自殺の楽園

巫夏希

004


 次の日の朝は頭痛から始まった。
 少々飲みすぎたな……と思いながら、彼女は身体を起こし、ベッドの脇にある机で充電していたタブレットを取り出した。
 タブレットから、警察署のサーバへアクセスする。
 昨日の少年の情報を得るためだ。スピード違反で逮捕した少年がそのあとどうなったのか――。

「……何だと?」

 シキガワはそれを見て眉をひそめる。
 少年の案件は、精神病院で少年が自殺したという形で終了していた。

「……益々、何か裏がありそうだな」

 そう言って、彼女は立ち上がり外出の準備を進めた。


 ◇◇◇


 黄色のベスパを運転して、彼女は郊外へと向かう。
 タブレットで検索した、自殺ウイルスの情報を取り扱うサイトの管理人に会いに行くためである。
 当然のことながら、独断専行。
 もし警察にばれれば何が起きるか、解ったものでは無い。
 だが、彼女はそれでも突き進む。
 真実を知りたい――ただその一心のため。
 そして彼女はある場所へとたどり着いた。
 オートロックのマンションである。

「……不味いわね。出来ることなら、本人の家まで直接向かいたいものだけれど。あれがあると厄介よねえ」
「そういうときこそ、俺の出番だろう?」

 振り返ると、そこに立っていたのは――クザンだった。

「クザン、あんた……今日は仕事じゃないの?」
「それはあんたも一緒だろう? まあ、そんな忙しいことでも無いだろうし、仮に何か言われても有給を取り忘れていたとでも言えばいい。先ず今は……」
「この事件の結末を知りたい……でしょう?」

 それを聞いてクザンは目を丸くする。
 シキガワは肩を竦め、

「あんたとどれくらいの付き合いだと思っているのよ。それくらいなら、お見通しよ」
「流石だな。あんたと一緒の職場で本当によかったと思っているよ」
「そりゃどうも。……で、どうするつもり? このオートロックを外すのは容易ではないわよ?」
「そりゃもちろん。……裏口から入ります」
「え?」

 そう言ってクザンは歩き出す。
 シキガワもそれを見て、彼の後を追った。


 ◇◇◇


「まさかこんな簡単に行くとは……思いもしなかったわ」
「いやあ、それは俺も同じですよ」
「えっ!? それじゃ、確実に行けるという自信があったわけじゃ……」
「いいえ、まったく」
「……まあ、いいか。ひとまず入ることは出来たわけだし。ところで、ここの何階だったかな。えーと……五階か。エレベーターを使うわけにもいかないし、ここは会談で行くしかないでしょうね」
「階段なら、少なくとも監視カメラがついている可能性は低いですね。ある意味衆目にはさらされていますから、それが監視の役割を持ちますが」
「それは別に構わん。警備会社に見つかる前に話が聴くことができればいい」

 そう言ってシキガワは階段を上り始める。
 クザンも、それを見て彼女の後ろについていく。
 目的の部屋は五階、その中心部にあった。

「カキザキ……よし、苗字は合っているな。問題は本人が逃げていないかどうかだが」
「逃げてはいないんじゃないんですか? 流石に警察の情報をそこまで掴んでいるとは思えないですし」
「そうよねえ……まあ、どちらにせよ話を聞かないことには何も始まらないわ。そうでしょう?」
「そうだねえ」

 そして、二人はインターホンを押した。
 ピンポーン……。反応は無い。

「……居ないのかしら?」

 シキガワは首を傾げる。
 クザンはドアノブを捻る。――鍵は、開いていた。

「……何ですって?」
「お出かけの際、鍵をかけ忘れた……ってわけでも無さそうだな」

 クザンを先頭にして、中に入っていく。
 部屋の中は綺麗に清掃されていた。駆動音が聞こえるが、おそらくパソコンのサーバの音なのだろう。
 奥にゆっくりと進んでいくシキガワとクザン。
 そして、奥の部屋へと到着した。
 サーバルームにも似たキャビネットが置かれた部屋だった。キャビネットには電子機器が置かれており――それがサーバなのだが、電子機器に疎いシキガワには解らない――赤や青といった様々な光をランプが発光していた。

「どうやら、相当のパソコンオタクらしいな。すごい機器が並べられている」
「警察署の予算でもここまで揃えられないなあ……。いったい、どれほどのお金があったのだろう?」

