自殺の楽園

巫夏希

006


 ベスパを運転するシキガワと、助手席でタブレットを操作するクザン。
 現場に向かうため二人は車に乗り込んでいる、というわけだ。

「でも、大丈夫かな? そんな簡単に向かって」

 クザンが心配しているのは、先ほどの不法侵入だった。

「ああ、そのことなら大丈夫でしょう」

 対して、シキガワはあまりそのことを気にしていないようだった。

「ほんとうに?」
「ええ」

 そういうのならば仕方がない――彼は強引に納得して、思考を停止させる。
 タブレットに通知音が鳴ったのは、その時だ。
 彼がいつものようにネットサーフィンをしようとした矢先のことだった。

「何だよ、今日はお気に入りの漫画の更新日だっていうのに……」

 愚痴を零しながら、通知を確認する。
 通知はメッセージのようだった。

「……どうやら、さっきの心配は杞憂だったようだね」

 クザンの言葉にシキガワは首を傾げる。

「今ここで君にタブレットの画面を見せるのは法律違反だから僕が読み上げるよ。えーと……、先ほどの事件の犯人が捕まったよ。犯人は自殺ウイルスにより自殺に追い込まれた人間の母親、だそうだ。今新瑞署で取り調べを受けているらしい。行くかい?」
「ええ、そうしましょう」

 そう言って、彼女は交差点でUターンする。
 目的地を変更、二人は新瑞警察署へと向かった。


 ◇◇◇


 新瑞警察署。
 取り調べを受けるヨノ・アキコの顔はやせ細っていた。
 いや、実際にそうなっているわけではない。
 人を殺した、という人間は精神を崩壊させるという。
 なぜなら、殺人というのは人間にとって、最後のストッパーだからだ。それが外れたら、人間は人間では無くなってしまう。
 まあ、あくまでも精神学上の話になるのだが、いずれにせよ、彼女の精神状態が、彼女の身体をそこまで変貌させてしまったのである。
 調査室を見ることの出来るマジックミラーの前にはヨミシマの姿があった。

「あら、現場に行っていたのではなくて?」
「現場に向かおうとしていたタイミングで彼女が出頭した。自首だ」
「でも、あの様子だと殺して直ぐ、じゃなさそうね」
「……やはり解るか。実は私もそう思って捜査官に確認させた。どうやら死後数か月経過しているらしい。被害者は天涯孤独だったため、今日までそれが解らなかったようだ。仮に彼女が出頭しなかったら、孤独死として片づけられていたかもしれないな」
「動機は?」
「自殺ウイルスを批判し、指摘し、分析し続けたサイトが、どうして自殺ウイルスに感染しないのか。それはそのサイトの管理人こそが自殺ウイルスの製作者だからではないか、という結論に至ったかららしい。まあ、実際にはそんなこともなく、彼は無実の罪で殺されたことになるがね」

 ヨミシマは淡々と言った。

「……自殺ウイルスについて、調べる必要があるな」
「ああ、そのことだが、それについても上で預かることになった」

 それを聞いてシキガワは踵を返す。

「独自で調べているのだろう? 資料とデータを寄越しなさい」
「なぜそのことを……!」
「上司は部下のこともきちんと見なければならないのだよ。それくらい解るだろう? 真実を追い求めたい気持ちも解るがね、先ずは自分の為すべきことをしたまえ。それが社会というものだ。解ったか、シキガワくん?」

 シキガワはヨミシマのことを睨み付けたが、それ以上のことは何も言わず、立ち去って行った。
 ヨミシマはそんな彼女の後姿をただ見つめるだけだった。

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