悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!
第六十五話 悪役令嬢だから出来ること
「母上……」
「貴方達もです!」
リヴァイの言葉は王妃様の声に遮られた。
「なぜリヴァイドを真っ先に避難させないのですか! エルンストが騎士団を管理しているから、こんな体たらくなのですね!」
騎士達に向かって王妃様は叱りつける。
確かに有事の際は、真っ先に王族の身の安全を第一に考えなければならない。普通なら王妃様の意見は最もな事だろう。
でもせめて、もう少し労りの言葉を投げ掛ける事は出来ないのだろうか。これではあんまりだ。
「兄上も騎士達も悪くありません! 俺は自分の意思で残って戦うと決めました」
「貴方は戦う必要ありません! 剣を握って大事な手を怪我したらどうするのですか! 荒事は野蛮人に任せておけばよいのです。ほら、いきますよ!」
リヴァイの手を掴んで王妃様は連れていこうとする。
「いい加減にしてください!」
けれどリヴァイは、その手を思いっきり振り払った。
「命よりも、音楽が大事ですか? あの時、リオーネと兄上がワイバーンに立ち向かってなかったら、母上は命を落としていました。皆を素早く避難させ、ワイバーンを退治した兄上や騎士達に向かって、どうしてそんな酷いことが言えるのですか! なぜ労りの言葉の一つも、仰ることが出来ないのですか!」
「主君に仇なすものを倒すのは騎士として当然の勤めです。それどころか主君である王子の身を危険にさらしたのです。これは厳罰問題ですよ」
「母上、罰は俺一人で受けます。部下達は俺の指示に従っただけで、何の落ち度もありません」
エルンスト様はそう言って、王妃様の前に跪いた。
「だったら俺、王子辞めます。ピアノしか弾けないこんな手も、要りません」
リヴァイは腰に差した剣を引き抜き、その刃先を手にあてがおうとする。
「バカな真似はやめるんだ、リヴァイド!」
間一髪、エルンスト様が阻止してくれて、リヴァイドの手にしていた剣は地面に落ちた。
「兄上は、何も悪くありません。皆を守るために、その身を挺して守ってくださった。なのに何故、こんな仕打ちを受けないといけないのですか! 俺が王子じゃなかったら、貴方の弟じゃなかったら、兄上はこんな目に遭わずにすんだのに……」
「そんな寂しいことを言うな、リヴァイド。俺はお前が弟で居てくれて嬉しい。だってお前は、俺の自慢の弟だからな」
エルンスト様がリヴァイの頭をわしゃわしゃと撫でた。今まで我慢していたものが全て溢れてきたかのように、リヴァイの瞳からポロポロと涙が流れ出す。
「ほら、男ならそんなに泣くんじゃないぞ」
エルンスト様がリヴァイの涙を手で拭う。その手付きは慣れていないのか、色々荒い。
王妃様はその光景を驚いた様子でご覧になっている。リヴァイが反抗した事に、動揺されているのだろう。
「リオーネ、リヴァイドをどうか説得してくれないかしら! 自らの手を傷付けようとするなんて、とても正気とは思えないわ! 貴方の言葉なら、きっ届くはずです」
「エルレイン王妃陛下。残念ながら私も、王妃陛下のお言葉をお借りするなら『杖を振る野蛮人』です」
「あ、貴方まで何を言っているのですか!」
「それにリヴァイド殿下は私を守るために、共に残ってくださいました。責められるべきは私であって、エルンスト殿下ではございません。誠に申し訳ありませんでした」
「貴方は、私を助けてくれたじゃないの。あの時、貴方がワイバーンを止めて助言をくれなかったら、私はあのまま連れ去られていたわ」
王妃様は、私がヴァイオリンを上手く弾けると思っているからそう仰ってくださるのだろうか。あの時だって実際にワイバーンに立ち向かい撃退したのは、エルンスト様なのに。
このままでは、何も変わらない。エルンスト様は結局旅立って、今度はまた違うモンスターでも来て、王妃様は命の危機にさらされるかもしれない。
折角、リヴァイが勇気を出して進言したのに。それでも王妃様の心は、動かせないというの?
その時、王妃様の首に付けられたルビー嵌め込まれた美しい金細工のペンダントが目についた。あの時、指輪や腕輪、イヤリングなどは即座に手放されたけど、王妃様はあのペンダントだけはお外しになられなかった。
あのルビーの嵌め込まれた美しい金細工、どこかで見たことがあるような……あっ!
