引きこもりLv.999の国づくり! ―最強ステータスで世界統一します―
シュンの部 【ロニン】
当時のシュンは浮いていた。
――空気を読まない。
――頓珍漢な発言をする。 
まさに協調性のないシュンは、常にひとりぼっちであった。
だから、多くの子どもたちがじゃれあっているなかにあって、シュンだけがひとりだった。
――そういや、こんな時代もあったな……。
シュンは諦観のため息をつきながら、椅子に腰を落とし、ゆっくりと頬杖をついた。このときはたしかに辛かった。けれど、引きこもりを極め、孤独に慣れてしまったいま、《ひとり》であることはそれほど苦にならない。
そんなときだった。
「よう、シュン君」
ふいに馴れ馴れしく肩を叩いてくる者がいた。シュンは振り向き、そして驚愕した。
「リュウキか……」
自然と相手の名前が口をついてでる。茶髪を多方面に逆立てた、活発な男児である。
リュウキ。
当時のシュンに声をかけてくる、唯一の生徒だった。明るく朗らかな性格で、嫌われ者のシュンと接することに毛ほどの嫌悪感も抱いていないようだった。
彼だけがたったひとりの友達だった。
だから家にも招待したし、家に呼んだこともある。父も母も、嬉しそうにリュウキを出迎えた。
けれど。
――よくある話だ。
リュウキは、シュンを《玩具》と見なしていただけだった。
シュンが思い切って打ち明けた話を、翌日、面白がってクラスメイトに打ち明けていた。シュンの両親の悪口を、リュウキは楽しそうに生徒たちに広めていた。
シュンだけが、彼に親近感を覚えていたのである。 
それを知ってからだ。
シュンは他人が嫌いになった。
誰かを信じるのをやめた。
シュンは外の世界を拒絶し、引きこもるようになった。
次の瞬間、《場面》が変わった。
「…………!?」
シュンは目を見開いた。
自分はさきほどまで学び屋にいたはずだ。なのにいま、また別の場所にいる。
「ねえ、シュン君、お願い、出てきてよ……!」
中年の女の声が聞こえる。
そう、これは――
「お願い、たまには出てきてよ。今日は村のお祭りが……」
「うるせェな。興味ねェって言ってんだろうが」
「シュン君……」
ここは自分の家だ。
母親が部屋の扉を何度も叩いている。その後ろ姿を、シュンはぼんやり見つめていた。
どこかで見たことがある。この光景は……
「ねえお願い。お父さんも久々にあなたの顔を見たいって……」
「うるせェって言ってんだろが。寝かせとけ」
間違いない。
これは昔、何度も母親と交わされたやり取りだ。俺はまた、別の過去に飛ばされている。
母親は悲しそうにうなだれると、身を翻し、力のない足取りでリビングに戻っていった。その際、シュンの姿に気づくことはなかった。どうやら見えていないようだ。――いや、俺がただ過去の世界を覗き込んでいるだけか。
「…………」
特になにを思うでもない。シュンはなにも考えず、かつての自室に歩を進めた。
くかー、くかー、と。
大きないびきが聞こえる。
考えるまでもなく、かつての自分のいびきだ。
母親にあれだけ懇願されてもなお、昔のシュンはなんとも思わず、好き勝手に昼寝ばかりを繰り返していた。
「…………」
わかってはいた。
自分はとんでもない穀潰しであると。本来であればなんらかの職に就き、家計を助けてもいい年齢だ。それなのにシュンは好き勝手に振る舞い、親を苦しめていた。
そう。
こうして引きこもっていた時期があったからこそ、シュンは世界最強の力を手に入れた。でもそれは結果論だ。いままで考えないようにしてきたが、その《最強の力》を得るために、いったいどれだけ親に迷惑をかけてきたか。
もう親孝行はできない。現実の生まれ故郷は、すでにアルスによって破壊され尽くしている。
わかっていたのだ。
自分が最低なすねかじりであると。
それでいて、シュンはずっと引きこもっていた。
「…………」
シュンは身を翻し、今度はリビングルームに歩を進めた。
「どうだった、シュンは」
「駄目ね……やっぱりまだ元気が戻らないみたい」
「そうか……」
