす! 覚悟ぉッ!!」

 左手に剣を持ち替えて、おぼつかない足取りで走る。
 そのガッツは勲章モノだが、痛々しくて見てられないね。

「そもそも取引する理由が無い」

 ズドン、ズドン。

「あ、ぐッ――!?」

 ブロードソードと利き足の膝関節を穿つ銃弾は、奴の突進を止めるには充分だ。
 イスティは折れたブロードソードを取り落とし、そのまま雪崩れ込むようにして転がる。

「今回も、一ついいことを教えてやる」

 俺は収納指輪から取り出した書類を、ひらひらさせる。

「め、命令書……!」

 左右に動く、奴の眼球。
 瞳孔が収縮して、往復も次第に早くなっていく。

「帝国が指示した、だと……麻薬の栽培を……!? そんな、う、嘘だ!」

「その続きも読んでみろよ。ぶっ飛ぶぜ」

 何せ、森教にその罪をおっかぶせて、麻薬の栽培によって森教を広めているって事にしようとしていたんだからな。
 で、それを正すという大義名分のもとに村を摘発。
 軍神教へと改宗を迫るついでに、見張り台を作って魔物退治をする腹積もりだったと。

 杜撰な計画だぜ。

「署名も本物……? ああ……嘘だと言ってくれ、デュセヴェル管区長……」

「無神論者の俺からすれば、宗教もドラッグも根っこは一緒さ。
 ハマれば一生、抜け出せない。どっぷり浸かった頭で早とちりした、その結果がこれだ」

「う、ぐ……」

「お前さんには才能が無い。とっとと引退して、ベッドでガキに絵本でも読んでやるのがお似合いだぜ」

「い……嫌だ……!」

 涙を流すイスティの腹を、俺は踏みつける。
 反吐を吹きながら、今度こそイノシシ娘は黙った。



 ―― ―― ――



 黙らせたとはいえ、くたばっちまったらいけない。
 勝利とは敗者というギャラリーがいてこそ、怨嗟の声と共にそれをより深く実感できる。
 屍に囲まれた孤独な勝利は、俺の目的じゃない。
 次なる獲物の正義を検証する為にも、奴らは殺すべきではない。

 ……そもそも、パンツ姫は殺しちゃいけない相手だ。

 だから懐中時計の通販機能を使ってポーションを買う。

「これで全員ですね。雌豚は任せました」

「可哀想に。触るのも嫌だとよ」

 ポーションを根こそぎ、奴らにぶっかけてやる。
 鎧は脱がせてそこら辺に捨て、イスティを含めた半分くらいは両手両足を縛る。
 で、残りは目を覚まさせて、自由に動けるようにする。

「少しでも暴れれば、その汚いケツから俺の子を産んでもらうぜ」

 後は耳元でそう囁くだけで、奴らは抵抗する気力を失った。
 そうだろう、お前さん達は女を抱きたがるし、男に抱かれるのは本意じゃないと教えられた筈だ。
 そういったクソ喰らえな経典おてほんに踊らされた結果を噛み締めて、これからはもっと紳士的に生きるがいいさ。



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