私は大事なことを見落としていた。
王妃様がエルンスト様に厳しく当たるのは、その立場故の事だったんだ。
作中でホルン山脈のボスを倒した後、宝物庫に美しい金細工のロケットペンダントが落ちていた。そこにはとある花の絵と共にメッセージが刻まれていた。
『My dear child』
それを見て、エルがしばらくその場に立ち尽くしているシーンがあった。
訳すると『親愛なる我が子』、添えられていた花の絵は確か銀色をした……そう銀蝶花だ!
仲間に声をかけられて、何でもないって誤魔化してたけどあれは多分、王妃様の持ち物だったんじゃないだろうか。嵌め込まれたルビーは、王妃様とエルンスト様の瞳の色だ。
自分の身が大事なら、王妃様はあのペンダントを真っ先に外されるはずだ。でもそうされなかったのは、王妃様がエルンスト様の事を大切に思っておられる証じゃないか。
リヴァイの真偽の腕輪でも見抜けないほど、王妃様の演技が完璧なのか、それを阻害させる宝具を身につけておられるのかは分からない。
でも王妃としての立場がそうさせるんだったら、私が悪役になってでもあんな悲しい未来止めてやる。だって私は悪役令嬢、王妃様に少し楯突くくらいどうってことないはずよ。
問題はどうやって説得するか……普通に話しても王妃様に口論で勝てるとは到底思えない。
相手の出鼻を挫いて主導権を握るために、反論の余地を与えない状況を作り出すには……あるじゃないか、一つだけ。誰にも真似出来ない、私だけにしか出来ない事が。
お父様、お母様、お兄様。今から私、レイフォード公爵家の家名に泥を塗って迷惑かける、ごめんなさい。でもどうしても今やらないと手遅れになってしまう、そんな気がした。
「王妃陛下、ワイバーンを撃退してくださったのは私ではなく、エルンスト殿下です」
「でも最初に止めてくれたのは……」
「これを見ても、同じことが言えますか?」
ステージ上にあるピアノに触れる。バラバラに崩れたピアノを見て、王妃様は目を見開いた。
ありえないものを見た時、人は大きく動揺する。さぁ、ここからが勝負よ!
「貴方達もです!」
リヴァイの言葉は王妃様の声に遮られた。
「なぜリヴァイドを真っ先に避難させないのですか! エルンストが騎士団を管理しているから、こんな体たらくなのですね!」
騎士達に向かって王妃様は叱りつける。
確かに有事の際は、真っ先に王族の身の安全を第一に考えなければならない。普通なら王妃様の意見は最もな事だろう。
でもせめて、もう少し労りの言葉を投げ掛ける事は出来ないのだろうか。これではあんまりだ。
「兄上も騎士達も悪くありません! 俺は自分の意思で残って戦うと決めました」
「貴方は戦う必要ありません! 剣を握って大事な手を怪我したらどうするのですか! 荒事は野蛮人に任せておけばよいのです。ほら、いきますよ!」
リヴァイの手を掴んで王妃様は連れていこうとする。
「いい加減にしてください!」
けれどリヴァイは、その手を思いっきり振り払った。
「命よりも、音楽が大事ですか? あの時、リオーネと兄上がワイバーンに立ち向かってなかったら、母上は命を落としていました。皆を素早く避難させ、ワイバーンを退治した兄上や騎士達に向かって、どうしてそんな酷いことが言えるのですか! なぜ労りの言葉の一つも、仰ることが出来ないのですか!」
「主君に仇なすものを倒すのは騎士として当然の勤めです。それどころか主君である王子の身を危険にさらしたのです。これは厳罰問題ですよ」
「母上、罰は俺一人で受けます。部下達は俺の指示に従っただけで、何の落ち度もありません」
エルンスト様はそう言って、王妃様の前に跪いた。
「だったら俺、王子辞めます。ピアノしか弾けないこんな手も、要りません」
リヴァイは腰に差した剣を引き抜き、その刃先を手にあてがおうとする。
「バカな真似はやめるんだ、リヴァイド!」
間一髪、エルンスト様が阻止してくれて、リヴァイドの手にしていた剣は地面に落ちた。
「兄上は、何も悪くありません。皆を守るために、その身を挺して守ってくださった。なのに何故、こんな仕打ちを受けないといけないのですか! 俺が王子じゃなかったら、貴方の弟じゃなかったら、兄上はこんな目に遭わずにすんだのに……」