ダイニングテーブルを挟み、両親が深刻な顔で話しあっていた。
テーブルには食事の用意もあった。三人分だ。
「いつかきっとわかってくれるさ。根気よく頑張ってこうや」
「そうね……。ねえ、あなた」
「ん?」
「学び屋に行かせたこと……間違いだったのかしら……」
「…………」
「あれからよね、あの子が塞ぎ込むようになったの。私、あの子にひどいことしちゃったかもしれない……」
「そんなこと言うな。おまえは精一杯頑張ってたさ」
――親父。お袋。
シュンはそう呼びかけようとしたが、しかし届かなかった。
なんと皮肉な話か。
自分も結婚し、親になってようやくわかった。
あれほど鬱陶しかった親の呼びかけは、真に息子を思うがゆえだ。
シュンだって激高した。精神的にトルフィンを痛めつけたアルスに。だからいま、息子を心配する自分の両親の気持ちが、痛いほどよくわかる。
なのに、昔の俺は、親を怒鳴りつけ、ときに汚い罵声を浴びせ、追い返していた。
――これが俺の闇。トラウマってやつか……
シュンは壁にもたれかかり、生まれて初めて、頬に一筋の雫を流した。いくら償おうとしても、もう両親は帰ってこない。
何分経っただろう。
再び《場面》が変わった。
今度は薄暗い洞窟のなかだ。当時の村人シュンが、魔王の娘ロニンをかばい、勇者アルスと相対している。
「貴様がなんと言おうと、その女は魔王の娘。本質がどうであろうと、殺すべき宿命の敵だ。もし邪魔するのであれば、貴様とて殺してやるぞ」
「……やれやれ」
勇者アルスの鬼気迫る眼光を受け止めながら、村人シュンはぽりぽりと後頭部を掻いていた。
――あのときだ。
昔の光景をぼんやり眺めながら、シュンはひとり、思考に耽った。
ロニンと初めて出会ったあの日。当時、俺はロニンがどうしても悪者とは思えず、勇者アルスと対峙した。
戦闘を始めようとする村人シュンを、ロニンが控えめに掴んだ。
「……なんだよ?」
「なんで……お兄ちゃんは私を守ってくれるの?」
もじもじするロニンに、村人シュンは肩を竦めて言った。
「さあ。知らん」
懐かしいやり取りを見て、シュンは思わず乾いた笑みを浮かべた。
当時は恥ずかしさから、こうやってごまかした。
だがいまならわかる。
幼少期、シュンは嫌というほど傷つけられてきた。
だからわかるのだ。
人の苦しみ。悲しみが。
ゆえに放っておけなかった。一方的にアルスに痛めつけられているロニンが。
おかしな話である。
さんざん両親に迷惑をかけ、引きこもっていた自分が、なぜかロニンだけは助けようと思った。それは最強の力を手に入れて、浮かれていたからという理由だけじゃない。
きっと罪滅ぼしのためだ。
当時まるで存在価値のなかった自分だが、誰かを守ることで、すこしでも満足感を得たかったのだ。
もちろん、そんなことは誰にも言えない。だから恥ずかしさを紛らわすために、ときに飄々(ひょうひょう)とした態度で、自分の弱さを気づかれないようにしていた。
それが……俺という人間だ。
その後、前代魔王を退治し、シュンはロニンから盛大に感謝された。だが、なんてことはない。その実、シュンだって救われていた。彼女を助けていくうち、自分の心の傷も癒されていく気がしたから。
いつもそばにロニンがいた。
すこしドジな妻だけれど、でも、彼女のおかげで、シュンも変わった。
そんな思考に満たされていくうち、シュンの視界に光が現れ始めた。過去の光景が薄れ、暖かな輝きに包まれはじめる。
そんななかで、ぼんやりとシュンは思い出した。
魔王討伐から一ヶ月後のことだ。
引きこもりシュンに、クローディア学園への招待状が届いた。すんなり入学を承諾するシュンに、当時、母親がひどく驚いていたのを覚えている。
「じゃ、行ってくるかな。……あ、えっと」
学園に向かう前、村の出入り口にて、シュンは母親に目を向けた。
「色々とありがとな。そんだけだ」
「……うん。そっちでも、頑張って」
若干目を潤ませながら、母親はシュンに手を振っていた。
薄れていく意識のなかで、シュンも思い切り手を振り返した。