 シキガワとクザンはそれぞれの感想を述べながら、辺りを見わたす。
 無機質に響く駆動音。そしてそれらを冷やすために設置されているクーラーの音。それらが相まってこの部屋は騒音に満ちていた。

「……この部屋にずっといたというのなら、私だったらある種の拷問と錯覚するな。というか、こんな部屋に入ろうとは思わない」
「そんなこと言わないであげてくださいよ。この部屋の主が居るんですから、ね」

 そう言って、クザンは椅子の上に座っている男を見た。
 いや、正確には男と思われる骸骨――だ。

「死後数か月、と言ったところか?」
「自殺ウイルスの噂がネットに広まり始めたのが一年前、でしたっけ?」

 タブレットを操作しながらつぶやくクザン。
 一年前――としたら、この男は半年近くの間サイトを運営したことになる。
 でも、ここで浮上するのが一つの疑問だ。

「ちょっと待てよ……。死後数か月、だと? だとすれば、おかしな話にならないか。どうしてあのサイトは昨日も更新されている?」

 その疑問はクザンも考えていたところだった。
 彼が運営していた自殺ウイルスの情報サイトは昨日の夜に更新されていたのを、シキガワは見ていた。それは間違いないし、現時点でクザンも確認している。
 だとすれば。

「サーバに登録している情報が間違っている、ってことになりますね。それがわざとか、偶然だったのか」
「いずれにせよ、彼の死は不自然だ。彼を殺す意味があったのか?」
「彼が何らかの真実に触れたとしたら……ウイルスを作った人間が殺すことだってあり得るのでは?」
「いや、それだったらウイルスを使えばいい。そのウイルスがどうやって作動するのかは知らないが、そのウイルスは最終的に人を自殺へと導くのだろう? だとすれば、それを使うのが一番じゃないか。どうしてわざわざ、こんな方法を?」
「まあ、自殺か他殺か、それは鑑識に調べてもらうことにしましょう。俺たちは――」
「――そうね。彼を殺した相手を、探すことにしましょうか。クザン、そのパソコンからデータをコピーしておいて。後で鑑識に気付かれないようにね?」
「合点承知」

 そして、クザンは持ってきていたUSBメモリをパソコンのポートに差し込んだ。
 クザンがパソコンのデータをコピーさせている間、彼女も彼女で行動することにした。この男が何を掴んだのか、それを知るためだ。
 この部屋に繋がる扉が目に入った彼女は、先ずはそこから探索することとした。
 中に入ると、そこにもキャビネットがあった。
 しかし入っていたのはサーバではない。大量のファイルだ。

「電子ファイルだけじゃなくて、紙のファイルでもまとめていたのね……。こりゃ、ちゃんとしているわ」

 そう言って彼女は手袋を装着する。
 そして、キャビネットのファイルを一つ一つ手当たり次第にみていくことにした。


 ◇◇◇


 とはいえ、部屋一面に置かれているキャビネットに詰められているファイルを一つ一つみていくには流石に時間が足りな過ぎるので、少しピックアップしてみていくことにした。

「何か手っ取り早く情報がまとめられているものは無いだろうか……。いや、そんな甘くはないか」

 と、呟きながら彼女は捜索した――その時だった。

「ん? Virus……ウイルス、か。どうしてこれだけ英語で書かれているんだ?」

 彼女は一つのファイルに目が入った。
 そのファイルはほかのファイルと比べれば格段に薄かった。どうやら入っている中身がほかのファイルに比べて少ないらしい。
 だが、どこか気になった彼女はそのファイルを手に取った。

「シキガワさん、終わりました!」

 シキガワがファイルを見ようとしたその時、部屋からクザンの言葉が聞こえた。

「了解。それじゃ、私たちはここから出ることにしよう。そうじゃないと私たちが疑われかねない」
「この人の遺体は?」
「いずれ気付くだろ。ひとまずは誰にも見られていないから、出る時も見られなければ万事OK」

 笑顔で言うシキガワに、頭を掻きながら渋々了承するクザン。

「……まあ、いいか。ところで、そちらの収穫は?」
「あったぞ、結構いいものが、な」

 そう言ってクザンに見せつけるようにファイルを持ち上げた。

「それは?」
「解らん。だが、何かウイルスの核心に迫る情報が書いてあると思う」
「警察官の勘、って奴ですか」
「ああ、そうだ」

 胸を張って、彼女は頷いた。

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