悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第四十九話 同じ運命は辿りたくない!

 嫌だ、こんな所で死んでたまるか!

 左足に巻き付いたクラーケンの足を何とかほどこうとするけど、力が強くて全然取れない。

 くぅ、魔術師ステの力の無さが恨めしい!

 ここに居るって目印を飛ばせば、先生が気付いて助けてくれるかもしれない。
 風魔法で水飛沫をあげようと水面に向かって手を伸ばす。
 あ、だめだ。水中じゃ詠唱ができない。

「ゴボッ!」

 うっ、息が。
 クラーケンに引っ張られて、どんどん身体が海の底へ沈んでいく。

 私は海で溺れて死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか。それなら楽器クラッシャースキルなんて授けないでよ、神様。

 そう心の中で無駄に悪態をついたって、状況は何も変わらない。

 一度くらい、楽器を弾いてみたかったな。
 出来ることなら、ピアノの鍵盤に触れてみたかった。
 もう一回くらい、リヴァイのピアノ聞きたかったな。

 八歳であそこまで完璧に弾きこなせるんだから、大人になったらもっと素晴らしい演奏が出来るようになるだろう。それこそ、翼を越える偉大なピアニストになったかもしれない。

 あぁ、聞いてみたかったな。

 このまま私が死んだら、リヴァイの心に深い傷を残してしまうかもしれない。
 水の怖さを和らげるどころか、強調してしまうなんて、本当に最悪だ。

 楽器が弾けないのを、個性だって励ましてくれた。
 苦手なマジックフィールドの脱出法を教えてくれた。
 アトリエの完成祝いに、私の喜ぶプレゼントを考えて贈ってくれた。

 気がつくと、頭の中はリヴァイとの思い出でいっぱいになっていた。

 いつだって彼は、否定しないで私の事を尊重してくれた。理解しようと努力してくれた。多少強引な所があっても、私が喜ぶ事を考えて実行してくれた。

 それなのに私は、リヴァイにまだ何も返せていない。それどころかさらに酷いトラウマを植え付けてしまうなんて、そんなの嫌だ!

 誰か、助けて……!

 足掻くように水面に向けて伸ばした手を、誰かが掴んでくれた。

 どうして貴方がここに居るの!?

 これは、夢なのだろうか。
 強い力で私を引き寄せたリヴァイは、左足に絡むクラーケンの足を掴んで握り潰した。そのおかげで、巻き付いていたクラーケンの足も力を失いほどけた。

 夢じゃない。
 足が自由になった。
 本物のリヴァイが、ここにいる!


『優しき賢王の憤怒』――仲間を傷付けた敵に激しい怒りを抱き、一定時間全ステータスが大幅にアップする。
発動条件:味方のHPが20%以下になる


 そういえばリヴァイド陛下にはそんなピンチスキル、通称『エンペラータイム』があった。まさか、まだ子供のリヴァイがこの身体強化スキルを使えるなんて思いもしなかった。

 あれだけ苦手な水に飛び込んでまで助けに来てくれるなんて、本当に格好いい王子様だ。私が傍に居るのが、勿体ないくらいに。

 リヴァイが私の身体を抱えて水面に上がろうとしてくれているけど、水を吸い込んだ衣類が重くて中々浮上できない。

 視界が霞む。限界の息に加えて、私にはもう自力で泳げるほどの体力が残っていなかった。
 多少リヴァイの方が背は高いものの、そこまで体格差もない。この状態で、自分と同じくらいの人を抱えて水面まで浮上するのは厳しいのが現状だった。

 このままじゃリヴァイまで一緒に溺れてしまう。それだけはどうしても避けたくて、身体に回されたリヴァイの手を両手で握りしめて緩めた。

 どうか、リヴァイだけでも助かりますように……そう願いを込めて、掴んでいた両手を離した。

 リヴァイが驚いた様子でこっちを見ている。『ありがとう』と感謝を込めて、私はにっこり微笑んでみせた。くしゃりと、悲しそうにリヴァイの顔が歪む。

 折角助けに来てくれたのに、ごめんね。
 でも死んじゃったらそれで終わりなんだ。
 少しでも助かる道があるのなら、私は貴方に生きていて欲しい。

 再び沈んでいく身体。
 暗い海の底に落ちていく感覚。
 二回目でもやっぱり慣れないな。


 朦朧とする意識の中で、耳を塞ぐようにして頭を包み込まれる感覚がした。

 唇に感じる柔らかな感触。
 割り混んできた何かに口を開かれ、流れ込んでくる空気。

 苦しさが緩和して、途切れかけていた意識が少しずつクリアになっていく。そこで初めて、リヴァイが口移しで空気を分けてくれていた事に気付いた。

 どうして……そんな事をしたらリヴァイが持たない……っ!

 私は選択を誤ったのかもしれない。
 リヴァイの想いがここまで強いものだったなんて、正直思っていなかった。

 それと同時に後悔した。
 ゲームの攻略キャラだから、まだ八歳の子供だからって、壁をつくってその好意を見て見ないフリをしていた。今まで真摯に向き合ってこなかった愚かな自分を。

 一人で助かる道よりも、最期まで私と共に在る道を選んでくれた。たとえそれがどんなに儚い時間だったとしても。それくらいリヴァイの想いは強かったんだって、今頃気付くなんて。私は本当にバカだ。

 これじゃあ、あの時と一緒だ。
 またこうして私は、大切な人を失ってしまうの……?
 いやだ、このまま死ねない。死にたくない。

 最後の力を振り絞って、私は水面に手を伸ばした。そして真っ直ぐに五属性の魔力を天に向かって放った。

 お願い! 気付いて……先生。

 その時、足元から押し上げるような海流の竜巻が発生した。
 流されないように、咄嗟にリヴァイが私の身体をきつく抱き締めてくれた。そうして奇跡的に、私とリヴァイの身体は水面へ押し出された。

「ゴホッ! ゴホッ!」

 飲み込んだ水を吐き出して、思いっきり空気を吸った。

「ウィンドサークル!」

 どうやら先生が魔法で助けてくれたようだ。ふわふわと風のシャボン玉のようなものが私達を包み込み、海の上を移動して浜辺まで運んでくれた。

 桟橋では、エルンスト様が一人でクラーケンの相手をしている姿が見えた。

「ヒーリングシャワー」

 フライングボードから降りてきた先生は、私達に回復魔法をかけてくれた。重だるかった身体がかなり楽になる。

「このポーションを飲んでここで待っていて下さい。クラーケンを倒してすぐに戻ってきます」

 私とリヴァイに一個ずつ、先生は金色に輝くポーションをくれた。

 お礼を言って受けとると、「二人とも、本当によく頑張りましたね」と、先生は私達の不安を拭うように優しく頭を撫でてくれた。

「すぐに片付けてきます」

 先生は再びフライングボードに乗って、エルンスト様の助太刀に向かわれた。

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