レディ・ヴィランの微笑み

ノベルバユーザー91028

せかいでいちばんおひめさま。

乙女ゲーム史上最高のヒロイン。
みんなの理想の女の子。
奇跡の女主人公。
慈愛と慈悲を体現する聖女。
天使よりも優しく女神よりも綺麗な少女。
「dream・lovers」で唯一無二の存在。
……その他、彼女を表す美美びびしい形容はたくさんある。どれもが彼女の内面を褒め称えるものだ。あくまでプレイヤーからしてみればアバターでしかないはずの彼女は、むしろ攻略対象よりも多くの人気を集めた。
それほどに、プレイヤーから愛された存在。それが、「宮原柚葉みやはらゆずは」という少女。
誰よりも愛らしく、何よりも清く正しく美しい、劣るところのないヒロイン。
完璧過ぎて腹が立つ。……そう思えるほど。
「柚葉」になりたい。
あの時わたしは、何度も何度も繰り返し願った。彼女みたく愛されたかった。彼女のように輝きたかった。
柚葉なら。もしもわたしが柚葉だったら。
きっと、もっと、素晴らしい人生を遅れたはずだったから。




(宮原柚葉……っ! なぜ、あなたがここにいるの? )
心の中でわたしは絶叫する。
よりによって一番会いたくない人間がこの世界に来てしまった。むろん、分かっていたことだ。いつかは来ると知っていた。
彼女がゲームの舞台となる国–––––すなわちこのシュバルツベルンに現代日本から転移することで物語は始まる。
ゆえに彼女の到来を回避する手立てはない。もしも柚葉が来なければ、そもそもこの世界が成り立たないからだ。
……でも。できれば会いたくなかった。
彼女はあまりに美しいのだ。その心の綺麗さにきっとわたしは耐えられない。だから、柚葉と対面するのだけは避けようと決めていたのに。
会ってしまった。……遂に。
ああ、カミサマ。
わたしのことが誰よりもキライなカミサマ。やっぱりアナタは優しくないのね。
だから、こういう運命を紡ぐのでしょう。



「驚いた、まさか本当に成功するなんて。……でも、いいのか? 異世界の優秀な兵士を連れてくる予定だったんだろ?」
実験の成果に目を瞠って驚嘆する王子に魔術師レオンハルトはにひひと悪い笑顔で言う。
「なーに言ってんのさルカ王子! こーんなカワイイ女の子が引っ張り出せたんだし全然無問題だーって♪ それにさ、考えてもみなよ。戦場では絶対的に女が不足するからそういう時のことを鑑みたら、むしろサンプルとしては有効だって」
……戦場で捕虜が被害に遭い、国際問題となるよりは異世界の女でコトを済ませてしまえば角が立ちにくい、ということだろう。ろくでもない考えだ。つくづく馬鹿にされていると思う。……確かに、戦場で女が役に立つ機会といったらそれくらいしかないのが現状といえど。
「あのう……皆さんは何者ですか? っていうか、ここ、どこなんです……? 私、どうしちゃったんでしょうか……」
困惑に満ちた少女の言葉が研究室に響いた。


とりあえず、実験サンプルこと宮原柚葉はわたしが預かることになった。本来は実験者であるレオンハルトが持ち帰る予定だったが、召喚されたのが何の力もないただの少女なため、同じ女性であるわたしに白羽の矢が立ったという訳である。……よりによって。
正直、断りたい気持ちでいっぱいだった。しかし、他ならぬ王子がぜひにと頼んだ。ならば、王家に忠誠を誓う貴族である以上許されない。王族に恥をかかせるなんてことは、貴族にとって最大の重罪だからだ。
そして、王子はそれをわかってわたしに頼んでいる。頭まで下げようとした。これはもはや「お願い」の域を越えている。完全なる「命令」だ。王族に頭を下げさせるなんて非礼をわたしにさせようとしたのだ。
……ずるい。なんて強かなひとなのだろう。
ゲームの中でこんな一面は見せなかった。
それは父親であるオーウェル伯爵もだ。彼はゲーム内ではただの小悪党でしかなく、娘を道具のように扱う一方で溺愛し甘やかすという二面性を表に出すことはなかった。
たぶん、ここは「dream・lovers」そっくりというだけで実際には全く別物の世界なのだ。だって、でなければこんな生々しい姿を目に焼き付けられているはずがないではないか。
知りたくなかった、こんなことは。
名前の通り、夢の世界と思っていたのに。
違った。ここは確かに存在する、もう一つの現実なのだ。わたしが生きていたあの場所と何にも変わらない、隣り合わせの世界だ。
その無情さに思わず泣きたくなる。
それでも耐えていかなければなからなかった。だってもう、わたしは二度とこの世界を拒めない。あの時、ここを逃避場所に選んでしまったのだから。



地下研究室からわたし達は離れ、それぞれ帰途に着いた。王子は王城へ、わたしは柚葉と共に別邸へ。本来の予定では王城で開かれる勉強会に出席するはずだったが、公式な場に柚葉を伴えないので一旦帰るしかなかったのだ。あとで他の貴族令嬢に詳細を聞いて、お父様には適当なことを報告するしかない。
「……はぁ。なんだか疲れちゃったわ」
ボソリと独りごちたつもりだったが、しっかり耳に届いていたのだろう。はっと顔を上げた柚葉が労るように微笑んだ。貴族社会に生きる者として常に隙のない振る舞いを求められるわたし達と違い、彼女の笑みは素朴で優しさと慈愛に満ちている。思わず、絆されそうになるほどに。
「大丈夫ですか? ジュリアさん、……少し休んだ方がいいですよ。顔がやつれてます」
栗色の髪と同様、淡い色の瞳がまっすぐにわたしを捉えた。かちりと視線が合う。
「……っあ、……大丈夫よ。こう見えても、わたし、体力はある方なの」
にこりと笑顔を取り繕う。今、わたしは綺麗に笑えているのだろうか。歪んでない? 引き攣ってたりはしないのかな。
もしも、わたしの内面に勘づかれたら。
今度こそ、もう立ち直れないだろう。



馬車はゆっくりと、元来た道を走ってゆく。
馬車道の周りに広がる青々した麦畑が、遥か向こうの山嶺に沈みゆく斜陽に照らされ眩い光を纏う。ポツポツと点在する民家からはうっすらと煙が棚引いている。もうすぐ夕飯時だからだろう。長閑で平和で穏やかで、胸を掻き毟りたくなるくらいに美しく、けれど郷愁と憂鬱を湧き上がらせる風景だった。
きっと、今度この場所を通る時は。
–––––わたしがシナリオ通りに断罪される時だ。
その時今見ている世界はどのようにわたしの眼に映るのだろう。
絶望に塗れても尚、世界は夢のように美しいままなのか。それとも–––––。


やがて悪役と蔑まれることになる女と、「ヒロイン」であれと希われた少女は。こうして今一度邂逅した。

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