――空気を読まない。
――頓珍漢な発言をする。 
まさに協調性のないシュンは、常にひとりぼっちであった。
だから、多くの子どもたちがじゃれあっているなかにあって、シュンだけがひとりだった。
――そういや、こんな時代もあったな……。
シュンは諦観のため息をつきながら、椅子に腰を落とし、ゆっくりと頬杖をついた。このときはたしかに辛かった。けれど、引きこもりを極め、孤独に慣れてしまったいま、《ひとり》であることはそれほど苦にならない。
そんなときだった。
「よう、シュン君」
ふいに馴れ馴れしく肩を叩いてくる者がいた。シュンは振り向き、そして驚愕した。
「リュウキか……」
自然と相手の名前が口をついてでる。茶髪を多方面に逆立てた、活発な男児である。
リュウキ。
当時のシュンに声をかけてくる、唯一の生徒だった。明るく朗らかな性格で、嫌われ者のシュンと接することに毛ほどの嫌悪感も抱いていないようだった。
彼だけがたったひとりの友達だった。
だから家にも招待したし、家に呼んだこともある。父も母も、嬉しそうにリュウキを出迎えた。
けれど。
――よくある話だ。
リュウキは、シュンを《玩具》と見なしていただけだった。
シュンが思い切って打ち明けた話を、翌日、面白がってクラスメイトに打ち明けていた。シュンの両親の悪口を、リュウキは楽しそうに生徒たちに広めていた。
シュンだけが、彼に親近感を覚えていたのである。 
それを知ってからだ。
シュンは他人が嫌いになった。
誰かを信じるのをやめた。
シュンは外の世界を拒絶し、引きこもるようになった。
次の瞬間、《場面》が変わった。
「…………!?」
シュンは目を見開いた。
自分はさきほどまで学び屋にいたはずだ。なのにいま、また別の場所にいる。
「ねえ、シュン君、お願い、出てきてよ……!」
中年の女の声が聞こえる。
そう、これは――
「お願い、たまには出てきてよ。今日は村のお祭りが……」
「うるせェな。興味ねェって言ってんだろうが」
「シュン君……」
ここは自分の家だ。
母親が部屋の扉を何度も叩いている。その後ろ姿を、シュンはぼんやり見つめていた。
どこかで見たことがある。この光景は……
「ねえお願い。お父さんも久々にあなたの顔を見たいって……」
「うるせェって言ってんだろが。寝かせとけ」
間違いない。
これは昔、何度も母親と交わされたやり取りだ。俺はまた、別の過去に飛ばされている。
母親は悲しそうにうなだれると、身を翻し、力のない足取りでリビングに戻っていった。その際、シュンの姿に気づくことはなかった。どうやら見えていないようだ。――いや、俺がただ過去の世界を覗き込んでいるだけか。
「…………」
特になにを思うでもない。シュンはなにも考えず、かつての自室に歩を進めた。
くかー、くかー、と。
大きないびきが聞こえる。
考えるまでもなく、かつての自分のいびきだ。
母親にあれだけ懇願されてもなお、昔のシュンはなんとも思わず、好き勝手に昼寝ばかりを繰り返していた。
「…………」
わかってはいた。
自分はとんでもない穀潰しであると。本来であればなんらかの職に就き、家計を助けてもいい年齢だ。それなのにシュンは好き勝手に振る舞い、親を苦しめていた。
そう。
こうして引きこもっていた時期があったからこそ、シュンは世界最強の力を手に入れた。でもそれは結果論だ。いままで考えないようにしてきたが、その《最強の力》を得るために、いったいどれだけ親に迷惑をかけてきたか。
もう親孝行はできない。現実の生まれ故郷は、すでにアルスによって破壊され尽くしている。
わかっていたのだ。
自分が最低なすねかじりであると。
それでいて、シュンはずっと引きこもっていた。
「…………」
シュンは身を翻し、今度はリビングルームに歩を進めた。
「どうだった、シュンは」
「駄目ね……やっぱりまだ元気が戻らないみたい」
「そうか……」
ダイニングテーブルを挟み、両親が深刻な顔で話しあっていた。
テーブルには食事の用意もあった。三人分だ。
