勇敢なるオカケン

チョーカー

嗤う高岳剣時

 
 「別に私は怒っているわけではないのですよ」
 「……はい」
 「私は、ここの管理者、関係者でもないわけですから」
 「……はい」
 「地元の人間や、卒業生といわけでもありません」
 「……はい」
 「でも、思い出の場所を心霊スポットって言われると気分がよくないですよね?わかります?」
 「……はい。ごめんなさい」
 「いえ、怒ってないですよ。いやだなぁ、そんな土下座までして……それじゃ、私が怒っているみたいじゃないですか」
 「……」

 つい感情的になってしまった。
 初対面の少年に、怒りをぶつけてしまった自分を猛省する。
 「さて、冗談はさておき」と暗闇の廃校で、体を縄で縛ったキュウリ臭い少年は、四つんばいの体勢から、顔を上げて立ち上がった。
 「僕の名前は、高岳剣時たかおかけんじと言います。貴方は?」
 彼は爽やかに自己紹介をした。
 まるで、今までの一連の流れを無視したように自然な自己紹介だった。
 私は―――

 「私は綾峰蓮あやみねれんです」

 私は普通に名前を名乗った。どうして、名乗ったのだろうか?
 初対面の人間に無防備に―――

 「……あやみね…れん?綾峰蓮?」

 高岳剣時と名乗った少年は、私の名前を繰り返し口に出す。
 まるで、何かを思い出しているように……そして、彼は―――
 「あの綾峰蓮ですか?何年か前に話題になった霊感美少女の?」

 ―――ドックン―――

 自分の心音が跳ね上がった音が聞こえた。
 この人は知っている。過去の私を……私の汚点を……

 「確かに面影ありますね。いや、こうやって見ると、間違いなく本人だ」

 彼は、自分の考えが正しいと確信している。
 そして、それは正しい。
 私は、その綾峰蓮だ。
 かつて、霊感美少女として売り出されていたタレント。
 いや、そういう設定の芸能人だった。
 自分の迂闊さが嫌になる。心霊スポットに来る人間が自分の事を知っている可能性が、決して低くない事を失念していたのだ。
 そして彼は言うのだ。過去の私を知っている人間が、皆、言葉を揃えて言う言葉を―――

 「どうして、テレビとか、でなくなったんですか?」

 ―――ドックン―――

 気がつけば駆け出していた。逃げ出していた。





 「あやちゃん……」
 私、阿倉さくらは、駆け出していったれんちゃんをすぐに追いかける事ができません。
 一体、あやちゃんに何があったのか、私にはわかりません。
 でも、まだ呆然と立ったままの少年、確か名前は、高岳剣時……さん? 
 見た目の年は同じくらいなので高岳剣時くんと呼びましょう。
 彼の、高岳剣時くんの対応が無神経だったのは一目瞭然です!
 私は、できるだけ怒った顔を意識して、抗議の視線を彼に送ります。
 しかし、彼は、まるで私に気がついていないように―――

 笑みを浮かべ始めました。そして、それは声に出した笑い声に変わっていきます。

 「くっくっくっ……あは、あはははははは……ケタケタケタケタ…けたけたけた……」

 「ひっ!ひぃ」
 気がつけば、私は悲鳴を漏らしていました。
 彼の笑い声は、彼の姿は、この世の物とは思えないほど不気味でした。
 まるで、何かに取り付かれたように、まるで怪物のように見えます。
 だめだ。ここで、この人と一緒にいたら危ない。危険だ。
 私はあやちゃんを追いかけて……いえ、私は、こんな時ですあやちゃんに助けて貰おうしてるのです。
 そんな、自分が嫌になって―――
 私は足を止め、高岳剣時くんに向かっていきます。
 彼に抗議するために―――

  
 

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