自殺の楽園

巫夏希

001




 西暦二〇二九年、東京。
 一台の自動車が首都高速を軽快に走っている。
 黄色い軽自動車、その名前をベスパと言った。
 ベスパを運転しているのは、若い女性である。青がかった黒の髪を短くまとめ、サングラスをかけている。肌は白磁のように美しく、スタイルも良い。彼女をモデルと言って納得しない人間がいないくらいである。
 しかしながら、もうこのように説明している通り、彼女はモデルなどではない。
 彼女の職業は――。

「こちらシキガワ。首都高にてスピード超過とみられる車を発見した」

 ヘッドセットを装着している彼女にとって、その発言はただの独り言ではない。彼女が常時接続している首都整備課の監視用ワークステーションと繋がっている。
 即ち、その発言もワークステーションが聞き取ったということと同義であり、

『こちら首都整備課。先ずはスピード確認をヨロシク』
「しているわよ。……出たわ、三〇キロオーバー。よくシステムが反応しなかったわね」
『システムにハッキングしたのかもしれないぞ?』
「まさか。ただの一般人でしょう?」
『一般人じゃないかもしれないぜ、今の世の中じゃ。トップスターが百人の一般人に紛れても見分けがつかないかもしれないぞ』

 ハンドルを切り、アクセルを踏む。

「まあ、そうかもね」

 そして、彼女の乗る車がスピードを急速に高めていく。


 ◇◇◇


「……スピード違反がもう五回目、ですって?」

 スピード違反の車を無事誘導し、事故も無く車を止めることに成功した女性――シキガワは、それを聞いて耳を疑った。

「普通五回もしたら免許停止処分が下るのではなくて?」
『もしかしたら、プログラムにガタがきているのかもしれないね。そろそろ、このプログラムも修正しないと。エイトの時代だからね』
「エイトの時代って、もはや十年以上昔のことじゃない」
『寧ろ、それからのプログラムが未だ正常に動いていること自体面白い話ではあるけれど、ね』

 ヘッドセットの相手は、そう言ってケラケラと笑う。

「ああ、もう! いいわよ、取り敢えずコチラでケリをつけるから」

 そう言って、半ば強引に話を切り上げた。

「あ、あの……」

 運転手の方に目線を向けるシキガワ。
 シキガワは彼を見れば見るほど、異常に思えた。
 小柄な青年だった。眼鏡をかけて、髪は茶色、ぼさぼさの髪なのはあまり理髪店に行きたがらないのだろう。白いシャツにはロックバンドと思われるグループのロゴが描かれており、下はジーンズを履いている。
 普通に街中をこのまま歩いていてもおかしくない、健全な存在。
 一般に見れば、そう思われる。
 現に彼女もそう思っていた。
 だからこそ。

(この子がプログラムを……ハッキングするとは思えない)

 警察官の勘。
 よく彼女はそう言った。予知能力めいたそれは、現に当たることが殆どである。
 だからこそ、彼女はそれを信頼して、それを使っている。
 でも、だからといって、彼をそう簡単に解放させることも出来ない。シキガワ一人がいいとしても、組織としてその判断は正しくないのである。組織に所属している人間は、組織をよりよく成長させていくために行動せねばならない。即ち、組織の行動に反するようなことは規律によって罰せられる。

(まあ、そんなことは面倒だから、破っていても無視してしまうのだけれど。第一、厳しいのよね、規律が。こんな規律、守れるとでも思っているのかしら。ほんとうに解らない……。年寄りの考えだから、仕方ないのかもしれないけれど)
「あ、あの」

 青年の声を聞いて、彼女は我に返る。

「あ、ごめんね。取り敢えず、署に来てくれるかな? つもる話もあるけれど、先ずはそこで話をしましょう」

 彼女の言葉に、青年は静かに頷いた。
 それを見て一安心するシキガワ。よくあることなのだが、こういう時、否定されることが多い。自分の罪を正当化したくない――それが人間の常というものである。
 そしてシキガワと青年は警察署へと向かうべく、それぞれの車に乗り込んだ。
 シキガワが先導する形で、二人は警察署へと向かった。

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