「いつかきっとわかってくれるさ。根気よく頑張ってこうや」
「そうね……。ねえ、あなた」
「ん?」
「学び屋に行かせたこと……間違いだったのかしら……」
「…………」
「あれからよね、あの子が塞ぎ込むようになったの。私、あの子にひどいことしちゃったかもしれない……」
「そんなこと言うな。おまえは精一杯頑張ってたさ」
――親父。お袋。
シュンはそう呼びかけようとしたが、しかし届かなかった。
なんと皮肉な話か。
自分も結婚し、親になってようやくわかった。
あれほど鬱陶しかった親の呼びかけは、真に息子を思うがゆえだ。
シュンだって激高した。精神的にトルフィンを痛めつけたアルスに。だからいま、息子を心配する自分の両親の気持ちが、痛いほどよくわかる。
なのに、昔の俺は、親を怒鳴りつけ、ときに汚い罵声を浴びせ、追い返していた。
――これが俺の闇。トラウマってやつか……
シュンは壁にもたれかかり、生まれて初めて、頬に一筋の雫を流した。いくら償おうとしても、もう両親は帰ってこない。
何分経っただろう。
再び《場面》が変わった。
今度は薄暗い洞窟のなかだ。当時の村人シュンが、魔王の娘ロニンをかばい、勇者アルスと相対している。
「貴様がなんと言おうと、その女は魔王の娘。本質がどうであろうと、殺すべき宿命の敵だ。もし邪魔するのであれば、貴様とて殺してやるぞ」
「……やれやれ」
勇者アルスの鬼気迫る眼光を受け止めながら、村人シュンはぽりぽりと後頭部を掻いていた。
――あのときだ。
昔の光景をぼんやり眺めながら、シュンはひとり、思考に耽った。
ロニンと初めて出会ったあの日。当時、俺はロニンがどうしても悪者とは思えず、勇者アルスと対峙した。
戦闘を始めようとする村人シュンを、ロニンが控えめに掴んだ。
「……なんだよ?」
「なんで……お兄ちゃんは私を守ってくれるの?」
もじもじするロニンに、村人シュンは肩を竦めて言った。
「さあ。知らん」
懐かしいやり取りを見て、シュンは思わず乾いた笑みを浮かべた。
当時は恥ずかしさから、こうやってごまかした。
だがいまならわかる。
幼少期、シュンは嫌というほど傷つけられてきた。
だからわかるのだ。
人の苦しみ。悲しみが。
ゆえに放っておけなかった。一方的にアルスに痛めつけられているロニンが。
おかしな話である。
さんざん両親に迷惑をかけ、引きこもっていた自分が、なぜかロニンだけは助けようと思った。それは最強の力を手に入れて、浮かれていたからという理由だけじゃない。
きっと罪滅ぼしのためだ。
当時まるで存在価値のなかった自分だが、誰かを守ることで、すこしでも満足感を得たかったのだ。
もちろん、そんなことは誰にも言えない。だから恥ずかしさを紛らわすために、ときに飄々(ひょうひょう)とした態度で、自分の弱さを気づかれないようにしていた。
それが……俺という人間だ。
その後、前代魔王を退治し、シュンはロニンから盛大に感謝された。だが、なんてことはない。その実、シュンだって救われていた。彼女を助けていくうち、自分の心の傷も癒されていく気がしたから。
いつもそばにロニンがいた。
すこしドジな妻だけれど、でも、彼女のおかげで、シュンも変わった。
そんな思考に満たされていくうち、シュンの視界に光が現れ始めた。過去の光景が薄れ、暖かな輝きに包まれはじめる。
そんななかで、ぼんやりとシュンは思い出した。
魔王討伐から一ヶ月後のことだ。
引きこもりシュンに、クローディア学園への招待状が届いた。すんなり入学を承諾するシュンに、当時、母親がひどく驚いていたのを覚えている。
「じゃ、行ってくるかな。……あ、えっと」
学園に向かう前、村の出入り口にて、シュンは母親に目を向けた。
「色々とありがとな。そんだけだ」
「……うん。そっちでも、頑張って」
若干目を潤ませながら、母親はシュンに手を振っていた。
薄れていく意識のなかで、シュンも思い切り手を振り返した。
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