勇敢なるオカケン

チョーカー

思い出の場所

 夏の夜は遅い。
 夜の7時は、暗闇には遠い。でも、明るいわけでもない。
 沈みかけの太陽が夕暮れのオレンジを演出がない。
 全体的に灰色が周囲を染めていく、夜に変わって行く。
 なぜだか、私はそれを不安に感じてしまっている。
 ……本当にどうしてなのかしら?

 私たちは夕餉を楽しんだ。コンビニスイーツ、侮りがたし……
 そして、休憩。
 普段は行わない1時間のウォーキングは、知らない間に体を、主に足を披露させていた。
 食後の休憩にしては、少し行儀が悪い恰好。両足を投げ出し、起こした上半身を後ろに回した両手で支える。見るとさくらちゃんも同じスタイルだ。それが、そのポージングが体をリラックスさせてくれる。
 私たちは、束の間の休憩を雑談で楽しんだ。
 そして……

 「……それじゃ、そろそろ」 
 「うん、行こう!」

 さくらちゃんが、意外と乗り気な様子なのは驚いた。
 もしかしたら、久々の再開でテンションが上がっているのかもしれない。

 「よかった。懐中電灯があって」

 懐中電灯は玄関にあった。靴置きの上に無造作に置かれている。
 もしかしたら、最近、騒がれている地震対策で、直ぐにわかる場所に置いていたのかもしれない。
 少し、古ぼけた懐中電灯。スイッチを入れてみると、想像以上の明るさを発揮してくれた。
 ひょっとしたら、夜の田舎に取って懐中電灯は私の思っている以上に必需品なのかもしれない。
 外に出ると夜だった。
 いくら、夏の夜は遅いと言ってみても、時計を見ると8時前になっている。
 太陽が沈み切ってから、しばしの時間が経過済みなのでしょう。
 そこで私は、夜の田舎と言うものを如実に経験する。
 暗い。本当に暗い。
 空を見上げると、月や星にうっすらと雲がかかっている。
 月明かりは期待できない。
 民家の窓から漏れる光は遥かに遠い。もちろんに道に街灯なんて気が利く物は存在しない。

 「ちょっと、無謀だったかしら?」

 さすがに私も後悔の念を感じてしまった。
 道を照らす道具が懐中電灯しかないという事は、単純に危ない。
 万が一でも、唯一の光源を失ってしまったら、どうなってしまうのか?
 台風の日に、農家のお年寄りが田んぼの様子を見に行って、川に落ちてしまう事故は全国で一定数は起こっている。
 それは、水かさを超えた川と道路に溜まった水が原因で、道と川の境界が肉眼では識別できなくなってしまうのではないか?
 今宵、道と川の境界が曖昧になってしまう可能性も0ではない。
 なぜだろう?私はそんな危険性を感じてしまっている。
 本当に不思議。
 しかし、そんな私に構わず、さくらちゃんが急かしてくる。
 それも、本当に不思議。
 もし、家を出た直後に、さくらちゃんの口から「家の中に、血の付いた斧を持った男の人が隠れていたの……」なんて都市伝説の1シーンみたいな言葉が飛び出した方が、リアルを感じてしまうかもしれない。
 もちろん、そんな事はなかった。
 家から出てもさくらちゃんはさくらちゃんだった。
 普段通りで―——
 話す事自体が楽しくてたまらない。そんな感じ。
 平常心を装っている私に気がつかないみたい。
 あぁ、私は私の不安を彼女に察してほしいのか?それとも、察してほしくないのか?
 それすらも分からなくなっていく。

 やがって目的地に辿りつく。
 私たちは、壊れた扉から敷地内へ進む。
 学校―——廃校と言ったほうが正確。あの時とは違っていた。そのはずなのに……
 私の目には、あの風景と一致していく。
 不意にさくらちゃんの方に目をやる。彼女も笑顔を私に向けてくれる。
 来る前は不安があった。どうして私は、あんなにも不安を感じていたのかしら?
 それは……たぶん……変わってしまった事に対しての不安。
 それは、決して風景だけの事ではない。
 私が、さくらちゃんが、あの頃と変わってしまっていたら?
 あの日、あの時、そして、この場所。
 そこを訪れて、感情に揺さぶられる物がなくなっていたら……
 それが怖かったのだと思う。それが不安の正体。
 でも―——

 「あの時を同じだね」

 さくらちゃんはそう言った。

 「うん。同じ」

 私はそう言った。
 夜でよかった。頬を伝って溢れ落ちる水を感じながら、私は思った。
 もしも、私の顔がライトで照らされたら、恥ずかしくなって走って逃げ出してしまうかもしれない。

 「来てよかった」「……うん」

 そんな私たちの会話は、静かに続いた。
 しかし、不意に―——
 音がした。誰もいないはずの廃校。
 何かが、水の中に投げ落とされたような音。
 一体、どこから?
 気がつくと、さくらちゃんが私の服の裾を掴んでいる。不安そうな表情。
 「……行ってみよう」
 私の言葉に、さくらちゃんは驚いたみたいだった。
 でも、それでも、彼女は力強く頷いた。まるで、自分を勇気づけさせるみたいに―—— 
 

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