「そんな寂しいことを言うな、リヴァイド。俺はお前が弟で居てくれて嬉しい。だってお前は、俺の自慢の弟だからな」
エルンスト様がリヴァイの頭をわしゃわしゃと撫でた。今まで我慢していたものが全て溢れてきたかのように、リヴァイの瞳からポロポロと涙が流れ出す。
「ほら、男ならそんなに泣くんじゃないぞ」
エルンスト様がリヴァイの涙を手で拭う。その手付きは慣れていないのか、色々荒い。
王妃様はその光景を驚いた様子でご覧になっている。リヴァイが反抗した事に、動揺されているのだろう。
「リオーネ、リヴァイドをどうか説得してくれないかしら! 自らの手を傷付けようとするなんて、とても正気とは思えないわ! 貴方の言葉なら、きっ届くはずです」
「エルレイン王妃陛下。残念ながら私も、王妃陛下のお言葉をお借りするなら『杖を振る野蛮人』です」
「あ、貴方まで何を言っているのですか!」
「それにリヴァイド殿下は私を守るために、共に残ってくださいました。責められるべきは私であって、エルンスト殿下ではございません。誠に申し訳ありませんでした」
「貴方は、私を助けてくれたじゃないの。あの時、貴方がワイバーンを止めて助言をくれなかったら、私はあのまま連れ去られていたわ」
王妃様は、私がヴァイオリンを上手く弾けると思っているからそう仰ってくださるのだろうか。あの時だって実際にワイバーンに立ち向かい撃退したのは、エルンスト様なのに。
このままでは、何も変わらない。エルンスト様は結局旅立って、今度はまた違うモンスターでも来て、王妃様は命の危機にさらされるかもしれない。
折角、リヴァイが勇気を出して進言したのに。それでも王妃様の心は、動かせないというの?
その時、王妃様の首に付けられたルビー嵌め込まれた美しい金細工のペンダントが目についた。あの時、指輪や腕輪、イヤリングなどは即座に手放されたけど、王妃様はあのペンダントだけはお外しになられなかった。
あのルビーの嵌め込まれた美しい金細工、どこかで見たことがあるような……あっ!
私は大事なことを見落としていた。
王妃様がエルンスト様に厳しく当たるのは、その立場故の事だったんだ。
作中でホルン山脈のボスを倒した後、宝物庫に美しい金細工のロケットペンダントが落ちていた。そこにはとある花の絵と共にメッセージが刻まれていた。
『My dear child』
それを見て、エルがしばらくその場に立ち尽くしているシーンがあった。
訳すると『親愛なる我が子』、添えられていた花の絵は確か銀色をした……そう銀蝶花だ!
仲間に声をかけられて、何でもないって誤魔化してたけどあれは多分、王妃様の持ち物だったんじゃないだろうか。嵌め込まれたルビーは、王妃様とエルンスト様の瞳の色だ。
自分の身が大事なら、王妃様はあのペンダントを真っ先に外されるはずだ。でもそうされなかったのは、王妃様がエルンスト様の事を大切に思っておられる証じゃないか。
リヴァイの真偽の腕輪でも見抜けないほど、王妃様の演技が完璧なのか、それを阻害させる宝具を身につけておられるのかは分からない。
でも王妃としての立場がそうさせるんだったら、私が悪役になってでもあんな悲しい未来止めてやる。だって私は悪役令嬢、王妃様に少し楯突くくらいどうってことないはずよ。
問題はどうやって説得するか……普通に話しても王妃様に口論で勝てるとは到底思えない。
相手の出鼻を挫いて主導権を握るために、反論の余地を与えない状況を作り出すには……あるじゃないか、一つだけ。誰にも真似出来ない、私だけにしか出来ない事が。
お父様、お母様、お兄様。今から私、レイフォード公爵家の家名に泥を塗って迷惑かける、ごめんなさい。でもどうしても今やらないと手遅れになってしまう、そんな気がした。
「王妃陛下、ワイバーンを撃退してくださったのは私ではなく、エルンスト殿下です」
「でも最初に止めてくれたのは……」
「これを見ても、同じことが言えますか?」
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