レディ・ヴィランの微笑み

ノベルバユーザー91028

悪役令嬢の決心

悪役ヴィラン」として生きることを定められた人間–––––ジュリア=オーウェルの生涯における目的。それは、
一つ。主人公プレイヤーとして攻略対象を全員攻略すること。
二つ。伯爵令嬢として、後継の役割を全うすること。


……だが、それだけではない。
榎本樹里亜の意思。始めから終わりまで“可哀想”なまま、望まぬ死を強制され惨めに消えた彼女が最期に誓ったもの。それは、
–––––この世界に悪意を振り撒き、全てを呪うこと。
死の瞬間。
彼女は世界を、人を、運命を–––––そして「全て」を憎み、恨み、怨み、嫉み、呪った。
壊してやる。毀してやる。
消してやる。滅してやる。
何もかもを–––––そう、何もかも全てを。
そのためならば、あらゆるものを対価に捧げよう。これまで大切にしてきたものさえも。持っていくがいい、その代わり決して容赦などという生温いことはしてやらない。
「わたし」が悪役? –––––好都合。
ならば、全うしてみせる。完璧に演じ切ってみせようではないか。
悪役淑女レディ・ヴィラン”のおくりなをこの胸に刻み、邁進してやろう。
どこまでも。
たとえ行く先がが人の道に悖るものであり、「外道」に堕ちるとしても–––––畜生と蔑まれようとも。


さぁ、死すべき人間もの達よ。
我にひれ伏せ、そして絶望せよ。
お前等は決して、救われたりなどしない。
なぜならば。英雄も勇者も、この世界には絶対に現れないのだから。




「政治学の勉強? わたしがですか……。かしこまりました。お父様の命とあらば、このジュリア、謹んで拝命いたします」
執務室に鳴り響いた一本の電話。それは遠く離れたオーウェル領の本邸に住まう伯爵家現当主オーウェル公からのものだった。
–––––この国の政事を回し采配を振るう、辣腕宰相「シオン=エルグランド」の元に赴き、彼の手伝いをしながら政治学を学び、現場の知識を得よ。
という命令が下された。
もちろん表向きの口実に過ぎず、裏には真の目的が隠されている。有能で知られるシオンから僅かでも情報を引き出し、王城内の実情を知ること。加え、シオンと繋がっている人間を特定し、そこから人脈を広げること。
すなわちコネクションの構築と情報収集。これが最大の「目的」だ。
ジュリアが次代の伯爵位を継ぐということは、幸いにして既に知られている。だから、後々のために勉強がしたいのだと言っても怪しまれないし相手も断りにくい。
ジュリア本人が、前世の記憶を取り戻す前からスケジュールに組み込んでいたことだ。宰相と事前に打ち合わせを重ねた上での予定であり、それを今の彼女が利用する。
「……ふふ、ようやくここからが本番ね。さて、『わたし』は上手くやれるかしら?」


明くる日の朝。まだ日も昇りきらぬうちからジュリアは屋敷を出発した。
いわば「弟子」の立場にある彼女が、「師匠」であるシオンの予定に合わせるのは当然のことであり、ゆえに遅刻は決して許されない。前もって到着しておく必要があった。
日頃忙しい立場にある宰相閣下のスケジュールは分刻みだ。彼は夜明けと共に動き出し夜更けが過ぎても仕事に追われる……という日常を何年も繰り返している。
シオンの、仕事中毒ワーカーホリックとあだ名されるほどの働きぶりは有名だ。王国における政治を行う組織として「元老院」はもちろん存在するが、結局歴代でも優秀な宰相シオンが一切を任され取り仕切っている。
その凄まじい仕事ぶりに付いていくのは並大抵のことではない。彼ほどではないものの、普段から同じような作業をこなしているジュリアにも、彼についていけるか自信はこれっぽっちもなかった。
「……はぁ。あんまり気は進まないけど、やるしかないわね」
こめかみの辺りを押さえながら自分に言い聞かせるように呟くジュリアへ、傍らに寄り添う少年–––––サンサーラは面白がるような笑みを浮かべて言った。
「へぇ、天下無敵の悪役令嬢にも嫌なことはあるんだ?」
「当たり前でしょ、わたしにだって苦手なものはあるわ。……はぁ。前世も仕事仕事の毎日でようやく解放されたっていうのに、どうして今世でまた仕事漬けの日々を送らなくちゃいけないのかしら」
王都へ向けて走る馬車の中に憂鬱な空気が漂い始める。物憂げな表情で車窓を流れる景色をぼんやり眺める彼女に、少年は励ますような眼差しを送った。
「まぁ、これも一つの人生経験と割り切ってやるしかないんじゃない? っていうか、あんた仕事できるの?」
「はっ。舐めないでよ、こう見えても伯爵家跡取りとして領地経営にも携わっているし、成人する前からお父様のサポートを行っているんだからね」
自信たっぷりに宣言する彼女の自慢げな笑顔を見て、サンサーラもまた頬を緩めた。
「ふふん、それだけ言うならお手並み拝見といこうか。せいぜい吠え面かくなよ」


それまで薄暗かった馬車内に、ふと明るい日差しが射し込んだ。–––––日の出だ。
閉じていたカーテンをさっと開き、ジュリアは細い体を乗り出して外界を見つめる。
黄昏とはまた違う赤さの日輪が、空と山と大地を金に染め上げていた。東の方角は太陽の色を宿し、眩いばかりの輝きを放っている。夜の冥暗を払拭するように、明るさを増した曙光が余すことなく照らし出す。
昏かった闇が晴れ、若草色の地面とその上に点在する民家、のんびりと草を食む動物の群れや田畑がはっきりと見通せる。
朝が来た。
眠っていた世界が目覚め、時の針がまた更に進み出すのを肌身に感じる。
「……サンサーラ。この世界は、美しいね。とてもとても綺麗。……だから、汚してしまいたくなる」
「そうだね……、ボクも等しく思うよ」



予定通りにジュリアは宰相専用の執務室に辿り着き、まずは自己紹介の時間になった。
なんと既にシオンは仕事を始めており、デスクワークに励んでいた。
「お初にお目にかかります、オーウェル伯爵家令嬢ジュリアと申します。本日より約三日間、よろしくお願いいたしますわ」
臣下としての礼をとり、スカートの裾をつまんで頭を垂れるジュリアへ、おそらく三十路と思われる男性–––––シオン=エルグランド宰相閣下はペンを走らせながら告げた。
「あぁ。オーウェル公から話は伺っています。政治学の勉強をしたいんでしたっけ? 正直、過密スケジュール過ぎて女性には少し厳しいとは思いますが……、まぁこちらこそよろしくお願いします」
無愛想な響きだが低めの艶やかな美声。加えて男らしく精悍に整った容貌に、鍛えてあるがっしりした体つき。黒髪をさっぱりと短く切りそろえ、東洋の「キモノ」に似た長めの上着を羽織った男性。
彼もまた「dream・lovers」における攻略対象キャラクターの一人であり、辣腕宰相「シオン=エルグランド」という。
「はいっ。未熟者なりに精一杯努めさせていただきます!」
返事は明るくハキハキと。普段から心掛けているそれを再度意識し、彼女は声を張った。

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